11.不機嫌な瓜生
「こんなところで何やってんだよ、お前」
才介は図書室で芥川賞受賞作品を読んでいた。そこに水を差されたのだから気分が悪い。
「お前こそなんだよ」
そう瓜生をにらみつける。文芸同好会を牽引していく彼には、こんなところで油を売っている暇はないはずだ。
「これからはプロデビューが視野に入ってくるから忙しいんだ。暇なお前にはわからないだろうがな」
ハードカバーの分厚い本を机に置きながら、瓜生はページをめくった。
そこには直木賞受賞作品と書かれた帯が印字してある。
「瓜生。訊きたいことがあるんだが、芥川賞と直木賞ってどっちがすごいんだ?」
それは文芸初心者が必ずといっていいほど抱く疑問であった。
日本における二大文学賞。そのどちらが格上ということはない。
純文学とエンタメ小説ではそもそもジャンルが違うのだから、比べることは出来ないが、才介が聞こうとしているのはそういうことではないのだ。
「どっちもすごいとしか言えないな」
熟考の末に、瓜生は顔を上げた。
「芥川賞特有のみずみずしい文体も、直木賞ならではの老成した文章も、どちらもすごいと思う。今の俺には到底なしえない技巧だ」
才介には、いつでも自信満々のいけ好かないやつが、普通の少年に見えた。
「そんなことよりも、いきなり小説なんか読み始めてどうしたんだ?」
「俺も小説を書こうと思ったんだ」才介は笑顔をこぼしつつ、「だから勉強しようかなって」
「お前さ、バカじゃねーの?」
スピンを挟んで、静かに本を閉じる瓜生。
「毎日楽しそうに生きてるお前なんかに、小説が書けるわけねーだろ」
彼の目からは大賞を獲得したという感慨は感じられない。むしろ憂いを帯びてさえいる。
「なにかあったのか?」
「これまで人生をのほほんと生きてきたお前にはわからねーよ」
瓜生は本の巻末についているポケットから『図書貸し出しカード』を取り出すと、
「それじゃあな。せいぜい趣味の範囲で楽しんでくれよ」
趣味の範囲でという言葉を強調して出て行った。
掛け時計がカチッと音を立てる。
カウンターにいた図書委員会の人が、鍵をかけるからさっさと下校するようにと促してきた。
才介はもうこんな時間かとスクールバッグを手にした。