本棚
学生寮の備え付けの本棚はとても小さく、教科書以外で持ち込める本は5冊ほどしかなかった。
私は何度も何度も読み返した詩集と見知らぬ街の風景ばかりの写真集と、親に勧められた本だけをそこに詰め込んだ。
熱心な読書家というわけでもなかったのでそれで十分で、そこから本を取り出すこともめったに無かった。
ある夜気まぐれに写真集を取り出したところ、本が抜けたその隙間から光がさしているのに気づいた。
奥にランプなど設置されてなかったはず、むしろこんな小さな棚にそんなもの必要か?と全ての本を取り除くと、奥にあったのは夜の砂漠だった。
月明かりに照らされた砂は美しく、月は空の穴のようだった。
私はしばし見惚れ、その後そっと本を元に戻した。
次の日ゆっくり本を取り出してみたところ、そこには壁があるだけだった。
その日以来、読むためではなく別の目的のために本棚から本を取り出す作業を続けた。
本棚の奥はあるときは金色の銀杏並木、あるときは遥か彼方まで続くビル群、そしてときに宇宙への窓口となった。
私は幾度となくその窓を覗いたが、その先に手を伸ばす気にはならなかった。
私はこの密かな楽しみを誰にも伝えることもなく、当たり前のように学校を卒業した。
あのとき本棚に納まっていた本も相変わらず手元にある。
何も変わらず、なんの狂いもなく、日々は続いていく。
そんな中で一つだけ、気になる事件を見つけた。
無数の文字が整列している新聞記事の、片隅に一つ。
母校の生徒が一人、行方不明。
私にはわかった。これは私だ。もう一つの可能性の私。
それはあの本棚に手を伸ばしてしまった、幼い私そのものだった。