説教と手札
困惑している三人を余所にルークはぐちぐちと怒りを零す。
「サクヤが傷付けられたらヤバいって忠告してんのに態々接近戦挑むし、そのサクヤの情報も中途半端だしで、相手がアレじゃなきゃ死んでたんだぞ?」
「え?ちょ、ちょっと待って。アレを雑魚ってあいつかなり強かったよ?」
「そうよー。私の知識を中途半端って言うし、第一アレは元S級の魔物なのよー?正体が分かってて言ってるのー?」
リリーとサクヤから批難めいた言葉を受けるがルークは怒ったまま対応する。
「ミアズマタイガーだろ?最下級火魔法のファイアボール十発で沈む魔物なんて雑魚で十分だし、サクヤの知識が中途半端なのも事実だ。好戦的でない種族だろうが迷宮では好戦的になる。気性は関係ないってのは常識だろう。にも拘らずあいつの初動が遅かったのも、その場から動かなかったのもミアズマタイガーって種族が面倒臭がり且つ迎撃型だからだ。安全に戦うにはつまり近づかなければ良い」
近づかなければ良い。その言葉に今度はグランが反論する。
「近づかなければ倒せませんし、何より少しづつこちらにも近づいて来ていましたよ?」
「だから俺はファイアボールを撃ったんだろう。前提が間違ってるんだ。ミアズマタイガーが絶滅したのは四千年は前、魔法が生活でなく戦闘に使われ始めたのが三千五百年前、つまり魔法の軍事転用よりも以前に存在した魔物は魔法抵抗力が総じて低い。対策する必要が無かったんだからな。その上瘴気を多く纏っているから属性も闇属性特化タイプ。ミアズマタイガーの討伐戦だって殆どの戦果が勇者の光魔法と魔剣使い達の攻撃だ。詳しい生態を知らなくても歴史が証明してるんだよ」
「……そんな歴史知りませんよ」
「『勇者様の英雄譚』シリーズを読んだことが無いとは言わせないぞ。あれは臨場感を出す為かかなり細かく戦闘の様子が書かれている。姿形から弱点から魔物の固有スキルまで、な」
「…………」
ルークの説明に誰も何も言えない。それが正論だからだ。
あくまで蛇足ではあるが何故ルークがこんなにも詳しいかというと、四大国は歴史が古く五千年は存続しておりその中でもエルカルド王国の建国王は特殊系位階技≪保護魔法≫の使い手であったため、≪保護魔法≫を掛けられた書庫に保管された五千年分の当時の資料が劣化せずに丸々残っているのだ。その中でも魔物図鑑を絵本代わりに読み続けたルークは五千年分の魔物の絶滅と誕生、進化ツリーを丸暗記しているのである。
「反省してる様ならもう良いけどさ。いきなり飛び出して、寿命が縮んだかと思ったんだからな」
「……ゴメン」
「…すみませんでした」
「ごめんなさいー」
それぞれの謝罪を受け取って、続けてルークが話し出す。
「それで、グランのアレは何だったんだ?位階技だとは思うが一応な。この先攻略して行くならお互いの手札は知っていた方が良いだろうし。よく考えたら俺達もそこそこ付き合いが長いのに、誰の位階技も知らないんだよな、俺」
「それはお互い様だと思いますけどね……。まあ、その意見は一理あると思うのでまずは僕から手札を晒しますかね」
あまり話したいことでもないのか、グランが言い淀む。
「ふぅ……。僕の位階技は≪捕喰吸収≫です」
特殊系位階技≪捕喰吸収≫。
生物の死骸を喰らいその能力を強奪するスキル。初代魔王と呼ばれた存在が所持していた曰くつきの能力。その特異性から所持者は『魔物喰らい』と呼ばれ畏れられ、碌な最期を迎えないとされる。
「僕の持つ魔物のスキルはコボルトシザーズから≪刃の爪≫、ハイイーグルから≪イーグルアイ≫、パライスネークから≪麻痺の蛇線≫、ラヴバッファローから≪メルトフェロモン≫、エリアジェリーフィッシュから≪エアバレット≫、それと」
言いかけ、グランはミアズマタイガーに近づき手を当てる。するとバキボキと骨を圧縮しながらその巨体が掌に飲み込まれていく。全てが収まった時、グランの身体がドクンと一度大きく脈を打つ。
そして振り返り言葉を続け、
「ミアズマタイガーから≪腐敗の死毒≫を、あとは各身体能力の上昇でしょうかね」
そう締め括った。
(……成程。家出したかった理由はこれか)
ルークはそう当たりを付けるが口には出さない。とは言ってもサクヤもリリーも気付いては居るだろうが。程度の問題ではない。嫌がる事を態々聞く必要はないのである。
「じゃあ次はあたしだね。あたしの位階技は≪魔眼:未来視≫だよ」
特殊系位階技≪魔眼:未来視≫。
視界に映る光景の数秒から十数秒先の未来が見えるスキル。近ければ近い程正確な未来が見え、遠ければ遠い程可能性の未来が見える。熟練する内にさらに遠い未来が見えるようになる。≪魔眼:未来予知≫とは区別される。
その理由は≪魔眼:未来視≫は可能性の未来が見え、≪魔眼:未来予知≫は確定した未来を見る。視た未来は変えられるが知った未来は変えられないのだ。
(ミアズマタイガーとの戦闘で攻撃を避け続けていたのはこれが原因か)
未来が見えていたようにかわすのではなく、実際に未来を見てかわしていたのだ。接近すればする程相手の選択は狭まり確実な未来が見える。あの戦いは無謀に見えて実に計算されていたのだった。
この際本人がそれに気付いているかどうかは問題ではない。たとえ接近戦の理由が何かカッコいいからでも一切問題はない。結果が大事であるのだ。
「次は私ねー。私の位階技は≪神聖術≫だよー。あとスキル≪光魔導≫ー」
魔法系位階技≪神聖術≫。
世界最強の回復魔法であり肉体と魂さえ揃っていれば死者の蘇生すら行う限定的に神の御業を体現するスキル。光属性特化であり他属性を一切受け付けず魔道具すら使用不可能である。その特性上所持者は極端に高い魔法抵抗力を持つ。
(神聖術、か。つまり)
「…俺を治療してくれたのは、サクヤってことか?」
「そうよー。ルー君かなり危険な状態だったんだからねー。跪いて感謝すると良いですわー」
最後の言葉は棒読みだった。
(恥ずかしいならやめれば良いのに)
「ああ、ありがとうな。さて、最後は俺か。俺の位階技は≪魔導書:品目録≫だ」
「え?」
「嘘…」
特殊系位階技≪魔導書:品目録≫。
ありとあらゆるモノを収集し、特定数同種のものを集めると一定上限の劣化品を複製できる無限増殖スキル。生きているモノは収集出来ないが生きてさえいなければ魔法だろうと魔法生物(無機物製)だろうと収め、合体分離を繰り返しての改造すら出来る、限定的に神の御業を体現するスキル。
だが、その実≪捕喰吸収≫並みの曰くつきスキル。
≪魔導書:品目録≫が生まれてまず最初に収集するのが所持者であるため、所持者が五才まで生きる事はまずあり得ない。生後一年で精神を取り込み三年掛けて命をそして一年掛けずに肉体を吸収する。その為前例は当然無く、その能力はルークが実践しながら集めたものであるためまだまだ穴は多い。
「どうして、生きてるんですか?いえ幼い頃から体が弱かったこともありませんでしたよね?何故、吸収されていないんですか」
「その言い方だと死ぬのを望まれてる感じがするな。言葉の綾だって分かってるから良いけど。まそれは置いといて、タネは結構簡単だよ。エルカルド王国血統系位階技≪自殺不可≫」
血統系位階技≪自殺不可≫
エルカルド王国第二十六代国王夫妻が周辺国からの圧力により心を患い心中を図り続け、それを忠臣が防ぎ続けることで発現したスキル。なお余談ではあるがこのスキルの発現後に国王は自分を見つめ直し、外交に類稀な手腕を発揮し賢王として今も名を残している。
≪魔導書:品目録≫はルークの力であるために自殺と判断され≪自殺不可≫が発動、結果として唯一のデメリットを克服し力を手に入れたのである。
「そんな位階技があるなんて知らなかったわねぇ。でも、王族の血統スキルなのにどうしてあまり知られていないのかしらー?」
「あーそれはな、何十代も前の話なんだがこの≪自殺不可≫のせいで王女が誘拐された時に賊に色々された様で、自決も出来ずに延々と嬲られたって過去があってな。基本情報を漏らさない方針になったんだ」
「……それは、悪い事聞いちゃったわね。因みに、その王女様ってどうなったのかしら」
「そん時の王様----まあ父親だな----が死にたくても死ねない王女を憐れんで適当に罪状でっち上げて処刑したらしい」
「あんま賛同したくねーけど、それで救われてんならやむなしってか」
多少暗い雰囲気になったが無理矢理空気を換える様にグランが纏める。
「取り敢えずお互いの手札は開示した訳ですし、これからのことを話し合いましょう」