ヤマトナデシコ
意識を取り戻して、ゆっくり目を覚ます。
最初に見えたのは、木造りの天井と和式の電灯。
どうやらここは、俺の部屋のようだ。
(一体何が……)
少しの間ぼうっとしていたが、すぐに露天風呂での出来事を思い出す。
(そうだ! ヤマトが……!)
勢い良く起き上がると、横から小さい悲鳴が聞こえる。
振り向いた先に居たのは、浴衣姿のヤマト=タケルだった。
「ヤ、ヤマト……?」
ヤマトは肩から滑り落ちた浴衣を直すと、顔を真っ赤にして俯く。
少し濡れた黒髪。うっすらと汗ばんでいる肌。どうやら俺を、ここまで運んでくれたようだ。
「ええと……」
頭を掻き、ヤマトに向かって口を開く。
「風呂場の件なんだけど……」
ヤマトはビクリと体を震わせた後、恥ずかしそうに指を弄ぶ。
少しの間沈黙が続いたが、ヤマトはゆっくりと視線を上げて、小さな口を開いた。
「ミツクニ……」
涙目で上目遣いに俺を見る。
「実は僕……女なんだ」
それ聞いて、完全に固まってしまう。
俺は黙ってヤマトの言葉を待ったが、ヤマトが何も言って来ないので、こちらから尋ねる事にする。
「どうして今まで、男のフリをしていたんだ?」
ヤマトは少しの間黙って居たが、再び視線を下げて話し始めた。
「子供の頃お世話になっていた孤児院で、男のフリをして生きろって言われたから……」
「何で?」
「分からない。でも、そうしろって言われたんだ」
「ヤマトが女だって事、俺以外に知っている人は居るのか?」
「妹のイリヒメと、孤児院の大人達……」
そこまで言って、ヤマトが黙ってしまう。
そんな彼女の姿を見ながら、俺は今までの事を改めて考えてみた。
(そう言えば、魔法学園では一緒に風呂とか入らなかったな)
戦闘訓練や授業は一緒に行って居たが、着替えをする時はいつも居なかったので、恥ずかしがり屋なのだと思っていた。
(でも、女にしては強すぎる気も……)
この世界は女子の方が強い。それを思い出して、考えなかった事にする。
(そう言えば! イリヒメちゃんが、ヤマトと結婚出来るって……!)
この世界の恋愛は、俺の居た世界よりもラフ。リンクスがそんな事を言って居たな。
そうなると、同性結婚や一夫多妻制も、ありなのかも知れない。
(……よーし。女じゃないと否定出来る要素が、一つも見つからないぞ?)
それ以前に、目の前で恥ずかしそうにモジモジしているヤマトの姿。
どう見たって、女の子じゃないか。
(何で今まで気付かなかったんだ……)
額に手を当てて、大きくため息を吐く。
ヤマトとは魔法学園に居る時に、散々行動を共にして居た。それなのに、俺は最初からヤマトを男だと決めつけて、全く疑わなかった。
(いやいや! 俺は勇者ハーレムを作れって言われたから……!)
それを思い出して、再び凍り付く。
そう言えば、勇者ハーレムは最初から、女子ばかりを集めて居たな。
もしかして、予言を書いた奴も、ヤマトは男だと思って居たのか?
それとも、女と分かって居ながら、あえて女子をリストに載せていた?
(……百合展開の方も、十分にあり得るな)
今まで考えた要素を踏まえると、男より能力の高い女子をハーレムにした方が、世界を救うと言う目的に適っている気がする。
以上の考察から、ヤマトが女だとしても、何も状況が変わらない事が分かった。
「俺の心情以外はな!」
ついに我慢が出来なくなり、声を上げてしまう。
「僕っ娘!? ヤマトが僕っ娘って……!」
「ミ、ミツクニ君!?」
「いや、確かに僕っ娘は今まで居なかったよ? だけど、まさかメインキャラが僕っ娘って……」
「ミツクニ君!」
「しかし、このご時世、僕っ娘は強力なヒロイン候補の一角としてええええ……!」
「ミツクニ君!!」
ヤマトに肩を掴まれて、我を取り戻す。
「……お、おう。自分の世界に入って居たぜ?」
「もう、ミツクニ君は……」
ふうと息を吐き、無邪気に笑う二人。
しかし、ヤマトの体温を肩に感じて、思わず距離を空けてしまう。
「ご、ごめん。ミツクニ君」
「いや、気にするな……」
おかしいな。どうして俺は、こんなに動揺しているんだ?
ヤマトが男だと思っていた時は、こんな事いつもの事だったじゃないか。
それに、ヤマトも少しおかしくないか?
女とばれた途端に、急に女の子っぽくなって……
(……いかーん! 意識するほど泥沼だ!)
邪念を振り払い、ヤマトを見つめる。
「それで、ヤマトはこれからどうするんだ? この際、皆に女だって公表しちまうか?」
「それは出来ないよ。孤児院の人達と約束したから」
俺を下から見上げるヤマト。
「だから、ミツクニ君も……」
目を潤ませて訴えて来る。
今まで男として見て居た奴に、こんな事を言うのも何だが……
……可愛いじゃねえか! コンチクショウがぁぁぁぁぁぁぁぁ!
「ああ、大丈夫だ。絶対に言わねえよ」
笑顔で言って、ポンとヤマトの頭を叩く。
その瞬間、ヤマトの頭から煙が上がった。
(そうか! 男じゃないからコレNGだ!)
それ以前に、今までの俺は、ヤマトにそれっぽい事を沢山して来たぞ!?
今考えたら、ただのセクハラじゃねえか!
「ヤ、ヤマト? 俺は……」
「う、うん。気にしないで……」
ヤマトが顔を真っ赤にしながら笑う。
「僕が騙して居たんだから……悪いのは僕だから」
そんな事言うなよ。
お前は孤児院での約束を、守って来ただけじゃないか。
ここは俺が悔い改めて、これからお前の事を……
「だから、これからも今まで通りに、優しく接して欲しいな」
いや……うん。
ごめん。今まで通りとか、もう無理だから。
今の俺は、ヤマトを女子としか見られないから。
「……善処する」
そう言って、この場は締める事にした。
男女関係の話が終わり、今度はお互いの事について話し始める。
俺が魔法学園に居ない間、学園では魔物との交流が進み、今では学園だけでは無く、町にも魔物が自由に入れるようになったらしい。
それに対して、俺も旅で出会った人達の事を話して、大いに盛り上がった。
話が終わってお茶を飲んでいると、ヤマトが口を開く。
「それで、ミツクニ君はこれからどうするの?」
「ああ、俺は魔物の領地に行く事にした」
「そうなんだ」
お茶を一口飲むヤマト。
「それじゃあ、僕と同じだね」
それを聞いて、一瞬固まる。
「なん……ですと?」
「僕も人間側の代表として、魔物の領地に行く事になったんだ」
そう言うと、ヤマトが横にあったバックから、一枚の書面を取り出す。
それは、ヤマトを外交官として、魔物の領地に送り出すという命令書だった。
「なるほど。それで、誰と行くんだ?」
「城の兵士が同行してくれる予定だったけど、断った」
「どうして断ったんだよ」
少し間を空けてから、ヤマトが恥ずかしそうに言う。
「だって、女だってバレたら……困るから」
ああ、そう言う事か。
これから行くのは魔物の領地だ。危険な事も沢山起こるだろう。
そんな中で、何も知らない兵士達と一緒に居たら、色々と不便だろうしな。
「だけど、一人で行くのは危険じゃないか?」
「うん、だから……」
ヤマトが真っ直ぐにこちらを見る。
「……ミツクニ君と、一緒に行きたいんだけど」
その言葉が、頭の中で復唱される。
そして、一瞬の空白の後、頭に血が上って来た。
「あ? え? その……」
「実は、最初からミツクニ君に、お願いするつもりだったんだ」
それを聞いて、俺は更に混乱する。
「ど、どうしてだ? 女だってバレちまうかも知れないじゃないか」
「うん。でも……」
俺を見上げて微笑むヤマト。
「ミツクニ君になら、バレても良いと思っていたから……」
ヤマトの瞳に映る、俺への信頼。
確かに俺は親友役として、頑張っては居たよ?
だけどね。今更女でしたと言われて、今までと同じ付き合い方なんて出来ないぞ。
「そう言う事だから、僕も一緒に連れて行ってくれないかな」
正直、悩む。
ヤマトが女だと知ってしまった今、同行するのは色々な意味で危険だ。
しかし、女だからこそ、一人で行かせる訳にもいかない。
だから、俺はこうする事にした。
「一つだけ、条件がある」
ヤマトが俺の言葉に頷く。
「条件は、俺が一緒に行こうとしていた奴等に、ヤマトが女だと教える事」
それを聞いたヤマトが、表情を曇らせる。
「先に言っておくが、俺と一緒に行く奴等は、全員魔法学園の生徒じゃないぞ?」
「それって、もしかして……」
俺は黙って頷く。
それを見たヤマトは、覚悟を決めたように頷いた。
「よし。それじゃあ、俺達と一緒に行こう」
「うん、ありがとう」
ヤマトが嬉しそうに微笑む。
「それで、その人達には、いつ僕の事を教えれば良いの?」
「ああ、うん。それなんだがな……」
苦笑いした後、部屋を見渡す。
すると、押し入れからメリエル。掛け軸の裏からベルゼ。机の下からリンクス。最後に、便利袋の中からミントが現れた。
「悪いな。お前がここで話してしまった以上、こいつらが聞いて居ない訳無いんだ」
呆気に取られているヤマト。
そう。
俺の仲間達は、どこからでも現れる。
「そう言う訳だから、ヤマトが女だって事は、俺達だけの秘密な」
『はーい』
全員が声を合わせて約束する。
こうして、俺達は勇者を引き連れて、魔物の領地へと足を運ぶ事になった。




