世界の歴史と先人達の温かい結婚生活
太陽暦1年
この世界の年の概念が分からない為、私が召喚された日を歴史の一年目として、この自動筆記を開始する。
私が召喚された時、世界は三つに分かれていた。
一つは我々の住む人間界。
一つは神が住む天界。
一つは悪魔が住む地界。
人間界に生きる者は、少量の魔力を持ち、小規模な魔法を使って生活を送って居た。
神は人間とは完全に別の存在で、人間が目視出来ない空の都に住んで居た。
悪魔と呼ばれる存在は、突然地面から現れて、人間達を襲っていた。
私を召喚した人間界の女王、ウォーター=レインハートは、人間達を悪魔と呼ばれる存在から救う為に、私を召喚した。
最初は何をして良いか分からなかったので、召喚された時に携帯していた多目的ソードを使い、現れる悪魔をひたすら狩っていた。
そして、太陽暦3年。
いつものように悪魔を狩って居た私に、転機が訪れる。
それは、異星人の襲来。
彼らはこの星を宇宙航路としていた為、人間が悪魔に駆逐されるのを恐れて、協力する為に来たらしい。
私は彼らの助力を得て、人間の魔力を利用した結界を地面に張り、悪魔と呼ばれる存在の出現規模を抑える事に成功した。
その後、その異星人達と結界を監視する為の遺跡を建造して、人間界を人間だけで繁栄出来る状態にした事により、私の仕事は終わった。
さて、仕事が終わった後、私は元の世界には帰らずに、ウォーターと結婚して温かい家庭を築き……
「こいつも女王と結婚かよ」
ダラダラと書き綴られている結婚生活を眺めながら、大きくため息を吐く。
「大体な、多目的ソードって何だよ。そんなチートっぽいアイテム、俺の元居た世界にも存在して無いぞ」
俺の言葉を聞き、王が白い髭を擦る。
「おかしいのう。城の書物には、異世界召喚は日本人しか呼べないと書いてあったのじゃが……」
「随分と限定された召喚だな」
「この日記の文字も日本語であるからして、他の場所からの召喚とは、ちと考えにくいのじゃが……」
答えを見つけられずに黙ってしまう。
「時間軸が違うのではないでしょうか?」
言ったのは、俺達の正面に座っていたフラン。
フランはポニーテールをサラリと払い、小さく喉を鳴らして口を開く。
「召喚された場所が同じでも、ミツクニさん達と同じ時代の人が召喚されるとは限りませんよね」
「それじゃあ、俺達は偶然近い年月で召喚されたって事か?」
「それは確認しないと分かりません」
それを聞いて、俺と王が顔を合わせる。
「わしは地球の歴史で言う2016年に、20歳でこの世界に召喚された」
「え?」
予想外の言葉に、思わず声が出てしまう。
「俺も2016年なんだけど……」
「成程。ミツクニさんは2016年に、キモオタぼっちの16歳で召喚されたんですね?」
「おいコラ」
フランがてへっと笑って舌を出す。
正直腹が立ったが、可愛いから許そう。
「ふむ、どうやらフランちゃんの言って居る事が、正解みたいじゃのう」
さりげなくフランをちゃん付けで呼びやがったが、それもスルーしておこう。
「とにかく、この最初の日本人が、異星人と一緒にこの遺跡を作った訳だ」
「何年くらい前なんでしょうねえ」
それを聞いて、俺はこの遺跡に初めて入った時の事を思い出す。
「確か……三千年くらい前の建物だって、ベルゼが言ってたな」
「三千年前ですか。随分と昔ですねえ」
「その時に、メリエルが懐かしいって言ってた」
「……まあ、彼女は神ですから」
正確には天使だが、ここでは神と同列なのか。
何はともあれ、これでこの遺跡が出来た経緯は分かった。
次は予言の事について知りたい所だが……
「さて、次の召喚者の日記を見るかの」
そう思ったタイミングで、王が日記のページをめくる。
太陽暦1035年。
拙者がこの遺跡を見つけたこの年に、改めて日記を書く事とする。
過去の文章の消し方が分からぬので、そのまま続きから書くが、過去の文章は私的な事が多い故、見ないで頂きたい。
是非とも、見ないで頂きたい。
さて、拙者が召喚された時、世界は過去とは違う形となって居た。
特に違うのは、三つの世界とその存在の在り方。
一つは人間界。こちらは過去と違って、個人の魔力に差が出て居た。
一つは天界。こちらは相変らず。
そして、最後に新しい世界である、魔物界。
魔物界とは、地界から現れた悪魔が地上の者と交わり、知識を持った者達が作った世界である。
人間は彼らの事を『魔物』と呼んで居た。
拙者が召喚された時、世界では悪魔を封印していた結界が弱まり、現れた悪魔のせいで、人口が大幅に減少していた。
そんな中で、人間と魔物は協力して悪魔を駆逐して居たのだが、魔物は元々悪魔との混種故、人間と上手く連携が取れず、表面的な協力となって居た。
そこで、拙者は両者の中を取り持ち、各々の長所を生かした軍勢を作った。
拙者の作った軍勢は、拙者が元の世界から持ち込んだ兵法を学び、新たな戦術で悪魔達を駆逐。
その甲斐あり、太陽暦1028年に、ついに大部分の悪魔の駆逐に成功した。
世界が平和になった事を確認した拙者は、戦の途中で知り合った『精霊族』に、世界が再び危険に晒された時、それを警告する何かを作れないかと言われ、それを作る為に世界中を回った。
そして、太陽暦1035年。この遺跡を発見する。
拙者達はこの遺跡の構造を調べて、この日記の亜種的存在を発見。それに『予言しすてむ』と言う名前を付け、世界が危機に陥った時に、警告を発信するしすてむを完成させた。
それにより、拙者の仕事は終わった。
さて、この後拙者がどうしたかと言うと、知り合った精霊族と結婚して……
「はいはい! サムライと精霊の温かい生活ね!」
俺はうんざりしてため息を吐く。
どうして前任者達は、結婚生活の事ばかり書くのかね!
こっちは規制ありの召喚だっつうのに!
「前任者達と俺の扱いの差よ!」
「仕方ありません。ミツクニさんを召喚したのは、あのリズさんですから」
「憎い! 前任者とリズが憎い!」
俺は唇を噛み締める。
「大体なあ! どうして他の奴等は自分で世界救ってるのに! 俺だけ勇者の親友役なんだよ!」
「それはまあ、リズさんの趣味でしょうね」
「趣味て!」
「冗談ですよ」
フランが楽しそうに笑う。
「恐らく、リズさんにはリズさんなりに、理由があったのではないでしょうか」
「そうですかね! どうですかね!」
王を思い切り睨み付ける。あんたの孫なんだから、何か話を聞いて居るはずだろう。
そうですよね! そうだと言ってくれ!
「わしゃあ……何も知らん」
「知らないのかよ!」
「知らんと言うより、リズの件には介入しとらんのじゃ」
その言葉を聞いて、全ての文句を飲み込む。
介入……してない?
「それは、どういう意味ですか?」
「そのままの意味じゃよ。お主の扱いについては、わしは『介入しとらん』と言う事じゃ」
「つまり、他の事に関しては、『介入している』と言う事ですか?」
俺が言う前に、フランが王に問い質す。
何も言わない王。
やがて、ふうと息を吐いて言葉を漏らす。
「その通りじゃ」
その言葉に、俺とフランは言葉を失う。
静かになる書庫。
そんな中で、王が再び口を開く。
「お主達が解決しようとしておる予言に関しては、わしも独自に動いておる。じゃが、お主の扱いに関しては、わしは何も関係しておらん」
明るみに出た、新たなる事実。
だが、そうだろうとは思っていた。
何故ならば、帝都に居た時と今回の件以外で、俺と王は一度も接点が無いからだ。
「……介入している予言については、何か教えてはくれないんですか?」
「教えなくても、いずれ答えは出る」
曖昧な答えに少し苛つく。
「どうして、今教えてくれないんですか?」
「それは、お主を召喚したのがリズじゃからじゃ」
その答えに眉をひそめる。
「わしがやろうとしている事は、リズとは方向性が違う。じゃから、わしがやっている事をお主に話して、リズの邪魔をする訳にはいかんという事じゃ」
もっともらしい意見に、一応は納得する。
しかし、それで『はいそうですか』とは言えない。
「目的が一緒なら、最初からリズと協力すれば良かったと思うんですが」
「それは確かにそうじゃのう」
少し困った表情で俯く王。
「しかし、お主を召喚したのはリズの独断で、召喚した理由も教えて貰えんかった。じゃから、協力したくても出来んかったのじゃ」
つまり、王は俺とリズのやっている事を、詳しくは知らないのか。
「うーん」
顎に手を置き、小さく唸る。
これ以上この話を広げても、予言に関しての情報は出ない気がする。それを考えると、今は黙って日記の続きを見た方が良いのかも知れない。
「とりあえず、分かりました」
話に区切りをつけて、この話題を終了させる。
「それじゃあ、日記の続きを見ましょう」
「うむ、そうじゃな」
小さく頷き、王が日記のページをめくる。
俺は小さく息を付いた後、頭を切り替えて日記に集中した。




