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異世界勇者の親友役になりました  作者: 桶丸
第二部 親友役覚醒編
103/157

親友役は相変らず弱いです

 鬱蒼とした森の中から、小さな息切れ音が聞こえて来る。

 誰の息切れかって?

 俺のです。


「うおおおおおお!!」


 枝分かれした獣道を潜り抜けて、ちらりと後ろを見る。

 後ろからは何も追って来ない。

 しかし、すぐに横からの気配に気付き、右上に視線を送る。

 そこから現れたのは、猛獣の左腕。


「どっはぁぁぁぁ!」


 頭を下げて前に飛び込み、くるりと一回転する。

 猛獣から放たれた一撃は深く地面を抉り、その場に大きな窪みが出来ている。

 身体強度の低い俺がそれを食らったら、一瞬で半身を持って行かれただろう。


「ふうぅぅ……」


 ゆっくりと正面に回り込んだ猛獣を見ながら、静かに息を整える。

 猛獣、ライノシシ。

 突き出た鼻に大きな牙。体は黄色の毛で包まれている。全体像だけで言うのならば、ライオンとイノシシを足して割ったような体格だ。


(この名前……前任の異世界人が付けたよな)


 そんな事を思いながら鼻で笑うが、視線はライノシシから外さない。

 微動だにしないお互い。

 森のせいで視界が悪く、下手に飛び込むと返り討ちに合う事を分かって居るからだ。


(とは言ってもなあ……)


 どちらかが動かなければ始まらない。

 ライノシシとの距離は三メートルほど。

 この距離では俺の方が不利なので、何とかして距離を空けなければいけない。


「はっ!」


 素早く腰から銃を抜き、牽制の銃弾を放つ。

 ライノシシが見た事の無い攻撃のはずだが、そこは野生の獣。すぐに危険を察知して、左の茂みに飛び込んだ。


(よし!)


 相手の姿は見えなくなったが、これで距離を空ける事が出来た。後は全力で茂みを走り抜けて、自分に有利な場所まで移動すれば……


「ボァァァァ!」


 左の茂みからライノシシが飛び出し、俺に向けて右前足を振り上げる。

 俺は咄嗟に右手のシールドを全開にして、正面で攻撃を受け止めたが、衝撃までは止められず、後ろにあった大木に打ち付けられた。


「ぐうううう……!」


 背中に走る激痛。それでもすぐに立ち上がり、大木の後ろに回り込む。

 ズキズキと痛む背中。思わず意識が飛びそうになるが、気力で意識を保つ。


「ったく、何で今日に限って……」


 途中で言うのを止めて、ふっと笑う。

 いつもなら誰かが狩りに同伴してくれるのだが、今日は皆用事があって一人だった。


(親友役ってのは、こうなる運命なのか?)


 何故かは分からないが、俺が単独で行動をすると、必ずトラブルが起こる。

 それとも、俺が自らトラブルに顔を突っ込んで居るだけなのだろうか?


「……」


 考える事を止めて、意識を戦闘に戻す。

 背にしている大木の奥から伝わってくる、ライノシシの気配。

 自分が生きる為に、相手を殺すという覚悟。

 最近は神経を研ぎ澄ますと、そういう感情が読み取れるようになった。


(相手も生きる為。俺も生きる為だ)


 命のやり取り。

 親友役になったばかりの頃は、殺生を行わないように努力していた。

 だけど、様々な経験を経て学んだ。

 生きる為には、時に命を奪わなくてはいけない事もあると。


(……良し!)


 気持ちを改めて、懐から手榴弾を取る。

 選んだのは、スタングレネード。

 スモークグレードでは、五感が優れている相手の方が、有利になるという判断だった。


(ほいと)


 大木の横にコロリと手榴弾を転がす。

 微動だにしないライノシシ。

 爆発と同時に強い光が発生して、ライノシシは唸り声を上げて立ち上がった。


(今!)


 大木から身を乗り出して、ライノシシに向けて銃弾を放つ。

 がら空きの脇腹に二発。

 しかし、ライノシシの皮膚が予想以上に厚く、大したダメージは入らない。


「それなら!」


 銃口を下に下げて、再び二発。

 今度は後ろ脚に二発当たり、体を支えられなくなったライノシシがその場に転倒した。


「おおぉぉぉぉ!」


 銃をしまうと同時に走り出して、左右のシールドを展開する。

 横ばいに倒れたままのライノシシ。

 俺はがら空きの腹に両手を押し付け、シールドをブーストさせて、ライノシシを吹き飛ばした。


「ブオオオオオオオオ!!」


 森に響き渡る猛獣の悲鳴。

 ライノシシは大木に身を強く打ち付けたが、追撃しようとした俺に気付き、素早く立ち上がる。

 再び対峙する二者。

 恐らく次が、最後の一撃となるだろう。


「……良い勝負だったよ」


 ボロボロの体でこちらを見るライノシシ。


「だけど、俺も譲れないんだ。仲間の為に、お前を狩らせてもらう」


 腰の双銃にゆっくりと手を掛ける。

 負傷した猛獣。次の攻撃は避けられないだろう。

 それでも、猛獣の目は全く曇らない。

 ただ一心に、最後まで生を全うする為に、凛とした姿でこちらに向いている。


(……立派だな)


 これが、日々を生きる為に戦っている獣。気を抜くと一瞬の隙を付いて、俺の方が狩られてしまいそうだ。


(今日は……一人で良かったな)


 思いがけない猛獣との死闘。

 彼には俺が忘れかけていた、リアルな生死のやり取りを、改めて教えられた。

 今はもう、感謝の気持ちしか浮かばない。

 だからこそ……!


「行くぞぉぉぉぉ!」


 力の限り叫び、双銃を構える。

 最後の咆哮をするライノシシ。左右の銃口から撃ち出される銃弾。

 放たれた鉄の塊は、ライノシシの腹を何度も撃ち抜き、ライノシシがその場に倒れ込んだ。


「……ふう」


 動けなくなったライノシシに近付く。

 絶命前のゆっくりとした時間。

 彼の瞳から、静かに光が消えて行く。


「……ごめんな」


 そっとライノシシの頭に手を乗せる。

 気持ちよさそうに目を閉じるライノシシ。

 それを見た瞬間に、小さな悲しみが俺の胸に突き刺さる。


「ありがとう」


 言った後、ポンと頭を叩く。

 ライノシシはフンと鼻を鳴らした後、少しだけ嬉しそうな表情で生命を散らした。


「……」


 動かなくなった獣を前に、言葉が出て来ない。

 多分、一人だからだろう。

 一人だから、いつもと同じ狩りなのに、こんな気持ちになるんだ。


(……うん)


 感傷に浸るのはここまで。

 今日の夕飯は、無事に手に入れた。

 後はこいつを持ち帰って、敬意をもって料理する……


「ミツクニ君?」


 突然声が聞こえて、ビクリと体を震わせる。

 振り向いた先に居たのは、一人の女子。

 勇者、ヤマト=タケル。


「どうしたの? こんな所で」


 俺はこんな場所で出会うと思って居なかったので、上手い言葉が出てこなかった。


「……ミツクニ君、泣いてるの?」


 それを聞いて、ハッとする。

 慌てて拭った頬には、少しの雫。

 俺は目をパチパチさせて涙を乾かすと、いつもの笑顔を作ってヤマトに向けた。


「いや、ちょっとこいつと語り合ってだな」

「ふふ……何それ」


 笑いながらヤマトが近付いて来る。

 しかし、目の前に倒れている獲物を見て、瞳を大きく見開いた。


「ライ……ノシシ?」


 その表情に首を傾げて見せる。


「ヤマトはこいつの事を知ってるのか?」

「知ってるけど、ミツクニ君は知らないの?」

「ああ。名前だけは知ってたけど、詳しい事は何も知らない」


 言った瞬間、ヤマトが口をパクパクさせる。


「何だ? こいつに何かあるのか?」

「何かって……」


 ヤマトは少しの間言葉を失って居たが、やがて口を開いた。


「ライノシシは、危険度Sの超獣だよ?」

「は?」


 意味が分からずに、再び首を傾げる。


「危険度S。腕のある戦士や魔法使いでも、一人では狩れない猛獣の事だよ」


 それを聞いて、俺はしまったと思った。


「ミツクニ君、こいつを一人で倒したの?」

「……そ、そうだけど、出会った時には、既に弱って居てさ」

「ライノシシが?」

「ああ」

「幻森の王が?」

「二つ名持ちかよ!」


 こいつは不味い。

 ヤマトにとって、俺は弱いはずの存在。

 ここで『あの事』に気付かれる訳にはいかない。


「いやーついていたなー! 弱っていたおかげで、何とか勝てたー!」


 陽気な声を上げながら、頭を掻いて立ち上がる。

 否。

 立ち上がろうとしたが、背中に激痛が走り、尻餅をついてしまった。


「ミツクニ君!」

「大丈夫だ。ちょっと背中を痛めただけ……」


 話の途中で、ヤマトが俺に抱き着いて来た。


(ふおおおおおお!?)


 意識が飛びそうになる俺。

 それに遅れて、温かい光が俺の事を包み込み、背中の痛みを和らげる。


「本当に……! 心配させて……!」


 半泣きで光を放つヤマト。

 八尺瓊勾玉。

 勇者であるヤマトだけが扱う事の出来る、回復のチートアイテムだ。


「一歩間違ったら死んでたんだからね!」

「……ごめん」

「ごめんじゃない! 何も分かって無い!」

「それでも、ごめん」

「ごめんじゃ……!」


 痛みが消えて、光も消える。

 完全回復。

 それでも、ヤマトは離れようとしない。


「……ヤマト」


 その声で離れてくれるヤマト。その顔は、涙でクシャクシャだった。

 俺は小さく笑った後、頭をポンと叩く。


「悪かった。これからは気を付けるから」


 その言葉にヤマトが渋々頷く。

 正直、迂闊だった。まさかこいつが、そんな強者だったとは。

 一カ月前の俺だったら、狩られて居たのは俺の方だったろうな。


「よし!」


 大きく頷き、元気に立ち上がる。


「今日は運良く大物が取れた! 帰ったら肉パーティーだ!」


 俺の楽しそうな声を聞いて、ヤマトがやっと笑顔を取り戻してくれる。


「ヤマト! この獲物はお前が持ってくれ!」

「えー。重いから嫌だよ」

「そう言うな! 俺じゃあ持てないから!」

「ミツクニ君、貧弱だもんね」


 ああ、そうだよ。

 俺はこの世界の人間に比べて貧弱だ。

 ましてや、勇者とは比べるまでも無い。


「さあ、帰ろうぜ」


 ヤマトはその言葉に頷き、俺が苦労して倒したライノシシを片手で抱え上げる。

 強きは勇者。

 弱きは親友役。

 今はまだ、それで良い。

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