防戦の青月
深夜。
俺達はクラウの部屋のベランダに集まり、襲撃に備えて待機している。
空の上には、ぽっかりと浮かぶ青い月。
そう。
今日は予言の日だ。
『光が光を襲い、闇と光の陰が増す』
手帳に書かれた予言を眺めながら、その意味について考える。
光は人。闇は魔物。
人が人を襲い、それによって人間と魔物の対立が深まるという事か?
「うーん」
ベランダに腰かけながら唸っていると、リズが横に来て予言書を覗き込む。
「どうしたの?」
「ちょっと気になる事があって」
それだけ言って黙って居ると、リズがそっと鉄球を取り出す。
「そこまで言ったら、普通言うでしょう?」
「そうですね」
素直に同意すると、リズが鉄球をしまう。
本当は確証の無い事を言いたく無いのだが、リズが望んだので仕方が無い。
「この予言、おかしくないか?」
その一言に、リズが首を傾げる。
「予言って、予測される未来を示してあるものだろ?」
「そうね」
「それなのに、俺達が見て来た予言は、全て事が起こる直前か直後に示されている」
「そう言えば、そうね」
「それって、誰かがこれから起こる事を推測して、俺達にメッセージを送って来る事と、全く同じじゃないか?」
それを聞いたリズが、腕を組んで考え始める。
「つまり、これは昔からある予言じゃなくて、誰かがリアルタイムで送って来ていると言いたいの?」
「ああ」
「確かにその可能性はあるけれど、まだ予言である可能性は、残っているんじゃないかしら?」
「それなんだが……」
俺は今までに送られて来た予言を示す。
一の予言『赤き月の一の夜。大地が朽ちて、終わりの始まりが訪れる』
二の予言『第二の赤月。世界は三つに引き裂かれ、光は闇に汚される』
三の予言『第三の赤月。ひな鳥の箱は崩れ落ち、花々は赤く染まる』
四の予言『魔が己を食い合う時、人は魔を洗い流す』
五の予言『光が光を襲い、闇と光の陰が増す』
「この予言。最初の方は確かに予言っぽいけど、後半になるにつれて、俺達の周りに起こる事を、ピンポイントで予言していないか?」
「言われてみれば、そうとも言えるわね」
「そう考えると、やっぱりこの予言は、誰かが意図的に示しているという事になる」
そこから考えられる推測が一つ。
「……この予言は、俺達を都合良く動かす為の、システムなんじゃないか?」
これは、あくまでも推測だ。
だけど、それが答えだと言われても、矛盾が無いように思える。
「もしそうだとしたら、どうして勇者がヤマトなのかしら?」
不意に言ったリズの質問に言葉を失う。
「それに、勇者ハーレムを集めている理由も分からないわ」
それを聞いて、俺の頭にもう一つの考えが浮かんで来た。
「もしかして、誰かがヤマトを英雄にしようとして居るとか……」
それを言った所で、急に背筋が寒くなる。
世界が滅ぶ事を防ぐ為の予言。
そのはずなのに、少し見方を変えただけで、ヤマトを成長させる為に、誰かが意図的に用意した筋書きのように思えて来た。
「なあリズ。ヤマトって結局どういう奴なんだ?」
「分からないわ。孤児院育ちだから、出生も分からない」
その謎がヤマトの存在感を際立たせる。
漫画やアニメだと、神に選ばれた存在とかで済むのだが……
「うーん」
「考えても答えは出ないわよ」
「そうだけど、考えておいて損は無いように思える」
予言の解読は、世界を救う事に繋がる。それならば、答えが見えなくても考える事は大切だ。
むしろ、その答えを見出す為に、俺が召喚されたんじゃないか?
「……うむ! 全く分からない!」
浮かんで来た考えを空に吹き飛ばして、ふうと息を吐く。
「とりあえず、今は予言回避を頑張るしかないな!」
「そうね。難しい事を考えるより、黙って予言を回避して居た方が楽だわ」
いやいや、楽では無いよ?
今までもギリギリだったしね。
「それじゃあ、改めてクラウの護衛を……」
言葉の途中で、突然入り口の扉が開く。
そこに現れたのは、黒装束の集団。
暗殺というのでベランダに居たのに、正面から現れるとは思って居なかった。
「ヤマト!」
俺の言葉を聞く前に、ヤマトが黒服の集団に襲い掛かる。同時にリズとシオリがクラウの横に陣取り、防戦の構えが整った。
「正面から侵入って! 城内の兵士達は何やってたんだよ!」
「起こってしまった事は仕方ないでしょう!」
「ええい! 仕方ないな!」
慌てて懐からハンドガンを取り出し、敵に向かって銃口を向ける。
しかし、既に部屋の中では乱戦が始まっており、介入する隙が無かった。
「……出遅れたぜ」
「マスターは相変らずだな」
ベルゼのツッコミを黙って飲み込み、ベランダから外を眺める。すると、城の上下から、黒服の男達が迫って来て居るのが見えた。
「ビンゴだぜぇぇぇぇ!」
暗殺だもんな! そりゃあ外からも敵来るよな!
撃て撃て! 全て撃ち落せ!
「マスター。上から三人」
「そら!」
「下から二人」
「おうい!」
「左右に一人」
「でありゃい!」
言われるままに、次々と敵を撃ち落とす。
ゴム弾だから相手は死なないよ?
まあ、撃った敵は下に落ちて行くから、その後は知らないけどね!
「おらおらおらぁぁぁぁぁぁ!」
ハンドガンで次々と敵を撃ち落す。
やがてベランダに登って来る者は居なくなり、室内戦闘だけが続いていた。
「残念だが、俺に出来るのはここまでのようだ」
「うむ。あそこにマスターが介入するのは、危険過ぎる」
相変らず、メインの戦闘には参加する事が出来ない親友役。
まあ、参加したら死ぬからね!
「それじゃあ、改めて……」
俺はハンドガンを懐にしまうと、便利袋から望遠鏡を出し、城の周囲を見回す。
一通り見回したが、敵の気配は無い。
「ふう。どうやら大丈夫みたいだ……」
言いかけて、ハッとする。
反対側の塔。その先に見える景色。
王の寝室に、男が一人侵入して居るのが見えた。
(光が光を襲う……!)
どうして考えなかった?
クラウを暗殺した所で、陰が増すとは思えない。
本当の光は……!
「くそっ!」
咄嗟にワイヤー銃を取り出して、王の寝室に向けて引き金を引く。
「ベルゼ! 俺を持ち上げられるか!」
「少しの間だけならば」
「ワイヤーを全力で引く! 王の寝室まで持ち上げてくれ!」
「了解した」
ベルゼがアームで俺の両脇を抱える。それと同時に、巻き取られるワイヤー。
俺達は空中を真っ直ぐに飛び、シールドチャージでベランダの窓をぶち破った。
ガラスが飛び散る王の寝室。
俺は両腕のシールドを解くと、侵入して居た男の事を真っ直ぐに見つめる。
「やあ。やっと来たね」
部屋の入り口で静かに佇んでいる男。
黒髪、黒瞳、黒スーツ。
お姫様救出作戦の時に出会った、あの男だ。
「言っただろう? また会う事になるって」
俺を上から見下ろして、薄笑いを浮かべる男。
名前は確か……レイジ=ヨマモリだ。
「俺の事を待って居たんですか?」
「ああ。君と少し話をしたいと思ってね」
王を挟んで対峙する二人。王は何も言わずに、状況を見守っている。
レイジはゆっくりと歩き出すと、暖炉の前にある椅子に座って話し始めた。
「ミツクニ君。君は人間と魔物が、争わないようにしたいと思って居るらしいね」
男が知らないはずの情報。恐らく、独自に調べたのだろう。
「とても素晴らしい信念だけど、本当に魔物と人間が、仲良く出来ると思うかい?」
そう言って、机の上に置いてあったチェスの駒を弄ぶ。
「俺は……仲良くなれると思っている」
「まあ、そうだね。実際に君は、魔物達と仲良くして居るし」
レイジがチェスの駒を置く。
「そこに居る、国王と同じでね」
王を見つめるレイジ。
王は……何も言わない。
「でも、実際はどうだろう。人間は未だに魔物を敵視して居る。仲良くなった所で、最後は戦う運命にあるんじゃないかな?」
それは、明らかに挑発の言葉。
それを分かって居ながらも、俺は我慢が出来なかった。
「確かに、戦う運命なのかも知れない」
この世界に根付いた戦いの根源。それを、ポッとでの俺が止められる訳も無い。
「だけど、戦いたくない人達も居る。俺は、その人達が戦わないようにしたい」
それが、俺の答え。
全てを止める事が出来なくても、目の前の戦を止める事ならば、きっと出来る。
「なるほど。面白いね」
レイジが立ち上がり、こちらを見詰める。
「僕も魔物は嫌いじゃない。今では武器も卸しているしね。でも、戦が終わるとそれが無くなってしまって、凄く困るんだ」
その言葉は、俺に対する宣戦布告。
戦争を止める気は無いという、彼の警告だ。
「そう言う事だから、僕はこれからも戦争を誘発させる。それでも、君は抗い続けるのかい?」
「ああ。俺の出来る範囲で、戦争を止める」
「なるほど。良く分かったよ」
ふうとため息を吐くレイジ。
次の瞬間、裾からナイフを取り出して、俺に向けて投げつけて来た。
「くっ!」
殺気を纏ったナイフ。
戦闘訓練の時とは違い、速くて重い。
「ほら! 次だよ!」
レイジが一瞬で間合いを詰めて、ナイフを突き出して来る。
咄嗟にシールドを張って軌道を逸らしたが、レイジは体を捻って脇腹に蹴りを食らわせて来た。
「ぐぅぅぅぅ……!」
体重の乗った一撃。前のめりになる。
「まだだ!」
下から振り上げられる蹴り。
何とか頭を上げて躱したが、再び腹を蹴られて思い切り吹き飛ぶ。
やはり強い。
このままでは……王を守れない!
「君は弱い」
上から見下ろすレイジ。
「君に、他人を守る事は出来ない」
ゆっくりと、近付いて来る。
「大きな理想を掲げた所で、それを成す力が無ければ、決して事は成しえない」
正論!
正論! 正論! 正論!
だから俺は……! ずっと必死に……!!
「力の無い君は……ここで死ぬんだ」
ナイフを掲げるレイジ。
その刃が、俺の頭に振り落とされる。
終わった。
俺はここで死んで、国王も殺される。
だけど、クラウは生き残り、それを守ったヤマトは名声を得る。
そして、名声を得たヤマトは、きっと俺の想いを引き継いでくれるだろう。
親友役の俺が死んだとしても、想いは勇者に託されるんだ。
「やれやれ……簡単に諦めるんじゃないよ」
不意に聞こえる声。
ふわりと揺れる大気。
次の瞬間、部屋の中に風が巻き起こり、レイジを反対側の壁まで吹き飛ばした。
(……これは)
朦朧とする意識の先に見える、白と茶色の獣。
全てを見透かす瞳。賢猫、リンクス。
「ミツクニらしくないですね」
ふわりと俺の横に降り立ち、治癒魔法をかけてくれる女性。
死の天使、メリエル。
「ミツクニ……死なせない」
俺の前に立ち、黒の翼を広げるゴスロリ幼女。
魔王、ミント=ルシファー。
「ほら、ミツクニ。立ってください」
メリエルの微笑みに促されて、ゆっくりと立ち上がる。
ああ、そうだ。
俺には、仲間が居る。
貧弱な俺を信じてくれる、大切な仲間が。
だからこそ、俺は戦えるんだ。
「これは……予想外だね」
レイジがゆっくりと立ち上がる。
「噂には聞いていたけれど、まさかここにまで現れるとは」
ここは帝都。人間の住む街。
魔物や天使である彼女達が来る事は、自殺行為にも等しい。
それでも、彼女達は来てくれた。
「こうなると、僕ではどうにも出来ないな」
レイジはナイフをしまうと、ゆっくりとした足取りでベランダへと歩く。
「今日はこれで終わりだ」
そして、ベランダの手すりに乗り、ゆっくりと後ろに倒れながら言った。
「ごきげんよう。また会う日まで」
空に自身を放ち、落ちて行くレイジ。
その光景を、俺達は黙って見続けていた。
戦いが終わり、俺は大きく一息付く。
残されたのは、俺と仲間と国王一人。
クラウの部屋では、まだ戦闘が続いているようだった。
「……この場所で起きた出来事は、公表されんじゃろうな」
ベッドに座って居た王が口を開く。
「ヤマト君はクラウを守った事で、更なる名声を手に入れる。それに対して、君は何も得られない。それでも、君はこんな事を続けるのかね」
そう言った王に対して、俺は小さく笑い掛ける。
そして、言ってやった。
「続けます。俺の背中を押してくれる人達が、居る限り」
「……そうか」
答えを聞いた王が立ち上がる。
王はゆっくりと俺の元に来ると、持っていた物を差し出してくる。
それは、ハートのマークが刻まれた、質素な指輪だった。
「これを持っていれば、各地に散っている国の従者から情報を貰える。必要になるじゃろう。持っておきなさい」
指輪を受け取り、まじまじと眺める。
はっきり言って……ダサい。
だけど、重要なアイテムなのは確かだ。
「ありがとうございます」
適当な場所にしまうと不味いので、首に掛けていた精霊王の首飾りを一度外して、鎖に引っ掛けてかけ直す。
これで、無くす事は無いだろう。
「ふむ……なるほど」
その光景を見ていた王が、フフッと笑う。
「どうやら君は、まだ行かなければならない所があるようじゃな」
楽しそうに言った王に対して、首を傾げる。
「その二つを持っていれば、どちらの道も開かれるじゃろう。行ってきなさい。そうすれば、きっと答えも見つかるはずじゃ」
意味深な事を言う王。
だけど、冗談のようには聞こえない。
(行くべき場所……か)
何となく見当はついている。
だけど、今はヤマト達の戦を終わらせるのが先決だと思い、仲間達とクラウの部屋へと走り出した。




