表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/10

809

夏真っ盛り。ついこないだまでは雨がざーざー降り続けていたのに、最近はずっと晴天続き。空は綺麗に真っ青で、遠くの方に大きな雲1つ。


なんとも平和な光景だ。


悪の組織とは言え平和を嫌うわけでもなく。晴れていれば皆元気に外で騒ぐし、気持ちよく任務をこなす。悪の側と言っても、うじうじじめじめとした陰気臭さを好む訳じゃないのだ。


かく言う俺も、この平和な光景ひいては平和な1日を享受していたのだ。


「やぁ、彼氏。覚えてるかな?今日が何の日か」


1本の電話がかかってくるまでは。





絶対零度とは、彼女が放つオーラのことを言うに違いない。俺は冷や汗をダラダラと流しながら、怒れる彼女の前に立っていた。


居るのは普段待ち合わせに使う、からくり仕掛けの時計の前。彼女は綺麗な衣服に身を包み、此方がぞっとするような可愛い笑顔でそこに立っていた。俺がすぐさま身を翻して逃げたくなったのは、言うまでもないだろう。


「やぁ、彼氏」


「やぁ、彼女」


電話の第一声と同じ言葉を掛けられた。怒っている。声だけではっきり理解出来るほど怒っている。俺は震える声で返事を返した。


「まずは言い訳を聞いておこうか」


コツコツ、と彼女が足音をならす。相変わらず人を追い詰めんの上手だな。俺は泣きたくなりながら口を開いた。


「えっと、ですね。ついこないだ行った気がしてさ、まだ先だと思ってたっていうか」


「それは、私との時間が楽しくて時間が過ぎるのが早かったという解釈をすれば良いのかな?」


してくれれば良いけどしないだろ。彼女の目を見れば案の定、剣呑な色を灯してギラギラと輝いている。あー、今日も平和な1日だと思ったのに。俺は諦念と共に、覚悟を決めた。


「ふふふ。……そんな言い訳通じるわけないでしょ!」


「がふっ」


腹に1発。とても重い一撃が見舞われた。覚悟してたとは言え、大きい威力に意識が飛びかける。膝をつくのは堪えるも、殴られた箇所を押さえて痛みに耐えた。なんつうか、また威力上がってね…?


「ねぇ、彼氏。今日は何の日?」


うっすらと目を細めて彼女が問う。俺は痛みに掠れる声で答えた。


「…月に1度の、デートの日、です」


「そうだね。それじゃあその日の待ち合わせ時間は?」


「午前10時です」


「今の時刻は?」


ちらりと時計に視線をやる。時計の長身は、真上を差していた。


「ほ、本当に、申し訳ありませんでしたぁぁぁぁ!」


俺はその場で人目も気にせず、土下座をした。




まぁ、といっても土下座程度で許してくれるはずもなく、昼食とデザートのパフェを奢り、1日彼女の買い物に付き合うことで許してもらった。


ご飯を食べてるときはまだ不機嫌そうだったが、デザートのパフェを食べる頃には機嫌が良くなったのか、ニコニコと笑顔を見せてくれて、会話にも乗ってくれるようになった。ホントに良かった。美味しいものを食べてる間ずっと空気が悪いってのは、かなりつらい。つっても、悪いのは俺だから何にも言えないんだけども。


「…なぁ、はーちゃん」


彼女のことを呼べば、お店のショーウィンドウを覗いていた彼女はくるりと身体を此方に向けて、なに?と聞いてくる。小さく小首を傾げる様は小動物みたいで可愛らしく、俺は小さく笑みを溢した。


「次は何処行くの?」


彼女、通称はーちゃんは俺の彼女だ。俺と同じように悪の組織の構成員をやってる。出会ったのは一緒の任務の時で、初めて会ったときから息が合っていつの間にか付き合ってた。はーちゃんはしっかりもので、感情が豊かで、笑顔がスッゲー可愛い。俺の大切な恋人だ。


「お、兄ちゃんちょっと見てかない?」


はーちゃんが小物を見てくると言って離れた時に、誰かに声を掛けられた。少し頭を動かして声がした方を見れば、こぢんまりとした店先で男の人が手招きしていた。なんだなんだとその店に近付く。ふわりと甘い香りがした。


何の店だろうと視線を巡らす。店の棚には、色とりどりの液体が入った小瓶が置かれていた。


「兄ちゃん彼女連れだろ?ちょっと店のもの見てかないか?」


「何の店?」


「香水だよ」


にんまりと笑って、きっと店の店主だろう男がぽんと俺の手に小瓶を1つ渡す。その小瓶には綺麗な秋の稲穂の色をした液体が入っていて、少し蓋を開けて香りを嗅げば、ふんわりと甘い香りがした。


「それ、店のオススメ。蜂蜜コロンって言うんだ」


蜂蜜コロン。てことは、蜂蜜を使ってるんだろうか。もう一度その香水の香りを嗅ぐ。言われてみれば蜂蜜の香りがしないでもない、気がする。普段香水なんて嗅ぎ慣れてないから、実際のところよくわからない。


「それね、花言葉ならぬ香水言葉があるんだ」


「香水言葉?」


そ。と短く店主が肯定する。だから贈り物にぴったりなんだ、と言いながら、店主がその香水言葉を教えてくれた。


「その蜂蜜コロンには、幸せって香水言葉がある」


受け取り方は自由だ。貴方の幸せとか永久の幸せとか、何でも良い。どの意味も含む幸せが、その蜂蜜コロンの香水言葉だ。


「どうだ、彼女への贈り物にはぴったりだろ?」


ニヤニヤとしながら、店主が俺を見る。俺は手の中の香水を見ながら、はーちゃんを思い浮かべた。



今なら安くしとくぜ、という言葉のままに購入してしまった。今俺の手の中には蜂蜜コロンがある。箱に入れようかと言われたが、なんか恥ずかしくて剥き身なままだ。コロコロと手の中で蜂蜜コロンを転がす。


「何持ってるの?」


気付けばはーちゃんが俺の手の中を覗いていた。目当てのところは見て回れたらしい。はーちゃんの右手に提げられた袋を取ると、俺は手の中にあった蜂蜜コロンをはーちゃんに渡した。


はーちゃんがありがとと言って笑う。


「これ、香水?」


「蜂蜜コロンだって。はーちゃんにあげる。今日のお詫び」


ごめんね、ともう一度謝れば、そこまで気にすることないんだけど、とはーちゃんが苦笑する。でも、蜂蜜コロンの蓋を取ってその香りを嗅げば、良い香りだね、とお礼を言ってくれた。


「せっかくだし、今度の花火大会の時につけてくね」


「楽しみにしてる」


にっと笑って言えばはーちゃんも笑って、今度は忘れないでね、とからかうように言う。そこまで気にすることないって言ったばっかなのに。俺ははーちゃんの頬をむにと痛くないように摘まんで、今度は忘れませんー、と拗ねながら言った。


蜂蜜コロン。香水言葉は『幸せ』。俺がはーちゃんにあげた蜂蜜コロンに込めた意味は、『貴女の幸せを願う』だ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ