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異世界勇者の親友役になりました  作者: 桶丸
異世界救済編
147/157

負の連鎖

 昼に高く昇っていた太陽が落ち始めて、空が黄金色に変わり始める。

 網目状に張り巡らされたまばらな雲。

 それを眺めながら、俺は思い出深い魔法学園の運動場で静かに佇んでいる。


 頭中に巡るのは、先程聞いた世界の話。


 世界を救う為に、勇者の親友役になった。

 勇者の親友役として、魔物と人間の戦争を止めた。

 勇者の親友役として、人類を滅ぼそうとしている悪魔を討った。


 そして、それらの行為は、世界を救う事とは、全く逆の行為だった。


 真実を知る度に、本当の意味で世界を救う道へと近付く。

 だけど、それと同時に、自分がいかにこの世界に対して無知で、その場限りの平和を求めて居たかを思い知らされる。


 大切な仲間達が笑って居られる世界を守る為に。

 人間と魔物が争い合わない世界を作る為に。

 がむしゃらに走り続けて来た結果が……これだ。


(……寒いな)


 頬をかすめる夕方の風が冷たく感じられて、ベンチの上で丸くなる。

 それで温度が上がる訳でも無いのに。

 だけど、体を小さくすると、現実の冷たさが緩和されたような気持になり、少しだけ安心した。


「ミツクニさん」


 頭上から声が聞こえる。

 本当なら顔を上げるべきなのだが、心が疲れてしまって居て顔を上げられない。


「横に座りますよ」


 再び聞こえる声。それに少し遅れて、木製のベンチがギシリと音を立てる。

 ああ、そうだ。

 まだ何も知らなかった頃は、こうやってヤマトとこのベンチに座ったなあ。

 あれから大して時も経って居ないのに、あの頃が昔のようにさえ思える。


「寒いですか?」


 こちらに声を掛けて来る女子。

 俺は丸まったまま、口だけを動かす。


「うん」


 だだ、その一言。

 少しの沈黙。

 黙って居ると、横に居る女子からゴソゴソと布切れ音が聞こえて来る。


「えい」


 その声と同時に、俺の掌に高温の何かが押しつけられた。


「あっつぅ!?」


 突然の刺激に思わず顔を上げる。

 そんな俺の瞳に映ったのは、クスクスと笑って居る女子高生。

 家庭的ヒロイン、サラ=シルバーライト。


「やっと顔を上げてくれましたね」


 緑色の髪を揺らしながら、コクリと首を傾げるサラ。その綺麗な微笑みを見て、恥ずかしくなり頭を掻く。


「どうぞ」


 サラが持っていた物を再び差し出す。

 それは、茶色の液体が入っていた、白い陶器のカップだった。


「……ありがとう」


 カップを受け取り、ゆっくりと液体を飲む。甘くて苦いその液体は、高熱のまま喉を通り過ぎ、体の内から体を温めてくれた。


「美味しい」

「私特製のココアです」


 料理のカリスマ特製のココアか。

 もしかしたら、俺はこの世界で一番美味しいココアを飲んで居るのかも知れない。


「温まりましたか?」

「うん。ありがとう」


 もう一度お礼を言って、ココアを飲む。

 本当に温かい。

 冷え切ってしまった俺の心も、溶かしてくれるかのようだ。

 だけど……


「なあ、サラ」

「何でしょう」


 彼女には、聞いて置かなければいけない事がある。


「ヤマトの事なんだけど……」


 異世界勇者、ヤマトタケル。

 俺が悪魔側に寝返る前の勇者であり、今も人類の為に悪魔と戦って居る。


「……」


 俺の気持ちを読み取り、寂しそうな笑顔を見せるサラ。

 そんな彼女の口から出てきた言葉は。


「ヤマトさんは……壊れてしまいました」


 予想通りの言葉。

 覚悟は決めて居たのだが、現実にそれを見て来た人間の確証を得て、落ち込んで居た心に止めが刺されてしまった。


「やっぱり……そうなのか」


 自分に言い聞かせるように言って、俯く。


 その女の子は、他の人より魔力が高く、剣術が得意なだけの人間だった。

 俺はそんな女の子の親友役になり、勇者にする為に尽力した。

 そんな俺の行為が実り、女の子は沢山の人間を守れる偉大な勇者になった。


 だけど、その女の子は、沢山の人間を守りたいから勇者になった訳じゃ無かった。

 全ては、自分の大切な人の為に。

 自分が勇者にならないと、死んでしまうかもしれないその人の為に。

 女の子は……勇者という『存在』になった。


 そして、女の子が守ろうとして居た人間は、今彼女の事を裏切り、彼女が敵対している悪魔の味方になって居る。


「……そりゃあ、壊れもするさ」


 ゆっくりと立ち上がり、夕陽を見つめる。


「本当に……俺はゲス野郎だな」


 帝都で言われたその言葉。

 今の俺にぴったりな言葉過ぎて、鼻で笑ってしまう。

 結局俺は、この世界を救う為に、彼女を利用していただけなんだ。


「ゲスで……キモオタで……自分勝手だ」


 笑う。

 情けない自分を、ただ笑う。

 それで、何かが変わる訳でも無いのに。


「……ミツクニさんの裏切りを聞いてから、ヤマトさんは憑りつかれたかのように、悪魔を滅ぼし始めました」


 サラが語り始める。


「そして、その活躍がキズナ遺跡の皆を奮い立たせて、皆は一丸となって、ヤマトさんと共に悪魔を討ち始めました」


 ふうと息を付き、サラが俺を見る。


「それがエスカレートして行って……」


 そこまで言って黙る。

 だけど、言わなくても分かってしまった。


「皆を裏切った俺が、キズナ遺跡内で、悪魔の権化のような存在になったと」

「……そうです」


 だから、フランはあの時こう言ったのだ。

 キズナ遺跡から『脱出した』と。


「……何だかなあ」


 ココアを一口飲み、反対の手で頭を掻く。


「俺ら側から見れば勇者ご乱心とも取れるけど、勇者側の視点から見れば、それが正常すぎて何も言えないなあ」

「そうでしょうか?」


 即座に疑問形で返して来るサラ。


「私はミツクニさんの事を知って居ます。だから、ミツクニさんが裏切ったと聞いても、大切な理由があるのだと思い、それを手助けする為にここに来ました」


 サラが視線を空に向ける。


「だけど、ヤマトさんはそれをしなかった。それは、勇者として親友を信じなかったと同じ事。つまり、乱心したと取れませんか?」


 その言葉に対して、俺は首を横に振る。


「乱心じゃないよ。ヤマトは勇者として、自分の出来る事をしようと……」

「どうして、ヤマトさんを庇うのですか?」


 俺の言葉を遮るサラの言葉。

 その言葉は、いつも温厚なサラが見せた、怒りがはっきりと見える言葉だった。


「ミツクニさんも、本当は分かって居るんでしょう?」


 その言葉が、俺の心に突き刺さる。

 ……

 分かっている。

 分かっているさ。


 ヤマトは思うようにいかない現実から、目を逸らして……逃げたんだ。


 だけど、それの何が悪い?

 ヤマトにはヤマトの正義があって、俺はその反対に正義を見出した。

 それだけの事だ。

 この出来事で、俺がヤマトを恨んだり憎んだりするなど、ありえない。

 俺にとっては今までと変わらずに、ヤマトは親友のままだ。


「……ヤマトはさ」


 ゆっくりと、空を見上げる。


「ヤマトは……心で泣く奴なんだよ」


 それを言った瞬間、一つの名字が脳裏によぎる。

 その名字と深い因縁を持つ……三人。


 一人は、他人に世界を救わせる事に責を感じて、嫌われ者を演じ続けた。

 一人は、自分の望みよりも、大切な人の望みを叶える為に、その人から離れた。

 一人は、大切な人の為に努力したのに、報われなかった。


 レインハート。

 彼女達の根底にあるその名字は、彼女達が隠している心の象徴のようだった。


「……ったく」


 吐き捨てるように言って、ため息を付く。


「要するにだ! 全部世界が崩壊しそうなのが悪いんだ!」


 細かい事を考えるのはもう面倒だ!

 それぞれに思う所はあろうが! 結局は皆世界を救う為に行動して居るんだ!

 だったら! まずそれをやってしまえば良い!

 その後で! 殴り合ったり抱き合ったり鉄球投げたりすれば良いさ!!


「救ってやる! 救ってやるぞぉぉ!」


 空に向かって叫び、サラの方を向く。サラは俺を見ながら、口に手を当てて微笑んで居た。


「そう言う事だから、俺は今から世界を救おうと思います」

「はい、分かりました」


 嬉しそうに言った後、サラはゆっくりと立ち上がり、俺の前まで歩く。

 そして、くるりと振り向き、俺の前で黄金色に包まれた。


「サラ……手伝ってくれるか?」

「ええ。その為に来たんですから」


 いつも優しいサラの声。

 表情は夕暮れの光で見えないが、きっと微笑んで居るだろう。

 冷たかった俺の心は解けて、今は黄金色の夕日のように温かい。

 きっとこれが、『幸せ』と言う感情なのだろう。



 ……だけど。

 幸せという言葉は、あまりにも……脆い。



「……!?」


 サラに向けて微笑もうとした、その瞬間。

 目の前に広がる『青』。


「ミツクニさん……!!」


 青い光の奥でサラが叫ぶ。

 目に映ったのは、青い光で拘束されたサラ。

 まさか、この光は……


「やっと……見つけた」


 聞き覚えのある声。

 いや。

 聞き覚えなどと言う曖昧なものでは無い。

 その声の主を、俺は誰よりも知って居る。


「ずっと、探して居たんだ……」


 ゆっくりとこちらに歩き、サラと俺の間で立ち止まる女子。

 同時に拘束されて動けない俺を見ながら、抜け殻のように微笑む。


「会いたかったよ……ミツクニ君」


 手に持った剣が夕日に反射して鈍く光る。

 彼女の名前は、ヤマト=タケル。

 人類の敵である悪魔を狩る、この異世界の勇者。

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