第四十一話 ベルゼブブ
現れたベルゼブブの魔力は、魔王シェムハザを遥かに超えていた。そのベルゼブブの死を連想させるような禍々しい魔力を感じ取った椿軍医は、さらに恐怖で震えている。
「こ、これほど強大で凶悪な魔力……信じられない」
「椿さん、奴を刺激しないよう、動かないでください」
「り、了解……」
周防刑事がそう指示するが、椿軍医や魔法防衛軍の兵士達は動きたくても足がすくんで動くことができなかった。同じように黒刃探偵も、あまりに実力が離れている相手に戦意を失っていたが、ベロスは震えながらも何とか戦闘態勢を維持していた。さらに魔力を感じることができない自衛隊の隊員も、ベルゼブブからのプレッシャーで動けないでいた。
「お前は確か……シェムハザだったか。魔界軍と敵対してたよな」
「べ、ベルゼブブ! な、なぜこんな所に!?」
魔界軍ナンバー2のベルゼブブを目の前にして、魔王シェムハザは動揺している。
「消えろ!」
ベルゼブブは背中の巨大な鎌を手に取り、魔王シェムハザを狙って振り下ろす。すると魔王シェムハザは、何の抵抗もできず前のめりに倒れ消滅した。
「なっ、何が起きたんだ?」
ベルゼブブの死神の鎌は強い魔力を持った者にしか見なえいので、黒刃探偵には何が起こったのかわからなかった。この場で死神の鎌が見えているのは周防刑事とベロスだけだった。
「えげつないな」
周防刑事には、ベルゼブブの持つ死神の鎌の刃が魔王シェムハザの魂を体から刈り取り、そのまま切り裂いて消滅させたのがはっきり見えていた。
「さてと、こっちは人間か」
ベルゼブブは椿軍医達の方を見る。すると椿軍医と目が合い、彼女はさら顔色が青ざめ地面に座り込んでしまう。
「人間を滅ぼせとは言われてなかったな」
ベルゼブブは倉庫街の中心部の方を見る。
「向こうに強い魔力を複数感じる。行ってみるか」
そう言うとベルゼブブは、ジャンプしながら倉庫街の中心部へ進んでいった。
(行ったか。やれやれ、本気を出さなくて済んだ)
周防刑事は戦いを回避できたので安堵している。
「べ、ベルゼブブって、あの有名な魔王ベルゼブブの事かしら」
椿軍医はベルゼブブがいなくなり、少し落ち着きを取り戻してそうつぶやく。それに黒刃探偵が答える。
「そうみたいですね。あいつが魔界軍のナンバー2、魔王ベルゼブブに間違いないようです」
「あのシェムハザを遥かに超える魔力……さすがナンバー2だわ」
そう言いながら椿軍医は立ち上がる。魔王ベルゼブブの名は人間界でも知れ渡っていた。
(奴が正体を現したら、もっと強くなるんだがな。恐らく普通の人間なら、その姿を見ただけで死んでしまうだろう)
ベルゼブブの真の強さを知っているベロスが、これからの戦いがどうなるのか不安になっている。
「ここにいたら奴がまた来るかもしれません。早く後退しましょう」
「そ、そうね。黒刃探偵の言う通りにしましょう」
北側の防衛ラインの兵士達は、すぐに港地区の外に向かって移動を開始した。
場面は倉庫街の中心部に変わる。そこに全身鎧を身に着け、神槍トリシューラを持った零夜の姿があった。
「この辺りの悪魔は、だいたい片付いた」
零夜は倉庫街の中心部にいた悪魔の軍勢を次々と消滅させていた。
「ん、強い魔力を持つ者がこちらに向かってくるな。この魔力は……」
零夜は近づいてくる強い魔力を持つ者の到着を待つ。そこへミキと秋穂と美佳子がやってきた。
(やはり、ミカエル達か)
零夜は魔力の波動から、近づいてくるのはミキと美佳子だとわかっていた。自分の正体がばれてはまずいので、零夜は声を出さないでいる。
「何だ? あいつは」
「さあ? こちらに敵意はないようだけど」
ミキと美佳子は、零夜の全身鎧の姿を見ても正体が零夜だとわからなかった。
「あの鎧の人、ちょっとカッコいいかも」
秋穂が目をキラキラさせながら零夜の姿を見ている。
「あの全身鎧の人、強そうだけど悪魔かしら?」
「いや、そんな感じはしないな。むしろ光の力を感じるような……」
「光の力?」
美佳子には零夜のような波動感知の能力はないが、感覚でなんとなく零夜の持つ光の力がわかったようだ。
(あの鎧の人のまとっている魔力……そして光の力……もしかして天城君?)
ミキは、全身鎧の男の魔力の波動の特徴、何者も恐れず堂々と立っている様子、そして美佳子の言った光の力という言葉から、その正体に気づくことができた。
(なるほど。あの姿なら、人に見られても全力で戦えると考えたのか)
ミキが零夜の考えを察する。その時、
「!」
「!」
「!」
零夜とミキと美佳子が、同時に北の方向を向く。するとその方向から黒いコートを着た男が、壊れた建物の屋根の上をジャンプしながらこちらに向かって来ているのが見えた。
「あの男は!」
ミキは以前会ったことがあり、天城麗奈(ニケー)から正体を教えてもらっていたので、その男が魔王ベルゼブブの人の姿だとわかっていた。
(アイツはニケーが言ってたベルゼブブか。こんな所で出会うとは……)
零夜もベルゼブブの姿を見て神槍トリシューラを構える。だがベルゼブブは零夜など気にも留めず、彼の前に着地する。
「ほう、驚いた。強い奴がたくさんいるな。お前等、人間か?」
「…………」
「だんまりか。まあいい」
零夜がベルゼブブの質問に沈黙で答えると、ベルゼブブは背中の死神の鎌を手に取って零夜に向けて構える。
「答えないなら、とりあえず消しておくか」
ベルゼブブはいきなり死神の鎌で零夜に斬りかかる。それに対し零夜は神槍トリシューラを両手で持って受け止める。その死神の鎌と神槍トリシューラがぶつかった瞬間、轟音が鳴り、空間が歪んで見えるほどの衝撃が発生した。
(むっ。こいつ、強いな。この槍も普通じゃない。何者だ?)
ベルゼブブは自分の攻撃を受け止めた零夜に驚き、後ろへ三メートルくらい飛んで距離をとる。
「なら、これならどうだ!」
ベルゼブブは禍々しい魔力を全身から発生させ闇の魔法を唱える。
「闇呪殺!」
ベルゼブブは零夜に向けて闇の即死魔法を放つ。だが零夜は即死無効のスキルを持っているので、その即死魔法を無効化できた。それでこの隙にベルゼブブに攻撃しようと考えたが、その効果範囲が零夜が思っていたより広く、後方にいたミキ達の場所まで届いてしまった。
(しまった! 霧島ミキと日高秋穂が危ない!)
次回 魔王ベルゼブブ に続く




