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 破


 空が焼ける頃、男は目を醒ました。何時もの様にハンモックを畳み、ランタンを分解し、杭を抜き、バックパックに押し込む。

 そういえば少女が居ない。まさかと思い木の下を見てみると、少女が宙吊りになっていた。そんな状況でもクウクウと寝息を立て気持ち良さそうに寝ている少女を見て、男は眉間にシワを寄せた。

 ロープを解き、少女の頬をシバいて叩き起こす。

「俺は行くぞ。お前はどうすんだ?」

「……いく。わたしも、いきたい」

 少女は寝惚けた目を擦りながらそう言った。



 男は山道を歩く。当ても無く彷徨う。枯葉を踏み締める音、風に吹かれザワつく木々。垂れる汗を袖で拭い、足を出す。

 少女は山道を歩く。男の背を追いかける。 荒い呼吸、早い鼓動。着いて行くのがやっと。

 男は歩きながらマチェットで邪魔な枝を切り落とす。偶に立ち止まっては茸や野草、虫、木の実を麻袋に入れる。その内に少女は男との距離を詰める。

「……バテてんじゃねぇか。やっぱ置いておくべきだったかな」

「わたしはだいじょうぶだよ」

 手に付いた土を払い落としながら男に駆け寄る少女は言った。

「チッ、お前と居ると疲れる。休憩するぞ」

 男は倒木に腰掛けた。

 少女はさも当たり前かの様に男の膝に腰掛ける。

「………………」

「……おなかへった」

 確かに太陽は真上に浮かんでいた。そして男の眉間にもシワが浮かんでいた。

「……自分で虫でも捕って食えばいいだろ」

 少女はぴょんと膝から飛び降りて落ち葉をひっくり返し始める。しかし岩をどかしたり木屑の中をほじくり返しても食べられる様な虫は出てこなかった。

「はっ、これだから素人は」

 男は少女を鼻で笑うと、ある異臭に気付いた。

「……獣臭……猪だな」

 下ろしていたバックパックから鉈を取り出して構える。左手には一握りの土を。倒木に身を隠し、出方を伺う。

「……なにしてるの?」

 少女は男を怪訝な顔で見つめた。

 お前も伏せろ。そう小声で言った。少女は言われるがまま、屈んで頭を抱えた。

 男は肩越しに猪を確認すると、目に向かって土を投げ付けた。怯む猪の脳天を目掛け鉈の峰を思い切り振り下ろす。何回も何回も打ち付ける。猪が動かなくなるまで。

 男はバックパックからナイフを取り出し、猪の解体にかかった。

 首を落とし、腹を裂き、内臓を抜いて皮を剥ぐ。血の臭いが辺りに立ち込める。男は器用にそれをやってのける。少女が倒木の陰から顔を覗かせた頃には、猪は既に食べられる場所とそうでない場所にキッチリと分けられていた。

 それを見た少女は目を輝かせ、解体したての骨付き生肉にかぶりつく。

「おいしい!!」

 口元を血で赤く染め、屈託の無い笑顔を男に向ける少女。依然として肉にかぶりついている。苦笑いを浮かべる男は燻製機の組み立てに掛かっていた。

「おにく、たべないの?」

 少女が肉の一片を持って男に近寄る。

「……ああ。生はちょっとな」

 燻製機の組み立てが終わると、少女から幾分かの肉を受け取り、骨を麻縄で縛って吊るす。蓋を閉め、燻し始めた。麻袋から木の実を取り出して嚙り、殻を吐き棄て中身を噛む。カリッとした音が出た。

「なにそれ」

 少女は肉を噛み千切りながら問う。

「あ? 燻製機だよ」

「くんせいき? なにそれ」

「…………肉を煙で燻して腐らなくするモンだよ」

「へー……でもおにくたべちゃえばくさらないよ?」

「……それは知らなかったな」

 少女は紅い口角をニコっと吊り上げて笑った。


「……そうだ。お前、名前は?」

「なまえ?」

「ああ。お前はなんて呼ばれてる?」

「…………おまえ?」

「そうじゃなくてだな……」

 男は頭を抱えた。少女のオツムの弱さに頭を抱えた。

「あ、えっとね、みんなからは"ふらんぐ"ってよばれてたきがする」

 男は眼を見開いた。が、直ぐに平静を取り戻す。ああ、そういえばそうだったな、と。

「フラング、か。その名は二度と口にするな」

「なんで?」

「フラング・ヴィンクスべルトリアスっつう魔女が大昔に……いや、いいか」

 男はコホン、と咳をすると、辺りを見渡した。一輪の白い花が目に入った。

「そうだな……お前は今日からリリィだ」

「リリィ?」

「ああ。百合っつう意味だよ」

「…………ゆりってなに?」

 お前はピッと白い花を指差し、あの花の事だ、と少女に教えた。

「うわあ、きれい!」

「そうか」

 少女は、リリィは男の眼を見て首を傾げた。

「おにーさんのなまえは?」

「俺か? 俺の名前は…………」

 男の目にバックパックに縛られている鉈が目に入った。

「………………マチェッタだよ」


 嘘を吐いた。




 その日の夜。

「お前、読み書きは出来るのか?」

「よみかき? なにそれ」

「……文字、読めるか?」

「ううん。わかんないや」

 木の上。ランタンの淡い光に二人は照らされていた。ハンモックに揺られながら、静かに喋る。男はバックパックを漁り、一冊の絵本を取り出した。

「読めるか?」

「このぐにゃぐにゃしたの? わかんない」

「だろうな」

 フゥっと息を吐き、男は絵本を少女に読み聞かせ始めた。


「っつー訳だ。めでたしめでたし」

 パタン、と絵本を閉じた。

「ほかには?」

「え? あー……他のは小難しい本ばっかりだぞ?」

「だいじょうぶ!! もうもじよめるから!!」

「………………は?」

 試しに野草の図鑑を少女に与えてみる。すると、少女はそれはそれは上手に内容を読み上げてみせた。

「どう!?」

「は、はは……こりゃ……驚いた…………」

 男は小さな声で呟いた。本当に魔女を拾っちまったかもしれねぇな、と。

「えへへー。わたしすごい?」

「……ああ。メチャクチャ凄いよ」

 男は少女の頭をガシガシと撫で、寝た。



 少女はモノを覚えるのが凄まじく早かった。話した事、教えた事は直ぐに覚えた。

 昼は歩き、食べられる物を探し、夜は本を読むような生活を続けた。

 男は少女に自分の知り得る知識の限りを伝えた。風の読み方から虫の探し方、鉈の扱い方、植物、獣の知識……

 人里に下りると、男は少女に自分の為のハンモック、服や刃物を買い与えた。丈夫な服、沢山のポケットがある。帽子も射光帽と呼ばれるヘッドライトの付いた高級品。鉈とナイフに麻袋。男は少女にこれからは自分の飯は自分で集めろと言った。

 知識を携えた少女は凄まじかった。山の様に食材を集めてはかっ食らった。それを見た男は少女に料理を教えた。簡単なものだったが。

 料理の旨さを覚えた少女は更に多くの食材を集めては片っ端から調理した。


 気が付けば少女は男の前をルンルンと歩いていた。

 体のつくりも非力で窶れた物ではなく、無駄無く鍛えられ多少の色気もあるようなものだった。



「お前も……変わったよなぁ」

「ん? どこが?」

「なんつーか……オツムのつくりから体のつくりまで、全部」

「ぷぷぷ。何? 何? 急にさ。私の事を天才だーだとか流石リリィだーだとかって持て囃してたのは誰だったっけなー?」

 クルリと回ってニッコリ微笑む少女。髪がフワリと靡いた。

「……うるせぇ。荷物持ちは黙って歩けって何度も言ってんだろ」

 男は照れ臭そうに笑って俯く。少女の頭をポンポンと撫でた。

 少女は幸せだった。


 しかし、幸せとは得てして長くは続かないものである。

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