ヴぁんぷちゃんは答える
「ねえ、青春ごっこはよそでやってくれない?」
と。
二人の間に不意に現れた銀髪の少女に、狛谷とロッヅは、驚きの声をあげて、よろめいてひっくり返った。
「お、お前! 急に現れるなよ。ビックリするだろ!」
「なによ。私が寝ていたキャラバンに勝手に入ってきたのは、あなたたちでしょう? 寝ている人がいるというのに、大声で話して」
「ああ、つまり、きみが例の吸血鬼か!」
ひょい。と倒れていた体を持ち上げた狛谷は、目の前にいる銀髪の少女――ルーミアの顔を見ようとしたが、しかし、ルーミアは顔をそむけていた。
狛谷は口を尖らせる。
「なんだ。なんだなんだい。人と話すときは目と目を合わせてって親に習わなかったのかい? せっかくお話しようと思ったのに。好感度よくないよ?」
「親の顔なんて、もう覚えてないわ。それより、吸血鬼と話すときは目と目を合わさないって親に習わなかったの? 親が陰陽師なのに」
「悪いね。私、親に妖怪関係の話は禁止されてたんだ。過保護なんだよ」
「ふうん。そう。ねえ、私の眼は何色?」
「見てないのに分かるわけないじゃん」
「なら、そのままでいいわ。私の眼を見たら、あなた死ぬから」
「こわっ!?」
「吸血鬼の眼は、人を操ることができるんだよ」
こそこそと、ルーミアの顔を見ないようにしながら、狛谷の元に近づいてきたロッヅが、耳打ちをする。
狛谷は「へえ」と頷く。
「そういえば、不楽? だっけ。あの不健康そうな顔の、ゾンビだっていう。主従関係だって聞いたけど、じゃあ、彼は、その眼に操られてるってこと?」
「操ってない。操れない。彼にはこの眼が効かない。不楽は『特別』なの」
「それって、効かないことが特別ってこと? それとも、『彼』があなたにとって特別だってこと?」
「……どっちでもいいでしょ、そんなこと」
ルーミアはそっぽを向きながら、投げ捨てるように言う。
ただ、その耳は真っ赤になっていた。
狛谷はニヤニヤと笑う。
「なるほど。目を合わせない会話というのもいいかも。表情が見えない分、想像できて楽しいし」
「私がここから出た方がいいかしら、これ」
ばっとルーミアは立ち上がって、ドアの方へ向かった。
しまった。怒らせてしまったか。
狛谷は慌てて弁明しようとしたが、目の前に現れた黒い影のせいで、口を動かすのを止めてしまった。
それは、コウモリだった。
薄い皮膜の翼をはためかせながら、狛谷の眼前を飛んでいる。
ロッヅの方を見てみると、彼の目の前にも同じようにコウモリがいた。
ただ、ロッヅの方は飛んでおらず、彼の鼻の先に足をかけて眠っていた。どうやら害意はないようだ。小馬鹿にはしているようだけど。
「あげるわ」
ドアの前で立ち止まっていたルーミアが言う。
「それは私の体の一部。吸血鬼は体を、コウモリに変えることができる。そいつに手紙を渡したら、どんなところでもすぐに相手の方へ送ってくれるわ。ああ、でも、昼間に外に出したりしないでね。私の体だから、痛いのよ」
狛谷とロッヅは顔を見合わせると、おかしそうに笑った。
「なにがおかしいのよ」
「いや、今どき文通を勧められるとは思ってなくて、電話番号とかメールアドレスとかを交換するならまだしも」
「……………………悪かったわね。そういうこと、私、あんまりしたことがないのよ」
「ああ、ごめん。ごめんなさい」
笑いながら謝って、狛谷はルーミアの背中を見た。
「ありがとうございます。吸血鬼さん。コウモリ、大切にします。ああ、あと。ケガも治してくれて、ありがとうございました」
「別にいいわよ。気にしなくて。なんとなく、気分で、私の勝手で、治しただけなんだから」
「ところで」
「なに?」
「あなたの名前は、なんですか?」
「…………」
そういえば。
名乗ってなかったし、なんなら、話したのも、これが初めてだった。
***
バタン。と後ろ手でドアを閉じたルーミアは、背中をドアに預けるようにしながら、日傘の調子を確かめた。
まだ太陽は昇っている。日傘は手放せない。
キャラバンの中からは二人の笑い声が聞こえてくる。
紆余曲折あったけれども、しっちゃかめっちゃかだったけれども、長々と語りすぎてしまったかもしれないけど。
まあ、ハッピーエンドというやつだろう。
エンドマーク。
ルーミアがここを離れて、映像は次第に暗くなり、エンドロールが流れる。
ここから先をするとしたら、それは、蛇足というやつだ。
くぁ。とルーミアは大きくあくびをした。
最近、というか、もう殆ど毎回、ちゃんと眠っていないんだ。そろそろしっかりと眠りたい。
――もう一つのキャラバンの方で、眠りましょう。
あっちの方にも、ルーミア専用の布団がある。
そうしようそうしよう、と。ドアに預けていた背中を持ち上げて、もう一つのキャラバンの方へ向かおうと目を向けると――不楽がいた。
長身痩躯。針金細工みたいな細い手足。白髪交じりの黒髪。目の下には濃いクマ。なんにも思ってなさそうな、灰色の目。
その目には、ルーミアの姿が映っている。
映ってはいる。
いるけれども。
彼は、自分を見ているのだろうか。
たまに、不安になる。
「ねえ、ルーミアさん」
両腕をだらりと下げた、だらしない体勢のまま、不楽はルーミアを見る。
ルーミアの顔を。ルーミアの眼を、じっと見ている。
「僕は、特別?」
「…………」
こいつ。どこから話を聞いていたのだろうか。
じっと見てくる不楽に、きっと睨み返したルーミアは、暫くして、呆れたようにため息をついた。
まったくこいつは。こいつはいつもそうだ。
話の筋道なんてどうでも良くて。物語の流れなんてなんでも良くて、ストーリーのテーマなんて、なんだって良いのだ。
自分の答えだけ分かればいい。
そんなやつだ。
そんなやつだから、いいんだ。
ルーミアは不楽に近寄る。正面から向き合って、しかし、顔は見せないように、日傘で隠しながら、小さく呟いた。
「あなたは特別よ。私にとって。当然でしょう?」
わんこと三つ編みの初恋関係――成就
ヴぁんぷとゾンビの恋愛関係――進展?




