第〇〇九話 霧島ミキ
ミキにオセとの接近戦を頼まれた英司は、自信がなさそうに首を何度も横に振る。
「大丈夫! 奴はさっきの私の攻撃で足が上手く動かないはず。それに私が後方から支援するよ」
「くっ……仕方ない。このまま何もできずにやられるのも嫌だしな」
「お願いね。それとみんなが魔法を使う時は、伊賀崎君は可能な限りあの悪魔から離れてね」
「わかった。巻き添えになりたくないからな」
英司は大きく息を吐いて気持ちを落ち着かせてから、腰の月夜桜を抜いて構える。
「うおおおおおおお!」
英司が叫びながらオセに向かって走り出す。同時にミキは少し左方向に移動してオセへの射線を作ってから、左手で再び魔気弾を放つ。それが突撃する英司の横を通り過ぎてオセに向かって飛んで行く。
「ちっ、あいつのしわざか!」
ミキが放った魔気弾に気づいたオセは、長剣を盾のように使って、飛んできた魔気弾を防ぐ。だがその隙に英司は安全にオセに近づくことができた。
「うおりゃあ!」
「ふん!」
英司が月夜桜で斬りかかり、オセが長剣でその斬撃を切り払って、二人の接近戦が始まる。一方、ミキは、いつでも魔気弾で英司を支援できる態勢を取りながら、逃げるべきか戦うべきか迷っている生徒達の方を見る。
(はぁ、ほんとはこんな目立つことしたくないけど、今回だけ、今回だけだから……)
ミキは、人前で大きな声を出すのは恥ずかしくて嫌なのだが、悪魔を倒すために仕方なく、大声で皆に指示する。
「みんな! 奴の弱点は魔法よ! みんなで一斉攻撃すれば倒せるわ!」
ミキの言葉に生徒のひとりが反応する。
「でもここにいる魔法使いタイプは、北城君以外、下級魔法しか使えないよ」
「大丈夫! 下級魔法でもみんなで同時に攻撃すれば、威力が何倍にもなるから」
「た、確かにそれなら何とかなるかも。わかったよ。伊賀崎君も戦ってるし僕もやるよ」
「俺もやるぞ」
「私もやる」
「みんながやるなら私も!」
ここにいる攻撃系の魔法使いタイプの生徒達が、それ以外の生徒達の前に出て魔法発動の準備をする。
「北城君、何してるの? あなたも得意の上級魔法を放つ準備を……」
「ぼ、僕なんかの魔法では、悪魔には通用しないよ……」
どうやら北城遼太郎は、零夜に負けたショックで自信を失ってるようだ。
(同時攻撃する魔法は、少しでも多い方がいい。ここは何とか説得して……)
「上級魔法を使えるのは、あなたしかいないのよ。北城君の上級魔法なら、みんなを助けられるわ!」
「僕だけ!? そ、そうだ。僕の上級魔法ならやれるはずだ!」
少しだけやる気を取り戻した遼太郎も魔法発動の準備に入る。それを見たミキは、ほかの魔法使いタイプの生徒達に指示する。
「いい、伊賀崎君が隙を作ってくれるから、何の魔法でもいいから一斉に放ちましょう!」
ミキは左手の魔気弾で英司を支援しつつ、右の手のひらの上に紫色の魔力を集中させる。それはとてつもなく膨大な魔力だったが、彼女はその魔力を可能な限り圧縮させて小さくした。おかげで周囲の生徒達は、その濃い紫色の魔力の凄さに気付いていない。
(よし、これで準備できた。後は……)
ミキは、オセが英司と戦ってる隙をついて、左手の魔気弾を放つ。それがオセの左足のひざに命中して爆発する。
「ぐあっ! あ、足が!」
最初と同じ場所に魔気弾が命中してオセがよろける。その隙を見逃さなかった英司が、オセの胴体を斬りつける。
「うおりゃあ!」
「ぎゃあああっ!」
英司に腹を斬られ、オセはさらによろける。
「今だ! 攻撃してくれ!」
英司がそう叫びながらオセから急いで離れる。
「炎殺!」
「氷結!」
「風烈!」
「雷奏!」
「うおおぉぉ、もうどうにでもなれ! 焦炎!」
魔法の準備をしていた生徒達が、一斉に火や氷などの魔法をオセに向けて放つ。それと同時にミキは、右手に圧縮集中させた濃い紫色の魔力を放つ。
(行けっ! 圧縮魔力弾!)
ミキは心の中で必殺技の名前を叫ぶ。その圧縮魔力弾が、生徒達が放った魔法にまじってオセに向かって飛んでいく。それに対しオセは、よろけながらも長剣を前にかざして盾のように構え、生徒達が放った魔法を防ごうとする。
「くっ、そんなも……なっ!」
ミキの圧縮魔力弾がオセの長剣に命中した瞬間、圧縮された魔力が大爆発を引き起こした。
「ガアアアアアアッ!」
その周囲の大気が震えるほどの大爆発によって、オセの長剣は粉々に破壊され、さらにオセ本人も特大ダメージを受けて全身がボロボロになった。その後、オセは意識を失い地面に倒れ、爆発の煙の中でそのまま消滅した。
「やった……のか?」
「あの悪魔の魔力は完全に消えたわ。もう大丈夫よ」
爆発の煙が完全に消え、悪魔がいないことを確認した生徒達は、歓喜の声をあげる。
「うおおぉぉ! やったー!」
「俺達が悪魔を倒したー!」
「もしかして、僕の上級魔法が奴を倒した……のか」
魔法使いタイプの生徒達は、自分達の力で悪魔を倒せたと思い、喜んでいる。
「ふーっ。何とかなった」
ミキは安堵の表情でそうつぶやく。そして木の陰でしゃがみこんでる英司の所へ向かって歩いていく。
「伊賀崎君。大丈夫?」
「あ、ああ。大丈夫だ……」
英司は、顔を真っ青にしながら返事をする。そして呼吸を整えて少し落ち着いてからミキに話し始める。
「今の悪魔、とんでもなく強かったぞ。俺達があんなのを倒したなんて、とても信じられないんだが……」
「確かに物理戦闘力は凄かったけど、魔法に弱い下級悪魔で助かったわね」
ミキはそう言って何とかごまかす。英司はミキの下級悪魔という言葉に違和感を持ったが、あまりの疲労で深くは考えられなかった。
ミキと英司がそんな話をしていると、後方に避難していた秋穂が二人の所へ走って来る。
「伊賀崎君。怪我してない? 回復魔法、使おうか?」
「いや、怪我はしていない。ちょっと疲れただけだ。しばらくすれば回復するよ」
「ほっ。それならよかったよ」
(上級悪魔のプレッシャーを受けながら戦ってたから、精神的にまいってるようね)
ミキは英司の無事を確認できたので、次に周りを見渡す。すると先ほど吹き飛ばされた月影が、まだ倒れたままなのを見つける。
「秋穂は生徒会長さんの方を診てあげて。あの悪魔に斬られた時、防御力を強化してたみたいだから大丈夫だとは思うけど」
「あの一瞬の防御力強化魔法に気付くなんて、さすがミキちゃんね。生徒会長のことは私にまかせて!」
そう言って秋穂は、気を失ってる月影の方へ走っていく。
(はぁ、なんとか力を隠しながら上級悪魔を倒せたけど、みんなに大声で何かを指示するとか、もう絶対にやらない。絶対……)
目立つことが嫌いなミキは、そう強く決意するのだった。
時は過ぎて翌日になる。前日の二体の豹の上級悪魔が同時出現したという事件は、世間的には一体の上級悪魔が出現して、それが軍によって倒されたということになっていた。それで大きな騒ぎにはなっていなかった。
「日本のトップテンというのを詳しく知りたいんだが」
水ノ鏡魔法学校の一年一組の教室で、朝のホームルームの前、零夜は英司から人間界のことを色々聞き出している。
「トップテンの何が知りたいんだ?」
「トップテンには、霧島ミキも入っているのか?」
次回 転校生は大魔王 に続く