第〇〇三話 模擬戦闘場の戦い
「うわーーっ!」
「キャーーー!」
佐倉先生の頭上に複数の雷の矢が現われ、それがいきなり生徒達に降り注いだ。いや、正確には生徒達がいる付近の地面に向けて放たれたもので、直接生徒達には当たらなかったが、彼等は驚き、逃げだしたり地面に尻もちをついたりして混乱している。
「はいはい! みんな落ち着いて! 誰にも当たってないでしょ」
佐倉先生がそう言うと、生徒達は少し落ち着きを取り戻す。
「すまんすまん。お前達の実力が知りたかったんだ。私の魔法に対して魔法障壁を展開できたのは三人だけだった。北城、伊賀崎、日高。お前達はすでに実戦可能レベルと言ってもいいぞ」
魔法障壁とは魔法を防ぐ青色のバリアのことである。魔法障壁は、使用者の前に壁状に展開するか、使用者の全身を包むように球状に展開するか選ぶことができた。今、呼ばれた三人は、自分の前に壁状に魔法障壁を展開していた。
「フフフ、これくらいできて当然だよ」
遼太郎は、得意げな顔をして腕を組んで立っている。ほかの二人は名前を呼ばれて照れている様子だった。
(うちのクラスの入学試験の成績トップスリーがちょうどこの三人か。よしよし、成績どおりの実力みたいだな)
「それにしても……ええと天城だっけか、いくら地面を狙ったから当たらないとはいえ、棒立ちはないだろ」
「えっ? ……は、はぁ」
零夜は佐倉先生の雷の魔法に対して何もリアクションをとらなかった。
(魔法学校では、先生が生徒に魔法を教えると聞いていたから、今のは魔法の実演だと思ったんだが)
零夜はもちろん佐倉先生の魔法発動には気付いていた。さらに彼女から殺意も敵意も感じず、威力も低く抑えられていて、おまけに地面を狙っていたこともわかってた。
(まいったな。周りの人間達のように、何かリアクションをとったほうがよかったのか)
もうひとつ零夜が魔法障壁を使わなかった理由は、彼はすでに全身の周りに常時展開型の絶対魔法障壁をまとっていたからである。
絶対魔法障壁とは、物理攻撃と魔法攻撃の両方を防ぐ透明な障壁である。そして絶対魔法障壁の常時展開には膨大な魔法力が必要で、神や魔王クラスのレベルでないと使えない技だった。
(ん? あの人間は何だ?)
零夜の興味は佐倉先生や名前を呼ばれた三人ではなく、一人の女子生徒に向けられた。彼女は先生の雷魔法に対し頭を抱えてしゃがみ込んだだけだったが、零夜は何か違和感を感じていた。
(なっ? 何だと!)
零夜は彼女の力を探ろうとして驚愕した。彼女も零夜と同じく透明な常時展開型の絶対魔法障壁をまとっていることに気付いたのである。神や魔王クラスでないと使えない絶対魔法障壁を、彼女は完璧に展開していた。
(今の人間界に、これほどの力を持った者がいるわけがない。どうなっている?)
彼女の名は霧島ミキ(きりしまみき)。長身で美しい顔立ち、長く黒い艶々の髪、スタイルも抜群で誰もがうらやむ容姿を持つ正真正銘の人間だが、とてつもなく強い魔力を持っていた。目立つのが嫌いな彼女は、子供の頃から自分の強大な魔力を隠しながら生きてきたのである。
(まさか俺のように魔界の魔王が人に化けて人間界に潜入してるのか。女の魔王といえばヘカーテか)
零夜が見当違いの推測をしながらミキをじっと見ていると、彼女の近くにいた友人の日高秋穂(ひだかあきほ)が、ミキに小声で話しかける。
「ミキちゃん。あの人、ミキちゃんのこと、熱いまなざしで見てるよ」
「……またか」
ミキはその美しい容姿ゆえ、いつもまわりの男性達の視線を集めていた。街を出歩けば何度も声をかけられてしまうので、外出する時は眼鏡と帽子で顔を隠していた。
「心配しなくても大丈夫よ。ああいうのは慣れてるから」
あまりにしつこい男性には、彼女は精神系の状態異常魔法を使って恋愛対象を混乱させていた。つまりミキの混乱の状態異常魔法にかかった男性は、恋愛対象が女性から男性になってしまうのである。特にミキが海に行った時はナンパがひどかったが、彼女の魔法のおかげでその海の浜辺は男同士のカップルが異常に増えたという。
「よーし! じゃあ今度は本当に説明するぞ」
(むっ、今は先生の話に集中するか。この人間のことは警戒しておこう)
零夜はミキから視線を外し、佐倉先生の方を見る。ほかの生徒達も落ち着きを取り戻し、話を聞く状態に戻ったので、佐倉先生は本当の説明を開始する。
「これが生徒用の訓練施設、模擬戦闘場だ」
佐倉先生が校庭に五面並んでいる模擬戦闘場の説明を始める。その時、校舎から生徒会副会長の理沙が出てきた。
(あらっ、あれは佐倉先生とその生徒達かな。今日は授業はないのに、やる気満々ね。ちょっと見学していこう)
理沙は一年一組の生徒が集まってる模擬戦闘場に向かって歩き出す。
「模擬戦闘場の北側と南側にある魔法陣に入ると、舞台の上に魔力で作られた幻影体が現われる。それに意識が移るから幻影体同士で戦うんだ」
佐倉先生の説明を聞いていた生徒達は「幻影体」というのが、よくわかってないようだ。
「説明するより実際に戦ってもらったほうが早いか。では……北城遼太郎。そして相手は……天城零夜。二人とも、そこの模擬戦闘場の魔法陣に入ってみろ」
(むっ、俺か)
いきなり呼ばれて零夜は少し驚いたが、言われた通り模擬戦闘場の南側の魔法陣に向かう。それを見て遼太郎は北側の魔法陣へ向かう。
(北城の力は入学試験トップで折り紙付きだが、天城のさっきの棒立ち、少し気になる。まさか避けるまでもなかったのか、それともただ鈍いだけなのか見極めさせてもらおう)
二人は模擬戦闘場の外側にあるそれぞれの魔法陣の中に入る。すると舞台の上に二人の幻影体が現われた。
「これが幻影体か。なるほど、魔力も普通に使える。そうか、魔力で作り出したこの体なら戦っても肉体的ダメージはない。初心者の訓練には丁度いいというわけだ」
(人間は魔法の力を手に入れて十年で、こんな技術を作り出したのか。これだから人間は侮れない)
幻影体となった遼太郎の方も、手のひらに魔力を集中させて幻影体での戦い方を理解した。
「ふふふ、君には悪いが、全力で戦わせてもらうよ。これが僕の魔法学校での最初の勝利になるんだからね」
遼太郎は戦う前から自分の勝利を確信している。
(さてと、人間の前で全力で戦うわけにはいかない。天使とばれないために人間のレベルで戦う必要がある。そうだな。この国のトップテンの佐倉先生と同程度の魔力の強さなら問題ないだろう)
「では試合開始!」
一年一組の生徒達と、この場にやってきた理沙が二人の戦いを見守るなか、佐倉先生が試合開始の合図をする。
「おおおおおお!」
開始早々、遼太郎は両手から紫色の魔力を放出し、その魔力を火に変換して大量の火を作り出して放つ。
「焦炎!」
一方、零夜は魔力の出力を十分の一に調整するのに手間取っていた。そこに遼太郎が放った大量の火が襲い掛かる。その火を零夜は魔力をまとわせた右手を軽く振るって、かき消した。
「なっ! 僕の上級魔法が……」
その後、零夜の魔力調整が終わり、彼はその魔力を全身にまといながら猛スピードで突撃し、遼太郎の直前まで来て左手をかざす。
「光反射結界展開!」
「なっ!」
遼太郎の周りに、球状の巨大な結界が現われて彼の幻影体を包み込む。同時に零夜は右手でその結界に触れる。
「光牢!」
次回 零夜 VS 佐倉先生 に続く