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おばあちゃんの買い物。

中学生時代のとある夏休みの日…

「ねぇ、私の財布取ってないわよね。」

祖母と私の会話は、そこから始まった。

「ひどいなぁ。ばあばの大事な財布取ったりなんてしないよ」

認知症になる前なら、こんな言葉なんて言わなかったのにな…

なんて、少し思いながらも答える。

ちなみにだが、私はいつも祖母の事を〖ばあば〗と読んでいるためここでもそう記すことにする。

「あなたも取ってないわよね」

と祖父にも聞いた。

もちろん取るわけが無い祖父…どうしたら良いものかと顔をしかめてばかり。

仕方が無いので、入っている可能性がある祖母愛用の茶色いビニール製の鞄を探ってみた。

すると、やはりその中には所々色が抜け落ちボロボロになった黒い長財布があった。その様子は何処にあるのかを忘れられてしまいまるで、寂しさや悲しさをまとっているようにも見えて何だか悲しい。

私は、財布を手に取ると祖母の元まで持っていった。

すると、祖母は喜んで財布を受け取って安心した顔をした。

祖母にとっての財布というのは、大切なお金を仕舞う物というだけではない。

実は、祖母が愛用している黒い長財布は愛する息子(私からすると叔父)からプレゼントされた大切な物なのだ。

でも、いつかその思い出も忘れてしまうであろう祖母は財布を鞄に仕舞い出かける準備をし始めた。

「どこに行くの?」

と問いかけると祖母は当たり前の様に言った。

「買い物に行くのよ」

その言葉に、私は少し不安になる。

以前の祖母なら行かせるのは不安ではあったが問題ではなかった。でも、今は違う。

だって、今の祖母は行く道で迷子になりかねないのだ。もしかすると、店に行くことはおろか家に帰れなくなってしまう事も有り得なくはない。

その頃の私は、認知症という言葉に敏感でテレビのニュースや特集で関連したものがやっていると良く見ていた。そのせいもあってか、徘徊や勝手に外に出て行った認知症の人が行方不明になったなど聞いていた私は、そんな最悪な状況を頭に思い浮かべていた。

ただ、祖父に車を出して連れて行ってもらおうにも、車は車検中…

母は、仕事だし頼れる人は他にいない…

うーん…と悩んでいる間にも、祖母は1人外に出て行こうとする。

そこで、祖父から声が掛けられた。

「お前、着いてってやれ」

その一言で、私は慌てて準備して家を出た。

でも、そこには、既に祖母の姿はなく慌てて自転車で追いかける。

祖母は、小さい頃に病気を患った事から目が良く見えず、右目は視力が非常に低く、左目は昔は多少見えていたものの今は全くもって見えないため車の免許は取らず買い物に行くにしても自転車を漕いで行く。今思うと、車の免許を持っていなかったのは良かったのかも知れないが、きっと自転車で行くのも大変だっただろうなと思う。

そんなおばあちゃんを私は、一生懸命にこいで追いかけた。

しかし、その途中でふとある事に気がつく。

(あれ…?おかしいな…。言ってたスーパーに行く道を来てるはずなのにおばあちゃんに追いつかない…。どうして…?)

まさか…、スーパーに行く途中で迷ってしまったのではないだろうか…

その不安が、どんどんとつのっていって恐怖に変わり始めた頃…スーパーに着き、急いで中を探す…。

でも、何処にも祖母の姿は見えず、駐輪場に行くも自転車すら見当たらない。

もしかしたら、家に帰ってきてないか祖父に電話するも居ないという…。

「どうしよう…。どこいっちゃったのかな…。もし、本当に迷子になってたらどうしよう…」

と電話口で不安な声を出す私に

「とりあえず、一旦戻ってこい。もしかしたら帰ってくるかもしれないから」

と私の不安を察してか落ち着いた声で話してくれた。

帰る前にもう一度だけ、店内や駐輪場を見てみたが結局見つける事は出来なかった。

仕方なしに、通ってきた道をもしかすると…と思い確認しながら帰るが、その道中でも不安が大きくなるばかり…。

無事に家に帰って来てくれますように…

そう何度も神様にお願いしながら自転車を走らせて家に着いたのを覚えている。

そして、家の駐輪場に着いた時、私は神様に心から感謝した。

家の駐輪場に祖母の自転車が置いてあったのだ…。

急いで家に入り、リビングに向かうと、そこには祖母の姿があった。

「良かったぁ…。もし、帰ってこなかったらどうしようと思ったよ…。」

不安が溶けた安堵でへなへなとその場に座り込んでしまった私に祖父が説明してくれた。

どうやら、祖母は、自分が行くと言っていたスーパーに行ったのではなく別のスーパーに行ってしまっていたらしい…。

何故、別のスーパーに行ったのか祖母に尋ねても「分からない…」という返答しか返ってこなかった…

今回は、無事に帰ってこれたから良かったものの正直言って、恐怖でしかない…。

これからは、きちんと最初から着いて行かないと駄目だと悟った瞬間だった…。

「ところでさ、スーパーで何を買ってきたの?」

気を取り直して聞くと祖母は、スーパーで買ってきたものが入っているであろう袋を手渡してきた。

その中身を見て私は驚くと同時に涙で溢れそうになる。

「これって…」

「あんた、これ好きでしょ?帰りに家に持って帰りな」

そこには、私の好きな苺が1パック入っていた。

「私の好きな物覚えててくれたんだ…」

勿論、認知症とは言っても初期の段階だから私の事も認識出来ているし、今までと何も変わらない祖母だ。

でも、これからどんどんと忘れていく祖母が私の事をちゃんと覚えていてくれる事が私にとって兎に角嬉しかった。

「ありがとう…ばあば…。」

少し涙目になってしまったけど、苺を受け取って笑顔を見せる私だった。

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