とある事件の幕引き
スズネは図書館で、“幽霊石”やアリシアという魔法使いについて調べていた。と、
「君も調べにきていたんだ」
「カイさん、ここの記述を見ていただけますか?」
手渡された本を読んで、カイは目を細める。と同時にスズネが、
「おかしい、と思っていたのです。この土地の魔力があまりにも……」
「なるほど。そういえばこの学園の結界の源が分らなくなったという話は聞いたことがある」
「え? これだけ強力で巨大なものが?」
「一時期このアリシア学園では、上層部の権力闘争があって、それで幾つかの学園を形作る事が途切れてしまったらしい。一応この結界は伝説の魔法使いアリシアが張ったのだから今も機能しているのだろう、という話になっていたが……」
そこで二人は顔を見合わせて、
「幽霊に関しては僕も調べる」
「よろしくおねがいします、私の方も調べてみます。そしてもし予想が正しければどちらの方に?」
「普通にイリア女史で良いと思うよ。あの人の父親が現在の学園長だからね」
カイがスズネにそう告げ、二人は頷く。
けれど二人は忘れていた。フィーネが幽霊と遭遇しやすいようだという事に。
そして暗くなりかけた図書館で分かれた二人。
その頃にすでにフィーネはある“音”に惑わされていたのだった。
ふと、フィーネは気づいてきょろきょろと辺りを見回す。
その様子にナナは不思議そうに首をかしげて、
「どうしたの? フィーネちゃん」
「音楽が聞こえる」
「音楽? そんなの聞こえないよ?」
ナナがそういうも、フィーネはその音に聞き覚えがあった。
以前、廃屋で幽霊達が演奏していた音楽だ。
ここで自分一人で幽霊の事を解決すれば、カイだって私の事を“弱い”なんて言わないんじゃないかとフィーネは欲がわく。
だからごそごそとベットの下から細身の剣を取り出す。
魔法の学校に行くならこの剣をあげるわと、カイの母親である剣の師に貰ったものだ。
何でも魔法の効果を付与させる事が出来るらしいのだが、彼女には使い方がさっぱり分らず、長い間納屋に放置されていたらしい。
そんなフィーネにナナが、
「フィーネちゃん、何処に行くの? 外はもう暗いよ?」
「ちょっと様子を見てくる。寮長のミアは上手く誤魔化しておいて!」
「フィーネちゃん……行っちゃった」
窓を開けて飛び降りて、剣を持ったまま駆けて行くフィーネ。
気のせいだとナナは思うのだが……。
「一応、スズネちゃんや、カイ君にも知らせておいた方が良いかな?」
何かあると嫌だし、そう思ってナナは部屋を出たのだった。
走って近づいて行くとさらに音は鮮明になっていく。
柔らかな調べは、雲に時折隠される青い満月の夜に、とても合う。
夜になって涼しくなった風を頬に受けながら、フィーネは駆ける。
花園を通りすぎて、気づけば以前の廃屋にフィーネは辿り着いていた。
周りを囲むざわめく木々は暗く、けれどそんな中でその廃屋は弱々しい明かりが灯っていた。
この前の失敗の経験を生かして、フィーネは窓から中を覗き見る。
そこには何人もの幽霊達が楽しそうに楽器を弾いていて、その中心には握りこぶしほどの一つの透明な石が灯りに照らされて煌いている。
その石を見てフィーネは驚いた。
――大きな魔力を感じる。
小さな石なのに秘める魔力がフィーネが今まで見たことのないくらいに大きい。
そんな石を囲って楽しそうに幽霊達は楽器を弾いている。
そこで窓が破られて廃屋の中に黒い影が飛び込む!
ガァルルルルル
獣の咆哮と共に、その前足には以前スズネがつけた傷が残っている。
けれどここにスズネはいない。
そして強い魔力を飲み込むと、その魔物は強くなるという。
だったらあの石をもしも飲み込まれたら?
気づけばフィーネもまた窓から飛び込んでいた。
そして焦ったように石を持って逃げようとする幽霊を魔物から守るように立ちはだかり、剣を魔物へと向ける。
「私が相手よ!」
そう、言葉を解する事ができない魔物に向かって、フィーネは叫んだのだった。
ナナの話を聞いて、スズネは顔を蒼白にする。
「精霊に好かれやすいから幽霊とも相性が良い……だからフィーネは遭遇しやすいのね」
意味は分らなかったが、スズネが焦っているのも分る。
ついでにカイも呼ぼうかと思えば、たまたまカイとバードのもナナとスズネが会う。
そしてナナは焦ったようにフィーネの事を話して、それにカイは凍りつく。
「幽霊の音楽に誘われてその場所に……一人で行動するなんて」
カイが舌打ちする。そこでバードが焦ったように三人に話す。
「今、風に聞いてみたんだけど、フィーネが廃校で魔物に接触したらしい!」
その言葉を聞いた瞬間カイが駆け出して、その後スズネとバードが追いかけて、ナナは先生達に報告しに走っていったのだった。
剣を構えるフィーネ。
けれど魔物はフィーネよりも幽霊の持っているその石に目が行く。
それはそうだろう、フィーネよりもよほど力のあるものが目の前を過ぎっているのだから。
けれど、そちらにばかり夢中になっているのがフィーネには好都合だった。
剣を振りかざし、その魔物に切りつける。
そちらに意識が移っているのなら、その油断を突くまで!
駆けながら僅かに腰を落として、フィーネは魔物の足を狙う。
この魔物は犬のような形をしており、その足の俊敏な動きがやっかいだった。
以前スズネが矢を放った事で少しは弱っているものの、先ほどの窓から飛び込んだ様子から俊敏さは健在のようだった。
そして、間合いをつめて剣を横に凪ぐように振るも、その剣が前足に届く前に魔物が後ろに下がる。
人間相手に手馴れている?
そんな不安を覚えるも、フィーネは更に追撃する。
間合いが近く、その攻撃がかすりもしないのならここで切り返すのみ。
切り返す僅かな間が無防備になるも、魔物が自分から後ろに下がっているので問題なかった。
――いける!
少なくともどちらかの前足は使えなく出来る、そう思って剣を再び振るおうとして、違和感を感じた。
うなじの毛が逆立つようなそんな気色悪い感触。
冷や汗が出て、ここに居てはいけないと本能が警鐘を鳴らす。
だから考えるよりも先にフィーネの体が勝手に動いた。
とんっと、床を蹴って軽やかな仕草で魔物と間合いを取る。
それが魔物の口から放たれるのはほぼ同時だった。
ガァアアアアアア
獣の咆哮と共に炎が噴出す。
その熱さと眩しさにフィーネはとっさに視界を右腕で庇う。
燃え盛る床。
けれどそれよりも、この直撃を受けたならどうなっただろうとフィーネはぞっとする。
命の危険を感じたフィーネの感覚は正しいが、これでは下手に間合いをつめられない。
程ほどで逃げ出した方が良さそうだと思いながら、周りを見回す。
幽霊達はすでに何処にもおらず、逃げ出しているらしい。
これは好都合、そして、あの石をこの魔物に食わせる事が食い止められてフィーネはほっとする。
あとは、この魔物を適当に相手して、フィーネが逃げ、どうにか増援を頼めばいい。
――……一人で出来るなんて思わないほうが良いわね。
これだけの攻撃に一人で対処する事の危険性を考えていて、そこで炎の中から魔物が飛び出してくる。
大きく口を開き牙を見せ付けるそれに、フィーネは上手く反応できない。
そこで、フィーネの周りから風が吹き抜ける。
燃え盛る炎と共に、その魔物はフィーネから吹き飛ばされる。
突風というべき巨大な力だったのだが、そのまま壁に魔物は打ち付けられる。
どうしてかは分らないが、今が逃げる機会だとフィーネは思って、そこでフィーネの頭に言葉が過ぎる。
「フィーネは“弱い”んだから」
弱くなってない、私は今だってこの魔物を相手にしている! と思いつつ、フィーネは冷静な頭で考える。
その話は頭の隅においておいて、とりあえずこのまま逃げた方が良いと。
目的はすでに果たせたのだから。
床に広がった炎は先ほどの突風で煽られて一部が消えているが、黒いこげ後を残して所々で燻り赤い炎を小さく揺らしている。
目の前に打ち付けられた魔物は今、どうにか再び立ち上がろうとしているところだった。
逃げるには今しかない。
そうフィーネは黒く焦げ付いた床に一歩踏み出した。
ミシッ
一歩踏み出したフィーネの足が床にめり込んだ。
慌てて引き抜こうとするも、それを起点として燃えて炭化した床に亀裂が入り、大きな穴が開く。
その穴に吸い込まれるように、フィーネの体が落下する。
「きゃああああ」
悲鳴を上げながら、目の前で魔物が落下していくのを見つつ、傍にある壁にフィーネは剣を突き刺す。
そこそこ切れ味が鈍い剣なので、剣先が幾らか突き刺さり、フィーネの体重と落下の力がかかって線上の切れ跡が残る。
それがフィーネの背の高さくらい線をひいて止まるのにほっとしつつ、フィーネは周りを見回す。
そこは奇妙な部屋だった。
薄明かりの灯る、液体の入った透明なガラスの大きな球には、幾つもの魔法陣が描かれて所々が僅かにもれた魔力で輝いている。
その周りにもよく分らない魔法装置のようなものが並んで、紋様の書かれた管によって繋がれている。
そこでフィーネは、ここから飛び降りても大丈夫な程度の場所に床がある事に気づいた。
だから剣に体重をかけたまま軽く壁を蹴って飛び上がると、剣は思いの他容易に抜けて、そのままフィーネは地面に飛び降りる。
管の間に現れているレンガ造りの床に着地して立ち上がる。
ここから上に行く階段か何かがあれば良いが、無ければ風の魔法を使って飛び上がれば良い。
「そういえば何で突然風の魔法のようなものが?」
フィーネが意図したわけではない。
なのにあんな風に……そこで何かフィーネは思い出しそうになる。
それは以前、カイと一緒に魔物に追われた時の事。
確かまだ大丈夫だと思っていたのにカイと一緒に崖から飛び降りて、気づいた時には、心配そうにカイにかをフィーネは覗きこまれていた。
どうして助かったのかは分らないが、あの後カイはアリシア魔法学園にいくことを決めたのだ。
あの時も確か風を感じて意識を失った。
フィーネはその奇妙な符合に不安を覚えながらも、今は他にする事があると魔法を使おうとして……そこで、気づいた。
ぽこりと音を出しながら、気泡が上へと浮かんでいく透明で大きな球。
その中央に、青白い光を放ちながら大きな穴や小さな穴が幾つも窪んで溶けかけた、先ほどの幽霊がもっていた強い魔力を感じる石が浮かんでいる。
目で見なければそれがあることに気づかないほど、魔力を感じない石。
けれど欠片のようなそれでも、先ほどの幽霊が持っていたものの三分の一ほどの大きさはある。
同じものであれば、十分に大きな力を秘めているだろうと想像はついた。
だから即座に周りを見回す。
魔法装置が幾つも連なり、その影になって見えない。
ここに落ちた魔物は何処に行った?
問いかけながら、フィーネは考える。
この魔法装置の中の石を奪い、逃げた方が良いのかどうかを。
けれどこういった魔法装置内の液体は、皮膚に触れた瞬間大怪我をするものもある。
うかつに手を出せない。
ならばここで魔物を迎撃するしかないかとフィーネが考え付くと同時に、奥で何かが蠢くのを見る。
そこかと、ゆっくりとフィーネは近づきながら呪文を唱えようとして、その時だった。
黒い影がフィーネの背後から飛び出して、その球の天井の穴から、中へと入り込む。
液体に入っても特に変化は無く、その魔物は大きく口を上げてその石に喰らいついた。
ゴリッボリッゴリッ
硬いものが砕かれる音、それはすぐ嚥下する音に変わり、同時に魔物が白い光を放つ。
ガァアアアアアア
その咆哮は断末魔のようにフィーネは聞こえた。
そして、その白い光が収まった頃、フィーネの目の前には先ほどよりも一回り大きくなり、傷も完治した魔物が立っていたのだった。
走りながらカイは舌打ちしたい気持ちになった。
風の魔法を使って速度を上げているのに、それでも遅く感じてしまう。
その焦燥感を感じたバードが、
「カイ、落ち着け。いつものお前らしくないぞ」
「僕らしいとかどうでも良い。フィーネが……」
「それでも落ち着くんだ。助けたいんだろう?」
バードに諭されて、いったんは口をつぐむカイ。
けれど実の所、フィーネは大丈夫だろうという事は分っていた。
だが、その方法でフィーネが守られたならば、今度こそ……。
そんな不安が駆け巡り、カイは唇を噛む。
カイはフィーネの事を“弱い”と称したが、本当はカイだって“弱い”のだ。
フィーネと同じで“弱い”から危険から遠ざかるしか身を守れないし、その危険に遭遇すれば勝てるかどうか分らない……というわけではない。
こう見えてカイはその力を見込まれて魔物の討伐に幾度と無く参加しているからだ。
けれど身分上のカイは学生だ。
先生達といった大人に任せて部屋に引きこもっていればよかったのだ。
それだけ危険に遭遇する可能性が減るから。
それでもこうやって助けに向かっているのは、カイがフィーネを心配という感情に他ならない。
そもそもこれにバード達を巻き込んで良いものかとカイはふと思い当たる。
「バード、今からでもお前は戻ったらどうだ? 危険だから」
「えー、せっかくの面白そうな事態を、間近で見ないのはつまらないじゃないか」
「……バード」
「ちなみに昔から魔物とは戦っているから、カイよりは役に立つと思うぞ? 成績は負けるけど」
そうにやにや笑うバードの挑発。
確かにカイが魔物と戦ったのはこの学園に来てからで、それもいつも誰かのサポートがあってだ。
とはいえ負けるつもりはさらさら無かったが。
「そうか、助かる」
「……カイが珍しく毒をはかない、あれか、こんなに暖かい季節になったのに、明日には雪が降って猛吹雪になるという事ですか」
「少し遅れて僕たちと来るか」
「あ、ごめんなさい、嘘です。まったく……本当にフィーネちゃんの事となると性格が変わるなー、カイは」
「悪いか」
「いや、楽しく見させて頂いておりますので、このままどうぞ」
相変わらず愉快な事が大好きな奴だな、とカイは思う。
バードのこういった性格は嫌いじゃないか、緊張感がなくなるんだよな、とカイが考えているとそこでスズネが、
「“幽霊石”もしも予想通りのものであれば、フィーネは本当に危険かもしれません」
「そうだな、魔物がそれを狙ってきているからな」
そう会話するカイとスズネだが、そこでバードが、
「何の話だい?」
「ああ、アリシアの伝説を見ていた中に“幽霊石”の話があったんだ」
「“幽霊石”」
「そうだ、音楽好きの幽霊達に、これからもずっと音楽を弾き続けても大丈夫にしてやる代わりに、その“幽霊石”を作るようアリシアが命じたんだ」
「幽霊達が“幽霊石”を?」
「そうだ。そしてその“幽霊石”の一部を使って幽霊たちは今も楽しく音楽界をしているらしい。昼間に闊歩しているのが見られたのもそのためだ。幽霊は本来、闇の属性で、闇に世界が近くなる夜でないとそれほど活動できないはずだから」
なるほどとバードが頷く。
そこで、スズネが更に補足する。
「この場所に来てやけに土地の魔力が薄いように感じました。私の故郷は確かに魔力が強いですし時代によって変動しますが、ここに来るまでに幾つもの国や海を経由しました。そのどれを比べてもあまりにも魔力が薄すぎるのです」
「つまり、どういう意味だ?」
「この土地に満ちるはずの魔力、それを集めて“幽霊石”とし、この学園の結界を張っているのでは? この学園の結界は広く、他でも類を見ません。なのにその力は何処から来ているのでしょうか」
「忘れ去られたこの学園内の結界の源を幽霊達が知っているかもしれないのか」
「そしてそれだけの魔力を持つ石が“幽霊石”であり、それを魔物が喰らったら?」
推測を聞くだけで恐ろしくなる。
膨れ上がる不安を感じながら、カイ達は急いで、ようやく件の廃屋が見えてくる。
そこで、赤々とした炎のような灯りが揺れたかと思うと、
ドオオオオオオンッ
赤い炎が竜巻のように吹き上げる。
「フィーネ!」
そうカイが叫んで、炎に向かっていったのだった。
その魔物の瞳にきらりと赤い光が一筋。
ぞっとして即座にフィーネは呪文を唱える。
「歌う風、呼びて、その風を纏う、“風の衣”」
ふわりと風がフィーネを包み、体を持ち上げる。
魔物が口を開けるのはそれとほぼ同時だった。
噴出した炎は以前と比ではなく、竜巻のように吹き上げてフィーネを襲う。
けれどその炎の圧力もあって、フィーネは弾き飛ばされた。
「いたた、ちょっと熱かったけれど間一髪だったみたい」
そう呟きながら、廃屋の周辺にある草むらに転がったフィーネ。
風の魔法で体を覆ったお陰でちょっと熱い思いをするだけで火傷を負うことはなかった。
けれど目の前に現れた紅蓮の炎を巻き上げる火柱に、フィーネは一瞬呆然としてしまう。
こんな凄い魔法、見たことない。これを相手に、フィーネは出来るだろうか。
――出来るよ、ほら、剣を構えて。私達が付いているよ――
笑うような透き通る声がこの時はっきり聞こえた。
けれど周りには誰の気配も無くて、けれどその声はフィーネには懐かしく思える。
だから、どうすれば良い、とフィーネは問いかけて、言われたとおり剣を構えて、
「紅蓮に囚われし炎の王、その眠りを今呼び覚まし……」
そこで炎の中から魔物が飛び出してくる。
それは真っ直ぐにフィーネに向かっていたが、
「“凍る矢”」
カイの声が聞こえて、氷の鋭い矢が数十本、一斉に魔物に突き刺さった。
魔物はそれにいったんはひるむも、そこですかさずスズネが矢を放つ。
それをバードが風を操り、的確に微調整をして魔物へと当てる。
再びい魔物に突き刺さるも、突き刺さった場所をえぐるように巨大な岩が現れて、魔物の胴体に穴を空ける。
けれど、その穴はすぐに再生してしまう。
それを見ていたスズネは苦々しそうに、
「何故あれほど強くなっているの?」
「なんだか幽霊の持っていた石の欠片を食べてああなった」
「石の欠片を? 幽霊達が集まっていたから……」
「ちがう、あの石を使った魔法装置のようなものが地下にあったの」
そこでスズネはカイと顔を見合わせた。
その結界を作り上げる装置が地下にあったのかもしれないと気づいたから。
再び魔物が近づいてきて、スズネは矢を放ち、それをバードがサポートして、ついでに風でも攻撃を加える。
カイも氷の魔法で応戦していく。
けれどその全てが魔物に効果がないようだった。
「僕がここに残るから、フィーネとバード、スズネは逃げろ」
「カイ!」
「仕方がないだろう、この中で魔力が一番強いのは僕だ」
カイが淡々と告げる言葉に、フィーネは止めようと思うけれど、その幼馴染の表情はいつも以上に真剣で石が硬そうに見える。
そんなカイに、バードが、
「面白い事を言ってくれるね、一応……」
「勝てる自信があるのか」
端的にカイが告げて、バードが黙る。代わりにバードはスズネの方を見るも、
「……未熟者で申し訳ありません」
唇を噛むように告げた。
そして再び呪文を唱え続けるカイに、フィーネは胸騒ぎがする。
カイは本当に勝てるだろうか。
勝てるのなら、自信があるなら私達を先に逃したりしない!
これでは駄目だとフィーネは思う。
けれどどうすれば良いのかがわからない。
そこで再び声が聞こえて、もう一度やろうと笑う。
余計な事をするのはカイの邪魔になると思うも、それでもただ見ているだけ、逃げるだけなんてフィーネは耐えられなかった。
だから頷いて、一か八かフィーネは呪文を再び唱え始める。
「紅蓮に囚われし炎の王、その眠りを今呼び覚まし、その力我に許し、願う」
「フィーネ! 早く逃げろ!」
カイがフィーネに怒ったように言うも、フィーネは無視する。
「その力、炎に始まり、鈍き輝きの剣を持って、かの者を滅する力と成す。“紅蓮の輝けし剣”」
剣が赤く輝き、炎を纏う。
この時フィーネの剣は本来の力を再び取り戻したのだ。
「どいて!」
「フィーネ!」
焦ったようなカイの声を無視してフィーネは駆ける。
突っ込むように魔物へと向かい、魔物が何か魔法――防御の魔法を使うも、フィーネはそのまま剣を振り下ろす。
張られた結果ごと、フィーネの炎の剣は魔物へと到達する。
そしてその剣が魔物本体に突き刺さると同時に、炎が魔物を包み込む。
ギャアアアアア
断末魔の悲鳴が響いて、魔物が燃えて灰になっていく。
そして最後には何もなくなっていた。
やがて炎が収まるも、フィーネはあまりの事に動く事も出来ない。
カイ達を守らないと、そんな感情で無我夢中で行ったものの、少し考える余裕ができて恐ろしさがこみ上げてくる。と、そこで、
「フィーネちゃん、皆大丈夫ー」
そんなナナの声と共に大人達が集まったのだった。
落ち着くように、ジュースを渡されたフィーネ達。
現在、学園の一室に来て、イリア女史に話を聞かれて、同時にフィーネは彼女の側の話を聞いていた。
あの魔物は、公になってはいないが何度も魔物討伐隊の攻撃から逃れ、死者も出ているそうだった。
こう見えてフィーネの剣術やらなにやらは結構高いレベルだったのに避けていたのは、あの魔物が手馴れているのも理由の一つだったらしい。
そこで、魔物を打ち滅ぼしたフィーネの剣に話が移る。
イリア女史が、困った子達ねと笑いながら、
「調べないと分らないけれど、あれを葬り去るような魔法剣なら、有名なものだとは思うわね。調べさせてもらって良いかしら」
「うう、渡したらどれくらい戻ってこないのですか」
「うーん、半年から一年くらいかしら」
「嫌です!」
といった理由で、フィーネの剣は正体不明なままだった。
この剣はお気に入りなのとフィーネは思って、それを取られるなんて嫌だと頬を膨らます。
一方カイといえば、フィーネにこれをあげたのが自分の母親な事を思い出して、母さんは何やっていたんだと不安を覚える。
そんなカイの不安を他所に、話は進んでいく。
「それでこの学園内の結界を張る装置が何処にあるか分ったの」
「さっき燃えてしまった廃屋ですか?」
カイの問いに、イリア女史は悪戯っぽく笑って、
「そうねそこもあるわね。でももう二つ、見つかったの。“幽霊”達を追いかけていったら、見つけた場所が二つほどあってね、そちらが機能している、というよりは交互に使って、幽霊達がメンテナンスをしていたらしいの。だから、幽霊が今回慌てて持ってきた新しく出来た“幽霊石”は、我々の監視下の元にあるわ」
「その場所は何時ごろ分ったのですか?」
「フィーネちゃんとスズネちゃんが問答をしているのを聞いて、調べさせたの。こんなに昼間に幽霊達がいるのはおかしいから」
さりげなく得た情報から、色々調べていたらしい。
その目ざとさにカイが、流石だなと思っていると、
「立ったらもう少し早く対策してもらえれば、あの魔物に襲われる事も無かったじゃないですか」
そうフィーネが食って掛かり、それにイリア女史は頷きながら、
「確かにそうね。ただ言い訳になってしまうけれど、幽霊や結界に関する事への対策はこれからするつもりだったの。実際に幽霊達を見つけたら追いかけるようにして、その幽霊達のルートは地図にもう落とすくらいわかっているわ。彼らほとんどの動きがある種の魔法になっていて、この都市の魔力を集めて“幽霊石”とする代わりに弱くしていたようね。けれど先にこの魔物をおびき出して倒してしまおう、と思っていたの」
「あの魔物を?」
「ええ、魔法を使ったりした時にあの魔物は上手く逃げるでしょう? その手馴れ具合を見手も分るとおり、あれは何度もしとめ損なって、そして学習されてしまった魔物なの」
「? 普通の魔物と何が違うのですか?」
「人間を喰らう事に慣れているわね」
にこっとイリア女史は笑いながら恐ろしい事を口走る。そこで、
「……それで、幽霊達の様子を見ていたはずなのに、なんで、フィーネと会っているのですか?」
「……その中の女の子の幽霊、その子が一番力を集めていたのだけれど、気まぐれでふらふらとすぐに散歩に行ってしまって。お陰で魔物に襲われても対処できなかったけれど、たまたま何度もフィーネさん達と会っていたから、大丈夫だったようね」
そうなのですかとフィーネは納得したようだがカイはその含みのある言葉に気づいて、けれどそれを追求せず、
「話は終わりですか? もう寝ないと、明日の授業に差し支えるのですが」
「あらごめんなあしね、もう帰っても良いわ。また明日」
そう、イリア女史ににこやかにフィーネ達は送り出されたのだった。
そしていつもの日常が戻ってきて、フィーネは花園の中央にあるベンチに座っている。
天気がよく、風が気持ちが良い。
こんなに心地よいと、色々忘れてしまいそうになる。そういえば、
「あの剣を使う時に聞こえた声はなんだったんだろう」
「何の話だ?」
「剣の魔法を使う時に聞こえた声。使い方を教えてくれ……って、カイ」
目の前にはいつものちょっとむすっとしたような、カイがいる。
けれどどうしてここにとフィーネが言うと、
「バードは、これからが俺の本当の力を見えつける時代だ、と魔法の練習をしていて暇なんだ」
「そうなんだ、私の方もスズネちゃんは図書館に閉じこもって勉強中で、ナナはお菓子爆弾を作るっていて料理の真っ最中だから、こっそり私は逃げてきちゃった」
「そうか」
そう答えてカイが隣に座る。
ちらりと横を見て、ほんの少しカイの方が背が高くなったのを感じて、フィーネは悔しいので気づかなかった振りをした。
そこへ白い女の子のような影が現れて、以前何度も現れた幽霊だと気づく。
そのこはフィーネのほうに向かってきて、ぺこりとお辞儀をする。
どうやらお礼を言っているらしい。
「いいよ、私達にとっても危険だったからしただけで」
けれどその女の子は仕草で、いえいえ、本当に助かりました、としてから、何処からとも無く横笛を取り出す。
柔らかな調べが奏でられ、風に乗っていく。
その音の心地よさにフィーネは瞳を閉じてそれを楽しむう地に穏やかな寝息を立て始める。
そんなフィーネを見ながら、こんな風に幽霊にも精霊にも好かれやすいフィーネに不安を覚える。
先ほど言っていた剣の使い方を教えたのは精霊だ。
精霊は世界そのもので過去、現在、未来に同一のものだ。
だから使い方はおろかこの世界の全てを知っている。
そしてこの精霊という存在が、カイには警戒すべき最大の敵なのだ。
魔物に追われて崖から落ちたカイとフィーネを救ったのは精霊で、カイはフィーネのお気に入りだから助けるといわれたのだ。
そしていつかフィーネを自分達の世界に連れて行くと。
でもカイは連れて行かせるつもりなんてなくて、フィーネを守るために、この学園に来た。
そして今はフィーネもここまで来ている。
「……本当は凄く嬉しかったなんて、恥ずかしくていえない」
自分も意地っ張りだと思うが、それでもまだ言えないのだ。
そんなカイの様子に気づいた幽霊が、今度は甘やかな恋の曲に変えた事に、カイはついぞ気づかないままだった。




