勇者が歩けば姫に当たる
身分階級が三つに分かれて居るこの帝都では、居住区画も三つに分かれている。
一つは街の中心に広がる平民街。
ここは一般人や貧しい人達が、それぞれにコミュニティを作り生活を行っている。
もう一つは、街の外れに広がる貴族街。
平民街に比べて建物が少なく、自然に囲まれたこの場所は、郊外とも呼ばれており、主に貴族や街の統治者達が生活を送っている。
そして、最後に王街。
街の最奥にあるその街は、王族やその親族が生活して居る。この街は他と違って入り口に城門があり、許可を得た者しか入れない。
俺達は貴族街に住んで居るので、貴族街と平民街を自由に行き出来るが、王街には入れない。
それでも、物語が動くのは国の心臓である王街だと思い、俺達は王街前の広場でヤマトと待ち合わせをする事にした。
広場の中央にある噴水のヘリに座って、目の前にそびえ立つ城門を眺める。
豪華な装飾が施されている大きな城門。その大きさには理由があるのだろうが、一般人の俺から見れば、開け閉めが面倒な入り口にしか見えない。
しかし、開け放たれて居る門の先に見える城は美しく、眺めるには一見の価値があると感じた。
「ミツクニ君!」
後ろから聞こえて来る、懐かしい声。
ゆっくりと振り向いた先に居たのは、魔法学園の制服を着て居るヤマト。
学園の外まで制服を着て居るとは。流石は真面目勇者と言った所か。
「ヤマト。久しぶりだな」
静かに立ち上がり、ヤマトと拳を突き合わせる。
「悪いな。突然呼び出したりして」
「気にしないで。丁度帝都にも用事があったし」
「用事?」
首を傾げて見せると、ヤマトが城の方に視線を向けた。
「実は、先日魔法学園に王様の使者が来て、王様に呼ばれて居たんだ」
流石は勇者。ついに王様に呼ばれる程の知名度を手に入れたか。
しかし、タイミングが良すぎる気もする。
俺達が水攻めの全貌を知った時点で、勇者にもフラグが立ったのかも知れない。
「そう言う事だから、僕は王様に会わないといけないんだけど、良かったらミツクニ君達も一緒に来ない?」
笑顔で言ったその一言に、苦笑いを返す。
「あのなあ……友達の家に行く訳じゃないんだ。一緒に行ける訳無いだろ」
「あ、そうか」
忘れて居たかのように言った後、ヤマトが恥ずかしそうに頭を掻く。
少し抜けているのは相変らずのようだ。
「そんじゃあ、俺達はシオリの家で待ってるから、ヤマトは王様に会って来いよ」
「ごめんね。折角待っててくれたのに」
「気にするなよ。別に急ぎの用があった訳でも無いし……」
言った途中で、突然大きな音が鳴り響く。
辺りを見回すと、平民街に続く道の先で、騒ぎが起こって居るのが見えた。
(これは……)
勇者の出現によるフラグ。
そう考えるよりも先に、ヤマトは動き出していた。
「まるで、餌を与えられた犬みたいね」
横に居たリズの一言に、ため息を吐く。
「あのなあ。ヤマトは自分から災いを招き入れている訳じゃ無いんだぞ」
「でも、ヤマトの周りで何かが起こるのは、事実でしょう?」
それは確かにそうですね。
そして、そんな勇者の周りに居る人達は、その騒動に巻き込まれてしまうのです。
「そんじゃあ、俺達も行くか」
その言葉に頷き、リズとシオリが走り出す。俺は自分の装備を確認してから、ベルゼと共に二人の背中を追い掛けた。
騒動の現場に辿り着き、辺りを見回す。
中央には倒れた馬車。その横ではヤマトが女子を庇いながら、覆面の男達と戦って居る。
どうやら、悪者達が女の子を攫おうとしていた現場のようだ。
「うん。この展開はあれだな」
俺の世界の人間であれば、一目見てピンとくるだろう。
勇者が豪華なドレスを着た女子を守る。
これは、お忍びお姫様救出イベントだ。
「何だろうなあ。この、勇者が居るとサクサク物語が進む感じは」
「御託は良いから、さっさと敵を倒しなさい」
そう言って、リズが敵の真ん中に飛び込んで行く。それに続いてシオリも乱入して、現場は完全に乱戦状態となった。
(うーむ。どうしようか)
目の前で行われている勇者と悪の戦い。
戦況は圧倒的に勇者達が押している。
しかし……
「なあ、ベルゼ。俺があの戦闘に乱入したら、多分死ぬよな?」
「その可能性は極めて高い」
いくら戦闘訓練をして居たと言っても、俺は未だに異世界最弱だ。安易に踏み込んで急所にでも攻撃を食らったら、一瞬で命を散らす事になる。
「……よし。俺達は付近の警戒をするか」
「マスター。それは、逃げという行為では無いだろうか」
「違うな。親友役ってのは、メインの戦闘には参戦しないんだよ」
「マスターがそう言うのならば、そうなのだろう」
そうです。
折角勇者が居るのだから全部任せようとか、全然思って無いよ?
これは、あくまでも作業分担なのだ!
「それじゃあ、俺達は俺達の仕事をするか」
充分な言い訳を済ませた後、俺とベルゼは小脇の道に移動した。
広場から外れた、人気の無い脇道。
俺はそこでワイヤー銃を取り出して、屋根に向けて引き金を引く。
屋根先に固定されたワイヤーを巻き取って屋根上に辿り着くと、ヤマト達の戦いが一望出来る場所へと移動した。
(凄いな……)
俺達の下で繰り広げられる戦い。
勇者達三人に対して、敵の数は二十人程。
敵も決して弱いはずでは無いのに、勇者達は圧倒的な力で敵を蹂躙している。
「あいつら、実はもうこの世界で最強じゃないのか?」
「最強かは分からないが、相当な実力者ではあるだろう」
「その中に最弱の俺って……」
途中まで言って、うなだれる。
この世界に召喚されてから、俺だって色々と頑張って居るつもりだよ?
だけど、あいつらも同じくらい頑張って居るから、結局差は縮まらない訳で……
「マスターにはマスターの戦い方がある」
俺の思いを察して、声を掛けてくれるベルゼ。
気を使ってくれる仲間がいつも隣に居てくれて、俺はとても幸せだよ。
……まあ、彼は機械なのですが。
「ベルゼ。広範囲に飛んで状況確認」
「了解」
ベルゼは子機を飛ばした後、自らも偵察に飛ぶ。俺は便利袋から望遠レンズ付きのカメラを取り出すと、戦闘現場の周りを索敵し始めた。
(さて、何が出て来るか……)
戦場に続く通路と野次馬達を眺める。
すると、野次馬の中に無線のような物を持っている男を見つける。
どうやら、何処かに戦場の状況を伝えているようだ。
「はい、パシャリと」
男の顔にズームして写真に収める。
「次は……」
城に続く道の先で、戦場と城を交互に眺めて居る女子。恐らく、兵士達が来るのを監視して居るのだろう。
「はい、ご苦労様でーす」
ズームアップして写真を撮る。
その後もそれらしい人物を写真に収めていると、ベルゼと子機達が戻って来た。
「よう、ベルゼ。どうだった?」
「付近で商業組合の馬車を何台か見かけた」
「写真は?」
「顔を出した者は撮れた」
「うん。上々ですなあ」
この世界には、俺やベルゼが持っているような、遠方の画像を綺麗に収める道具は存在していない。そのせいで、敵は警戒をする事も出来ずに、簡単に写真を撮られてしまう。
異世界では元の世界の日常品が、既にチートアイテムだった。
情報収集を終えた俺達は、改めて戦闘現場に視線を戻す。
そこでは既に戦闘が終了していて、勇者達が姫の周りに集まって居るのが見えた。
「どうやら、終わったみたいだな」
ふう吐息をつき、カメラを便利袋にしまう。
そして、勇者達に合流しようとした、その時だった。
「こんにちは」
後ろから男の声が聞こえて、身が凍る。
「こんな所で、君は何をしているのかな?」
落ち着いた口調で話し掛けてくる男。俺は小さく息を飲み込んだ後、ゆっくりと振り向く。
黒の長髪。黒の瞳。黒のスーツ。
薄笑いを浮かべて居るその紳士は、この場に居るには不自然過ぎる服装だった。
「いやあ、この場所なら安全に、野次馬が出来ると思いまして」
「なるほど。確かにここなら、騒動の全てを見る事が出来るね」
そう言って、一歩踏み出して来る。
「ベルゼ……」
「うむ」
男との距離は五メートルほど。
相手が普通の人間であれば、便利袋から武器を出して戦えるだろう。
しかし、男から感じるその雰囲気は、それが出来ない事を物語っている。
「彼方はどうして、ここに居るんですか?」
この場を躱すには話術しかないと思い、必死に思考を巡らせる。
「僕も君と同じさ。何か騒動が起こったようなので、上からそれを眺めに来た」
「そうですか」
少しずつ間合いを詰めて来る男。
距離が近付く度に、命の危険が高まる。
どうする?
戦うか。
逃げるか。
「ふふ……」
男は俺の三メートルほど手前で立ち止まり、小さく笑った。
「そう警戒しなくて良い。僕は君と話したかっただけなのだから」
そう言うと、男はポケットから煙草を取り出して、静かに吸い始める。
どうやら最初から、俺と戦うつもりは無かったようだ。
「僕はレイジ=ヨマモリと言う。君は?」
「ミツクニ=ヒノモトです」
「そうか」
レイジは携帯灰皿で煙草を消すと、改めてこちらを見詰める。
「君とは、また会う事になりそうだな」
ふっと笑うレイジ。
レイジは身を翻すと、ふわりと空を飛び、屋根の下へと消えて行った。
静かになる屋根上。
レイジの気配が完全に消えたのを確認した後、ドサリと屋根に座り込む。
「ふう……」
正直、本当に危なかった。
レイジの機嫌次第では、ここで死んで居たかも知れない。
「ベルゼ、あいつ……」
「ああ。我々のしている事に気付いていた」
この世界には無いチート道具。
しかし、頭の良い人間ならば、何をして居たかくらいは想像出来る。
「写真は撮れたか?」
「いや、無理だった」
「だよなあ」
あの男、明らかに物語の中心人物だ。
しかも、恐らく敵側の。
「これは、ヤマトだけじゃ絶対に勝てなそうだな」
「その為に我々が居る」
「まあ、そうなんだけどさ……」
ベルゼの監視網を潜り抜けて、俺達の背後を取れるような男。
そんな奴が敵に居ると思うと、急に自分の命が小さく見えてしまった。




