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ヴぁんぷちゃんとゾンビくん  作者: 空伏空人
そのさん わんこと三つ編みの初恋関係
52/70

わんこは砕けたくない

カクヨムのweb小説大賞において、特別賞をいただきました

「どうするんだ?」

 かけた月の淡い光が割れた窓からキャラバンの中にはいり、クロクとロッヅを照らす。

 ロッヅからの返答はなく、クロクはもう一度言った。

 どうするのか。

 どうもしないのか。

 言うのか。

 言わないのか。

 …………。

 ロッヅはだんまりを決めながら少し後ずさる。

 月の光から離れる。

 ざわわ、と麦のような体毛がざわめいて四足歩行の狼の影が、上半身を持ち上げる。

 再び月の光がその身を照らした時は、狼の姿はそこからなくなっていた。

 ただ、人の姿もそこにはなかった。

 人間の姿と狼の姿をごちゃまぜにして、まぜこぜにしたような奇天烈な姿があった。

 どこから人間でどこから狼なのか分からない。


「……どういう意味だよ」

 ロッヅは尋ねる。

 それは買っていて言っているのではなく、分からなくて言っているようなニュアンスだった。

 クロクは手のひらに載せていた黄色いボールを小道具の山に戻す。


「言っただろ。お前はイケメンじゃあないって」

「なぬっ!?」

「さらに言えば俺もイケメンではない」

 頭から煙をだしながら、憤慨するようにロッヅは両手を突き上げる。

 それをたしなめるように、クロクは眉をさげながら口元を緩めた。

 ロッヅはきょとんとした――言っている意味は分かるけれど分からないといっった表情を浮かべる。クロクはこのやろ。と内心で吐き捨てた。


「まあ、言い換えると『変』だ」

 そうじゃなきゃ、フリークショーになんかいないよな。とクロクはカラカラと笑った。

 傍目に聞いていたエマは自身の顔を毛布で覆った。


「俺たちはみんな、どこか変だ。エマは認めてないかもしれないけど」

「認めてるでしょ」

 エマはふてくされて、クロクに言葉を投げつけた。


「全員と仲良くなろうと思うのをやめたでしょ」

「ふふうん?」

「なによ」

「べつにぃー?」

「ニナ。あいつを締めあげて」

「ちょっ! 待て待てって。大蛇の締めつけはさすがに死ぬって!」

 クロクは慌てて両手を前にクロスするようにして突きだしたが、ニナは一向に襲いかかってくる様子はなかった。

 ニナは興味なさげにとぐろの内側に頭をうずめた。エマは冷ややかな気怠げな目をクロクに向けると、そっぽを向いた。

 仲良くなるのをやめられてしまった。

 ズーン、と気落ちした心をどうにか隠して、クロクは話を続ける。


「ま、まあ。エマは『自分』を好いてくれる人と一緒に生きる道を選んだわけだが……」

 隠したつもりで、全然隠せてないのだけど。肩よりも頭の方が海抜に近いのだけど。

 ロッヅはなんだかいたたまれなくなってしまった。


「謝ってきたらどうだ……?」

「あとで謝るよ」

 クロクは首を振って、落ち込んでいた心を一旦リセットする。


「『自分』を好いてくれる人と仲良くする。それを逃げだという人もいる。

 ぬるま湯に浸かっているだけだと罵るやつもいる。

 アホらしいな。

 バカだと言ってもいい。

 どうして自分から熱湯風呂とかマグマに入る必要性がある。そりゃあ生きていれば自分のことを嫌いだというやつと話さなければならないこともあるし、嫌いなやつと行動を共にしないといけないこともある。

 でもそれは自主的じゃあない。

 しかたないから、付き合うだけだ。

 己からマグマに飛び込むやつを、一体誰が褒めたたえる。

 『絵を描いたよ』『そうか。下手くそだな。二度とそんなものを見せてくんな』。

 そんな会話を喜々としてするやつなんて、俺は見たことはないな」

「…………」

「まあ、『自分』を好きだと言ってくれる人とつきあうのはどこもおかしくないし、それが一番の幸せだってことだ」

「じゃ、じゃあ、米俵は俺のことが嫌いなのか?」

「そうは言ってねえよ。なんでそうなるんだよ」

 それと狛谷な。とクロクは絶望に満ちた表情をしているロッヅに苦笑を浮かべる。


「ただお前『自分』を彼女に見せていないだろ?」

「……自己紹介はしたぞ?」

「名前とかか?」

「おう」

「自分が狼男だってことは?」

「……」

「教えてないんだろうな。団長が見上げ入道――というより一つ目であることを隠そうとしていたってことを聞いてから、そう思ってたよ」

 ロッヅはクロクを上目遣いで見やる。自分の心が読まれていることを不服に感じているのだろう。


「お前、多分自分が他と違うことを意識しちゃったんだろ?」

 ロッヅ・セルストはバカであり能天気である。

 だからこそ自分が違うことは分かっていたけれど、それについてなにか考えたことはなかった。


『それはあんたが人の姿をしているから言えるの。後ろ指を指されたことのないあんただから言えるのよ』

『私はこの見た目が嫌いだ。気持ち悪くて気味が悪いこの姿が嫌いだ。その見た目と折り合いをつけているあんた達とは違うの』

『あんた達みんな、みんな、みんな、みんな……大ッッ嫌いだ!!』


 少し前にあった、エマ・サヘルの一件があるまでは。

 自分たちは違う。たったそれだけのことに、気がついてしまった。

 自分たちは違う。

 だから、なんだ?

 だったら、なんだ?

 分からなかった。

 分からないことが分かってしまった。

 分かってないことが分かってしまった。

 ただひたすら、モヤモヤとした心だけが残ってしまった。

 だから、狛谷には黙っていた。

 聞かれなかったから黙っていた。

 聞かれていたら、どうしていたのだろう。

 分からない。


「なあ」

 ロッヅは困り果てたような口調で、クロクに尋ねる。

 目は合わせない。


「俺は、狛谷と仲良くしたらダメなのか?」

 それは、あまりにも悲痛な声だった。

 悲しくて、痛そうな声だった。

 クロクはロッヅの顔を覗き込む。優しげな笑みを浮かべている。


「そんなことは言わねえよ」

「でも」

「もしかしたらそうなるかもしれないっていう話だ。どうなるかは分からない」

 教えたらどうなって、教えなかったらどうなるかなんて、誰にだって分からない。

 人の心なんて、誰にだって分からない。

 だから、選べと。

 教えるか、教えないか。

 どちらかを(・・・・・)


「うん……」

 ロッヅは頷いた。

 と、そこで。


「教えたほうがいいと思うけどね、私は」

 エマが口を開いた。

 クロクとロッヅは、驚いたように目をみはる。エマはそんな二人を一瞥して、気怠げな目を細めた。


「どうしてそんなに驚くのよ」

「いや。だって、エマがロッヅに意見を言うなんて珍しいだろ」

「そう?」

「そうだよ」

「ふうん」

 だからどうしたと言わんばかりに、エマは適当に頷いてから話を進める。


「私も、その狛谷って子がどんな子なのかは分からない。遠目で見ただけだから。だから、この子なら〜とかそういうことは言えない」

 でも。とエマは言う。


「隠すのは相手のことを信用していない証拠だと思う。隠しておかないと、この子は自分の近くにいてくれないって。だから隠す。

 でもそれは関係とは言えない。嘘によってつくられたフィクションだ。

 それでもいいってロッヅが言うのなら私はそれを否定はしないけど、けど、私は隠さずに言うべきだと思う。

 それで彼女の近くにいれなくなったとしれも。それはきっと、いつか崩壊する間柄だっただろうし……?」

 言い切ってから、エマはなにかに気づいて顔をしかめた。

 エマの話を聞いていたクロクや、旭や偉がニヤニヤニマニマと気持ち悪く笑っていたからだ。

 一つ目の団長に至ってはその大きな目かrあ涙をあふれさせている。

 なんか気持ち悪い。気色悪い。

 エマは恐る恐るクロクに尋ねた。


「な、なに笑ってんのよ」

「ん。いや、自分の姿を隠して視線から逃げながら、それでも人の近くに居続けようとしていたお前が、まさかそんなことを言うようになるとはなあって」

 おかしそうに目からこぼれる涙をぬぐうクロク。

 エマは自分の言ったことを反芻する。クロクが言っていることも反芻する。

 自分が言っていた意味を反芻する。クロクが言っていた意味も反芻する。


「……ぁ」

 エマの顔は一気に紅潮した。

 それは今までの中で一番赤く、さながらゆでだこのようだった。


「いやあ、エマも成長したなあ」

「うっ、うるさいうるさいっ! うるさいっ! 笑うなぁっ! 家出するぞ! また家出してやるぞっ!!」

「それ気に入ったのか?」

「うるさぁい!」

「クロクとエマが仲良く話してるのは初めて見た気がしますねえ」

 クロクは意識的に意地悪く笑ってみせて、一つ目の団長は無意識にニコニコと人のよさそうに笑った。

 エマの性格的には、クロクの性格が如実に表面にでている意地の悪い笑みよりも、一つ目の団長の人の好さと頼りなさがうまく表現されている微笑みの方がくるものがある。

 本性を隠して本心を隠す子は、本性も本心も隠せない人というのがとことん苦手なものなのである。

 きゅうううう、と涙があふれる爬虫類のような目をしぼって、下唇を噛むようにして、口をへの字に曲げる。

 気づいた一つ目の団長が「あっ」と声をあげるよりもはやく、エマはキャラバンの中から飛びだしていった。

 蛇の尾っぽみたいな足を揺らすようにして逃走するエマを、一つ目の団長は目で追いながら悲鳴にも似た懇願の声をあげる。

 エマの近くでとぐろを巻いていたニナは、こうべをもたげて一つ目の団長をみた。

 クロクは呆れたように笑ってから、一つ目の団長を見るのをやめた。見てても進展もなさそうだし。

 ロッヅの方に目を向ける。

 なんだかまだ悩んでいる様子だった。さらに悩んでいる様子だった。

 バカに相反する意見を同時にぶつければ余計に混乱してしまうものだ。

 クロクは両腕を組んでうんうん唸っているロッヅの頭を軽くおさえる。

 ロッヅは唇を尖らせながら、クロクを仰ぎ見る。その目は目じりが落ちていて、気分が滅入っているのがよく分かった。


「まあ大いに悩め好きに悩め。恋は当たって砕けろって言うしな」

「砕けたくねえよ……」

「砕ける経験も大切だぞ?」

 クロクはキャラバンの窓の方に移動する。

 割れていない方の窓ガラスである。

 窓をがらりと開いて、窓枠の外に頭だけをだして、クロクは窓の外を覗き見た。

 そこには窓から自分の姿が見えないように体を縮こませた白髪の少女の姿があった。

 自分の座っている地面が暗くなって日差しが届かなくなっていることに気づいたようで、顔を持ち上げたエマは、そのままひきつった表情で固まった。

 その爬虫類のような目には、予想通りだと言わんばかりに口元を歪めているクロクの顔が写っていた。


「失敗したら励ましてやるし、ダメだったら慰めてやるし、砕けたらからかってやるよ。その為に俺たちはいるんだからよ」


***


 そんな。

 そんな、窓のさんに両腕をおき、体重を預けるようにして窓の外を笑いながら見ているクロクと、頭を抱えるロッヅを見ている二つの目があった。

 まるで防犯カメラのように見ている目があった。

 不楽である。

 不楽はクロクとロッヅを見て、隣にいるルーミアの方を見る。部屋にある姿見を見た。

 姿見には隣にいるルーミアの姿はうつることなく、不楽の全身だけがうつっている。

 白髪が混じった黒髪に、不摂生な肌色。濃いくまのある黒い目をした長身痩躯のうつっている。

 その顔は、なんかを考えているようだった。

 その顔は、なにも想っていないようだった。


「うん」

 ひとりなにか納得したように頷いて、不楽は姿見から目を離した。

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