ニホンゴ、トテモムズカシイネ
王の後を追う俺とフラン。
廊下で誰かとすれ違うたびに、不審な表情をこちらに向けられる。
何故と言いたい所だが、理由は明白だ。
「あの……王?」
「何じゃ?」
「どうしてアロハシャツなんですか?」
「わしが元の世界に居た時の普段着じゃ」
なるほど。愛着があるという訳だ。
しかし、想像して欲しい。
戦争が行われている拠点で、アロハシャツのおっさんと、チアガールの恰好をしている女子が一緒に歩いている。
もはや、狂気の沙汰でしかない。
「勇者ハーレムに出会って居ないのが、唯一の救いだなあ」
「出会ってますよ」
「出会ってるの!?」
「ええ。でも、触れたら不味いという表情で、誰も声を掛けてきません」
「そりゃな!」
この光景を見たら、流石に声は掛け難いだろう。
だけど、この人は人間側の王だよ?
いくら服装がおかしいからって、気付く人は気付くと思うのですが。
「この世界の人間は、皆鈍感なのか?」
「そうじゃのー」
王が歩きながら口を開く。
「わしも長年この世界で生きて来たが、この世界の人間は、余計な事に介入しないというか、あっさりした所があるようじゃ」
「あっさりと言うよりも、物事を疑わなすぎだろ」
「わしもそう思うが、世界が違うからのお。考え方自体が違うのかもしれん」
それを聞き、俺は妙に納得してしまう。
過去に起きた出来事もそうだ。
ヨシノと戦争した時もあっさりと和解したり、アーサーが俺を攻撃しても、それを後に引きずらないで、一緒に宴をしたり。
元の世界では考えられない事ばかりだ。
「清々しいけど、簡単に詐欺とかに会いそうで、少し心配です」
「そうじゃの。じゃが、この世界でそんな事を考えるのは、わしやお主のような、少し外れた奴だけじゃよ」
外れた奴と言う言葉。
要は腹黒いというか、後先考えて内々で行動するような人間の事を言うのだろう。
異世界の人間で代表例を挙げれば、リズとかゼンとか、後は学園長とか……
「さあ、着いたぞい」
王に言われて立ち止まる。
そこは、勇者ハーレムの司書であるアキが来た時に、解放された書庫。
そう言えば、忙しくてノータッチだったな。
「入るぞー」
軽い挨拶をして、王が書庫に入って行く。
それに続いて書庫に入る俺達。
そこに現れた光景を見て、思わず息を飲んでしまった。
「これは……凄いな」
目の前にあるカウンターを中心にして、上方向に広がっている本棚の渦。その本の総数は、軽く見積もって万は超えているだろう。
「魔法学園の図書館も凄かったけど、ここは更に凄いな」
「そうですね。独特の年季を感じます」
歩く度に砂煙が舞う地面。
それなのに、本棚に保管されている本は真新しく、本棚自体も傷んでいる様子が無い。
恐らく、施設が解放される前は、何かしらの魔法で封印されて居たのだろう。
「それで、ここに来て一体何を……」
「あ! ミツクニさーん!」
頭上から女子の声が響く。
見上げた先に居たのは、この書庫を管理しているアキ=ニノミヤ。
彼女は嬉しそうな表情で手を振った後、螺旋階段を速足で降りて来た。
「お久しぶりでえええぇぇぇぇ!?」
その途中でつまずくアキ。
ヤバい! この高さは危険だ!
「うおおおおおお!」
咄嗟に走り出し、アキの下に滑り込む。
スローモーションになる景色。
これはあれだ。ヒロインが空から降って来る~のパターン……
「ぐっはあ!」
なのだが、手で受け止められずに、背中で彼女を受け止めた。
「す、すみません! 大丈夫ですか!」
「大丈夫……慣れて居るから」
空から彼女のシチュエーション。悪いが俺は、この世界で何度も経験している。他の時は生きるか死ぬかの選択だったので、踏まれるくらいはどうと言う事は無かった。
「それで、ここに来て何をするんですか?」
アキのお尻の感触を背中に受けながら、そのままの体制で王に尋ねる。
「うむ、ちと調べ物をしようかと思っての」
「なるほど。それなら書庫は最適だ」
何食わぬ顔で会話をして居る俺達を、白い目で見て居るフラン。
おや? 何かおかしい事でもあるのかな?
「そこの娘さん。名前は何と言うのかの?」
「は、はい! アキと言います!」
「うむ。アキさんは、この書庫に詳しいのかね」
「はい! 一通り本には目を通しました!」
この書庫の本を一通り見たと?
他の勇者ハーレムも中々の化け物だが、アキも相当だな。
「その中に、変な文字で書かれた本は無かったかの」
「変な文字ですか? この書庫は古代文字の本ばかりなので、読めない本の方が多いのですが……」
俺の上で小さく唸るアキ。
「あ、そう言えば、明らかに古代文字では無い、不思議な本がありました」
「うむ。それじゃ」
「本と言うか、魔法書なんですけどね」
魔法書。それは、普通の本では無く、魔法によって描かれた本の事。俺達が持つ手帳も魔法書の一種で、通信と読み書きが出来る便利な道具だった。
「ご覧になられますか?」
「うむ。頼む」
「それでは、少々お待ちください」
言った後、書庫の階段を登って行くアキ。
そう。まるで何事も無かったかのように。
「あの状況でガン無視とは、中々に斬新だなあ」
「その表現、気持ち悪いですよ」
「いやいや。女子の尻に敷かれるシチュエーション。男子なら一度は体験したいものだ」
「そう思っているのは、キモオタのミツクニさんだけだと思います」
フランめ。リズみたいな事を言いやがる。
お前だって、突然パジャマで現れたり、チアガール衣装で現れたり、結構な事をして居るんだぞ?
まあ、それも男子の夢のシチュエーションだから、これ以上は何も言わないけど。
「お待たせしました」
そんな会話をしているうちに、アキが魔法書を持って現れる。王はそれを受け取ると、軽く会釈をして机の方に歩き出した。
「ミツクニさん」
遅れて歩き出そうとした俺に、アキが声を掛けて来る。
「誰ですか? あの紳士的なご老人は」
「あれを見て、アキは紳士的と言うのか」
「はい。とても高貴な気配を感じます」
「そりゃあ、王だからな」
それを聞いて、少しの間固まるアキ。やがてその正体に気付き、唇を震わせた。
「あの、ええと……」
「とりあえず、皆には黙っておいてくれ。何故か誰にもバレて居ないから」
「は、はい。分かりました」
言った後、アキは小さくお辞儀をして、カウンターの後ろに隠れる。
うむ、とても普通の反応だ。
状況を把握しながらも、至って普通のフランとは大違いだ。
「それで、それは一体何なんですか?」
王の元に歩きながら口を開く。
「日記じゃよ」
王の簡単な答えに、首を傾げて見せる。
「日記?」
「うむ。この世界に召喚された、前任者達の日記じゃ」
それを聞いて、言葉を失う。
この世界に召喚された?
つまり、俺達以外にも、この世界に召喚された人達が居たのか。
「どうしてそんな物が、この遺跡にあるんですか?」
何から聞いて良いか分からない俺に対して、フランが先に聞いてくれた。
「ここは予言の発信地じゃからの。あって当然じゃ」
「そうだとしても、どうして王は、ここが予言の発信地だと知って居るんですか?」
「城の極秘図書館にある書物に、そう書いてあったからじゃ」
俺の知らない真実が簡単に明かされる。
まあ、王は四十年前に召喚された人間だし、予言の事もずっと調べて居たのだから、そこに辿り着くのは必然か。
(あれ? でも……)
俺に予言を見せたリズは、ここが予言の発信場所だとは知らなかった。
もしかして、王とリズはお互いに予言の事を知って居ながら、情報共有をしていた訳では無いのか?
それ以前に、王とリズはどこまで繋がって居るのだろうか。
「この遺跡が現れた事を知って、どうしてもこれが見たくなってのお。もう少し潜伏して居たかったのじゃが、我慢出来ずに出て来てしまった」
その気持ち、痛いほど分かる。
俺と違って四十年だからな。
本当ならば、何を置いても先に来たかったに違いない。
「それじゃあ、早速見てみるとするかのう」
そう言って、王がページをめくる。
そこに記されていたのは、この世界の人間が読めない文字。
紛れもなく、日本語だった。
「ほっほ、懐かしいのお」
小さく微笑みながら、王がページをめくる。
そして、パラパラと後半の方までめくった後、ピタリと手を止めた。
「うむ。間違いない。これじゃ」
「どうしてそれが、目的の日記だと分かるんですか?」
「それはの……これじゃ」
王が見せてくれたページ。
そこに書かれていたのは、何と俺が書いた恥ずかし日記だった。
「ああああああ!?」
「何々? 世界を救う為に、勇者の親友役として召喚された男……」
「三度目! 三度目は無いぞぉぉ……!」
恥ずかしさに地面をのたうち回る。
どうして俺の書いた文章が、あそこに書かれているんだ!?
「これは、異世界の人間が書いた文章を、転写する魔法書なのじゃよ」
「何その便利機能! 聞いてない!」
二人のニヤニヤとした視線が突き刺さり、両手で顔を覆う。
王は城の図書館で、その事を知って居たから良かっただろうよ!
だけどな! それを知らなかった俺と前任者達は、生殺しだぞ!?
「うわー。他の前任者達も、中々痛い文章を書いて居ますねえ」
「うむ。異世界召喚された者は、大抵自分を英雄か何かと勘違いするからのお」
「見て下さいよこれ。俺のおかげで、また世界が救われた……」
「止めろ! 止めてくれぇぇぇぇぇぇ!」
召喚者代表! ミツクニ=ヒノモト!
過去に召喚された人達の代表として、声を出しての朗読を却下します!
「ま、冗談はこれくらいにしておこうかの」
ほっほと笑い、王がページを最初に戻す。
恐るべし異世界召喚! 恐るべし異世界のシステム!
それで世界は救われるかも知れないが! 俺達の心は一度死んだぞ!
「ほれ、お主も見るのじゃ」
前任者達の傷を抉るようで心苦しいが、これを見れば、予言の歴史を知る事が出来る。
ここはそれに目を瞑って、無の心で拝ませてもらう事にしよう。




