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2話投稿します

パチリと目を開ける。目だけを動かしてもう朝だと理解すれば、重ダルい体をゆっくり起こす。いつもの習慣でカーテンを開ければ、綺麗な青空が広がっていた。


今日は快晴。雲1つなく、少し離れたところにある我が組織のエネルギー源たる火山が、いつものように鎮座している。


近場に目をやれば、これまたいつも通り。朝から元気に登場のポーズや台詞を練習する新人君達や、目に隈を作って語り合う技術者達が、通りでわちゃわちゃと騒いでいた。それを披露する日はだいぶ先だろうに、新人君達は頑張るねぇ。技術者達はまた寝ずに、新しい装置の試行錯誤を繰り返してるんだ。互いにお疲れさまです。見ていてほのぼのする光景に、小さく笑みが零れる。


あぁ今日も、いつもと変わらない8月31日だ。




テキトーに朝ごはんを食べて出掛けようとしていたら、寮母さんに声をかけられた。ここしばらく任務続きで、休みの日も夜まで任務だったことでいつもの時間に起こされることなく、1日寝込む生活を送っていたせいで、寮母さんと話すのは久しぶりだった。


正直に言うと、今は寮母さんとあまり喋りたくなかった。今日は予定があるし、それに気分も少し落ちていると言うか。いつもの俺じゃないと言われるのが目に見える。…なんて、今さらか。苦笑が漏れる。


予定までまだ時間に余裕があって断る理由がない。俺は寮母さんに呼ばれるまま、食堂のキッチンに近い席に座った。


食堂はだいぶ人がはけたようで、寝坊でもしたのだろう数人が朝ごはんを食べているだけだ。その数人も、俺が座る席から離れたところに座っている。


俺はぼーっとそいつらやキッチンにいる寮母さんを眺めていた。


少しして、寮母さんが俺と寮母さんの分のお茶を持って、俺の目の前の席に座る。寮母さんが持ってきてくれたお茶をありがたく受け取って、一口口に含んだ。寮母さんも、忙しい朝の時間を切り抜けてか、ほっと一息吐いてお茶を飲んでいた。


「それで、俺に何の用っすか?」


お茶を飲みながら寮母さんに問いかける。てっきりお叱りでも受けるのかと思ってたが、寮母さんは存外穏やかな声で、そうだねぇ、と呟いた。


「1つは、お前さんが随分と放棄してくれてる任務のことなんだけどね」


やっぱりお叱りだったか。1回お叱りじゃないのかと思っただけに、寮母さんに言われた内容に、うへぇ、と顔をしかめる。そんな俺の様子に寮母さんが吹き出す。急になんすかと苦い顔で寮母さんを見れば、体を震わせながら寮母さんが軽く手を振る。


「安心をし。今日はちょっと注意するだけで、叱りやしないから」


「そうっすか」


クツクツと笑い続ける寮母さんに居たたまれなくなって、拗ねたような声が出た。それが面白かったのか、さらに寮母さんが笑い出す。いつまでも笑われるのが嫌で、俺は寮母さんに話を促した。


「それじゃ、他の用件はなんすか?」


特に意味もなく、強いて言えば笑われてる間の居たたまれなさを誤魔化す為にお茶を口に運んだ。でも、俺の問いにピタリと笑うのを止めた寮母さんに、お茶を運ぶ手が止まった。寮母さんが真面目な顔で、俺を見る。


「最近、お前さんの様子がおかしいからさ」


その話題か。思わず舌打ちしたくなるのをどうにかこらえた。自分でも変な表情をしてるんだろうな、と思いつつ強ばった顔を寮母さんに向ける。寮母さんは、なんて顔してんだいと息を吐いた。


「最近というか、小さいとこまで気にすれば、お前さんは1か月前から様子が可笑しかっただろ?お前さんが任務をサボるなんて、今まで1度だってなかった」


たまたまっすよ。そう言うも、今の自分の様子じゃ説得力なんてないことは、理解していた。それでもそれに触れて欲しくなくて、言葉を口にする。でも寮母さんは、俺の言葉を無視して話を続けた。


「最近じゃあ何か悩んでずっと暗い顔をしてるし、お友達や彼女さんが声をかけてもあまり付き合ってなかっただろ?皆気にしてたんだよ」


何も言葉を返せなくて、ただ言われた言葉が酷く胸に刺さって、俺は顔を隠すようにして俯いた。寮母さんが小さく苦笑を溢したのだろう音が耳に届く。寮母さんは俺の返事なんて、端から求めてなかったんだろう。言葉を続ける。


「お前さんがその様子だからね。何があったか、なんで悩んでるのか、聞いてもきっと答えやしないだろ?だからそれを聞きはしないよ。代わりに、あたしの話をちゃんと聞きな」


ぬっと寮母さんの腕がこちらに伸びる。驚いて引こうとするも、それより前に寮母さんの手が俺の頬を挟んで、ぐっと無理矢理顔を上げさせられる。強制的に寮母さんと向き合わされる。寮母さんはいつのまにか席を立っていて、俺を柔かな笑みを浮かべて見下ろしていた。なんだか、無条件で安心できるような笑みだった。


「お前さんは、もっとあたしたちを頼りな。お前さんの友達は頭が良いし、お前さんの彼女はしっかりしてる。あたしだってそれなりに悪の組織に属しているんだ。それなりにやれる。だから、いつまでも悩んでるなら、さっさとあたしたちを頼りな。お前さん1人じゃどうにもならなくても、皆と力を合わせりゃだいたいなんでも出来るもんだ」


ぽかんと、少しの間呆けてしまった。寮母さんの言葉を理解するのに数秒かかって、理解したそれに思考が止まる。そんな俺を仕方ない奴でも見てるかのように眉尻を下げて寮母さんが笑い、ばちんと1つデコピンをされる。そのデコピンの衝撃で、我に返った。でも何を言えば良いのかわからなくて、あ、とか、え、とか意味のない言葉が零れる。


「ハイハイ。あたしの話はこれでおしまいだよ。付き合わせて悪かったね。ほら出掛けるんだろ?早くお行き」


戸惑う俺を無視して、寮母さんが俺を無理に立たせて背中を押す。きっと戸惑う俺に気を遣ってなんだろうが、まだ正常な思考に戻ってなかった俺としては余計に戸惑って混乱する。だから、思わず聞いてしまった。


「何度も、何回やっても駄目なんです」


寮母さんが俺の背中を押すのを止める。俺は1回吐き出してしまった言葉を止められずに、自分でも何を聞きたいのかわからないままそれを問いかけた。


「最初はどうにかしようとしたんすよ。でも何回繰り返しても、結果は変わらないんです。変わらないどころか悪化して、俺馬鹿だしどうにもならないから諦めて、俺、俺どうすればいいんですか?」


そんなこと聞いてどうする、という問いが胸の内で湧く。そんなの知るかとだけ返してやった。聞いておいて、答えは求めてない。答えられると思ってない。混乱して、口から零れてしまっただけなのだ。


寮母さんが溜め息を吐くのが聞こえた。なんだか随分と長い溜め息だった。振り返って寮母さんを見れば、心底呆れた様子で俺を見ていた。思わずたじろぐ。いくら混乱してても、寮母さんの怖さだけはしっかり感じ取った。


「だーかーら、あたしたちを頼りなって言ってんだよ」


「いって!」


ばちっ、と力一杯叩かれた。結構な威力のそれに、叩かれた箇所を押さえて小さく震える。その俺の姿にまた寮母さんが長い溜め息を吐く。ちょっと酷くないですかね?え?抗議を込めて軽く寮母さんを睨む。ニヤリと寮母さんが笑った。悪の組織らしい、悪どい笑みだった。


「あんたは悪の組織の一員だろう。だったら何べんやられようが失敗しようが、何度だって立ち上がって何度だって立ち向かいな。それが悪の組織の在り方だろ」


っ、はあぁぁぁ。それを、寮母さんの言葉を聞いて、なんかいろんなもんが、全部どうでも良くなった。それは自棄のようで、今まで抱えてた全部を放棄したようなものだったけど、気分は凄く良かった。


悪の組織。そうだよなぁ、俺、悪の組織の構成員だもんなぁ。自由で自分勝手で諦めの悪い、悪の組織の一員だ。


「寮母さん、あざます」


腰から曲げて、深々と頭を下げる。それから勢いよく顔を上げる。ニッと笑みを浮かべれば、寮母さんもふはっと吹き出した。


「良いね。お前さんらしい笑顔だ」


「あざーす」


いってらっしゃい、と寮母さんが手を振る。俺はそれにいってきますと返して、駆け出した。


寮の玄関で靴を履き替えて、寮を飛び出す。予定は変更だ。本当は技術者達の研究所に行くつもりだったけど、行き先を変更する。


行き先は、隊長のところだ。



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