第五十三話 天使スラオシャ
零夜と武田が全力の闘気を使って戦うと、観客達に恐怖やプレッシャーを与えてしまうので、彼らは怪しまれない程度に闘気を抑えて戦っていた。その状態で二人は激しい打ち合いをしていたが、お互いダメージを与えられないので、いったん離れて距離をとる。
(スラオシャを倒すには、このままでは駄目だ)
零夜は白色の闘気を込めた剣に、紫色の魔力をまとわせ、さらにその魔力を光に変換する。
「光破斬!」
零夜は前に出て、光の魔法剣を武田に向けて放つ。一方、武田は闘気を込めた両手を体の前でクロスさせて防御しようとするが、闘気と魔力を融合させた零夜の魔法剣の威力に耐えられず、急いで後方に下がる。それを見た零夜は左手から魔力を放ち、追撃の魔法を放つ。
「聖剣!」
零夜の放った魔力が三本の光の剣となり、距離を取ろうと後方に移動した武田に向かって高速で飛んでいく。だが武田は移動しながら魔法障壁を展開し、迫ってくる三本の光の剣を何とか防いだ。
「ふう、危ない、危ない。俺も、もうちょっと力を使うか」
武田は零夜の魔法剣に対抗するため、さらに強い闘気を全身まとう。
(お、おい! スラオシャ! それ以上、闘気を強くすると怪しまれるぞ!)
零夜は念話で武田に話しかけるが、彼はそれを聞かず零夜にそのまま襲いかかる。
「ウォリャーーーッ!!」
さらに強大な闘気をまとった武田は、強烈な突きや回し蹴りで零夜を攻撃する。その攻撃は一撃一撃が重く、零夜は防ぎきれずに後方へ後ずさる。
(くっ、このままではまずい)
零夜は武田の攻撃を受け止めるのを止め、回避しながら右方向へ高速で移動する。
(こうなったら、俺もさらに力を使うしかない)
零夜は剣に込める闘気と魔力をさらに強くする。すると剣をまとう光が三メートル以上に大きくなり、さらに輝きが増していく。
(ここまでだな。これ以上は、さすがに怪しまれる。だがこの程度ではスラオシャは倒せない)
零夜は、自分が強い力を使えば使うほど、武田も強い闘気を使ってしまうのではないかと考える。
(なら、攻撃が当たった瞬間だけ、全力の闘気を解放する)
零夜は強大な光をまとわせた剣を上段に構えながら、武田に向かって突撃する。一方の武田も零夜に向かって突撃し、燃え上がるような激しい闘気を拳に集中させて放つ。
「レイブレイク!!」
「破壊拳!!」
零夜は巨大な光の剣を高速で振り下ろし、武田は強大な闘気をまとわせた拳を高速で突き出す。その二人の技がぶつかった瞬間、零夜は全力の闘気を剣に込める。すると零夜の剣の技の威力が一瞬だけ強化され、武田の拳の闘気を吹き飛し、振り下ろされた光の剣が、武田の幻影体に直撃した。
「し、しまっ……」
武田の幻影体は、零夜の全力の光の斬撃によって切り裂かれ、完全に消滅した。その数秒後、実況を忘れて二人の激しい戦いを見ていた佐藤が我に返る。
「す、すさまじい攻防の末、天城選手が武田選手を倒しましたー!」
「おおおお!」
「すげーよ!」
「こんなの初めて見た!」
実況の佐藤や観客達が、零夜と武田の好試合を見て歓声を上げている。
(ふぅ、闘気の瞬間展開と瞬間消去、初めて試したが何とかできた。よし、後は残る二人に戦闘経験を……)
零夜は無名魔法学校のほかの選手を探すが、二人はもういなかった。零夜と武田の最後の凄まじい闘気のぶつかり合いの流れ弾を受けて、彼らの幻影体は消滅していた。一方、ミキと理沙は、闘気の流れ弾をミキが見切って理沙と共に避けていたので無事だった。
「すでに模擬戦闘場の舞台には無名魔法学校の選手はいません。よって水ノ鏡魔法学校の優勝です!」
「おおおお!」
「熱い戦いだった!」
「会場に来た甲斐があった!」
「いいものを見せてもらった!」
観客達も両校の戦いをたたえている。
「やったわね! 天城君!」
「お疲れ様」
試合が終わり、理沙とミキが零夜に近づく。
「ま、また失敗した……」
零夜はそう言いながら下を向いて落ち込んでいる。彼はこの大会で人間に戦闘経験を積ませ、強くしようと考えていたが、あまり上手くいかなかった。
「どうしたの? さすがに疲れた?」
理沙は零夜のうなだれた様子を見て勘違いしている。
(確かに相手の武田君は強かった。しかも力を隠しながら戦ってた。私達のほかにも、まだまだ強い人がいるのね)
ミキは武田が闘気を全力で使っていないことに気付いていた。彼女自身は闘気を使うことはできないが、見て感じる素質を持っているので、隠してる闘気を見抜くことができたのである。
(天城君の最後の一撃も凄かった。さすがね)
零夜の全力の闘気の一撃は、攻撃の当たった一瞬だけだったので、観客達に怪しまれずに済んだ。何かを感じ取った観客も数人はいたが、攻撃がぶつかった衝撃くらいにしか思っていなかった。
「さあ、幻影体を解きましょう」
零夜とミキと理沙は、舞台を降りて意識を本体に戻す。すると模擬戦闘場フロアの入り口にいた佐倉先生が走ってくる。
「よくやった! 三人とも! ついに我が校の優勝だ!」
佐倉先生は三人に飛んで抱きつき、念願の全国模擬戦闘大会優勝を喜んでいる。
「さあ、これから表彰式だ。行ってこい!」
模擬戦闘場の舞台では、実行委員や放送スタッフ達が優勝トロフィーを用意して表彰式の準備をしている。その後、表彰式、写真撮影、インタビュー、閉会式が行われ、無事、第三回全国模擬戦闘大会は終了した。
時は過ぎて全国模擬戦闘大会から数日後、中央地区にある喫茶店に、天城零夜(大天使ゼロムエル)、天道隆司(天使ザフキエル)、武田正義(天使スラオシャ)が集まっていた。
「目立ってたな」
「はい、かなり目立ってました」
「まっ、楽しかったからいいだろ」
決勝戦の零夜と武田の凄まじい戦いが全国に放送され、二人の名前が全国規模で広まっていた。
「ただ納得できないのは、なんで俺は一撃喰らっただけで負けたんだ? 俺の体なら、ゼロムエルが放った最後の技の威力でも、十回は耐えられるはずだろ」
「たぶん幻影体の耐久力の限界が、人間基準だからだな」
模擬戦闘場の幻影体は人間の能力を基準に作られているので、天使達の持つ耐久力を再現することはできなかった。
「ちっ、そうなのか。つまらん」
「で、どうしますか? 天城零夜は外国の学校に転校したことにして、また違う人間として潜入しなおすという手もありますが」
「いや、このままでいい。俺の正体がばれてなければ問題はない」
零夜は今の水ノ鏡魔法学校での生活が気に入っていたので、またやり直す気はなかった。
「それに有名だからこそ、できることもある。俺の強さを見込んで、訓練を頼む人間が増えてきた」
次回 地下街ダンジョン に続く




