少女は、迷い込む
狛谷柴の家はなんでも屋をやっている。
父親曰く、それは本業ではなく副業らしいのだけれども、その本業とやらが一体なんなのかも知らないし、その本業とやらをしているところも見たことがないので、嘘であると認識している。
どうしてそんな嘘をつく必要があるのかは甚だ疑問ではあるけれど。
なんでも屋という職業に対して、劣等感でも抱いているのだろうか。
確かに雑務を押し付けられる仕事だから、劣等感を抱いてもおかしくはないかもしれないけれども、そこまで卑下しなくてもいいのに。と狛谷は考えている。
なんだかんだ言って、家族を養えているのだし。子供になにか押し付けているわけでもないし。充分に誇ってもいいだろうに。
「ただいまー」
「なに? オオカミ?」
家の玄関をくぐると、父親の声が聞こえてきた。狼。中々聞くことのない言葉だ。
そういえば、この街の周りでは昔、狼が人里の近くをうろつくぐらいたくさん生息していたらしい。
そんな狼たちを恐れ、敬い、この街では狼信仰が誕生したのだとか、聞いたことがある。
とはいえ、今となっては絶滅してしまって、見ることができなくなった狼である。
それを捕まえるみたいなお仕事が来たのだろうか。なんという無茶ぶり。
狛谷は玄関で靴を脱ぐ。そのとき、玄関に靴が多いことに気がついた。
狛谷の家は三人家族だ。
父と母と、一人娘である自分。
しかし、玄関には靴が三つあった。見覚えのある、少々派手な、自己顕示欲が靴の形をしているかのような高そうな靴だ。
それを見て、狛谷の顔は渋い表情をする。靴の持ち主の顔が浮かんでしまったためだ。
しかし、家に帰らないわけにもいくまい。がくり、と首を落として彼女は家にあがる。
「おお。柴ちゃん。ひっさしぶりだねぇ。元気してたかなぁ?」
居間に入ってみると、「ただいま」を言うよりも先に声をかけられた。
居間のソファにどっかりと腰を下ろしている小太りのおじさんが手をあげて、にまぁ。と笑っていた。粘着質な笑みだった。セロハンテープの接着面みたいな。言葉の末尾に小さな「あ行」がついていそうな。そんな感じ。
「……こんにちは。厚真おじさん」
ひくつる口元をどうにかおさえながら、狛谷は挨拶をする。
狛谷厚真。
狛谷の父親、狛谷十石の弟であり、狛谷の叔父である。
正直言って、狛谷はこの叔父のことが嫌いだ。
生理的に嫌いだし、雰囲気からして嫌いだし、気持ち悪くて嫌いだ。
とはいえ、叔父だから無下にすることはできない。
居間の入り口で立ち尽くしているわけにもいかないし、とりあえず厚真が座っているソファの上に腰を下ろした。
「柴ちゃん。なんだかさぁ、ちょっと距離が遠くないかぁ?」
「お気になさらずに。私はソファの肘置きがあるところが好きなので」
三十センチ物差し二つ分ぐらいの距離が空いているような気もするが、年頃の女の子ならば、これぐらい距離をとってもおかしくはないだろう。
狛谷は自然に、父親に向けて助けを求める目を向けたが、十石は携帯での連絡に集中しているらしく、こっちには全く気づいていない。
十石は白装束を着ていた。地鎮祭の神職が着ているような服だ。
そっち系のお仕事でも入ったのだろうか。神職って、そんな感じでいいのだろうか。
「待て待て待て。どういうことだ。まさかこっちの街にも来たというのか……。あの化物共め。災厄まで一緒に連れ込んできやがったか……」
「お父さん、なに。朗読の仕事でも始めたの?」
「ん、なんだぁ。兄さん。自分の仕事について柴ちゃんに教えてなかったのかぁ?」
「お前は黙ってろ」
厚真がそんなことを言うと十石はスマホをおさえてから、厚真を睨んだ。
睨まれた厚真は、カラカラと笑う。
カラカラと笑っているけれども、湿っぽい。
厚真は腕を伸ばして、狛谷の肩に手を回した。湿っぽい空気が近づいてくる。ねちゃあってしてる。狛谷は左半身に鳥肌がたったのを感じた。
うわあ。無理無理。嫌だ嫌だ気持ち悪い。
頭の中に巻き上がる嫌悪感の言葉をどうにかこうにか飲み込む。
表情に浮かび上がっていないか不安だった。
「兄さんが羨ましいよぉ。家の仕事を継いでよぉ。さらに、こぉんなにかわいい娘までいてさぁ」
厚真は肩に回した手で狛谷の頭を撫でると、彼女の髪の匂いを嗅いだ。
「ああ、可愛いなあ。羨ましいなあ。可愛いなあ。可愛いなあ。羨ましいなあ――妬ましいなあ」
水をぶっかけられそうになったネコみたいに総毛だって、身の毛がよだつ。
目を大きく見開いて、歯を食いしばる。
さすがにその反応には十石も気づいたようで、厚真の頭を殴った。
「娘に迷惑かけるのなら、うちから出ていけ」
「冗談だって。兄さん、こえぇなあ」
握りこぶしを見せる十石に、厚真はねちゃあ。とした笑みで返すと、ソファから立ち上がった。
「まぁ。でも兄さんに殴られるのは勘弁だから、そろそろ帰ることにするよぉ。じゃあなぁ。兄さん……あ、そうだ」
厚真は居間から去ろうとして、一度振り返ると十石を指さした。
「俺は今でも、兄さんより俺の方が、陰陽師に相応しいと思っているぜ。兄貴だからという理由で選ばれた兄さんよりもな」
「……陰陽師?」
「さっさと帰れ。厚真」
「はいはい。はいよぉ」
十石の剣幕に追いやられるように、厚真は家から出て行った。
陰陽師。という言葉が気になった狛谷だったが、父親の面倒くさそうな表情を見て、それについては触れない方がいいだろうと思って、口をつぐんだ。
十石はため息をついてから。
「お父さん今からちょっと仕事に行ってくるから」
と言った。
「うん。行ってらっしゃい。地鎮祭にでもでるの?」
「ん? ああ、まあ。そんなところだな」
父は自分の服装を見てから、ごまかすように言った。どうやら別の仕事らしい。もしかしたらこれが本業だったりするのだろうか。
嫌だなあ。こんな怪しげな服装の本業。と狛谷は思わないでもなかった。
父は慌ただしく玄関へと向かい、動きやすそうなスニーカーを履いてから――服と全く合ってない――思い出したように振り返って、狛谷の顔を指さした。
「分かってると思うが、家に誰もいないからって夜勝手に外にでるなよ。特に、今日は」
「はーいはい」
妙な念押しだな。と思いながら狛谷は適当に返事をして手を振った。
父は不安そうな表情は変えることなく、家の外に出ていった。
――心配しなくてもこの狛谷柴。
――用もないのに夜の街をほっつき歩くような不良じゃあありませんよーだ。
狛谷はドアの向こうにいるであろう父に向けてべえっと舌をだしてから、階段をあがって自分の部屋に入った。
彼女の部屋は、思いの外女の子らしい部屋といえた。
ピンク色のものが多く、窓のすぐ近くに置かれている勉強机の横には、彼女がついこの間まで小学生であったことを証明するかのように、赤色のランドセルが置かれている。
狛谷は部屋にはいるとすぐに勉強机に向かった。
ロッヅに宣言した通り、宿題をやらなければならないからだ。
机の上に宿題のプリントを並べる。さてさて、どれから消化していこうかな。と考えていると、ふと、机と保護シートの間に挟まっている一枚のチラシが目に入った。
フリークショー。クンストカメラ。
ロッヅが働いているサーカスのチラシだ。見てみると、今日から開催である。と書いてあった。
「ああ。今日からなのか。行ってみたかったなあ。ロッヅくんがどんな風に働いているのか、そもそも働けているのだろうか。ちょっと気になっていたのだけど……」
あのおっちょこちょいでおバカな彼のことだ。スケジュール通りに働くことはできていないだろう。
芸をしようとして失敗している彼の姿が容易に想像できて、狛谷はふふふ、と小さく笑った。
ピエロ的役割なのではなかろうか。
彼女は適当に考えた。別に間違ってはいない。
「このサーカスの公演が終わったら、ロッヅくんはこの街からどこかに行ってしまうのだよね。あーあ、寂しくなるなあ」
せっかく友達になれたのに。と狛谷は窓の外に視線を向けた。
窓の外はすっかり暗くなっていて、墨汁で塗りたくったような空にぽっかりと空いた黄色い穴に、自然とロッヅの顔が浮かんでいるような気がした。
いや、気のせいではない。
本当に浮かんでいる。
というか。
窓の外に、ロッヅがいた。
きょとん。とした表情を浮かべる。
頭が頬杖からずるりと落ちて、狛谷は額を机の杖に叩きつけた。
ロッヅは窓を何度かノックする。狛谷は目尻をひくひく動かしてから、ガラリと窓を開いた。ロッヅはぎこちない笑みを浮かべて、片手をあげた。
「よ、よう」
「……どうしてここにいるの、ロッヅくん。お仕事中じゃあないの?」
「抜けてきた」
「抜けてきたって……あと、ここ二階。まさか壁をよじ登ってきたの?」
「ま。まあな。初めは玄関から入ろうと思ったのだけど、窓から狛谷の顔が見えたから」
不意にミシシ、という音が耳の横から聞こえた。なんだろうか。と狛谷はロッヅから顔はそらさずに、目だけを動かして音のした方を向いた。
そこには、ロッヅの手が置かれていた。どうやら落ちないように壁に手を添えているようだった。
狛谷はそこでようやく気づいた。
ロッヅの足元には、なにもないということに。
いや、あるにはある。一階の窓の上に短い屋根みたいなものがある。
しかしその長さは足の大きさの半分ぐらいで、つま先立ちしないと立てないぐらいの不安定さで、ロッヅのような小さな子とはいえ、体重を乗せたらさすがに壊れてしまうだろう。だけれども、彼はいまそこに立っている。ということは、別のどこかで体重を支えている可能性がでてくる。そうでなければ、体重が恐ろしく軽いとか。
後者であるのなら、女子からしてみると恐ろしいぐらい羨ましい話ではあるのだけれども。そうではないことは、さっきの音のした方にあった手から分かった。
その手は壁に添えられているわけではなくて――壁に掴みかかっていた。それこそ、壁がぶっ壊れかねないぐらいの強さで。さきの音は、その握力によって壁が悲鳴をあげた音だったのだ。
――すごい握力だなあ。
手の甲に血管が浮かんでいて、腕の筋肉が引き締まっている。指に力をこめているのがよく分かる。こんなに小さな子なのに、実は結構力持ちなのかもしれない。
――そういえば私。ロッヅくんのことをそこまで知らないなあ。
彼に関する情報というものを、実はあまり知らなかったことに狛谷はようやく気づいた。
彼は一体何者なのだろうか。そんな漫然とした疑問が、突如として彼女の頭に降りかかった。
そんな彼女の疑問にロッヅは気づいたのか――いや、彼にそんな察しの良さはない。元からそれを言うつもりだったのだろう。
壁に添えていない、もう片方の手で頬を掻いてから真剣なまなざしで、狛谷を見た。
「俺たちのサーカスに来てくれないか?」
***
分かっていると思うが、家に誰もいないからって夜勝手に外にでるなよ。特に、今日は。
ふと、父親から言われたそんな忠告を思いだした彼女ではあったが、それを破ることにした。反抗したいお年頃だったのだ。
外はもう暗くて寒そうだったから厚着に着替えた狛谷が玄関から外にでると、ロッヅは外で待っていた。まん丸の月を背にするように立っている。
「お待たせ。寒かったでしょう」
「だ、大丈夫」
鼻の先を赤くしながらロッヅは否定した。声色は少しばかり緊張しているようにも思えた。単に寒くて震えているだけかもしれないけれど。
そんなに必死にならなくてもいいのに。と狛谷は心の中で思った。
「そ、それじゃあ……行くか」
「うん。楽しみだなあ。夜のサーカスってなんだか幻想的じゃあない? 夜の盆踊りとかと一緒でさ。夜だからかなあ。いつもは外にいない時間だから、非現実的な幻想らしさを感じるのかなあ」
空を見上げながら狛谷は白い息を吐きだしながらそんなことを言う。
「そう。かもな」
ロッヅはその意見に賛同はしてくれないようだった。
彼は仕事柄夜も行動しているから、そこは幻想ではなくて現実であるからかもしれなかった。
でも、口だけでも肯定してくれてもいいのに。と狛谷は思ったものの、それは口にしなかった。
ん。とロッヅが手を伸ばしてきた。どうやらエスコートしてくれるらしい。狛谷はその手を握り返した。
温かな手だった。まるで、動物の毛の中に手を突っ込んだみたいだった。ロッヅは足をせかせか動かして先に行く。狛谷もあわてて、その足に追いつこうと歩きだす。なんだか、犬のリードを持って散歩しているみたいだ。散歩したことないけど。
***
サーカスが開催されている場所は、家から歩いて十分ぐらいのところだった。
これなら、自分一人でも隠れて来られたのではないだろうか。それぐらいの近さだ。入口の門が、広場に設置されているものの、柵のようなものはなく、入ろうと思えばどこからでも侵入できそうだ。
そういえば、チラシは見たけれどもチケットは見た覚えがない。もしかして、入るのはタダだったりするのだろうか。
「そこの入口でお金を払うんだよ。でも、俺は関係者だからお金を払わなくてもいいんだ」
そんなわけがなかった。相手も商売だから当然か。
しかし、だったら柵で囲うぐらいしておけばいいのに。これでは無銭の客で溢れてしまうのではないだろうか。それとも、無銭の客と、そうではない人を見分ける方法があるのだろうか。ううむ、分からない。
門をくぐって中に入る。門は手作り感のある、鉄パイプとベニヤ板の門だ。
会場は真ん中に大きな玉ねぎみたいな天井のテントが設置されていて、そこから四方八方に提灯が吊るされたロープが広がっている。提灯の光で、広場は淡く照らされていて昼間とはまた違った明るさに包まれていた。
人の入りは始まったばかりにしては多く、ひとごみで全く動けない。というほどではないが、まばらにいて、ちょっとばかし驚きだった。
結構来るものなのだなあ。と。
歩く道の両脇には出店も幾つか開かれていて、美味しそうな匂いが漂ってくる。よだれを飲み込んで値段を確認してみるとやはりというかなんというか、出店値段だった。高い。
「出店はその街ごとで募集をかけるんだって。意外と集まるんだよ」
「ふうん」
確かにどの祭りを見ても、どこからやってきたのか全く分からないけれど、たくさんの出店が並んでいる。自分が知らないだけで、たくさんの出店の主人が街に隠れているのかもしれない。
しかし、サーカス。という感じがどこにもしない。ピエロが入口からお出迎えしてくれるわけでもないし、出店の周りで小ネタや手品をやっているわけでもない。
あの大きなテントの中に入らないと、なにもやっていないのだろうか。それとも、ピエロはいま隣にいるから出てこられないのだろうか。
「あ、ロッヅ。おかえりー」
と。そんなことを考えていると誰かから不意に話しかけられた。いや、話しかけられたのは狛谷ではなくてロッヅなのだけれども。
声のした方を、振り返る。
そこにいたのは、赤色のマフラーを首に巻いた女性だった。
すらりとした体格で、モデルのように背が高くて腰はくびれている。これでもかというぐらいジーンズの似合う女性だ。
すっと伸びた鼻梁に、シミ一つない白い肌。黒い髪は赤いマフラーの上に載っている。
青い目はロッヅと狛谷を順番に見ている。
「しっかり狛谷ちゃんを連れてきたみたいだね」
「ど、どうして私の名前を知っているのですか?」
ほう、と見惚れていた狛谷は少し早口で尋ねた。
綺麗な人だなあ。しかし、サーカスのイメージとは不釣り合いだ。
あ、手品のアシスタントさんだろうか。それなら納得がいく。あの人たちはどういう選考基準なのか、いつも綺麗なモデル体型の人ばかりだから。
アシスタントと思わしき女性は、うん? と口元をつりあげながらロッヅを指さした。
「そりゃあさ、ロッヅが思いついたように、まるで挨拶でもするかのようにさ、狛谷、狛谷言うから覚えちゃったのよ」
狛谷柴。だよね? とアシスタントさんは言ってきて、ロッヅは顔を真っ赤にして両手を前に突きだしながら、彼女に猛抗議を始めた。どうやら彼のサーカスでの立ち位置は、いつもと変わらずからかわれ役であるらしい。これなら話しやすい。
ケラケラ笑うアシスタントさんとロッヅの間に割り込むように、狛谷はふうん? と声をあげた。ロッヅの体がまるでゴーゴンと向き合った人間のようにびしり、と固まった。
「ふうん、ふうん。そうなのだ。そんなに私の名前をねえ? 悪口でも言われたのかなあ」
もちろん、狛谷はロッヅが陰口を言うようなタイプではないことは重々承知している。からかっているだけだ。
それだけで、ロッヅは慌てふためいて両手をわちゃわちゃ動かしながらどうにかこうにか言い訳をしようとしている。
楽しい。
ふと、アシスタントさんの方を見てみると同じように笑っていたが、少し考え込むように口元に手を添えた。
「……これなら、目立つ?」
なにか言っていたけれど、声が小さくて聞こえなかった。
暫くぶつぶつと呟いてから、アシスタントさんは狛谷の視線に気づいたようで、目を少しだけ大きく開く。
「ふふー。どうやらロッヅの扱いに慣れているみたいだねえ」
「楽しいですよね、ロッヅくん」
「楽しいよねえ」
二人に囲まれてからかわれているロッヅは、目をぐるぐる回しながら「?」マークを何個も浮かべている。
「ああ。そうそう言い忘れてた」
アシスタントさんが不意に、両手を前に差し出してきた。
「私の名前はカラ・バークリー。アイルランド出身――」
「ああ」
アイルランド。確か地図の左端の方にそんな名前の場所があったはずだ。どうやら自己紹介と握手を求められているらしい。
しかし、どうして両手なのだろうか。片手でもいいのに。
不思議に思いながらも狛谷も両手を差しだす。アシスタント――カラ・バークリーがしているのと同じように形で。その形はちょうど、丸くて大きなモノを両手で持つときと同じだった。
果たして、彼女の手の上に乗ったのは、カラの両手ではなかった。
どさりと。
丸くて黒いものが落ちてきた。
もじゃもじゃとしている。毛が生えているようだ。その毛はきちんと手入れされているようで、からまったりすることもなく、肌触りはいい。
思わずずっと触っていたくなる。けれど、今回はそんなことを考える暇はなかった。
なぜならその丸くて黒いものには顔があったからだ。
見覚えのある顔だ。さっきまで話していたカラの顔だ。
にっこりと笑っている。ドッキリ成功の看板を持っている芸能人みたいな表情だ。
自然とマフラーの方へと視線が動いた。そこにさっきまであった頭がなくなっていた。
視線を再び下に落とす。
――ああ。マジックか。
――肩のあたりに固定具があるんだよね。
そんな風に気をごまかしてみたけれども、自分の手の上に乗っている頭の重さは、どこかに繋がっているものとは思えなかったし、なにより視界の端にうつる首の断面に見える背骨の先や垂れた血管は生々しくて、少なくとも人工的なモノには見えなかった。
さあっ、と顔から血の気がひいて、背筋がぞわぞわっ。と鳥肌たつ。
「――デュラハンさ」
「ひっああああぁぁぁぁっ!?」
狛谷はとっさに両手を振り上げて生首を放り投げてしまった。はっとした時には回転かかって手入れの行き届いた黒髪が縦に回転している。
しまった。人の頭を投げるなんて、なんて悪いことを!
なんだか論点がズレていて、気にするところが間違っている叫びだった。
けれど、頭を投げられた当のカラは気にすることないどころか、むしろ喜んでいるようにも見えた。
落下してくる生首をうまくキャッチする。目は生首の方にあるのだから、ボールを受け止めるよりも難易度は高まりそうなものだが、彼女は軽々とそれを成し遂げた。まるで、前にも投げ飛ばされたことがあるようだった。
生首を投げるって。今の自分みたくビックリしたからだろうか。もしかして彼女は、こういうドッキリをよくしているのだろうか。
「なんか珍しくマフラーをしているなあと思ったらお前!!」
「はあ、はあ、はああ、はああぁぁぁぁ……。この手最高。みんな絶対驚くし、視線集まり放題だし、最高、さいこおぉぉぉぉ……」
「え、なにこれ……?」
「人に見られると興奮するんだ。こいつ」
ロッヅはくねくねと悶えているカラを冷ややかな目で見ながら言った。
ああ、つまり。彼女は残念美人。というやつなのかもしれない。
いや、残念というか……変?
異常。異状。異質。
奇抜で奇妙で奇奇怪怪。
――私は。
――どこに迷い込んでしまったのだろう。
不意に。狛谷は入り口の方を見た。
入口の門は変わらずそこにある。ベニヤ板と鉄パイプでつくられた、簡易的な入口。
それが今は、さながら鳥居のように思えた。




