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831(2)

俺は行方知れずの隊長を探すことが、無駄だと知っていた。それは、俺がいくら探しても見つけられないから、じゃない。探したところで、隊長は戻ってこないから、だ。


隊長を探すことが無駄だと、俺は知っていた。経験から、知っていた。




走る。走る。今日も今日とてアホなことに全力な奴等の間を走り抜けて、隊長を探す。俺は隊長がどこにいるか、知っていた。今日、隊長が何処に向かうか知っていた。だから、そこに向かって走る。間に合えと願って走る。


たどり着いた場所は、悪の組織の街の端。少し小高い場所で、街と火山がよく見える場所。そこに、隊長はいた。楽しげに鼻唄なんて唄って、葉っぱや木の枝を集めて、行方知れずだったその人はあっさりと見つかった。


間に合って良かった。走って荒い息を整えながら思う。隊長が、集めたそれらに火をつけていたら、間に合わなかった。


時間はないと知っていた。だから、息を整えるのもそこそこに隊長に声をかけた。


「隊長」


だけど隊長は反応しない。ただ楽しそうに木の枝や葉っぱを集めて、山を作るだけだ。俺は隊長に近づいて、もう一度隊長を呼んだ。


「隊長」


山が大きくなる。隊長は反応してくれない。


「隊長。ねぇ、隊長。俺、頑張りますから。死ぬ気でかんばっちゃいますから」


鼻唄が止まらない。山はどんどん大きくなって、俺の背丈に並んでくる。隊長は何も返してくれない。


「隊長。だから、お願い。俺、貴方を支えます。なんでも手伝います。だから、隊長。もう1回。もう1回、頑張りましょ?」


隊長が葉っぱや木の枝を集めるのを止めた。でもそれは、俺の声を聞いたからでもなんでもなくて。準備が終わった。ただそれだけのことだった。


隊長がマッチに火をつける。それに焦って、隊長の腕を掴んだ。隊長の持ってたマッチが隊長の手から落ちる。そのマッチは、葉っぱや木の枝の山に落ちて、そして静かに燃え始める。


隊長が初めて俺を見た。さっきまでの楽しげな様子も鼻唄もなく、無表情で俺を見る。そして抑揚のない声で、こう言った。


「蜂蜜コロンはホントにあるの?」


爆弾でも爆発したかのような音が、辺りに轟いた。


俺は隊長をただ見ていた。隊長の問いに衝撃を受けて、何も返せないまま。隊長が俺の後ろに視線をやる。俺の後ろには、街がある。俺が暮らす悪の組織の街と、悪の組織のエネルギー源たる火山が。


「あーあ、噴火しちゃった。火山がドカンて。みんな、みんな死んでいく。火山の噴火で、みんな、みんな」


パチリと手が払われた。あ、と声が零れる。声しか零れなかった。俺の手から離れた隊長がにこりと笑う。いつか見た無邪気な子供みたいな笑顔じゃない。全て諦めた、暗い暗い笑顔。隊長が何処かをみて呟く。


「おれもね、みんなのところに行くことにしたよ」


「まって。待って隊長!」


止めたのに。必死で声を上げて、手を伸ばしたのに。俺の手は何も掴めないまま。隊長は燃え上がる火の中に飛び込んだ。


力が抜けて膝から崩れ落ちる。隊長がこうなってしまったら、どうにもならないことを知っていた。もう何度目だろうか。何度も、何度も何度も何度も、同じ光景を見てきた。


ゆっくりと後ろを向いて、その光景を視界に入れる。俺の後ろで、街が焼けていた。火山から、真っ赤な溶岩が流れ出て、街を襲っている。みんな、みんな燃えていた。


まただ。またこれだ。


俺は地獄のようなその光景から逃げるように、その場にうずくまった。





火山の噴火ってのは、いつ起きるかわからない。もしかしたら突然、なんでもない日に急に火山が噴火することだってあり得る。噴火なんて起きる予兆はなかったのに、自分の知らないところできっかけがあって、ここ数十年は噴火しないと思われてた火山が噴火することだってあるのだ。


今回がそれだった。


きっかけは、これだった。1番最初の8月31日。悪の組織のエネルギー源たる火山が、何かがきっかけで噴火した。噴火によって街は焼け、住人のほとんどが燃えた。あまりに近くにあって、あまりに突然のことだったのだ。


そのとき、悪の組織の長である隊長は、たまたま仕事をサボって街の端に来ていた。散歩だったようだ。何かないかとふらついて、この小高い場所に来ていた。そして俺も、隊長を探して連れてくるという任務で、隊長の元にいた。


助かったのは、ただの偶然だった。たまたま散歩で、任務で、この小高い場所にいて、そこが火山から離れていて、被害が届かない場所だった。それだけだ。


偶然助かった俺と隊長は、すぐに街のみんなを助けようとして、すぐに無理だと悟った。たった2人。それも大した道具もない俺たちが、どうにかするなんて、無理な話だった。


だったら外部に助けを呼ぶというのも、到底できないことだった。この街はヒーローから隠れるように、他の街からかなり離れた場所にある。助けを呼んでも間に合わないし、そもそも。悪の組織を誰が助けると言うのか。


途方に暮れて、ただ街の惨状を視界に入れた。俺はとうに諦めていて、でもあまりに突然なことで衝撃もでかく、泣くことも悲しむこともできず、ただただ呆けていた。そんな俺の手を、隊長が引いた。


隊長に引っ張られるまま、どうにか歩ける場所を通って街の端を歩く。隊長はまだ諦めていなかった。今現在どうにもできないなんて状況でも、諦めようとしなかった。


たどり着いた場所は、技術者達の研究所。そこには1つの装置が置かれていた。


時間切り取り装置。通称、『メビウス』。技術者達が寝る間も惜しんで作り上げた、最高傑作。


ある一定期間の時間を切り取りループさせるという機能を持ったそれを、隊長は起動させた。


長い、長い8月が始まった。


メビウスが切り取るのはちょうど1ヶ月。8月の間だった。街のみんなを助けるには、この1ヶ月でどうにかしなきゃいけない。隊長と俺は、何度も、何度も8月を繰り返した。


火山が噴火する前に、みんなを避難させようとした。でも、この火山はしばらくは噴火しないと言われていて、明確な噴火の証拠なく、みんなを避難させることは出来なかった。また、いきなり街の人間が移動すれば怪しまれるのが当然で、受け入れ先もない。


次に火山が噴火するきっかけを探して、噴火を防ごうとした。でも噴火するということは絶対とでもいうのか、何か1つきっかけを潰してもまた別のきっかけが起きて、火山は噴火した。また、火山は組織のエネルギー源で捨てるという選択肢は代替案でもなければ、選ぶことは出来なかった。わずか1ヶ月で代替案なんて見つけられるか。


何度も、何度も繰り返して、みんなを救おうと試行錯誤を繰り返す。何度だって、俺は隊長に着いていった。それでも結果は全て同じ。火山が噴火して、みんな燃える。何も変わらなかった。


何度繰り返した時だっただろうか。隊長が壊れた。街のみんなを助けようと諦めなかった隊長は、とうとう心が折れた。そしてみんなと同じように燃えてしまおうと、俺の前で火の中に飛び込んだ。


ポキッと何かが折れた音を聞いた。その頃にはもう、何度もみんなが燃えるところを見ていて、泣くことも悲しむことも出来なくなっていた。隊長が自ら燃えても同じだった。ただ、諦めた。みんなを助けることを諦めた。


でもみんなも隊長もいないまま生きてくのが嫌で、俺は1人でメビウスを起動させた。それからずっと、1人で起動させ続けた。


メビウスを起動させた人間の記憶は持ち越されるようで、だから隊長も俺もみんなを救おうと動けたのだけど、俺が1人で起動させるようになってから、隊長の記憶は持ち越されなくなったようだった。隊長もまた、何度も繰り返すようになる。街のみんなが燃えて、諦めて、自身もまた自ら燃えるのを。


もう何度繰り返したか、わからない。今が、何度目の8月なのかなんて、覚えてなかった。




パチリ、パチリと何かが燃える音がする。隊長が燃える音だ。そんな音、聞きたくなくて耳を塞いだ。また、ポキッと何かが折れそうだった。


『あんたは悪の組織の一員だろう。だったら何べんやられようが失敗しようが、何度だって立ち上がって何度だって立ち向かいな。それが悪の組織の在り方だろ』


不意に、寮母さんの言葉が思い浮かんだ。悩み続けるなら、頼れと言ってくれた寮母さんの姿を思い出す。思い出した寮母さんは、あの、無条件に安心するような笑みを浮かべている。


「…俺1人、気持ちを入れ換えたって駄目なんだ。俺が気持ちを入れ換えたところで、隊長は変わらない」


きぃ君が酒を飲んで、ゆるゆるに表情を崩してる姿を思い出した。はーちゃんが、香水を受け取って笑う姿を思い出した。子供みたいな、無邪気な笑顔で、俺の手を引いてくれた隊長の姿を思い出した。


俺は悪の組織の一員だ。大好きで尊敬する隊長率いる、自由で自分勝手で諦めの悪い、悪の組織の構成員だ。悪人は悪人らしく、隊長に恥じない姿を。


「俺1人が頑張っても、駄目なんだ。だったら。だったら…!」


いきおいよく立ち上がる。隊長の方は見なかった。燃える街も見なかった。ただ、俺はある1ヵ所を目指して走り出した。




何度もこの道を通った。最初は隊長に連れられて。途中から俺1人で。息を切らして全力で道を駆ける。着いたのは、技術者達の研究所。俺は研究所の中に入ると、メビウスの前に立つ。メビウスは今までと同じ姿でそこにあった。


「蜂蜜コロンがないっていうなら」


メビウスの起動スイッチに手を伸ばす。俺は泣きそうになりながら、それでも俺らしくニッと笑って、それを押した。


「蜂蜜コロンを作ればいい」


各話のタイトルは月日でした。全て時系列順に綴られています。

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