第五十話 ドラゴンVS大天使 三
美佳子が人の体でだせる最大の魔力を体にまとい戦闘態勢になっているので、二体のグランドドラゴンは後ずさりしながら、彼女を警戒している。
佐倉先生は、グランドドラゴンを目の前にして美佳子が戦いを開始しないのを見て、美佳子に近寄り理由を聞く。
「どうした? 織星、何かあったか?」
「ひとつ聞きたい。ドラゴンは私の倒すべき敵か?」
美佳子は、ドラゴンが天使の敵である悪魔のカテゴリーに入るのかどうか考えている。
(そうか。今まで現れた闇の悪魔と違って、ドラゴンは巨大な動物みたいなものだから、倒すのをためらっているのか)
佐倉先生は美佳子が迷っている理由を勘違いしている。
(それにアニメやゲームでは、ドラゴンが味方になるものもあるから、敵という感じがしないのかもしれない)
もちろん美佳子はアニメやゲームは知らないのだが、佐倉先生は好意的に考えたようだ。
「織星、気持ちはわかる。だけど目の前の奴らは、ここに現れ破壊活動している邪悪なドラゴンだ。ためらう必要はない」
「おお、奴らは邪悪か」
佐倉先生の「邪悪」という言葉に、美佳子の迷いが吹っ切れた。
「火封眼!」
美佳子は身にまとっていた魔力を大量の火に変換し、体の周りを飛び交う超高温の火をグランドドラゴン達に向けて放った。
「グガーーー!」
「ゴグァーー!」
美佳子の火系最上級魔法が二体のグランドドラゴンを包みこむ。魔法防御力の高い竜のうろこを持つグランドドラゴンでも、美佳子の火は防ぐことはできなかった。二体とも火の中で断末魔をあげながら倒れ消滅した。
「おおーーー!」
「す、すごい炎だった!」
「彼女が噂の天才魔法少女か!」
魔法防衛軍の兵士達が、美佳子の戦いに賞賛の声をあげている。そこへ柴木軍曹や他の兵士達が到着した。
「柴木軍曹! 二体のドラゴンを彼女が一撃で倒してしまいました」
「ドラゴン? 出現したのはドラゴンだったのか。それを彼女が一撃で倒したというのは信じられんが」
「柴木軍曹は知らないんですか? 彼女が噂の天才魔法少女ですよ」
「天才魔法少女?」
その時、轟音と共にまた地震が発生した。そして基地内のあちこちに強い魔力を持つ悪魔が複数出現する。その中に先ほどのグランドドラゴンより、さらに強い魔力を持った存在がいるのを、美佳子と佐倉先生が感じ取った。
「むっ、まだ来るか」
「こ、この凄まじい魔力は……魔王クラスか!」
「ま、魔王クラス?!」
さらなる悪魔の出現に、柴木軍曹や兵士達が動揺している。その時、美佳子達の目の前に巨大な次元の裂け目が出現し、そこから全身に火をまとった巨大なドラゴンが出現した。
「フシュー……ここが人間界の基地か。上手く転移できたようだな」
現れたドラゴンが人の言葉を話しながら、周りを見渡し状況を確認している。
「さっきのよりでかいぞ!」
「体だけじゃない、魔力も段違いだ!」
兵士達は恐怖でうろたえているが、美佳子は兵士達のことなど気にせず、全身から凄まじい魔力を放出して戦闘態勢になる。
「そうだ! 俺達には天才魔法少女がいる!」
「ああ、俺達の救世主だ!」
凄まじい魔力を持つ美佳子の存在は、いつの間にか魔法防衛軍の兵士達の間で悪魔との戦いの心の支えになっていた。
場面は変わり基地内の南側、一年一組の生徒達が、避難のため南に向かって移動していた。その途中、また地震が発生し、轟音と共に基地のあちこちに悪魔の魔力反応が現れる。
「な、何だ?!」
「悪魔だ! また悪魔が現れたんだ!」
避難のため移動していた生徒達は、動くのを止めてしまい動揺している。その中でアキラは出現した悪魔の数と力を正確に把握する。
(むっ、さらに基地内に悪魔が増えたか。丁度いい。例の実験を進めるか)
アキラは、十メートル程度離れた建物と建物の間の地面に、皆に気付かれないよう悪魔召喚の魔法陣を作り出す。
「来い、電霊ライジュウ」
アキラが皆に聞こえないように小声でそう言うと、魔法陣から電霊ライジュウが現れた。
電霊ライジュウとは小型の狼のような姿をした電気の体を持つ悪魔である。大魔王ルシファー直属のこの電霊ライジュウは、人間の機械のことを熟知していて、機械の破壊活動を得意としていた。
(ライジュウ、この基地の監視カメラをすべて壊してこい)
(リョウカイ、ゴシュジンサマ!)
アキラが念話で命令すると、ライジュウは近くにある監視カメラ内部に入り込みカメラの基盤を破壊する。その後、監視カメラのケーブルの中を移動して、次々と基地内の監視カメラを破壊していく。
その様子に気付いたミキは、アキラが電霊ライジュウを召喚して何をしようとしてるのか問いただそうとする。
「明野君、今のは……」
「使い魔にこの基地の監視カメラを破壊させに行かせた。これでここで起こることは記録されない。君も全力で戦えるだろう」
「なるほど、それはありがたいけれど、それよりも今の使い魔というのは悪魔? 精霊のような気もするけど」
「精霊も悪魔も似たようなものだろ。要は自分の命令を聞くのなら何でもいい」
「……」
ミキは以前アキラが全国模擬戦闘大会で、上級悪魔ギリメカラを呼び出してちょっかいを出してきたことを思い出していた。
(明野君は悪魔のことにも詳しいし、悪魔召喚者なのかもしれない)
悪魔召喚者とは、悪魔と契約し自分の使い魔として使役する者のことである。精霊使いとは違い、使役できる悪魔の種類に制限がなく(悪魔召喚者より強い悪魔は使役できないという制限はある)、魔王や神族でさえ使い魔として使役することもできる。
だが悪魔召喚者は人間達から嫌われる傾向がある。敵である悪魔と一緒に戦うということが、なかなか理解されないのである。
(確かに基地内には監視カメラがいっぱいあるから、壊してくれて戦いやすくなったけど、どうしようか……)
ミキは基地内のあちこちに現れた強い魔力を持つ悪魔は、魔法防衛軍では倒せないので、自分が行くべきかどうか考えている。すると隣にいた秋穂が、ミキが迷っているのに気付く。
「ミキちゃん、悪魔を倒しに行きたいの?」
「うん、でも天城君が調子悪いみたいだし、私が行ったら明野君しかいなくなるから心配なのよね」
ミキはアキラの強さは認めているが、何か危険な感じがするのでアキラだけ残して行くことに危機感を持っていた。
(それに椎名さんの様子もおかしいし……)
ミキは、あけみから以前とは全く違う闇のような魔力を感じ警戒していた。
「大丈夫だよ。こっちに何かあったらスマホでミキちゃんを呼ぶから瞬間転移で戻ってきて」
「なるほど、それなら安心か」
ミキは秋穂の提案に納得し、悪魔を倒しに行く決意をする。
「じゃあ、ちょっと行ってくる」
ミキは、皆に気付かれないようにこの場を離れ、体に魔力をまとい身体能力を強化して、強い魔力を複数感じ取った基地の東側に向かった。
「天城、まだ気分が悪いのか?」
「も、問題ない……」
隣にいる英司が零夜の様子を見て心配している。零夜はまだ車酔いが治っていなかった。英司は近くにいた秋穂に、どうにかならないか聞いてみる。
「日高さんの治癒魔法で、天城の車酔い治せない?」
「うーん。残念ながら、車酔いを治す治癒魔法は私も知らないの」
「そうか」
麻痺や毒などの状態異常を治す治癒魔法でも、車酔いは想定していないので治せないのである。
「まあ、車酔いは時間がたてば自然に治るから、もう少しの辛抱だな」
「でもこういう時に限って、悪魔が襲ってきたりする……」
秋穂がそこまで言った時、零夜達から三十メートルくらい前方に巨大な次元の裂け目が出現した。その裂け目から全身に雷をまとった巨大なドラゴンが出現する。
「ド、ド、ドラゴンだーー!!」
「ここにも現れやがった!」
「な、なんて魔力なんだ!」
零夜達の前に現れたドラゴンの名は雷竜ガザン。魔界の辺境にある竜の国を支配している四竜のうちの一体である。体長は二十メートル以上あり、黄色の肌をしている。雷竜ガザンはその名の通り雷をあやつるドラゴンで、魔王クラスの魔力を持っていた。
「フシュー、同志達と離れてしまったか。まあいい。近くにいるようだから合流しよう」
雷竜ガザンは周りを見渡し、仲間のドラゴンの位置と今の周囲の状況を確認している。
「こんなでかいドラゴンを倒せるのか?!」
「ドラゴンは知能が高いと聞いたことがある。もしかしたら魔法を使ってくるかもしれないぞ!」
目の前にいるドラゴンの強さに、一年一組の生徒達が恐怖している。
「同志達に合流する前に、ウォーミングアップをしておくか」
雷竜ガザンは、全身から凄まじい魔力を放出しながら、零夜達向かって近寄ってくる。
「に、逃げろー!!」
英司が叫び、クラスメイト達が雷竜ガザンから離れるように走り出す。だが零夜、アキラ、あけみは、そのままその場にとどまっていた。顔色の悪い零夜が、ドラゴンを前にしても平然としているアキラに話しかける。
「貴様、奴と戦う気はあるか?」
「さあ、どうしようか……」
「くっ、やはり俺が戦うしかないか」
零夜は気分が悪かったが、アキラが人を守る戦いをするとは思えなかったので自分が戦おうとする。
「天城、気分が悪いなら、私が代わりに戦ってやるよ」
二人の近くにいたあけみが前に出る。彼女は雷竜ガザンをにらみながら、全身から凄まじい魔力を放出して身にまとい、戦闘態勢になった。
(し、信じられん。この魔力の強さは……)
強くなりたいと言って零夜達の放課後訓練に参加したあけみが、その訓練中にも見せなかった強い魔力を身にまとっているのを見て、零夜は驚いている。
(魔力を人の体を壊さない程度の出力に調整している。ヘカーテは上手くやっているようだ)
アキラは、あけみとヘカーテを使って何かの実験をしているようだった。
第五十一話 「ドラゴンVS大天使 四」に続く




