リズ=レインハート
大量殺人犯の汚名を着せられた俺は、ヨシノとシオリに先導されて、城の中にある謁見の間へと向かう。
赤いじゅうたんが敷かれた大きな廊下。その道の一定間隔に兵士が居て、俺達が通るたびに、憎らしそうな顔でこちらを見詰めて来る。
その光景を見て、俺は俺の偽物がやった事の大きさを、改めて思い知らされた。
謁見の間に辿り着き、三人は一度止まる。
この先に居るのは、女王とその側近。
流石に緊張してしまい、一度深呼吸をして心を落ち着かせた。
「ミツクニ、大丈夫?」
シオリが心配そうに声を掛けて来る。
「大丈夫。それにしても、あいつが女王ねえ……」
冗談のように言って鼻で笑って見せると、シオリがクスリと笑った。
「意外だった?」
「いや……」
彼女の事を思い出して、改めて思う。
本人はそれを望むような人間では無かったが、女王になる素質は間違いなくあった。
この国の住民や悪魔の事を考えれば、例え成り行きであったとしても、彼女が即位したのは正解だったのかも知れない。
「準備が出来たようですね」
ヨシノの声と共に、周りに居た兵士達が慌ただしく動き出す。
謁見の間に続く全ての廊下が閉鎖。
恐らく、大量殺人犯である俺を、逃がさないようにする為だろう。
「良く訓練された動きだな」
皮肉を言って、謁見の扉に手を掛ける。
しかし、踏ん切りが付かずにその手を離した。
(……ここまで、長かったな)
そんな事を思い、小さく息を付く。
勇者の親友役に不適切とされて、命からがら逃げ込んだ精霊の森。
そこからおおよそ四カ月。
各地の悪魔に対する問題を解決して、遂にここまで辿り着く事が出来た。
今思えば、この場所に来る事こそ、俺が精霊の森を出た一番の目的だったと思う。
(よし……)
ゴクリと息を飲んだ後、扉を強く押す。
ゆっくりと開かれる扉。差し込む光。
そして、目の前に現れる広い部屋。
その部屋の一番遠くに。
彼女が……居た。
(……リズ)
その顔を見て、思わず苦笑する。
肩まで伸びた紅黒髪は相変らず。きりっとした赤目は、前に会った時とは違い、どこか気品に満ちている。
服装は赤のドレス。体のラインがはっきりと出ていて、中世の貴族達が来て居るドレスを、今風にアレンジした感じだ。
そして、そのドレスの右腕には、権威を表す王冠が、しっかりと巻かれて居た。
(やっぱり、女王様なんだなあ……)
ふうとため息を吐き、ゆっくりと歩き出す。
魔法学園で出会って今まで、多少の摩擦はあったものの、お互いに信頼しながらここまで来た。
その距離はお世辞では無く、本当に近いものだったと思う。
だけど。
今の俺と彼女の距離は。
人間の最上位と……最底辺だ。
(いやぁ……楽しいね)
流石は異世界とでも言うべきか。
こうやってコロコロお互いの状況を変えて、その環境の変化で皆を楽しませる。
今や俺もその異世界の一部だ。
それならば、俺も異世界転移した人間っぽく振る舞おうじゃないか。
「よう。リズ」
女王の前に辿り着いた瞬間、まるで友達のように声を掛ける。
その行動にざわつく周囲。
高台にある豪華な椅子に座して居る女王は、まだ口を開かない。
「久々に会ったのに、何も言ってくれないのか?」
鋭い目で俺を見下ろす女王。
リズ=レインハート。
俺を勇者の親友役として『作った』張本人。
「……」
ゆっくりと手を横に振り、周囲の騒ぎを沈めた後、リズが口を開く。
「女王に対してため口なんて。やっぱりミツクニはキモオタね」
その声を聞いた瞬間。
俺の中でため込んで居たものがパチンと弾けて。
つい、微笑んでしまった。
「ああ……うん」
天井を見上げて、何度も頷く。
リズだ。
帰って来た。
俺は遂に……ここまで帰って来られたんだ。
「道中色々あってさ。来るのが遅くなった」
「言い訳が通用しない事くらい、ミツクニなら分かって居るわよね?」
「言い訳じゃ無くて、やる事があってだな……」
「黙りなさい」
大きく広がったドレスの袖から、ドスンと音を立てて落ちる物体。
黒くて重い、思い出の品。
「女王になった私を待たせるなんて、万死に値するわ」
「いや、そもそも呼ばれて無いし」
「呼ばなくても来るのがキモオタでしょう?」
「キモオタにそんな習性は無えよ。大体なあ……」
話の途中でリズが足を振る。
高速で飛んで来る黒い物体。
待ってました!
俺の準備は既に出来て居る……!?
「ぐふあぁぁぁぁ!」
予想以上のスピードで鉄球が腹にめり込み、思わず膝をつく。
感じた事の無い激痛。
だがしかし! これがお約束と言う奴なのだよ!
「あ、相変らず、良い鉄球捌きをしてるじゃねえか……」
「ミツクニの悲鳴も相変らずゴミのようね」
「どんなゴミだよ……」
ふっと笑って立ち上がる。
それを見て、やっとリズも笑ってくれた。
(ああ……うん)
変わって居ない。
女王になっても、リズは一緒に居た時のままだ。
それだけ分かれば、もう十分だ。
「そう言う事でだ」
俺は話を切り替える。
「俺、何か知らないうちに、大量殺人犯になってたんだけど」
その言葉を聞いたリズが、いつもの不機嫌そうな表情に戻る。
「色々考えたのだけれど、結局それが一番良いと思ったから」
「そうだな。街の被害を減らすには、最善だったと思うよ」
「そのせいでこんな事になってしまったけれど、別に構わないでしょう?」
「ああ。問題無い」
その会話を聞いて、兵士達がざわつく。
女王とそこら辺の雑草が、馴れ馴れしく話をして居るのだ。これが普通の反応だろう。
「それで、俺はどうしたら良い?」
「そうね。それについては、最初から考えてあるわ」
ざわつく兵士達を歯牙にも掛けずに、リズが横を見る。
横に居たのは、勇者ハーレムの一角、クラウディア=ブルーハート。
彼女はリズのいとこでもあった。
「クラウ。お願いして良い?」
「はい、お姉様」
小さく頷き、クラウが椅子の後ろへ消えて行く。
と言うか、お姉様!?
前は呼び捨てで呼び合う仲でしたよね!?
もしかして、君達はそう言う関係になってしまったのか……!?
「死ね」
鉄球!
本日二本目頂きましたぁぁぁぁ!
でも今は回復が出来ないから! 出来れば手加減をして欲しいな!
「相変らず妄想だけは一人前ね」
「お、お前も、俺の心を読むのだけは、一人前だな……」
「ミツクニの心なんて、彼方の周りに居る女なら誰でも読めるわ」
それを聞いて、ゆっくりとシオリを見る。
いつもの笑顔を見せて居るシオリ。
しかし、何故か途中でフフッと笑った。
「……マジすか?」
「全部では無いよ? でも、ミツクニは顔に出やすいから……」
そうなのかー。
それならば、フランやメリエルが俺の心を読むのも頷ける。
明日からはお面を被って話す事にしよう。
「お待たせしました」
居なくなっていたクラウが戻って来る。
その手に持って居たのは、豪華な宝石が散りばめられた小箱。
(……何だ?)
クラウからリズに手渡される小箱。
そして、ゆっくりと立ち上がるリズ。
その瞬間。
俺の脳がフル回転する。
(まさか、これは……)
リズがゆっくりと歩き出す。
真っ直ぐに、俺の事を見ながら。
これは……間違いない。
「リズ……!」
俺が声を上げたその瞬間。リズが本気で鉄球を蹴り、俺の腹に深く突き刺さった。
「ぐっ……!」
強烈な痛みに本気で膝を付く。
止めろ! 止めてくれ!
それは『俺達のやり方』じゃ無いだろう!
「それでは……」
俺の心を知りながらも、勝手に話を進めるリズ。
声が……出せない!
「これから、勲章授与式を始めます」
謁見の間に響く、リズの声。
静まり返る周囲。
俺は強い痛みで、まだ立ち上がれない。




