エルフの森にご案内
「リズは魔法学園で、俺は森で暮らそう。会いに行くよ、ユックルに乗って」
「ユックルって何よ」
「鹿っぽい何か」
「死ね」
リズの鉄球が顔面を捉えて吹き飛ぶ。
「いきなり何を言い出すのかと思ったら。冗談は顔だけにしなさい」
「その冗談は、リズの投げた鉄球で、潰れかけたけどな……」
顔にめり込んだ鉄球を引き剥がして、リズに投げ返す。
そして、今度は冗談抜きで言った。
「魔物達と一緒に、森で過ごそうと思う」
それを聞いて、リズが黙り込む。
赤い月の一件以来、学生達の魔物への警戒心が上がり、同じ場所で過ごすのが困難になって居た。
そこで、学園側は学園に付随している森に魔物達の住居を設けて、人間から引き離して保護する事にした。
そういう事なので、俺は魔物達と一緒に、森で生活する事に決めたのだ。
「これは決定事項だ。学園長にも許可は貰った」
「随分といきなりね。どうして許嫁には、相談しなかったのかしら?」
「相談した所で、許して貰えるとは思って無かったからな」
そう言って、訓練場の端にある芝生に寝転がる。
訓練場から見えるいつもの青空。
世界の情勢は大きく動いているが、この光景は変わらなくてホッとする。
「とりあえず、俺は魔物達が過ごす下宿の、管理人という立場になった」
「学園編から下宿編になるという訳ね」
「……お前、どこからそんな知識を学んで来るんだよ」
教えても居ないラブコメ知識を話してくるリズ。実は俺と同じで、別世界の人間なんじゃ無いか?
「私は100%この世界の人間よ」
「だから、心を読むなって」
「読まれるような顔をしているミツクニが悪いのよ」
そんな顔をして居るつもりは無いのだが……
まあ良いか。とにかく今は森へ行こう。
新しい生活が、俺を待って居る。
魔法学園に隣接した森を東に進み、大きな通りの脇にある獣道を抜けると、その先に一軒の建物が見えて来る。
見た目は古い木造校舎。元校庭だったと思われる広場には、大小の草が生い茂っており、端には薪を割る場所がある。
そこは、今まで過ごしてきた魔法学園とは違い、懐かしさを感じさせてくれるような場所だった。
「さあ! 今日からここが俺達の家だ!」
周りに居た魔物達が、嬉しそうな顔で建物に入って行く。
まるで、大家族で田舎に引っ越して来たような感覚。
俺はまだ高校生だが、家庭を持ったような幸せを感じて居た。
「みつくに! 今日から一緒!」
横で楽しそうにはしゃいでいるミント。
「ずっと一緒! 嬉しい!」
「はっはーそうだな。俺も嬉しいぞ!」
「一緒にご飯! 一緒にお風呂!」
「そうかそうかー。でも、リズが怖い顔でこっちを見ているから、風呂はやめようなー」
後ろから感じる凄まじい殺気。
危ない危ない。羽目を外すのは、リズが居なくなってからだ。
それはそうとして、まさかリズだけじゃなくて、ヤマトとシオリも来るとは思わなかったな。
「悪いな。お前達にも引っ越しを手伝って貰って」
「気にしないでよ。同じ班じゃないか」
そう言って、ヤマトが笑う。
それに対して、シオリは俯いたままで、何も言ってこない。どうやら、珍しく機嫌が悪いようだ。
「それじゃあ、荷物を建物の中に入れてしまおう」
シオリの事は気になったが、俺達は建物の中に移動する事にした。
建物の中に入ると、正面に大きなホールが広がり、すぐ横に小さな部屋が一つある。
その部屋が、今日から俺が住む管理人室。魔物達は二階の部屋と、廊下の先にある部屋に、共同で住む事になって居た。
「思って居たより過ごしやすそうだな」
俺の言葉にヤマトが頷く。
「ここは魔法学園が改装される前に、下宿として使われて居たんだって」
「なるほど。壊さずに残しておいたのか」
辺りを見回しながらホールの先へと進んで行く。すると、ホール最奥に誰かが立って居る姿が見えた。
「こんにちは」
金色の長髪。緑色の目。真っ白な肌。そして……長い耳!
エルフだ! 遂にエルフが現れたぞ!!
「私の名はエミリア=ウッド。この森の守り手をしています」
細く白い手を差し出してくるエミリア。
握手を求めているようだが、手が余りにも綺麗過ぎて、触れる事を躊躇してしまう。
「キモオタ」
俺を弾き飛ばしてリズが握手をする。それに続いてヤマトとシオリも握手をして居た。
握手が終わると、倒れている俺を無視して、エミリアが説明を始める。
「この森は魔法学園に付随していますが、野生の動物が居て危険が多いです。私が管理して居ますが、なるべく深部には入らないようにしてください」
ふむ、彼女も動じない派の人間か。
最近は俺とリズのやり取りに驚かない人ばかりで、少し寂しいぞ?
「それでは、建物の中をご案内します」
言われるままに、俺達はエミリアに建物を案内して貰う。ヤマトが昔の建物と言って居たが、その言葉通りに、基本的な生活は全て自力で行うような作りになって居た。
建物を一周してホールに戻ると、ヤマトが不安そうな表情でこちらを見る。
「ミツクニ君。家魔製品が一つも無かったけど、家事は大丈夫なの?」
「テトやパルに聞いたら、魔物達は家魔製品を使わずに生活していたから、何の問題も無いってさ」
「でも、ミツクニ君は?」
「俺も家事は一通り勉強して来たからな。何の問題も無い」
魔力が無かったおかげで、人力での炊事洗濯は既に会得済み。その他の事も、苦労するというイメージは微塵も無かった。
「ミツクニ君って、何気に色々出来るんだね」
「そうか? まあ、家事は出来るけど、狩りとかは出来ないからさ。たまにヤマトも遊びに来て、森で何か捕ってきてくれよ」
「うん、分かった」
「その時は、私がこの森の事を、色々と教えてあげましょう」
話しに割って入り、微笑むエミリア。
ヤマトは恥ずかしそうに頭を掻き、エミリアに向かって小さく頷いた。
引っ越しが全て終わったので、俺達は校庭の端にあるベンチに座って一息つく。
視線の先に居るのは、楽しそうに遊んで居るミントと、小さな魔物達。
その和やかな光景は、この世界が戦争の最中にあるという事を、忘れさせてくれるようだった。
「こんな時間が、ずっと続けば良いのになあ」
リズから貰ったパックジュースを飲みながら、言葉を零す。
「仕方が無いわ。戦争中だもの」
「分かってるけどさ。願うのは自由だろ?」
「……そうね」
それだけ言って、再び子供達を眺める。
リズ、ヤマト、シオリ。俺がこの世界に召喚されて、最初に仲良くなった三人。
勇者ハーレムを作る為に出会った三人だったが、今ではそれを抜きにしても、大切な存在になっていた。
「ねえ、ミツクニ」
「何だ?」
リズが子供達を眺めながら言う。
「私も、ここに住む事に決めたから」
それを聞いてジュースを吹き出した!
「……な、何ですと!?」
「大丈夫よ。学園長の許可は貰って居ないから」
「貰って無いのかよ!」
袖で口元を拭いた後、改めてリズを見る。
「貰って無いなら駄目だろ!」
「関係無いわ」
「関係無くは無い! だって、リズは魔法学園の生徒で……!」
「辞めるわ」
ここでやっと、リズが俺の事を見る。
その表情は、凛とした綺麗な笑顔だった。
「学園長から許可が貰えなかったら、私は魔法学園を辞める」
その表情を見て、リズが本気だという事に気付いてしまう。
「……ここは学園の敷地だ。辞めてしまったら、尚更ここには住めないだろ」
「いいえ。もし許可が貰えなかったら、ミントに眷属にして貰う約束をしているから、ここに住む事が出来るわ」
真っ直ぐにこちらを見るリズ。
魔物の眷属になるという事は、人間の敵になるという事だ。
そして、それを分かって居ながらも、彼女はここに住む事を強く望んでいる。
そんな彼女の思いに対して、俺の答えは……
「駄目だ」
その言葉には、一片の躊躇も無かった。
「リズが魔法学園を辞めるのなら、俺はここから出て行く」
「それは困るわ」
「ああ。だから辞めるな。ここに住みたかったら、頑張って学園長を説得しろ」
自分で言いながら、少し卑怯だとは思う。
だけど、リズが学園を辞めるのは駄目だ。
俺やミントの為に、リズ自身の人生を犠牲にする訳にはいかない。
「……」
淀みの無い瞳で見つめて来るリズに対して、負けじと真っ直ぐに見詰め返す。
リズならば、俺の気持ちを分かってくれる。
「……分かったわ」
ふうと息を吐いて微笑むリズ。
「全く、我儘な許嫁ね」
「そうだな。これからもよろしくだ」
「もう……仕方ないわね」
それだけ言って、ミント達に視線を戻す。
そんなリズを見て、俺も笑顔で頷いた。
俺とリズが和解して、各々が居るべき場所に居る事になった。
これで、今回の話はお終い。
そう思って居たのだが……
「……私も」
この展開を、誰が予想して居ただろうか。
勿論、俺も全く予想していなかった。
「私も! ミツクニと一緒に居たい!」
そう言って、ベンチから立ち上がる彼女。
勇者ハーレムの一角。シオリ=ハルサキだった。
「……シ、シオリ? 何言ってんだ?」
「言葉の通りだよ! 一緒に居たいの!」
ちょっと待て。どうしてそうなる?
俺とシオリって、そんなに仲が良かったか?
「別に一緒に居ない訳じゃ無いだろ? 学園を辞めた訳でも無いし」
「そういう事じゃないの!」
拳を強く握りしめて、シオリが真っ直ぐにこちらを見詰める。
「ミツクニ! いつも一人で頑張って! この前も死にそうになって!」
……この感情は母性だよな?
シオリは優しいから、俺の事が心配なだけなんだよな?
頼むから、そう言ってくれ。
「私はもう! ミツクニの辛そうな顔を見たくない!」
ああ、そうか。
辛そうに見えていたのか。
それならば、完全に俺の失態だ。
だけど……
「駄目だ」
当然、シオリと住む訳にはいかない。
「シオリが学園に居てくれないと困る」
「どうして!」
「シオリとヤマトが学園に居てくれるから、俺は安心してここに来られるんだ」
「そんなの知らない!」
シオリが俺の前に回り込む。
「魔物達と一緒に住んで居たら! ミツクニはまた辛い思いをするだけだよ!」
それを聞いて、心臓がドクンと鳴り響く。
なるほど、そう言う事か。
シオリは、また魔物が俺を傷付けると思っているんだな。
それならば、仕方が無い。
「……ミント。メリエル。リンクス」
呼び声に応えて、彼女達が集まって来る。
そして、俺の周りで各々が力を開放した。
「シオリの気持ちは本当に嬉しいよ。だけど、俺にも大切なものがあるんだ」
この世界に住む人間達に植え付けられた、魔物への敵対心。それに対して、他の世界から来た俺が、どうこう言うつもりは無い。
だけど、俺は……
「大切な者を守る為なら……俺は何でもする」
譲らない。
シオリが魔物を敵視して居る限り、俺と彼女がこれ以上仲良くなる事は無いだろう。
「シオリ。今日は手伝ってくれてありがとう」
涙目で俺を見るシオリに、微笑みを返す。
「また、学園で話そうな」
そして、ミント達と一緒に歩き出す。
これがシオリとの今生の別れという訳でも無い。勇者ハーレムを作っている限り、また顔を合わせる事になる。
その時は、お互いに和解して、再び無邪気に笑い会える事を願おう。




