番外編 『最弱だから修行頑張る』
ミツクニ=ヒノモト。アニメと恋愛ゲームが好きなだけの凡人高校生。
何の特技も無い俺だが、世界を救う勇者ハーレムを作る為に、勇者の『親友役』として、この異世界に召喚された。
召喚された当初は、生活する事すら手探り状態だったが、今は様々な人の力を借りて、普通の生活を送れるようになっている。
しかし、そんな俺にも未だに悩みがある。
それは……俺が異世界最弱という事。
元の世界でスポーツなどをやって居なかった俺は、当然武術に関しても無知で、まともに戦えない状態だった。
最近は未来型ドローンであるベルゼにCQB(近接戦闘)を教えて貰ったおかげで、それなりに戦えては居るが、超近距離の戦いでは、どうしても打ち負けてしまう。
打ち負ける最大の理由は、異世界人と俺とでは、身体能力が根本的に違う所にある。
そんな訳で、俺は身体能力の差を補う為に、ハルサキ家の人間から武術を学ぶ事になった。
早朝。早々に朝飯を食べ終えた俺は、ベルゼと一緒に中庭へと足を運ぶ。
そこは、ハルサキ家の人々が使う訓練場。
俺達はハルサキ家の当主の嫁であるヨシノ=ハルサキと、その部下である武闘派メイド達に、今日からここで戦闘訓練をしてもらう事になって居た。
準備運動を済ませてベルゼと一緒にCQBを反復して居ると、タイミングを見計らって居たかのように、ヨシノとメイド達が現れる。
「ミツクニさん、おはようございます」
最初に声を掛けて来たのは、ヨシノ=ハルサキ。
彼女は異世界屈指の魔法使いだが、武術にも長けて居る俺の師匠だ。
「朝から頑張っていますね」
「はい。久々の訓練なので、張り切ってます」
そう言うと、ヨシノが上品に笑う。
彼女は動きにくそうな和服姿だったが、それでも俺は彼女に勝てない。
ここに来た当初、スタングレネードを使って奇襲を仕掛けたのだが、一歩も動く事無く返り討ちにされてしまった。
「それでは、早速訓練を行いましょうか」
「よろしくお願いします」
丁寧に頭を下げると、ヨシノは再びふふっと笑い、縁側からするりと練習場に降りて来た。
戦闘訓練の準備が整い、俺とハルサキ家の一同が対面する。
「それでは、最初にやる事なのですが……」
「はい」
「うちのメイド達の攻撃を、ミツクニさんの体に覚えさせましょう」
それを聞いて、俺は一瞬硬直する。
「……は?」
「ちぎっては投げられてください」
いやいや、簡単に言って居ますけど、それって俺が凄く痛い奴ですよね。
「……ど、どうしてですか?」
恐る恐る質問すると、ヨシノが着物の裾から扇を取り出して、俺の頬を貫こうとする。
その攻撃を何とか躱すと、ヨシノは小さく頷き、口を開いた。
「ミツクニさんは、武術の心得が無いのですよね?」
「そうですが……」
「ですが、回避力は優れて居るようです」
それは、確かにその通り。
俺は今までに様々な戦闘訓練をして来たが、フィジカルの差を考慮して、防御では無く回避ばかりを特訓して居た。
「そこから考えて、ミツクニさんは殴り合いよりも、攻撃を避けてからのカウンターを学んだ方が、良いと感じました」
「なるほど。確かにそうですね」
「ですから……」
実際にメイド達の攻撃を食らいまくって、体で人間の動きを覚えろと。
魔法学園での特訓も中々にスパルタだったが、ここでもそうなるのか。
「分かりました」
とは言え、確かにヨシノの言う通りだ。
身体能力に差があるのだから、相手の力を利用した方が、現実的だし効率的だろう。
「それでは、始めましょうか」
ヨシノがそう言うと、一人のメイドが俺の前に移動してくる。
彼女の名前は零。俺が集めている勇者ハーレムの一人。
勇者ハーレムは個々に才能を持って居るので、彼女が実力者なのは明確だ。
「始め!」
ヨシノの掛け声と共に、訓練が始まる。
(よし。ここはヨシノ師匠の言いつけ通り、零の攻撃を待ってカウンターを……)
などと思って居たのだが、何故か零が攻撃して来ない。
「……あの」
「何だ?」
「カウンターの練習なので、攻撃して来て欲しいんですけど……」
「私もカウンターが主体だから、基本的にはこちらからは攻撃しない」
「本末転倒かよ!」
思わずため息を吐いたが、これでは何時まで経っても訓練にならない。
仕方ないので、俺は自分から攻撃をしてみる事にした。
「はいいいい!」
素人仕込みの猫パンチ!
零は軽く横に避けると、伸びきった腕を捻って俺の体を空に浮かせる。
そして、空中で身動きが取れなくなった瞬間、とどめの一撃を叩き落として来た。
「ぐふうううう!」
情けない叫び声と共に、地面にめり込む。
……なるほど。柔良く剛を制すとは、こう言う事を言うのだなあ。
「どうした? まだ終わっていないぞ?」
虫を殺すような目で、俺を見降ろして居る零。
この目は……殺る気満々の目だ!
「くっ、このおおおお……!」
安い言葉を放った後、辛そうな表情を作る。
その裏で、俺はこっそりとスタングレネードのピンを外した。
「よ、よおし! もう一回……!」
立ち上がろうとした瞬間にグレネードが破裂して、周囲に閃光が放たれる。
これが俺の必殺技! だまし討ちスタングレネードだ!
「取ったぁぁぁぁ!」
目をやられて視界を失って居る零。その隙に姿勢を低くして、下段蹴りを放つ。
しかし、零は俺の足を軽々と掴み、そのままジャイアントスイングを始めた。
「のおおおおおお!」
クルクルと回された後、砂利に叩き付けられる。
……よし。やっぱり勝てないぞ。
「止め!」
ヨシノの言葉で零が後ろに下がる。
ゆっくりと立ち上がって砂埃を払っていると、ヨシノが笑顔で近付いて来た。
「ミツクニさん、どうでした?」
砂埃を払い終わり、思った事を口にする。
「痛いだけでした」
「でしょうね」
「でも、相手の力を利用するというのは、何となく分かりました」
要するに、相手から向かって来た力を受け流して、自分の動作に繋げれば良いのだな。
これは、回避に特化した俺の戦い方に合っていそうだ。
「それでは、次に行きましょうか」
軽く言って、ヨシノが後ろに下がる。
すると、今度は違うメイドが俺の前に立ちはだかった。
「私は柔道を嗜んでおります」
「……は?」
「それでは!」
襟元を掴み、有無を言わさず一本背負い!
待て待て! 掴まれたら捌けないだろ!
「次は空手!」
早い! 早すぎて捌き切れない!
「相撲!」
ちょ! 素人が体当たりを捌けるか!
「カポエラ!」
どこから攻撃来るかも分からねえ!
……そんな事が、延々と続いて行った。
戦闘訓練も終わりに差し掛かり、再び零が俺の前に立つ。
手に持って居たのは、小さなナイフ。
「……まさか、それを使うつもりなのか?」
「ああ」
「言っておくが、それを急所に食らったら……俺は簡単に死にますよ?」
「そうか。残念だな」
なるほど。本気なのか。
それならば……やるしか無いな!
「はっ!」
零が真っ直ぐにナイフを突き立てて来る。動作が早すぎて捌けないので、後ろに下がってそれを回避した。
「どうした? それでは死んでしまうぞ」
間合いを詰めながらナイフを振る零。
やがて、壁まで追い詰められてしまった。
「とどめだ!」
体の中心目掛けてナイフを突き出す零。
これは……避けられない!
「はああああああ!」
咄嗟にベルゼから貰った空間シールドを展開して、両手の甲に装備する。
そして、シールドを斜めに固定して、ナイフの軌道を横に逸らした。
「貰ったぁぁぁぁぁぁぁ!」
気合いと共に、思い切り正拳突きを繰り出す。
しかし、零は反対の手で正拳をずらし、懐に潜り込んで俺を空へと吹き飛ばした。
地面に強く体を叩き付けられて、ぼうっと空を眺めて居る俺。
雲一つない青空。
この異世界は、今日も良い天気だなあ。
「どうでしたか?」
視界に現れるヨシノ。その表情は、本当に楽しんで居るように見える。
この微笑み方……やはりシオリの母親なんだな。
「何と言うか……とても勉強になります」
「実践に勝る訓練無し、です」
確かにその通り。
ナイフという明確な殺傷力の前に、俺の体は自然とベストな判断をした。
まあ、そのままナイフが刺さって居たら、俺死んで居たけどね!
「ほら、ミツクニさん」
ヨシノの手を借りて立ち上がる。
目の前に居たのは、笑顔のメイド達。
(……楽しそうだなあ)
それを見て、俺も笑ってしまう。
勇者ハーレムを作らなければ世界が滅ぶ。
それ以前に、俺が弱ければ、勇者ハーレムを作る前に死んでしまう。
だから俺は、例え異世界最弱であっても、あがき続けるんだ。




