冒険くらぶ
私はどうも朝が弱い。いつも遅刻ぎりぎりに学校に飛び込んで、すべり込みセーフ! みたいな感じだったから、完全に話題に乗り遅れてしまった。
昨日の夜、私の通う七手中学校の裏山に隕石が落ちた……らしい。
「星が落ちた!」
と、学校ではその話題で持ち切りだった。
「確かに隕石だった」
と生徒の一人は言い、ほかの生徒は、
「誰かが操縦するラジコンだよ」
とも言う。けれど、その本当の正体がわからない。落ちた「星」を見たという生徒を探して私も話を聞いてみたのだけど、要領を得なかった。光る物体が裏山に落ちるのを見ただけのようだ。けれど、何かが裏山に落ちたのは間違いないようだった。
我が『冒険くらぶ』でも、その謎の落下物体の正体を調べる。「我が」というか、部活は私一人きりだけど、ここで冒険くらぶの名を馳せれば部員が増えてゆくに違いない。部員が五人集まれば正式な部活動として学校に存在を認めて貰える。そのチャンスがついに来たのだ。
「テレビのニュースでもやってたんだって」
私のクラスメイトで、探検部の部長のハルカが言った。
「テレビのニュースで?」
「うん。裏山にさ、報道の人も来て取材してたみたいだよ。だから私たちも隕石を探しに行こうと思うの。探検部は山に攻めに行く」
「本当に隕石なの?」
「あら優奈ちゃん、そんなことも知らないの? 毎日遅刻して学校に来るのも考えものね。人よりいっぱい寝てるから、夢はいっぱい見てるんだろうけど」
勝ち誇ったようにハルカは言う。大きなお世話だ。それに、私は遅刻すれすれで学校に来てるから遅刻ではない。
「今日は裏山にキャンプして、夜通しで隕石探しをするのよ」
「夜通しで……」
私は驚いた。懐中電灯片手に夜の山を探すようだ。探検部は部員が七人も居るから夜の山も怖くはないのだろう。私は一人だから怖くて入って行けない。
「まあさ、隕石を発見したら写真を撮って、それを新聞社に売るから、優奈ちゃんもそれを見たらいいよ」
「新聞に載るの?」
「優奈ちゃんも悔しかったら一人で山に行けば? お化けが出るかもしれないけどね。じゃハあね」
ちょっと、嫌味な高笑いを残してハルカは去って行った。
ハルカが所属する探検部というのは、元は登山部だった。部員が集まらなかったから、「登山部」から、なぜか「探検部」という名前に変えた。その探検部の今の部長がハルカで、探検部を率いて隕石探しに出掛けるようだ。私もハルカの探検部に何度もスカウトはされてはいたけど、近頃はあきらめたのか誘って来なくなった。
「探検部」と混同されることがあって心外だけど、私の所属先は、「冒険くらぶ」である。
残念ながら、登山部から名前を変えた探検部と違って学校非公認の部活動で、でも冒険心を探求して様々なことにトライする純粋な部活動だ。今は私一人しか居ないから非公認なのはしょうがないけど、そのうち部員数が増えて学校公認の部活になると信じて私は活動していた。
冒険くらぶとして、ゆゆしき問題だった。ただでさえ影が薄いのに、探検部に隕石を発見されて活躍されたら目も当てられない。だから、私も今日の放課後から山に入る決心をした。冒険くらぶも、山に攻めに行く!
「ねえ、一緒に隕石を探しに行かない?」
何人かの友達に声をかけてみた。さすがに私一人だけで夜の山に入る勇気がない。
「放課後から?」
みんな眉尻を下げた恐ろしそうな顔をする。
「危ないからやめなよ」
むしろ私は止められた。一緒に行く猛者は見つからない。私は途方に暮れてしまった。
「あれは、転校生の……」
廊下を歩くB組の男子を見つけた。夏休みに転校してきた生徒で、ちょっと変わり者らしい。好奇心が旺盛で、「それはなに?」「これはどういうこと?」と、変わった話題にはすぐに食いついてくると聞いている。だめもとで、私はその男子生徒に声をかけてみた。知らない人なのに、ちょっとやけくそ。
「ねえ、私と一緒に隕石を探しに行かない?」
唐突だったのだろう。彼は不思議そうに首をひねった。
「私は隣の二年C組の、坂下優奈っていう」
そう私が自己紹介したら、
「俺は二年B組の、桃井光太郎っていう」
即座に私の話し方を真似して返事をしてくれた。軽く微笑み、頭の回転が早そうな少年だ。黒縁のメガネを片手で掛け直して私を見る。
「隕石を探すって、冒険くらぶとして?」
彼は、いきなり私にそう聞いてきた。
「冒険くらぶを知ってるの?」
「なんでも知ってる。君は冒険くらぶの部長。身長は百五十二センチ。体重三十八キロ。O型で双子座」
「は?」
思わず、ぽかんと口を開けてしまった。
「ねえ、当たってる?」
「う、うん。当たってる……」
思わず私は言ってしまった。体重まで教えることはないけど、当てられて正常に物事を考えられなくなった。どうして私のことをそこまで知っているのか……。
私は不思議に思って、
「冒険くらぶは募集のポスターも出してるからともかく、どうして私の血液型や星座まで知ってるのよ」
「相手の瞳の奥をじっと見つめればわかるんだよ。そこに書いてあるから」
「瞳の奥に……?」
私は彼の瞳の奥を、彼のメガネのレンズ越しにじっと見つめた。
「わかんないけど」
「もっと、じっと奥を見つめて」
「奥を……」
私は胸に両手を当てて小首を傾げながら桃居光太郎君の瞳の奥を見た。彼も瞳を覗き込みやすいように黒縁メガネを外して、少し屈んで私の目線に合わせて、目をかっと見開いて私の目の前に持ってくる。見つめ合ってるみたいな変な姿勢になった。
「だめみたい」
私があきらめると、
「慣れも必要だね。君は才能があるからすぐにわかるようになるよ。あ、俺のことはコータローって呼んで」
「う、うん。コータロー君ね。私は優奈って呼び捨てでいいよ。みんなもそう呼ぶから」
「ああ、優奈ね。よろしくね」
「よろしく……」
それで休み時間が終わって、コータロー君はB組の教室に手を振って消えて行った。私も笑顔で手を振る。なぜか、昔から知っているような気がした。フレンドリーに話されたからだろう。
帰りの会が終わり、コータロー君を探して話の続きをしようとしたら、C組の廊下の前にコータロー君がすでに立っていた。
「やっ」
と手を上げるコータロー君。
「やっ……!」
と私もノリで答える。コータロー君は笑顔で、
「優奈って冒険くらぶの部長だろ」
「そうだけど」
「学校非公認の部活だから正式な部室がない。でも調べたら、二年C組の坂下優奈が部長で、そのC組が一応部室になってるらしいってことまでは分かった」
「それで……」
合点がいった。コータロー君は冒険くらぶに興味があって、それとなく調べていたようだ。私が裏山に落ちたという隕石を探しに行くと何処かで聞いたのだろう。それで、コータロー君は私を探していた。私の星座などの個人情報も、そのときに得た情報にちがいない。
「なあんだ」
「なにが?」
にこっと笑ってコータロー君が私の顔を覗き込む。背が高くて、ちょっと雰囲気は良い。コータロー君は、前の学校から三か月前に転校してきた。向こうにはきっと彼女が居て、離ればなれになるときに、相手の女の子は泣いたに違いない。そして、今も毎日のようにメールが行き来している。そんなドラマを私は勝手に想像した。モテそうな匂う雰囲気があったから。
「私のこと、誰かに聞いたんだよね? だから、私のことに詳しかった」
「そうだけど、聞かなくても瞳を覗けばだいたいわかっちゃうんだ、俺」
「それでもいいけどさ」
黒縁メガネを掛け直し、その奥の瞳を輝かせてコータロー君は微笑んでいる。そうなのだ、コータロー君も裏山に落ちた隕石にわくわくしている。私たちは意気投合した。隕石を一番に発見したい。
「俺も冒険くらぶに入りたい」
「わあっ!」
おもわずコータロー君の整った顔を見上げて見つめてしまった。
「あの……。あとでがっかりされるかもしれないから言うけど、冒険くらぶって、私一人しか部員がいないんだよ?」
「ああ、知ってる。今は二人」
「二人……」
気は変わらないようだ。私は言った。
「この学校には、ほかに探検部っていうのがあるの。本当は登山部だけど、部員が集まらないからそういう名前になったやつ。それで私、すごく迷惑してるの。『探検』と『冒険』って言葉は違うけど、印象的には被るから。もしかしたらコータロー君って、探検部と冒険くらぶを間違えてない?」
がっかりされるのも嫌だから、私はコータロー君に確認した。
「探検部は部員が七人のやつで、冒険くらぶは君一人だけ。間違えてない。探検部に入って隕石探しに行くか、冒険くらぶで隕石探しに出掛けるか。俺は、君の冒険くらぶを選んだ。冒険くらぶに俺は入りたい」
「どうして?」
「君が、一人でかわいそうだったから」
「かわいそう……」
まあ、理由はなんであってもいい。ちょっと噂通りの、変わり者の片りんを見せてくれたけど、優しいから私を選んでくれたとも言える。私は近くに誰も居ないことを確かめてコータロー君に手を差し出した。これから、すぐに家に帰ってふたたび学校前で落ち合って裏山に入る。入部の手続きをしている暇がないから、入部の仮契約のつもりだった。
「よろしく」
ちょっと、頬を赤くしてコータロー君は私の手を握った。大きくて暖かい手だ。小首を捻った笑顔が可愛い。
学校の横門の前に私が到着すると、すでにコータロー君は待っていた。
「やっ」
と、私に手を上げる。
「ごめんね。急いで来たんだけど」
私はコータロー君の前で弾む息を整えた。私はリュックに詰めるだけのものを入れてきた。防災用の非常持ち出しの小型のリュックが家にあったので、それを丸ごとリュックに突っ込み、一人用の携帯テントや雨ガッパ、カイロなんかも持って来た。
「コータロー君、その格好でいいの?」
コータロー君は学生服のままだ。聞けば、家には帰っていないという。
「家はちょっと遠くだし、親は帰りが遅くて別に心配しないから大丈夫。さあ、行こう」
「うん!」
七手中学の裏山は、本当の名前は七手山。標高二百五十メートルで横に長く、小さな峰が七つある。結構広くて隅々まで見て回ったら一週間もかかりそうな山だ。リサーチの結果、どうやら山の東側に隕石らしき物体が落ちたということで、私たちはそこを目指した。
「車も通れる道だな」
その山の道を見てコータロー君は言った。舗装されてない道だけど、車のわだちがクッキリと残っている。
「この道の周りを探したって無理ね」
「どうして」
「だって、車が通ってるんだよ? この近くに隕石が落ちたら、とっくに発見されてるよ」
「そうかな?」
私も考えてしまった。車が通るといってもその数はわずかだと思うし、灯台下暗しで、意外と道の近くに隕石が落下したのかもしれない。まず、探しやすい道の周りから探した方がいいかもしれない。私たちは、道の周辺を最初に探すことにした。
私たちは、このへんはどう? という草むらの中に入って行った。草の感じから、人が入った形跡がない。とにかく、入って探してみなければ始まらない。私は、逸る胸を抑えた。
「なんだか、わくわくするなあ」
コータロー君もそう言った。
「楽しいでしょ! みんな、冒険なんて馬鹿にするけど、こういう宝探しみたいなのって、本当はみんな好きだと思うのよ」
「でも、誰よりも優奈は冒険が好き」
「そりゃあね」
「冒険くらぶを、一人で守ってきた真のリーダー」
「あはは、なにそれ、私のこと?」
お世辞だろうか。コータロー君の噂は少しだけど聞いていた。前の町の習慣を決して変えることはなく、奇行が目立つのだという。例えば掃除当番。普通、班単位で割り当ての掃除場所を掃除するのに、複数で掃除をすることを嫌い、必ず一人でなければ掃除をしない。給食係とか電気係とか黒板消し係とか、様々な係があって、そういう係も普通は複数でやるのに、それらも一人でなければ頑としてやらない。前の学校が個人主義とか自立心を育てるとかなんとかで、なんでも一人でやらせていたからのようだ。それを、転校先の学校でも頑なに守っている。だから、そうとう偏屈の頑固者だと思ったら、けっこう社交性があって私とざっくばらんに雑談などにも応じてくれて、ちょっと私は安心していた。
「新しい学校、なじめないの?」
そう聞くと、質問の意味がわからないのか、深い草むらを分けて進むコータロー君が振り返って不思議そうな顔をした。
「なじめないって?」
「私も小学校六年生のときに転校してこの町に越して来たの。新しいことになじむって大変だよ。だって、道行く人だって誰も知らない人なんだよ? 習慣だって微妙に違うし」
「うーん」
とコータロー君は首をひねり、
「なじめなかったらマイペースを貫けばいいんだよ。マイペース、マイペース~」
歌うようにコータロー君は言ってずんずん進む。その背中を私は付いて行った。あんまり、くよくよ悩むタイプではないようだ。そのマイペースぶりでB組で孤立しているのではないか。そう私は心配になった。
道に戻っては草むらに入る。そういうことを繰り返して隕石を探したけど、隕石の痕跡は見つからない。同じ目的で、このあたりを探しているハルカの探検部にも会わない。どうやら、私は山を舐めていたようだ。思っていたよりもだいぶ広い。ハルカの言うように、「攻めに行く」気概で探さなければだめだったようだ。
「ねえコータロー君、どうする?」
「なにが?」
明日は土曜日で学校は休みだ。私は家の人に、
「冒険くらぶの宿泊訓練がある」
そう言って家を出てきた。一人用の簡易テントもリュックにある。けれど、コータロー君は着の身着のままの学ランで、暗くなったからもう家に帰らないとダメだろう。私はちゃんとコータロー君に言わなかったことを後悔した。まだ日のあるうちに隕石が発見できるかもしれない。そうタカをくくっていたのがそもそもの失敗だった。
「もう夜だよ? コータロー君は家の人が心配するから、もう帰らないとだめじゃない。私、一人用の簡易テントは持って来たけど、一人でこんなところに泊まれないから、私も帰るしかないのよね」
「俺は大丈夫」
「なにが?」
今度は私がコータロー君に聞いてしまった。
「俺、もう家には帰らない。そういう準備で山に入ったんだ。とにかく、誰よりも早く隕石を見つけたい」
「準備をしてきたようには見えないけど」
コータロー君は家出? そういうつもりで山に入ったのだろうか。
「それ、冗談? コータロー君、学ランだし何も準備してないじゃない」
「心の準備は出来ている。どうしても隕石を最初に発見したいんだよ」
「私より気合いが入ってるね」
冒険心は、すでに『冒険くらぶ』の立派な一員だ。コータロー君は家に帰らなければならないけど、私は暗闇で簡易テントとレジャーシートを敷いて休憩することにした。真っ暗闇のピクニック。
「はい、ビスケットとお茶があるから」
コータロー君にビスケットを渡して、水筒のキャップに温かいお茶を注いでコータロー君に渡す。それを美味しそうに喉を鳴らしてコータロー君は飲み干した。
「転ばぬ先の七つ道具」
コータロー君はビスケットを美味しそうな音を立てて食べ始める。
「転ばぬ先の杖?」
色々な準備をしてきた私のリュックは、たしかに何でも揃っている。ただ、雑談してるときにもそうだったけど、少しことわざが違う。最初、わざと言ってるのかと思ったけど、コータロー君は真顔で言って、わざとでもないような気がしてきた。
「変なことわざね。さっき、『犬も歩けば大木に当たる』とか言ってたでしょ? コータロー君が木にぶつかったとき」
「うん。前に居た町のことわざだから」
大真面目にコータロー君は言う。
「へんなの」
それでも、私が笑うとコータロー君も笑って、やっぱり冗談なのかもしれなかった。
小雨が降って来て、リュックから雨ガッパを探していると、
「俺はこの中に」
とコータロー君は広げた簡易テントの中に入った。
「優奈も入りな」
コータロー君に招かれて、私も簡易テントに潜り込む。夏休みに通販で買ったもので、千九百八十円だったそれは、頼りない骨組みが付いていて、ようやく寝そべった人を覆う程度のものだった。テントの中で横になって私たちは肩を寄せ合う。
「ちゃんとしてる!」
私はテントに感心した。使う機会がなかったから、一度野外で入ってみたかった。さっき広げてみたのも、広げる機会さえなかったからだ。ちゃんと雨も風も防いでいる。一晩くらいなら寝ることも出来そうだ。
「コータロー君の彼女に怒られちゃうね」
密着した肩からコータロー君の体温が伝わり、私は照れ隠しで言った。
「彼女?」
「前の町に彼女がいるんでしょ? 毎日のようにメールしたりして」
「いるわけない。地球で彼女なんて作るわけにはいかないから」
「そういう言い方、流行ってるの?」
捻ったつもりか、ちょっと変わったことをコータロー君はいつも言う。
「そうか、地球にはメールっていうのがあるんだね。優奈のメールを教えてくれる?」
「いいけど……」
まさか、告白ってわけでもないはずだ。コータロー君の前の町の彼女の存在を空想して、勝手にドキドキしてしまったのだった。
「早く教えてよ」
「今?」
やっぱり冗談だったのか、笑ってコータロー君は聞く。私も冗談でテントの中の暗闇に向かってメールアドレスのアルファベットや記号を言った。覚えられるはずがないけど。
「しかし、あれだね」
コータロー君は簡易テントのことを褒め始めた。
「雨も防げるし暖かい。一石八鳥だな」
「ちょっと違うなあ」
私は苦笑い。八鳥もないだろう……。
しばらくテントに当たる雨音を聞いて雨が止むのを待つ。ぱらぱら雨が当たり、コータロー君もそれを聞いているのか、二人は沈黙してしまった。なんだか気まずくなって私はコータロー君に話しかけた。
「コータロー君って、ちょっと変わってるよね」
「そう? 俺の星では当たり前だから、そういうふうに言われても俺にはわからない」
「星って前の町ってこと? そういう言い方も変わってる。でも、前の町のことを大切にするのもわかるのよ、私も転校生だったから。でも、郷に入っては郷に従えって言うでしょ? 合わせることも大切だよ」
「ああ、俺の所でも『郷に入ってはちょっぴり従え』って言ってたなあ。そういうのも大切かな。目立っても息苦しいし」
「うん。合わせることも大切だよ。じゃなきゃ『火星人』とか言われちゃうし」
「火星人?」
「……うん。私ね、小六でこの町に越して来た時に、前の町の習慣を変えなかったから、『火星人』っていうアダ名が付いちゃったの」
「ふーん……」
ちょっと、考えるような間をコータロー君は取り、
「俺も火星人ってクラスで言われてる」
「あんたもですか」
この町では、変わり者はそう呼ばれてしまうのだろうか……。
「俺、本当は金星人なのにね」
「そうだよね」
私は笑ってしまった。コータロー君は変わり者だけど、変人という感じではない。ユーモアのセンスがあって、私の冗談に合わせて見せてくれる笑顔も、なんというか綺麗だ。
お尻のあたりが濡れだして、便利な簡易テントとも言えなくなってきた。雨水が地面から侵入してきたのだ。
「浸水だよ!」
コータロー君も悲鳴を上げる。私たちは慌てて外に出た。幸い雨はもう止んでいて、私は簡易テントを折り畳む。それをコータロー君も向こうの端から引っ張ってくれたのだけど、二人で引っ張ったら中央からビリビリテントが破れてしまった。二人とも背中とお尻がぐっしょり濡れて、外に置いてあったリュックは泥だらけ。私は泣きたくなった。
慰めるつもりなのか、私の肩をぽんぽん叩いてコータロー君は言う。
「泣きっ面に毒蛇だね」
「泣きっ面に蜂でしょ? 毒蛇じゃ死んじゃうよ」
二人で笑った。
コータロー君はまだ帰らないと言うので、下山するルートを取りながらも私たちは隕石を探した。裏山を降りたら隕石探索は終わりだ。誰にも発見されていなかったら、また明日の昼間に探しに来ようと私たちは約束した。
雨がまた降って来た。それが止んで、私はカッパを着たから大丈夫だけど、コータロー君はしたたかに濡れてしまっている。風邪でも引いたら大変だ。
「もう帰らないとだめね。二回も雨が降ったから、また降るかも」
「二度あることは四度あるって言うし」
「多いなぁ」
また私たちは笑う。そして、
「匂う」
とコータロー君が突然言い出した。
草むらの中に、懐中電灯を片手に彼は進む。焦げ臭い匂いがするそうだ。隕石がくすぶるような匂い……。なのだそうだけど、私には匂いがわからない。でも、だんだん私にもわかる焦げ臭い匂いがしてきた。
「これは……」
ついに、私たちはそれを発見した。直径十五メートルほどで草木が吹き飛び、黒い大きな穴が中央にある。何かが落ちた跡のようだ。
「隕石がここに落ちたのね!」
コータロー君がどんどん穴の方に歩いて行って、懐中電灯でその中を照らす。コータロー君の脇から穴を覗くと、穴は三メートルくらいの深さで直径は二メートルほど。中にオレンジ色で何かが光っていた。
「光が……? あれはなに?」
じっと見ていると、そのオレンジ色の発光体は何度か点滅して青色に変わった。ばしゅっ! と中で音がする。
「きゃっ!? な、なに?」
「うん。使えるようだ。俺はこれに乗って行くから」
「どこへ……」
どういう冗談だろう。これは隕石ではない。飛行機の部品? もしかしたら人工衛星かも。
「これが壊れた宇宙船に見えるから? だからそんな冗談を言ったの?」
ただの冗談でも、ちゃんと理由を聞かないと不安になる。あたりは静まり、周りの木々が黒々と空を覆い、それが風でざあざあ揺れて音を上げている。
「優奈はまだ思い出さないの?」
コータロー君は、メガネを掛け直す仕草をして私を見た。
「なにを……」
「俺たちは金星人だ」
「私は火星人だけど……」
「火星人なんていない。でも、金星人はうじゃうじゃいる。地球人の子として生まれた俺たちだけど、魂は金星人。地球での調査が終わった順に俺たちは故郷に帰るんだ」
「帰るの? 金星に」
「うん。君もすべて思い出したら調査が終了だ。金星に帰ったらまた会おう。メールは、金星から出来たらするね」
「何を言ってるの……?」
私はとぼけた。けれど、薄々は思い出していた。金星人の一部は、地球の子に混じって生まれて、調査を終えた順に迎えが来る。ちょっと変わり者で、「宇宙人」みたいなアダ名が付いてしまう人。なぜか転校ばかりしている人。それが金星人の特徴だ。転校ばかりしているのは、同じところに留まると金星人と発覚しやすいから。だから転勤が多い両親を選んで私たちは生まれる。そして、最後は家出というかたちで金星に帰る。
「地球は面白いからさ、地球防衛隊になれたらまた戻ってくるよ。スーパーマンみたいに俺もなりたいし」
穴の中にコータロー君は飛び降り、また穴の中で、ばしゅっ! という音が聞こえた。扉が閉じたのだろう。オレンジ色の強い光が穴から飛び出し、サーチライトのように天空を照らす。そして、穴から打ち上げられるようにオレンジ色の発光体は夜空に飛び出して行った。ぐんぐん空に上がるそれは、やがて小さくなって見えなくなった。
「さよなら、コータロー君……」
私は呆然と空を見上げた。
「ここね!」
ハルカたちがぞろぞろ繁みの中から出てきた。探検部の七人の生徒たちだ。
「あ! 優奈ちゃんがいる!」
見たこともない凄い落胆の表情をハルカは浮かべた。私が隕石を最初に発見したと思ったのだろう。まあ、発見したのは間違いない。
「ハルカ、私たちって友達だよね?」
「なに?」
思わず、私はハルカに抱き付いてしまった。
「な、なによ?」
心細くなって泣く私を、ハルカは「どうしたの?」と、抱きしめてあやしてくれた。私は金星人なのだろうか……?
なんだか、眉唾な気もしてきた。とにかく、さよならコータロー君。もしも私が本当に金星人だったなら、その時にまた会いましょう。その前に、コータロー君からメールが来るかもしれないけれど。
〈了〉