第〇〇一話 大天使潜入
20XX年
人間界と魔界の境界の次元が裂け、二つの世界はつながってしまった。
その次元の裂け目が人間界のあちこちに現れ、魔界の悪魔が人間界に出現するようになる。悪魔には様々な種族があり、魔獣や獣人は人間の軍隊の物理兵器で撃退できたが、死霊や悪霊には物理兵器が効かず、人類は苦戦していた。
だが魔界の魔素が次元の裂け目から人間界に流入した結果、対悪魔戦で有効な「魔法」を使える人間が現れ始めた。その後、各国の政府は魔法使用の素質のある者を集め、魔法の戦闘訓練をするための学校を作り、悪魔に対抗するための人材を育て始めた。
月日は流れ、人間界に次元の裂け目が現われ、人が魔法という力を手に入れてから十年後。
この物語はここから始まる……。
ここは天界にあるニナイ宮殿の執務室。白い服を着た長髪で屈強な姿の天使が、椅子に座りながら机の上の鏡に映った人間界の様子を見ている。
「うーむ。まずいな」
そう言って鏡をじっと見ている男が、天界東方面軍司令官 大天使ゼロムエル、天界で最強クラスの戦闘力を持つ天使である。
「何がまずいんですか? ゼロムエル」
そう言いながら金髪の美しい女性の天使が近づいてきた。彼女の名は天使ニケー。天界東方面軍副官で、別名「勝利の女神」と呼ばれる天使である。
「人間界に現れた次元の裂け目が少しずつ大きくなってきている。このままでは魔界の魔王クラスの悪魔が現われるのも時間の問題だ」
大天使ゼロムエルは、腕を組みながら考え込んでいる。すると天使ニケーが彼の隣りまで来て、机の上の鏡を覗きながら話す。
「魔法の力を手に入れて間もない人間では、魔王には対応できないでしょうね」
「ああ、このままでは人間が悪魔に滅ぼされてしまう。やはり俺が人間界に行くしかないか。人間嫌いのミカエル達に頼むわけにはいかないし」
ミカエルというのは大天使ゼロムエルと互角の力を持つ大天使で、大天使と呼ばれる天使は、あと三体存在している。
「でも人間嫌いの多いほかの大天使達に、人間を助けに行くのがばれると面倒なことになるのでは?」
「むっ、そうだった。ミカエル達と対立するのは避けなければ」
「ならゼロムエルが人に化けて人間界に潜入して悪魔を倒せばいいんじゃないですか? ミカエル様達にばれなければ、何の問題もないですよ」
「……なるほど。人の姿で人間界に行けばいいのか」
「人間界に行くのなら、すでに潜入してる部隊があるので連絡を取りますが」
「よし、それでいこう」
(人間界に魔王が現われるなら、奴も来るかもしれん。三千年前の決着をつけるいい機会になるかもな)
大天使ゼロムエルは机に立てかけてあった剣を手に取り、手入れを始める。
「はりきってますね、ゼロムエル。なら、あなたの人としての名前は私が決めてあげます。そうですね……」
こうして天界東方面軍司令官 大天使ゼロムエルは、人間界に潜入することになった。
時は過ぎて、四月上旬の月曜日の午前八時を少し過ぎた頃、日本のとある地域の住宅街の道路を、通勤や通学の人々が歩いている。そこへ突如、次元の裂け目が出現し、その中から一体の悪魔が出現した。
「キャー!」
「あ、悪魔だー!」
「逃げろー!」
悪魔に遭遇した人々が騒ぎ出し、逃げまどっている。この場に現れた悪魔の名はガーゴイル。背中に二枚の翼を持ち、鋭い爪を持つ人型の悪魔だった。ガーゴイルの肌は石のように見える灰色で、通常は迷宮内の石像に擬態して、近づいてきた者を襲う悪魔なのだが、ここでは擬態せずに出現と同時に動いていた。
そのガーゴイルがこの場に居た人々を襲おうとした時、ブレザーの制服を着た若者達がガーゴイルの前に立ちはだかる。
「俺達が相手だ!」
「やるぞ!」
「日頃の訓練の成果を見せる時だ!」
その三人の若者は魔法学校の男子生徒だった。彼らが着てるブレザーの制服は、上が黒、ズボンがチェック柄の色で、胸には魔法学校のエンブレムがついている。
「グハハハハッ! 吹き飛べ!」
ガーゴイルは右手の爪の先に紫色に光る魔力を集中させる。
「風障壁!」
ガーゴイルが魔力を込めた爪を下から振り上げると風が巻き起こり、猛烈な勢いの突風が発生して男子生徒達に襲いかかる。
「ぐあああ!」
「あああ!」
「ぎゃああ!」
その突風によって、三人の男子生徒は後方へ吹き飛ばされてしまった。
「グハハハ! 弱い、弱い! ん? まだ仲間がいたか!」
ガーゴイルはこの場所に向かって歩いてくる同じ制服を着た青年を見つけ、彼へ向かって高速で突撃する。そしてガーゴイルが爪を振り上げ、その青年を引き裂こうとした瞬間、彼は軽く拳を握りガーゴイルの脳天へ振り下ろす。
「グハッ!」
その強烈な一撃を頭に受けたガーゴイルは、そのままアスファルトに叩きつけられた。それらの衝撃によってガーゴイルは即死級のダメージを受け、実体化に必要な生体エナジーを失い、その場で倒れたまま跡形もなく消滅した。
生体エナジーとは、悪魔が人間界で活動するための体の元になっている物質である。悪魔の体はダメージを受けると生体エナジーが消耗し、すべての生体エナジーが消滅すると、今回のように完全に消滅してしまうのである。
「はぁ……」
ガーゴイルを倒した青年は、悪魔との戦いに勝利したというのに憂鬱そうな顔をしている。
「学校に着いたら人間と会話する必要があるんだよな。天使とばれないで会話できるだろうか。そもそも人間と会話するのも千年ぶりだし、おまけに敬語なんて滅多に話さんし……」
青年は独り言を話しながら何事もなかったかのように魔法学校へ向かって歩いていく。そして彼がこの場所を去った後、ガーゴイルの風魔法で吹き飛ばされた三人の男子生徒が、ようやく起き上がり始める。
「イタタタ、みんな大丈夫か?」
「つっ……背中を打ったが、何とか大丈夫みたいだ」
「くそっ、あの悪魔はどこいった?」
彼等はガーゴイルが何故いなくなったのか、その理由を知ることはなかった。
場面は西地区にある今日が入学式の魔法学校の玄関付近に変わる。そこで何人かの生徒が集まって立ち話をしている。するとこの場所に、先ほどガーゴイルを倒した青年がやって来て、玄関の前で立ち止まり校舎を見上げながらつぶやく。
「ここが水ノ鏡魔法学校か」
水ノ鏡魔法学校は、九年前に国が設立した三年制の学校である。設立当時は年齢制限はなく、魔法の素質がある者が入学し卒業していったが、今は高校生相当の年齢の魔法の素質がある者が対象になっていた。
「これからここで潜入生活が始まるわけだ」
その青年が校舎をあちこち見ていると、玄関の横に立っていた整った顔立ちで長髪の女子生徒が、彼に話しかける。
「おはようございます。私は生徒会副会長の如月理沙(きさらぎりさ)です」
如月理沙と名乗った女子生徒は、この学校の三年生で、魔法戦闘では水ノ鏡魔法学校で最強といわれる生徒だった。
「あなた、新入生? 名前を聞いてもいいですか?」
次回 日本のトップテン に続く