日本人は異世界に対する理解が早い
「ミツクニさんは、この世界の源が何かを、知って居ますか?」
食事が終わり、雫が最初に言った一言。
それは、質問としては内容が漠然としている言葉だった。
「いや、知らない」
当然のように、俺は首を横に振る。
すると、少し間を置いてから、雫が口を開いた。
「この世界の源は……魔力です」
それを聞いた瞬間、俺の頭の中でパズルのピースが簡単に繋がってしまう。
「ああ……そうか」
ポツリと言葉を零して、空を見上げる。
「成程なあ。そう言う事かあ」
「ええと……まだ何も説明して居ないんですが」
「いや、もう良いよ。大体分かったから」
「分かったんですか!?」
雫が驚いた表情を見せる。
「何で? 本当にまだ何も説明してないのに!?」
「まあ、そうだけどさ」
空から雫に視線を戻す。
「ここが異世界で、その話が本当なら、もう分かるだろ」
「分かりませんよ!?」
え? そうなの?
漫画やアニメが好きな人間なら、もう答えは明白だと思うけど?
「要するに、人間が増えすぎて、世界を保つ為の魔力が足りなくなったんだろ?」
その答えを聞き、固まってしまう雫。
「それで、世界はいつものように悪魔を召喚して、人間を減らそうとしたけど、人間が強くて思う様にいかなかった。だから、雫を召喚した」
まあ、こんな所か。
雫が唖然とした表情でこちらを見て居るから、多分正解なんだろうなあ。
「どうして、そんな簡単に分かるんですか?」
「それは……想定していたから、かな」
「想定?」
その言葉に頷いて見せる。
「ここは異世界だからさ。事件が起これば、大体異世界テンプレ通りの展開になる」
俺がこの世界の事に関して、理解が早い理由。
勇者が万の悪魔を倒した事も。敵として雫が現れた事も。敵だと思って居たのに、世界を救おうとして居た事も。
俺からすれば、異世界テンプレの一つでしかないのだ。
「何か……転移者ならではの発想ですね」
実際にその通りだと思う。
だけど……だからこそ、この世界や過去の人々は、異世界転移者に頼って居たのではないのだろうか。
自分達だけでは世界を救えないから。
この世界のルールに囚われない人間を呼び、助けて貰っていた。
そう思った時、俺の脳裏に面白い考えが浮かんで来る。
それじゃあ、異世界転移者のクローンである俺は、どういう存在なんだ?
(……まあ、考えても仕方の無い事か)
自分の存在意義を考えるのは、精霊の森に引きこもった時に止めた。
例えどのような存在であろうと、俺はここに存在して居る。
そして、俺を必要としてくれる人が居る限り、俺はその人達の想いに答える為に、行動するだけだ。
「とにかく、俺の言った事で正解なんだろう?」
「ええと……そうですね」
ばつが悪そうに答える雫。
その気持ちは何となく分かる。
答えを知った所で、雫が人類の敵である事に、変わりは無いのだから。
「いやあ、本当に困ったなあ」
「困って居る割には、ノリが軽いですね」
「え? ああ。俺元々こういう性格だから」
最近は勇者を一人前にする為に、真面目な感じで居ましたけれど、勇者が居ない所では、本当にふざけばかりして居たよ?
むしろ、こっちが本来の俺ですから。
「……よし。分かった」
全てを納得した上で、俺は選択する。
「俺はもう、雫とは戦わない」
あっさりと言い放つ俺。
その言葉に、雫が再び驚きの表情を見せた。
「あの……良いんですか?」
「何が?」
「だって私は、人類を滅ぼそうとして居るんですよ?」
それに対して、小さく笑って見せる。
「世界を救う事は人類を救う事と同意義なのに、人類からは嫌われる……そんなのは、俺だったら辛いから」
恐らく彼女はこれからも、一人で戦いを続けるつもりだろう。
だけど、俺達は出会い、理解し合う事が出来た。
それならば、彼女と敵対しない人間が、一人くらい居ても良いではないか。
「あ、でも、俺の大切な人達を傷付けようとしたら、流石に止めるけど……」
それを言って居る合間。
雫が膝を抱えて蹲ってしまった。
「……雫?」
呼び声に答えず、肩を震わせて居る雫。
それは、俺を巻き込んでしまった事への、謝罪の涙か。それとも、絶望の中に現れた救いへの、喜びの涙か。
どちらにせよ、俺は何も言わず、ただ彼女を見て微笑んで居た。
全ての話が終わり、再び旅の準備をする。
ミントは便利袋の中へ。ベルゼは偵察の為に空へ。雫は黒いマントを纏い、犬型の悪魔の頭を撫でて居た。
「雫はこれからどうするんだ?」
俺の問いに対して、目を赤くした雫が微笑む。
「私はここで、もう少しこの子を訓練しようと思います」
その答えに対して、無言で頷く。
「ミツクニさんは、何処に行くんですか?」
「俺は帝都に行こうと思ってる」
その言葉を聞いた瞬間、雫の表情が凍る。
「何か問題でも?」
「……」
少しの沈黙。
しかし、覚悟を決めたかのように、雫が口を開いた。
「実は私も、次は帝都に行こうと思ってます」
なるほどね。
でもまあ、仕方ないよね。
キズナ遺跡はもう攻略出来そうに無いし、魔物領は俺の仲間が守って居るし。
俺が雫の立場でも、次は手薄っぽい帝都を攻めるだろう。
「もう一度言うけど、俺の大切な人達を攻撃したら……」
「はい! 分かってます!」
慌てて声を上げる雫。
「でも! これも世界を救う為なので!」
なるほどね。
でもまあ、仕方ないよね。
俺の大切な人が何処に居るかなんて、雫が知って居る訳が無いし。
(帝都かあ……)
活き活きとした雫の表情を見ながら、小さくため息を吐く。
帝都にはあの二人が居る。そこから考えると、再び雫と戦うのは、ほぼ確定だ。
(何の為の約束なんだか……)
お互いの立場上、戦う事は仕方ない。
でも、俺達は互いに戦う理由を理解した。
今度は前と違って、本当の笑顔で戦う事が出来るだろう。
「それじゃあ、帝都で」
「はい! 楽しみにしています!」
今日一の笑顔を見せる雫。どうやら、本当に楽しみになってしまったようだ。
雫が楽しいならそれで良いかと思い、俺も笑顔でそれに頷いて見せた。




