青と白の導き
青い物を頭に乗せた若い男は、自分の体をジロジロと見てからこちらを見上げて言った。
「君、何歳?なんのコスプレか知らないけど、こんなとこでフラフラしてたら危ないよ。最近は物騒だからね」
「………」
自分よりも背の小さいその人間の男は、腕組みをして少し疲れたように溜息をついた。
先程の男女二人と同様、相変わらず言っている意味はよくわからなかったが、何か忠告しているようだった。
さっきの二人よりかは話ができそうだと思い、まずはここがどこなのかを聞いてみる。
「……ここは一体どこなのだ。村の名はなんと言う」
「…は?村…?」
「そうだ。教える気がないのならば、キサマに用はない」
「え…えーと…君はお酒飲んでるのかな?まぁ、とりあえずいいか…えーと、ここら辺で村の住所はないよ。ここは東京だからね」
「……トウ、キョウ…?」
続いて男は地面を指しながら「ちなみにここは渋谷ね」と言った。
男が言うその二つの名前は聞いた事のない村の名前だった。
「それで、君はどこから来たの?」
「…聞いて後悔しても知らんぞ。オレサマはキサマら人間共を殲滅するために魔界から直々にやってきた魔王だ。このような醜い姿になろうとも必ずキサマらを…」
「あーー、はいはい、ちょっと落ち着いて、ね?アルコールの匂いはしないんだけどなぁ…とりあえず署まで行こうか。君の住所調べてあげるからさ、ね?ここじゃなんだから、とりあえず署まで行こう?」
男は自分の話を遮って腕を掴んで引っ張ってくる。
なんと失礼な奴なのかと少しムッとして振り払おうとしたのだが、思った以上に力が入らなくて驚いた。
そのまま引っ張られる人間の腕を見て、その腕にぴったり合ったリングを見て、またも呆然とする。
人間の腕…何故自分が人間に?何故このような醜い姿に突然変わってしまったのか…思えばこの姿はここに来てからではないか。
この村にはそのような呪いでもあるのかと思いながら男に引っ張られるまま歩いた。
男は時折話しかけてきたり、何かをぶつぶつ話していたがあまり耳に入ってこず、呪いの魔法発動ポイントや、結界らしきものがないか辺りを見ながら歩いた。
辺りはどこもキラキラと光っており、目に眩しいだけでどこにもそのようなものは見当たらない。
むしろここは光系統の魔法を多く使っているようで、自分にはとても居心地が悪い。
「ほら、ついたよ。そこに座って」
いつの間にか何かの建物の前に来ていて、男が中に入るように勧めてきた。
部屋の中は狭く、対面式の机と椅子が置いてある。机の向こう側にはここまで連れてきた男と同じ青と白の服を纏った男が椅子に座っていた。同様に青い物も頭に乗せている。
「お疲れ。あ、酔っ払いの人?」
「いや、それがアルコールの匂いはしないんだよ…でも言動が少しおかしいから、もしかしたらあっちかもしれない」
「…持ち物検査は?」
「それがなんにも持ってないんだよね。しかもコスプレなんだろうけど、ズボンにマントみたいのだけで裸足だしさ。どこにも隠しようがないよね…」
「そうだな…見たところズボンにポケットもついてないみたいだしな…」
「うん。さっき職質しようとした時にここはどこの村か聞いてきたから、住所探してやろうと思ってさ。きっと地方から出てきてるんだろうな」
「なるほどな。あっちじゃないなら精神疾患の可能性もあるかもしれないな」
男二人は何やらゴソゴソ物を取り出しながら話している。
何か武器を出すわけでもなく、分厚い書物や紙を机に並べだした。あれは何かの文献を調べているのだろうか。
しかし、この部屋の明かりも煌々としていて眩しい。不快だ。
話しながら何かしている二人を見ながらさっき言われたことを思い返す。
この村はどうやらトウキョウと言うらしい。もう一つ言っていたが、なんだったか…忘れてしまった。トウキョウなんとかと長い名前なのだろう。まぁよしとしよう。
問題はこの体だ。せっかく人間を襲撃しに来たというのに、こんな体じゃ何もできないではないか。
一体どうしたら元の姿に戻れるのだろうか…そんなことを思っている時だった。
ここまで連れてきた男が呼びかけてきた。
「東京から山梨まで行けるし、千葉とかまぁ関東圏にも村はあるけどどっちの方から来たの?電車は何使った?」
「…でんしゃ?」
「うん。君はここまでどうやって来たの?」
「ここまで…か…」
そう言われて魔界での出来事を思い出す。
巨大な魔法陣の中には数百もの魔物達。猛る目で武器を高々に掲げ、自分の詠唱を静かに待つ。そう、本当は皆の者と村を襲撃するはずだった。襲撃する村はイラーミという村だ。
そして自分は詠唱中にくしゃみをしてしまい、空間移動の魔法に失敗した。
魔法陣から発せられた強烈な光の中に包まれたあと、気づけばここにいて、この姿だ。
魔法の失敗で別の村に飛ばされてしまったのと同時に姿まで変わってしまった。
(ここに来てこうなったということは、魔界に戻れば姿も戻るだろうか……ん?待てよ、そうだ、魔界にはどうやって帰るんだ?)
ふと、赤黒いリングがはめられている自分の人間の手を見る。
混乱していて気づかなかったが、この体では魔法も使えないのなら、当然空間移動の魔法も使えないではないか。
ならばどうやって帰るのか?
「オレサマは…空間移動で…ここにやってきたのだ。キサマらは魔界へ通じる道を知っているか」
空間移動の魔法に失敗してここへ偶然辿り着いたと言っては威厳も何もない。弱いと思われて人間に何をされるかもわからない。
ここはごまかしておいて、魔界へ帰って出直すことにしよう。
二人の男が顔を見合わせてから少し間が空き、ここに連れてきた男が困ったように聞いてくる。
「……いや、あの、うん。そうだな…じゃあ、その空間移動はどんな形の乗り物だったのかな?飛行機のことかな?」
「ひこうきとはなんだ」
「えぇ?飛行機は飛行機でしょ?空飛ぶやつ。それともやっぱり電車かな」
「ちょっと待て。君、まず名前を教えてくれないか。あと、職業は?」
元々この部屋にいた男の方が鋭い目つきで問う。
この男は頭に髪がなく、ここに連れてきた男よりもしっかりした体をしているように見えた。ただ、やはり背は自分よりも小さい。
「我が名はウォーマ。魔界の王だ」
「「………」」
「魔界に通じる道を知っているのなら教えろ。教えるのなら、今回はキサマらのことは見逃してやろう」
「うーん…こりゃ困ったな…」
「一応、検査するか…」
「だな…」
二人は黙り込み、一人は奥の方へ行ってしまった。
やはり何か知っているのだろうかと期待して待っていると、奥に行った一人がコップのようなものを持って来た。
「君さ、とりあえずちょっとトイレでこれに尿を入れて…」
「何を言っている?」
「いや、だから、尿検査を受けてもらいたいんだけど…」
「なんだそれは」
「………」
頭に髪がないその男はコップのようなものを手にしたままこちらを怪訝そうにジッと見ている。
すると、ここまで連れてきた男が聞く。
「…もしかして、トイレって意味もわからなかったりする?」
「だからなんだそれは。魔界に通じる道のことなのか?」
話の進まなさに少しイライラしてきていた。第一、なんのことを言っているのかもよくわからない。
聞いてきた男は一人頷くと、髪のない男の方を見て言った。
「やっぱり、記憶喪失が入ってるのかもしれないよ。コスプレしてはしゃぎすぎて頭打ったとか、なんかあったのかもしれない。病院に連れて行こう」
「そうか…確かに話が通じなさすぎるし、トイレの意味もわからないんじゃな…尿はその時に採ってもらうか…」
何やら二人で話したあと、こっちに来るよう促され、付いて行くとそこには白と黒の四角い物体があった。
横が開くようになっていて、その中に入るよう言われ、恐る恐る入ってみる。
中はとても狭いが座れるようになっていた。二人が前の方に座ると物体が突然振動し始め、やがてスルスルと動き始めた。
そのまま物体は走り出し、さっき歩いていた眩しかった周辺をあっという間に駆け抜けて行く。
「なんと…これは一体…どうなっているんだ……」
魔法陣や詠唱なしに移動するこの物が不思議でしょうがなく、つい呟く。
そして、いつの間にか心臓は高鳴り、心がワクワク感に溢れていることに気づかずに、魔王ウォーマは夢中で外の景色を見ていた。