異世界勇者の親友役に疲れました
異世界勇者の親友役になって、数カ月が経った。
最初は訳も分からないまま、世界を救う為だけに勇者ハーレムを支援していたが、今は自分なりに世界の救い方を考えて、より良い方向に世界が進むように努力をしている。
そのおかげもあってか、魔法学園内の人間と魔物の対立は緩和されて、今では魔物と人間が一丸となって、世界崩壊によって壊された建物を修復していた。
そんな状況下で、現在の俺はというと……
(……何か疲れた)
意気消沈である。
(何でこんな事やってんだろうなあ……)
世界を救う為に召喚された者として、世界を救う事はやぶさかでは無い。
だけど、勇者にヒロインを会わせた所で、勇者は自分からどうこうせずに、ただ日常を過ごして、勝手にヒロインとの信頼度を上げている。
それなのに、どうして俺はこんなに必死に、勇者ハーレムを集めて居るのだろうか。
(勇者ハーレムと仲良くなれる訳でも無いのに!)
親友役は勇者ハーレムと仲良くしてはいけない。
何故ならば、勇者以外がハーレムと仲良くしたら、世界が滅ぶかも知れないからだ。
(完全に損な役回りだよな!)
そう思うと、沸々と怒りが湧き上がって来る。
俺は一体何をやっているんだ?
ここは、夢の異世界だぞ?
誰にだって主人公になれる可能性が、秘められているはずじゃないのか!?
(……そうだよ。世界なんて、勇者が勝手に救ってくれるだろ)
本来ならば、勇者が自分でハーレムを作るのが当たり前。親友役が頑張る必要など無いはずだ。
「俺は所詮親友役」
親友役は影。親友役はモブ。
親友役が居なくたって、ラブコメは順調にハーレムを形成していく。
「ここまで来たら、後は勇者の仕事だろ」
そうだ。
頑張れ勇者。
ヒロインは既に二十人も居るんだ。
親友役なんて、もう必要ないだろう。
「よぉぉぉおぉぉぉぉぉし!」
決めた! 俺はもう決めたぞ!
自ら動かない勇者なんて、もう知らん!
俺は辞める!
親友役なんか辞めて! 旅に出るんだ!
魔物達が寝静まった宿舎。
俺は自分の部屋に書置きを残して、静かに建物から出る。
視線の先に広がったのは、真っ暗な校庭。そして、それらを照らす綺麗な満月。
旅に出るには、申し分の無い夜だ。
(さてと、行くか)
左手に持っていたカバンを背中に背負い、軽く揺する。
持ってきたのは、少々の路銀と調理道具。
この世界は自然の食料が豊富だし、気候も安定している。無茶さえしなければ、餓死する事も無いだろう。
「……少しだけ、名残惜しいかな」
一人で格好付けて宿舎を見上げる。
勇者ハーレムを作る過程で、仲良くなった魔物達。この世界の人間は魔物を敵視しているが、俺にとっては大切な仲間だ。
今までの戦いでも、沢山助けられた。
「会おうと思えば、また会える」
そうだ。
ここは俺の故郷。
帰ってくれば、きっと笑顔で迎えてくれる。
それまでは……笑ってサヨナラだ。
「何を黄昏て居るのかしら?」
聞きなれた女子の声。
そして……いつもの鉄球!
「は、腹が……! 腹がぁぁぁぁ!!」
二倍の威力で飛んで来た鉄球の痛みで、地面をのたうち回る。
馬鹿な! なぜ彼女がここに!?
「何かを企んでいると思えば……これは一体どういう事かしら?」
冷たい赤瞳で俺を見下ろす女子。
俺をこの世界に召喚した張本人、リズ=レインハート。
「リズ……俺は」
「言い訳は良いわ。さあ、帰るわよ」
首根っこを掴もうとするリズ。
その腕を、俺はガシリと掴んだ。
「あら、逆らうの?」
「リズ……話を聞いてくれ」
真剣な瞳で訴える。すると、リズは手を引っ込めて、正面で腕を組んだ。
「聞いてあげるわ。話しなさい」
高圧的な瞳。だけど、ここで食い下がる訳にはいかない。
「リズ。俺は親友役に疲れた」
「そうね。あの駄目勇者、自分からは本当に何もしないものね」
正直に言ってしまうリズ。
流石の俺でも、そこまで辛辣には言わなかったよ?
「そう言う事だから、ヤマトと少し距離を置こうと思ったんだ」
「倦怠期の彼女みたいな事を言わないで」
再び鉄球!
しかし! 俺は受け止める!
「だけど! このままじゃあ、あいつは自分でハーレム探しをしないだろ!」
「良いのよ。その為の親友役なのだから」
「親友役は勇者の従者じゃねえぞ!」
「ええ。従者では無いわ。奴隷よ」
そこまで言うか!?
「ああ! そうだよな! お前はどうせ俺の言う事なんか聞かないよな!」
「あら、分かってるじゃない」
リズがふっと笑う。
「それじゃあ、この後どうなるのかも、当然分かって居るわよね?」
リズの口元がゆるりと上がる。
ああ、なるほど。これが俺が自由になる為の、最初の難関って訳だ。
最初からラスボスだなんて、異世界は気を利かせ過ぎだろう。
「……分かったよ」
そういう事で、勝てる訳が無いので諦めます。
「ったく、何でリズは、俺の行動を簡単に先回りするかね」
「当然じゃない。許嫁なのよ?」
「偽だろ? 本物じゃない」
「あら、私は本物のつもりだけど?」
「目がそう言ってねえよ」
「そうね。嘘だもの」
「ですよねぇぇぇぇ!」
ガックリと肩を落とす。
こいつは最初に会った時から、ずっとこんな感じだなあ。
「ほら。明日も早いのだから、もう帰りましょう」
「そうだなあ。明日は魔法訓練だっけ?」
「そうね。ミツクニの大好きな魔法訓練ね」
「ああ、大好きですよ。どうせ俺は魔法が使えない、ただのモブ……」
リズ、ごめんな。
お前を騙すような事をして。
「なっ……!」
話の途中で巻き起こる光。
それは、闇に紛れてこっそり落とした、スタングレネードだった。
光に目をやられて蹲るリズ。
その横を、全速力で駆け抜ける。
「ミツクニ!」
リズには色々と助けて貰った。
だけど、いつまでも一緒には居られない。
……だってお前と居たら、俺に自由は無いから。
「伝家の宝刀! 話してる途中にグレネードだ!」
「この……馬鹿!」
リズが呪文を唱えると、地面から爆炎が吹き出し、俺に向かって飛んでくる。
と言うか! この規模はヤバいだろ!
「本気で殺す気か!」
「死になさい! 死んで生き返りなさい!」
だから! 何度も言ってるだろ!
俺はRPGのキャラじゃなくて、FPSのキャラなんだよ!
急所に食らったら一撃で死ぬんだって!
(やべぇぇぇぇぇぇぇぇ!)
凄まじい勢いで迫り来る炎。
これは、とても避けられそうにない。
(駄目だ! 俺死んだぁぁぁぁ!)
走馬灯のように、この世界での出来事が脳裏をよぎる。
本当に、色々あったよなあ。
……上手く説明は出来ないけど。
「我が人生に! 一片の悔いは……!」
そう言って、拳を天に掲げようとした瞬間、背後に大きなシールドが現れて、炎をかき消した。
「マスター。苦労しているようだな」
横でキュイっと音を鳴らす機械。
宇宙の技術で開発された未来型ドローン、ベルゼ。
「助かった!」
「お礼は良い。とにかく走れ」
言われるままに、全力で森を駆け抜ける。
「ベルゼ、どうして助けてくれるんだ?」
「マスターがそう望んで居るからだ」
「でも、俺は親友役を放棄しようとして居るんだぞ?」
それを聞いたベルゼが上下に揺れる。
「それもまた、面白い」
機械らしからぬ言葉を聞いて、思わず笑ってしまった。
「世界を周るのならば、ナビゲーターが必要だ」
「一緒に来てくれるのか?」
「ああ、マスターに死なれては困るからな」
「ピノは良いのか?」
「彼女には別のドローンが付いている。問題ない」
本当は一人旅をするつもりだったが、世界を周るにはナビが重要だ。そして、彼以上に優秀なナビは、この星には存在していない。
ここは黙って、お世話になる事にしよう。
「ベルゼ、サンキューな」
「構わない。私も少し楽しみではある」
それを聞いて、俺は再び笑ってしまった。
森を抜けると、目の前に荒野が広がる。
後ろには、もう人の気配は無い。
ベルゼが何も言って来ないので、きっと大丈夫なのだろう。
「ああ、疲れた……」
大きく息を吐き、地面にドサリと座り込む。
「マスター。リズは一緒に来たかったのではないだろうか?」
ベルゼの言葉に対して、俺は何も答えない。
その可能性があったとしても、俺の一存でリズを連れて行く事など出来なかった。
「まあ、良いじゃないか」
それだけ言って、再び荒野に目を向ける。
地平線の先から昇り始める太陽。
本当に……綺麗だ。
「マスター。どこを目指す?」
「そうだなあ。とりあえず、少しでも魔法学園から離れた方が良いだろうな」
「うむ、賢明な判断だと思う」
「そんじゃあ、そろそろ行くか」
ゆっくりと立ち上がり、歩き出す。
俺は勇者の親友役。
だけど、親友役だからと言って、ずっと近くに居るとは限らない。
俺が居ない間に勇者がどう成長するのか。楽しみにしておこう。




