第三十一話 麗奈の休日
自動販売機の前にいる地味な格好をしている女性は霧島ミキだった。麗奈は彼女のことを注意深く見ている。
(彼女から感じる秘められた魔力。そしてあの剣から感じる不思議な力。そうか。あれがゼロムエルが言っていたレーヴァテインか。なら彼女が霧島ミキね)
麗奈がミキに向かって歩いていくと、その視線と気配を感じたミキが麗奈の方を見る。すると二人の目が合った。
「もしかして霧島ミキさんですか?」
知らない女性に声をかけられてミキは少し驚く。
(この人から敵意は感じない。名乗っても大丈夫かな。それにしても奇麗な人、大人の女性って感じがする……)
ミキは帽子を深くかぶっていたが、話しかけられて帽子を浅くかぶり直して麗奈に答える。
「そうですけど、あなたは……」
「ああ、いきなりごめんなさい。私は天城麗奈。零夜の姉です」
「天城君のお姉さん!」
言われてみると、確かに雰囲気が零夜に似ているとミキは感じる。
(それにしてもこの娘の魔力の底が見えない……ゼロムエルが自分と互角って言ってたけど、この目で見てもまだ信じられないわ)
ミキの隠している魔力を目の前で直に感じ取り、麗奈は心の中で驚いている。
(天城君のお姉さんも強い魔力を持っているのがわかる。この魔力は日本のトップテンの人達より何倍も強い気がする)
同じようにミキも麗奈の隠している力を感じ取って心の中で驚いている。
(お互いの隠してる力のことは触れないほうがいいかな)
ミキは当たり障りのない話題を選んで会話する。
「天城君って、ちょっと変わってますよね」
「あらっ、わかる? そうなのよ。ちょっとどころじゃなく、かなり変わってると思うわ」
人間嫌いが多い天使の中で、大天使ゼロムエルがなぜ人間を助けたいのか、副官である天使ニケーでも知らなかった。ほかに人間が好きな天使は、大天使ガブリエルや人間界潜入部隊長の天使ザフキエルなどがいるが少数だった。
ちなみに天使ニケーは現時点では人間が好きでも嫌いでもないが、人間のファッションや食べ物には興味があったので、滅んでしまっては困ると考えている。
「そこのレディ達、ちょっといいかな」
ミキと麗奈が会話をしていると、知らない男が声をかけてきた。
(はぁ、またナンパか。そうか、麗奈さん狙いかも)
ミキはそう思いながら声をかけてきた男の方を見ると、黒い服に黒いコートをはおり、巨大な鎌を背負った男が立っていた。いや、鎌を背負っているというのは正しくなく、その鎌は、彼の背中から十センチメートルくらい離れた位置で宙に浮いている。
(ん? 美形ね。これだけイケメンだとナンパなんてしなくても、女性の方から寄ってくる……むっ、この人……)
「ミキさん。あの鎌には絶対に触れちゃだめよ。触れただけで魂を持っていかれるわ」
麗奈が小声で話しかけ、ミキは軽くうなずく。ミキも巨大な鎌が放つ禍々しいオーラには気付いていた。
(こんな所で奴に会うなんて。ゼロムエルに連絡したほうがいいか。いや私の能力と霧島ミキの力なら何とかなるか……)
麗奈は黒い服の男に対し最大限の警戒をする。そしてミキも黒い服の男を警戒しながら話す。
「私達に何か用ですか?」
「ちょっと道を聞きたいんだけど、水ノ鏡魔法学校ってどっちかわかる?」
「ああ、それなら知ってます」
ミキはここから水ノ鏡魔法学校までの道を丁寧に教える。
「なるほど、親切にありがとう」
そう言って黒い服の男は、教えてもらった方向に向って歩き出す。
(ナンパ目的じゃなかったみたいね)
その時、黒い服の男が歩いている道路の前方十メートル程度離れた場所に次元の裂け目が現れ、そこから斧を持った巨大な悪魔が三体出現した。
「きゃー!」
「あ、悪魔だー!」
その付近にいた人々が突然の悪魔の出現に驚き、逃げ始める。
「あれはキングオーガ!」
麗奈は出現した悪魔の名を知っていた。キングオーガとは身長が五メートル以上あり、緑の肌でムキムキの筋肉質の体を持つ、力だけなら魔王クラスに匹敵すると言われている人型の上級悪魔である。ちなみにキングという名ではあるがオーガ族の王というわけではなく、ただの種族名だった。
「おお! 人間がいっぱいいるぞ!」
「さあ、暴れるぞ!」
「ん? お前は……」
キングオーガ達は、黒い服の男が自分達の方に無警戒に歩いてくるのに気づく。
「何だ? お前は?」
「小僧、死にたいのか?」
そう言いながら三体のキングオーガが黒い服の男の前に立ちはだかるが、彼はその言葉を無視して通り過ごそうとする。
「ただでここを通れるわけないだろう!」
そう言いながら、一体のキングオーガが巨大な斧を振り上げて、黒い服の男に向けて豪快に振り下ろす。だが彼は素手でその斧をつかんで受け止める。そして男がつかんだ斧の刃の部分にひびが入る。
「き、貴様っ!」
その様子を見ていたほかの二体のキングオーガが、男に近寄り斧を振り上げた時、
「闇呪殺!」
黒い服の男は、死を連想させるまがまがしい闇の魔法を周囲に放つ。するとその闇に飲み込まれたキングオーガは三体とも意識を失い、次々に地面に倒れ消した。その後、男はつかんでいた斧を無造作に放り投げる。
「ふん」
黒い服の男は何事もなかったかのように、また水ノ鏡魔法学校の方へ歩いていった。
「今の魔法は……」
今まで見たことのない恐ろしい闇魔法にミキが驚いている。
「あれは闇系即死魔法ね。どんなに強い相手でも一撃で倒す反則級の魔法よ」
「あれが即死魔法……」
「さすが魔王ベルゼブブ。魔界軍のナンバー2なだけあるわ」
「えっ? 魔王? ナンバー2!」
麗奈の突然の言葉にミキが驚く。ベルゼブブの名前はミキでも知っているくらい有名な魔王だった。
ベルゼブブとは死と闇を司る上位の魔王で、正体は巨大なハエの悪魔である。ベルゼブブの持つ「死神の鎌」は魔力の弱い者には見ることができず、ミキや麗奈レベルでないと認識することができない恐ろしい武器だった。
「あの人、このまま放置して大丈夫でしょうか?」
「う~ん。でも魔法防衛軍に通報してもどうにもできないわよ。レベルが違い過ぎて」
「確かにそうですね」
「恐ろしさは感じたけど、奴から敵意や悪意までは感じなかった。今、刺激してここが戦場になるのはまずいから、少し様子を見ましょう」
「わかりました。私もそれでいいと思います」
ミキは麗奈の意見に素直に従う。
「それにしても魔王が魔法学校に何の用でしょうか。今日は休みなのに」
(恐らくルシファーに会いに来たんでしょうね。後でゼロムエルに報告しないと。ああいう危ない奴はゼロムエルにまかせたほうがいいわ)
麗奈は顔の汗をハンカチで拭く。
「もう、せっかくの休日が、冷や汗出まくりで台無しよ!」
麗奈は格上の魔王であるベルゼブブと対峙して、精神的に疲労しているようだ。
「そうだ、ミキさん。この辺りで何か美味しい物が食べれるお店知らない? 私達はこの町に来たばかりでよく知らないのよ」
「ああ、それならいいお店があります。よかったらこれから一緒に行きます?」
「ほんと?」
麗奈は目をキラキラさせながら喜んでいる。彼女は人間界の美味しい食べ物に目がなかった。
「さ、行きましょう。早く行きましょう」
麗奈がミキを急かす。
「は、はい」
(麗奈さん、見た目が大人っぽいのに子供みたいで親しみやすいかも)
この後、ミキと麗奈はやっと休日らしい楽しい時間を過ごしたのであった。
次回 港地区の危機 に続く




