魔法少女とCQB
錬金術師に会った俺は、リズ達に隠れて武器資材の相談をして、無事にその素材を調達出来るようになった。
そして、翌日から俺は、ベルゼに戦闘を教えて貰う事になる。
教わった戦闘方法は『CQB』と言って、市街地や建物内のような狭隘な場所で行われる戦闘方法。
魔法が使えず体も弱い俺が、この世界で戦う事の出来る、一つの手段だった。
「マスター、準備は良いか」
「オーケー。いつでもどうぞ」
校庭の隅に作られた練習用の建造物の前で、俺とベルゼが構える。
「カウント。三、二、一……スタート」
掛け声と同時に扉を蹴りでぶち破り、建物の中へと侵入する。
内部を索敵して居ると、横から敵を模した看板が現れて、模擬銃で攻撃してきた。
「シールド展開」
ベルゼの声と共に、俺の前に黒いシールドが現れる。
シールドが敵のゴム弾を防いだ後、俺はそのまま宙に浮いて居たシールドを腕に装備して、敵の看板に体当たりをした。
「確保!」
懐にしまっていた警棒を取り出して、止めの一撃食らわせる。訓練では、これで敵を制圧した事としていた。
「マスター、三時方向。扉の奥に三体」
「了解。スタングレネード準備」
バックパックからグレネードを取り出して、扉の先に投げ込む。
数秒後、スタングレネードが爆発して、部屋が光に包まれた。
「突入」
ベルゼの声に合わせて部屋に突入して、散っていた敵三体に警棒を叩き付ける。
完全に部屋を制圧した後、俺は次の部屋に視線を向けた。
「次は敵二体。三秒後に侵入」
「了解、今度はスモークグレネードを使う」
部屋の中にグレネードを投擲して、周囲に煙を巻き起こす。
敵が混乱している中、素早く部屋に侵入して、残りの二体に警棒を食らわせた。
「ミッション完了」
無事に演習が終わったので、建物から出て近くにあるベンチに座る。
少しすると、ベルゼが俺の横にふわりと舞い降りて来た。
「武器の扱いに慣れて来たようだな」
その言葉を聞いて、苦笑いを見せる。
「全部ベルゼの指導のおかげだよ」
「それは違う。元々マスターに、CQBの知識があったからだ」
「まあ、元の世界ではFPSとかやってたから」
恥ずかしくなって頭を掻くと、ベルゼが上下に動く。
「FPS……模擬戦闘のゲームか。マスターの世界では、誰でもそのゲームが出来るのか?」
「ああ。手頃な価格で入手出来て、子供から大人まで遊んで居るよ」
「それは、中々の脅威だな」
そう言われて、確かにそうだと思う。
どんな人物でも、ネットで調べて戦闘知識を身に付ければ、素人なりに戦闘を行う事が出来る。それは、誰もが気軽に軍人訓練を受けて居るようなものだ。
「とは言え、俺のは所詮ゲームの知識だからなあ。実際にやってみると、そう上手く行かないよ」
「そうだな。マスターには、まだ覚えて貰わなければならない事が多い」
俺が頷くと、ベルゼが解説を始める。
「まず、防御が甘い。マスターはこの世界の人間と違って、耐久力が極端に低い。よって、急所は確実に守らなければいけない」
異世界人と俺の体は、基本構造が根本的に違う。
異世界人は体が魔力で構成されていて、その魔力が尽きない限り、どんなに傷ついても死なないが、俺は急所に傷を受けた時点で即死する。
ゲーム的に言えば、異世界人はRPGのキャラクターで、俺はFPSのキャラクターと言った所か。
「それと、マスターには思い切りが足りない。防御が主の戦い方ではあるが、攻める所で攻めなければ、返って身の危険が高まる」
それは分かって居るのだが、一撃死がある状況で死地に突っ込むというのは、中々勇気が居る事だ。
そして、それを実行するには、まだ俺の覚悟が足りていない。
「何か……きっかけがあれば良いんだけど」
ため息を吐いた後、ゆっくりと空を見上げる。
死地に踏み込む理由。
俺自身が生きるという理由だけでは、俺にとっては弱すぎる。
「そう深く考える必要は無い。きっかけなど、いずれ現れる」
「……そうだな」
先の事を考えても仕方が無い。
今は自分の出来る事をするだけだ。
全ての戦闘訓練が終わり、後片付けをしていると、校庭の向こうから人影が現れる。
現れたのは、ヤマトとイリヒメだった。
「珍しいな。イリヒメちゃんと一緒に来るなんて」
「うん。今日は少し用事があって……」
歯切れの悪いヤマト。首を傾げて見せると、今度はイリヒメが話し出す。
「突然なんですけど、私の友達が、ミツクニさんに会いたいそうなんです」
「イリヒメちゃんの友達が?」
「はい。ちょっと変わった子なんですけど……」
「はーっはっはっはぁぁぁぁ!」
イリヒメの言葉に覆い被さるように、森に笑い声が木霊する。
後ろから聞こえたので振り向くと、何かが俺に向かって飛び降りて来た。
「またこれか!」
前に飛んで降って来た人間を躱す。
「この攻撃を躱すなんて、中々やるわね!」
そう言って、上から俺を見下ろす少女。
赤い髪に大きなリボン。フワフワドレスの戦闘服。右手に持って居たのは、コッテコテの魔法ステッキ。
(魔法少女だよ……)
その王道のコスチュームデザインを見て、思わず苦笑をしてしまった。
「私の名前はマーリン=デスゲイズ! 偉大な魔法使いだ!!」
魔法少女でデスゲイズって……物騒過ぎるな。
「ミツクニ=ヒノモト! 彼方は魔法学園の生徒でありながら! 魔物と仲良くして居るそうね!」
「そうだけど、それが何か?」
「気に入らないわ!」
マーリンがステッキを向けて来る。
「魔物は人間の敵よ! 仲良くするなんてあり得ない!」
あーなるほど。
魔法少女だもんなあ。魔物を倒すのが仕事みたいなものだからなあ。
「それで、お前はそんな俺を、どうしたいんだ?」
「勝負よ!」
短絡的な結論に、思わずため息を漏らす。
「勝負した所で、俺は魔物と仲良くするのを止めないぞ?」
「構わないわ! 私が彼方を懲らしめたいだけだから!」
「自己中かよ!」
何故そうなったのかは分からないが、彼女はとてもやる気のようです。
どうしよう……俺は戦いたくないぞ?
「マスター。戦ってみてはどうだろうか」
そう言ったのは、横を飛んでいたベルゼ。
「彼女は殺気を放って居るが、本気で殺すつもりは無いようだ。これは、良い模擬戦になるだろう」
その言葉に、素直に納得する。
普通の女子と戦うのは気が引けるが、魔法少女なら大丈夫か。
「分かった。勝負しよう」
そう言うと、マーリンは不敵に笑った後、俺から距離を取った。
校庭の中心に男女が一人ずつ。
片方は魔法少女。もう一人は異世界から来た貧弱キモオタ(俺)。
普通に考えれば、勝敗は一目瞭然だ。
「それじゃあ、試合を始めようか」
「勝負! 勝負! 勝負よぉぉぉぉぉぉ!」
ステッキをクルクルと回しながら、こちらを窺っているマーリン。どうやら、先に攻撃を仕掛けてくる気は無いようだ。
「それじゃあ、俺から行くぞ」
「さあこぉぉぉぉい!」
回していたステッキをピタリと止めて、筒先をこちらに向けて来る。
「魔法学園貧弱と言われて居る彼方が! 魔法使いである私に勝てるはずが……!!」
「ぽーい」
話の途中でスタングレネードを投げる。
炸裂。
弾けた光がマーリンの目に突き刺さった。
「目が、目がぁぁぁぁぁぁ……!」
両目を押さえて居るマーリンの後ろに回り込み、ホルスターから警棒を取り出す。
そして、背中にゆっくりと筒先を当てて、警棒のスイッチを押した。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!!」
マーリンの体に電気が走り、そのまま地面に崩れ落ちる。
「おーい。大丈夫かぁ」
声を掛けると、マーリンはステッキを杖にして、ゆっくりと起き上がった。
「や、やるわね……」
「まあ、隙だらけだったからな」
そう言うと、マーリンは身を翻して、再び間合いを取った。
「だけど! これならどうかしら!」
マーリンがステッキを振ると、炎の柱が現れて俺に向かって襲い掛かる。
しかし、俺は直ぐにシールドを展開して、その炎を防御した。
「な……!」
「ぽーい」
間髪入れずにスモークグレネード。
足元で爆発して、周囲が煙に包まれる。
「目が、目がぁぁぁぁぁぁ……!」
後ろに回り込み、電撃を食らわせる。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!!」
短い悲鳴の後、マーリンは再び地面に叩き付けられた。
「おーい。大丈夫かぁ」
「だ、大丈夫……」
言った後、マーリンは気絶してしまった。
「……少しやり過ぎてしまったか」
「いや、良い模擬戦だった」
ベルゼの言葉に苦笑する。
「良い模擬戦に見えたか?」
「うむ。敵の隙をついた、良い戦術だった」
「そういうもんかね」
ため息を吐き、イリヒメ達の方を向く。
「イリヒメちゃん。こんな感じで良いかな?」
「はい。マーリンも満足したと思います」
何事も無かったかのようにマーリンを担ぎ、ヤマトの元に戻るイリヒメ。ヤマトは何が起こったか理解出来ずに、ぽかんとした表情をしていた。
「それじゃあ、私達は帰ります」
「はい、お疲れ様でした」
お辞儀をした後、ヤマト達が帰って行く。
……結局、何がしたかったんだろうか。
「どうやら茶番は終わったようね」
タイミングを見計らったかのようにリズが現れる。どうやら、校庭の端で一連を見て居たようだ。
「ミツクニ、やるようになったわね」
「いや、あれは魔法少女が自爆しただけな気がするけど……」
「これなら、明日からの武術大会も大丈夫そうね」
「……へ?」
俺は首を傾げる。
「明日から魔法学園で武術大会があるの」
「おいおい、聞いてないぞ」
「それは、ミツクニが最近授業に出て居なかったからでしょう?」
それを聞いて、ドキリとする。
そうです。私は戦闘訓練の為に、授業をサボって居ました。
「ちなみに、ミツクニの相手は、シオリが隊長の部隊よ」
「同じ班なのに!? つか部隊!?」
「そう。これは部隊戦なの」
強くなる為に授業をサボって居たら、物語はバトルパートに移行して居ました。
ご都合主義とは、正にこの事だな。
「どうせヤマトが優勝するだろうけど、ミツクニも頑張りなさい」
「まあ、せいぜい死なないように頑張るよ」
勇者ハーレムとの初バトル。しかも、相手は気まずい雰囲気のシオリ。
絶対に何かのフラグだろうと思いながらも、仲直りのきっかけになるかもしれないと思い、俺は気合いを入れ直した。




