第〇〇五話 地獄の大公爵フラウロス
「すまん。ちょっと待っててくれ」
佐倉先生は、スマホをポケットから取り出して話し始める。
「もしもし……はい、そうです。えっ! 上級悪魔が?」
佐倉先生が一段上の大きい声で電話の相手と話している。それを聞いている周りにいる生徒達が、ざわつき始める。人間達は、悪魔をその強さによって下級悪魔と上級悪魔の二つに分類していた。
「はい……はい、わかりました。すぐ向かいます」
佐倉先生が通話を終了する。
「みんな、すまんが今回の訓練は中止だ。中央地区に上級悪魔が出現した」
「中央地区! すぐ隣じゃないですか!」
佐倉先生の言葉に理沙が驚く。水ノ鏡魔法学校は西地区にあり、中央地区はとなりの地区だった。
「今、巡回中の魔法防衛軍の兵士が、二人だけで戦ってるみたいだから、私が応援に行くしかない。みんなは学校へ避難してくれ」
「佐倉先生。私も一緒に行きます。いくら先生でも、少人数で上級悪魔と戦うのは危険です」
「駄目だ! 上級悪魔との戦いに生徒を連れて行けるわけないだろ。如月は中島と一緒にみんなを引率して学校に避難してくれ。これも立派な役目だ」
「……わかりました」
「では、行ってくる」
佐倉先生は、全身から紫色の魔力を放出して身にまとい、飛行魔法を発動する。
「飛翔!」
佐倉先生の体がゆっくりと宙に浮き十メートルほど上昇した後、彼女は中央地区へ向かって飛んでいった。
「おお! これが飛行魔法か!」
「すげぇ、初めて見た!」
飛行魔法は日本のトップテンの中でも数人しか使えない、かなり高度な魔法だった。
「よーし! 俺達は学校に戻るぞ!」
月影が先頭に立ち、一年一組の生徒達全員を引き連れて学校に向かう。そして生徒達が学校に帰る途中の森の中の道で、零夜が英司に話しかける。
「俺、ちょっと用事があるから、寄り道してから帰る」
「寄り道? この状況でどこに寄るつもりだ?」
「ちょっと……な」
(ああ、トイレか)
「わかった。なるべく早く学校に戻れよ」
「ああ」
(どんな悪魔が現れたのかわからんが、佐倉先生が危険な時は助けてやらないとな)
そう考えながら零夜はクラスのみんなと違う道へ入り、別行動をとる。
「ん? 天城君、どこへ行くのかしら」
最後尾にいた理沙は零夜の単独行動に気付き、彼に気付かれないようにその後を追う。
「この辺りでいいか」
零夜は周りに人のいない森の道で立ち止まると、全身から紫色の魔力を放出して身にまとう。
(天使の翼があれば、こんな魔法使う必要ないんだが……)
「飛翔!」
零夜の体がゆっくりと宙に浮き始める……が、すぐに地上に降りる。
「しまった。悪魔が出現した場所がわからない」
佐倉先生は中央地区と言っていたが、零夜にはそれがどこなのかがわからなかった。
「演習場に戻って、佐倉先生が向かった方向に進んでみるか」
「ふーん。天城君。あなたも飛行魔法、使えたんだ」
零夜から離れた場所にある木の陰から理沙が姿を現し、零夜に近づいて来て話しかける。
「し、しまった。見つかった!」
零夜は人の体の状態でも、敵意を持つ悪魔の気配ならすぐに気付くのだが、人の気配は精神を集中させて周囲を探らないとわからなかった。
「君、上級悪魔の所へ行く気でしょう」
「えっ、ええと……」
「ふふふ。天城君を止めに来たわけじゃないのよ。私も一緒に行きます」
「むっ、本気ですか?」
「もちろん本気です。早く向かわないと先生が危険です。行くなら早く行きましょう」
「わかりました」
零夜はしぶしぶ了承する。
「じゃあ、おんぶして!」
「は?」
「おんぶよ、おんぶ!」
理沙は、にこにこしながら零夜に催促する。
「私は飛行魔法使えないから、天城君に連れて行ってもらわないと」
「……わかりました」
零夜は背中を向けてしゃがみ、理沙がその彼の背中に乗る。
「では行きます」
零夜は理沙を背負って立ち上がり、ゆっくり浮遊を開始する。
「もう! せっかくの密着イベントなんだから、少しは恥ずかしがってくれてもいいのに」
「は? 何か言いました?」
「いえ、それより早く行きましょう。中央地区はあっちです」
零夜は理沙と共に、中央地区へ向かって飛んでいった。
場面は中央地区の上空に変わる。
「見つけた! あそこか!」
悪魔が出現した場所に向かって飛行中だった佐倉先生は、煙が上がっている場所を発見し急いで向かう。その場所は市街地の道路で、そこで剣を持った大柄の悪魔と、黒色の迷彩服にヘルメットと防弾チョッキを装備した一人の魔法防衛軍の兵士が戦っていた。
「くそっ! 魔法が効かない。ならこれならどうだ!」
兵士は背中のアサルトライフルを悪魔に向けて構え、銃撃を開始する。だがその悪魔は、赤色の物理障壁を体の前に壁状に展開して、次々と発射されるアサルトライフルの弾を防ぐ。
「これが人間の兵器か。大したことはないな」
「くっ、これも駄目か……」
その時、佐倉先生が悪魔と戦っている兵士の隣りに着地する。すると彼女はその兵士の近くに、傷を負った兵士が倒れていることに気づく。
「さ、佐倉さん!」
佐倉先生は倒れている兵士から魔力を感じ取り、まだ生きていることを確認する。
「ここは私にまかせて、彼を連れて後退してください」
「すみません。ここはおまかせします」
日本のトップテンは、テレビに出演したり雑誌に載ったりするので、その兵士は佐倉先生のことを知っていた。それで素直に彼女の言葉に従う。
「もうすぐ軍の本隊が到着します。それまで奴の足止めをお願いします!」
「了解!」
兵士は倒れていた兵士を抱え、近くに停めてあったジープに乗ってこの場を離れる。
(さてと、奴から感じる魔力、私の三倍以上か。上級悪魔相手に私一人でどこまでできるか……)
佐倉先生は腰のかみなりのやいばを抜いて構え、目の前の悪魔と対峙する。
「ほう、さっきの人間よりは、ましなのが来たな。俺の名はフラウロス。地獄の大公爵フラウロスとは俺のことだ!」
地獄の大公爵フラウロスは、赤毛の豹の顔に人の体を持つ上級悪魔である。フラウロスは剣技が得意な戦士タイプで、ソロモン七十二柱の悪魔の一柱と呼ばれている人の世にも知られている悪魔だった。
「グフフ、貴様から感じる魔力のなんと脆弱なことか。これが人間のレベルか」
「ふん! ならばこれを受けてみろ!」
佐倉先生はかみなりのやいばに雷をまとわせて、フラウロスに向かって突撃する。
「雷鳴斬!」
佐倉先生が高速の雷の斬撃を放つ。だがフラウロスは持っていた剣でその斬撃を軽々と受け止めた。攻撃を防がれた佐倉先生は、後方へステップして距離をとる。
「グフフ、やはりそんなものか」
(くっ、さすが上級悪魔。ならあれをやってみるか)
佐倉先生は右手で剣を構えつつ、左手から紫色の魔力を放出しながらそのまま突撃する。そしてフラウロスの剣の間合いに入る前に、左手で魔法を発動する。
「雷閃!」
佐倉先生が走りながら左手から雷の束を放つ。それに対しフラウロスは魔力をまとわせた剣を前方にかざして、その雷系上級魔法を防ごうとする。その直後、剣に雷が激突すると、その雷が飛散しフラウロスの視界を奪った。その隙に佐倉先生はさらにフラウロスに接近し、脇腹を狙って雷の斬撃を放つ。
「雷鳴斬!」
次回 ラックブレイカー に続く