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 急


「おい、誰だ、止まれ」

 山道を歩く二人に衛兵が立ち塞がった。

「あ? どうしたんですか?」

「此処は領主様の私有林だ。一般人の立ち入りは許可されていない」

「だって。どうする? マチェッタ」

「どうするもこうするも大回りするしかないだろう。……失礼しました」

 男は一つお辞儀をし、少女と共に踵を返した。


「……ちょっと待て」

 立ち去ろうとする二人に衛兵が不意に言った。

「そっちの……黒髪の女。何者だ?」

「何者って……俺の荷物持ちですよ」

「本当に? 魔女の一族じゃないだろうな?」

 悟った男は少女に「俺が合図したら直ぐに逃げ出せ」と耳打ちした。

「失礼だと思うが、背中を見せてくれるか?」

「おいおいおい、出会っていきなり魔女の一族か? ってのは幾ら何でも酷いんじゃないのか」

「…………いいから、背中を見せろ。悪神の大痣があるかどうか見るだけだ」

 一歩一歩二人に近く衛兵。

「……じゃあ痣が有ったら私をどうするの?」

「殺す」

 衛兵は即答した。

「おい待てよ。流石に許されないだろ。そもそも魔女ったって大昔の話だろ? 最早御伽噺じゃねぇか」

「世離れした生活を送ってるだろう貴様には判らんだろうがな、昨年王都で魔女教団のテロがあった。教団員は即処刑。判るだろう? 文字通りの魔女狩りだよ」

 衛兵がリリィの服に手を掛けた瞬間、男は直様荷物を降ろし、衛兵の頬を殴った。

「グッ!? ……貴様……ッ!!」

「行け! リリィ!」

 男は衛兵に掴み掛かったが、直ぐに振り解かれた。衛兵は腰に下げた剣を抜き、男を斬った。

 吹き出る鮮血。返り血を浴びる衛兵。赤く染まる鎧。

 さっきよりゆっくりとした速度で、一歩一歩少女に歩み寄る。

「動くなよ、ガキ」

「ひ、ひぃっ」

 腰が抜ける。立てなければ歩けもしない。ただただ殺されるのを待つことしかできない。

 衛兵の足が掴まれた。

「おい……待てや……」

「あ? なんだ? 結局お前も教団関係者の類いだろう? 領主にテロ仕掛けようったってそうはいかんぞ」


 衛兵は足を振り手を解いた。歩みだそうとする衛兵の袴の裾を男は又固く握った。

 足を強く振り、男の手を振り解く。そして衛兵が声を荒げた。

「しつけぇぞ! テロリストがッ!!」

 男はにへらぁっと口元を綻ばせた。笑っていた。

「嫌だね……あいつ(リリィ)をおめおめと殺させる位なら俺が……」

 衛兵が剣を振る。男の右手首から先が無くなった。


「ああああッッ!!!」

 男は背を大きく斬られた。また血が噴き出す。翅の無くなった羽虫を見るような眼で男を見る衛兵。

 自身の当初の目的を果たすべく少女に目を向けると、少女より先に大きな鉈が目に入った。次に、憎悪と憤怒に染まった少女の顔。

「よくも……よくもマチェッタをッ!!」

「お前らこそ……よくも俺の村を焼き払ってくれたな……」

「だから何なんだよッ!! その魔女教団とかいうカルトはッ!! 私とは無関係だッ!」

「疑わしきは殺す!! 黒の魔力を持つ奴は総じて魔女だろうッ!!」

「この……分からず屋ーーーッ!!」

 少女の体からドス黒い魔力が噴き出した。

「『その咽を掻き斬ってやる!!』」

 黒い霧のような物が辺りに立ち込める。鉈を振りかぶり衛兵へと振り下ろす少女。しかしその一撃は籠手によって呆気なく防がれてしまう。首根っこを掴まれ乱雑に投げられる。ドシャリと重い音を立て崩れる体。追い打ちと言わんばかりに鳩尾を踏み抜かれる。

「かハ……ッ!」

 少女の喉笛に剣の鋒が突きつけられられた。銘も無い、支給された剣だ。

「達者なのは口だけだったな。ガキ。人も満足に殺せないようじゃあテロなんぞ到底不可能だったろうよ」

 剣が振り下ろされ、少女の血が盛大にバラ撒かれる、その筈だった。

 衛兵の喉元には黒い腕が巻きついていた。鋭利な爪が拵えられた手。まるで霧の塊のような物。

 何処からか声がする。高笑いのような声が。気がつけば衛兵の隣に大きな白い面が浮いていた。矢鱈と長く鋭く伸びた鼻に一対の眼孔。それに人間の物より遥かに多くの歯が描かれた面だ。

「小娘よ、此奴を如何するって言ったかエ?」

 少女は冷淡に言った。状況は遥か前から察していた。察せていないのは騎士のみだった。

「……喉を……掻き切って頂戴」

「おい、やめ____

 黒い腕が真横に動いた。それだけで、ただそれだけで衛兵の首は落ち、赤い花が咲いた。



 最後に高笑いが響いて黒い霧が晴れた。リリィの心の霧は晴れなかった。代わりに雨が降り出した。

「うぷ…………おえぇぇ…………」

 黄色い液体を吐き出す。足がまともに動かない。踏み抜かれた腹がまだ痛む。

 這ってでも、這いずってでも、リリィは男の元へと進んだ。

「マチェ……ッタ……今……助けるからね……」

 リリィはバックパックから止血剤を取り出し、背中に貼っていった。血はとっくに止まっていたが。

 肌は既に冷え始めていた。

 眼に光なんて灯っちゃいなかった。

 判っている。判っていた。マチェッタはもうとっくに死んでいる。

「…………で…………なん……で……」

 血が滲む程に強く拳を握る。血が滲む程に唇を噛み締める。

「私なんて……私なんか拾うから……私なんかに情を沸かすから……ッ!! 私を見殺しにしてれば死ななかったのにッ!!」


 ふと、マチェッタの右腕に書かれた血文字が眼に入った。

「生きろ。」震えた字で、ただ、ただただそれだけが書かれていた。

「ぁぅ…………」

 リリィは自身に出来る嗚咽の限りを尽くして咽び泣いた。

 リリィの頬を伝う、涙。これは雨だと自分に言い聞かせる。

「……馬鹿……馬鹿! 馬鹿! バカ! この……ばかやろー…………」

 何度も何度も濡れた地面を殴りつける。

 髪は濡れていた。服も濡れていた。

「ぜんぶ、ぶっこわしてやる……騎士団も魔女教団も……全部纏めて私が___


おいおい、物騒な事言うなよ。


 マチェッタの声が聞こえた、ような気がした。

 気がしただけだった。

「は、はは……ぷ、ぷぷぷ……ぷっはははは!!」

 ああ、可笑しいの。何で私、こんなにしみったれてんだろう。

「…………生きなきゃ」


 足元に生えていた、一輪の黒い百合を手折った。


「そして、ぶっ壊してあげないとね」

 私は立ち上がって一歩を踏み出した。来た道とは違う、知らない道へと。

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