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ヴぁんぷちゃんとゾンビくん  作者: 空伏空人
そのに 見世物小屋の家族関係
44/70

エマ・サヘルは、幸せである。

「取り逃がしすぎよ」

 気絶した一つ目の団長とエマ・サヘルを担いだ不楽がマンホールの穴から顔をひょこりとだすと、そこは墓場だった。

 大量のペリュトンが地に伏せている。

 倒されていて、死んでいる。

 その首や頭や胸には黒いモヤが突き刺さっている。

 墓標のように、突き立っている。

 そんな彼らの中心で、汚れ一つなく悠然と立っているゴスロリチックなドレスを着た銀髪の少女は、じろり、とそのルビーの瞳で不楽を睨んだ。

 彼女の右腕は、肘から先がなくなっていた。

 その切り口はまるで霧散してしまっているように曖昧だ。

 不楽は全身をマンホールの穴から出して、担いでいた一つ目の団長とエマを下ろした。


「ペリュトンを一匹残らず駆逐しろとは言われてないよ」

「そう言えばそうだったわね」

 銀髪の少女――ルーミアは肘から先がない、右腕を横に振った。

 するとペリュトンの体に突き立っていた黒いモヤの墓標は崩れ、ルーミアの右肘の周りに集まると、その先を形成した。

 霧状化。

 吸血鬼の能力の一つだ。

 手の調子を確かめるべく適当に動かしながら、ルーミアは白髪になったエマを一瞥する。


「その様子だと、色々あったみたいね」

「……ねえ、みんなは?」

 へたり込んで俯いていたエマは、ルーミアの顔色を伺うように顔を持ち上げながら尋ねた。


「危険だから少し下がってもらったわ。あのキャラバンの中に避難してる」

「あ、あの。ルーミアちゃん……」

 と。

 タイミングよく、カラの声がした。

 みてみるとキャラバンのドアをあけて、自身の生首だけを外に出して様子を確認していた。


「もう安全? でても大丈夫?」

「安全よ。でても大丈夫。もう、全部終わったわ」

「ん? どういう……」

 カラの生首がこちらを向いた。

 そしてエマの存在に気づいたようで『あーーっ!』と声を上げた。

 エマの体はびくり、と震えた。

 まるで怒られるのを覚悟して怯えている子供のようだった。

 または家に帰ってきた家出少女。


「うるさいな、どうしたんだよ。カラ」

「サヘルがさ、サヘルがさ、帰ってきたっ!!」

『はあああっ!?』

 ドアに全員が集まったせいか、雪崩が発生した。

 エマは生唾を呑み込んでから、立ち上がった。


「あ、あの……」

 そしてゆっくりと、口を開く。

「ごめんなさい」

 彼女は謝罪を口にして、頭をさげた。

 体はまだ震えている。


 そんな彼女をみて、くすりと笑ったルーミアはきびすを返して、彼女から距離をとった。

「見なくてもいいの?」

「見なくても分かるわ」

 後ろからついてくる不楽に、ルーミアは振り返らずに軽く返した。

 不楽の後ろから聞こえてくる騒ぎと、エマの困惑している声も、全部想像通りだった。


「……家族、ね」

 ルーミアは独りごちる。

 頭の中で何度も思いだそうとしても、その顔も、背丈も、存在も、全く思いだせない。

 傷だらけの写真のように、その存在は不明瞭だ。

 百識の吸血鬼と呼ばれているし、自称もしている彼女ではあるけれど、だからとは言え、蓄えた情報を忘れないのかといえば、そうでもない。

 忘れることだってあるし、忘れていることだってあるし、忘れてしまったこともある。

 四百年――四世紀生きているのだから、仕方ない。


「ねえ、ルーミアさん」

「なに?」

 それに今は、彼女の隣には不楽がいる。

 忘れることの出来ない、驚きだけで形成されたような特別がいる。

 四百年間味わい続けた孤独は、もうない。


「これからどうする?」

「そうね。街の誤解は、まああそこにいるペリュトンをみれば解けるでしょうし、自壊に向かうこともなくなるでしょ」

 敵も分かって、それが倒されていることも分かったのだから。とルーミアは言う。


「じゃあ……」

「今からその元締めに会いに行きましょ」

「え?」

「創造主なのか、呼び主なのかは分からないけどね」

「あれ。ペリュトンを呼んだのはサヘルさんじゃあなかったっけ」

「彼女は取り憑かれただけ。この街と同じように」

 首を傾げる不楽にルーミアは言う。

 彼らは言っていた。

 ――人の妄想が、奇っ怪なるものをつくりだすこともある。

 ――我々もそのようにして産まれたという話もある。

 あの巨体のペリュトンは言っていた。

 ――リーダーなんてものを名乗ったことはない。


「それに、一人だけいたでしょ。街が取り憑かれ、人を疑るしかできなくなっていた時期に、一人だけそうじゃなかった人間が」

 旭と偉がエマを探していた時、口論をしていた街の住人を目撃している。

 その片割れは、この街ではありえないことに、他人を庇っていた。

 理由はどうであれ、人を庇うことをしていた人間がいた。

 ルーミアは足を止めて、近くの建物の陰をみた。

 その姿は闇に紛れていてよくみえないけれど、吸血鬼てまあるルーミアにとって、闇夜こそがデフォルトであり、その姿はくっきりと見えた。


「他人の不幸を天秤にかけ、自分が幸せだと勘違いするタイプ。格下を庇うことで、自分は格上なのだと思い違いをするタイプ……考えてみれば、ペリュトンを呼び寄せる、または創るのに、彼女以上に適した人間はいないわね」

 そこにいたのは、クンストカメラがフリークショーを開催していた時にいた、今回の騒動の『きっかけ』である彼女だった。


「……な」

 クンストカメラを遠巻きに見ていた彼女は、ルーミアの指摘に少し動揺した様子を見せながら胸に手をおいた。


「なんのこと? なにを言ってるのあなたは……?」

「無意識の犯行、なのかしら?」

 彼女にとぼけている様子はない。

 今だって彼女はきっと、ペリュトンではなくフリークショーの様子を見に来たのであろう。

 自分よりも格下であろう人がたくさんいる場所を。

 ルーミアはため息をついて、肩をすくめる。


「ねえ、ルーミアさん」

「なに?」

「どうしてペリュトンの元がサヘルさんじゃあなくて、彼女だと思ったの?」

「簡単よ」

 背後から見下ろす形で話しかけてきた不楽に、ルーミアはその顔を見上げる形で答える。

 その構図にルーミアはちょっとだけむかっとしたものの、言及はしない。


「ペリュトンの対象が『クンストカメラ』じゃなくて『街』だったから」


 クンストカメラではなく街。

 対象が街だった。

 ならば街を恨んでいるもの――または街が落ちぶれることで(・・・・・・・・・・)得がある人間(・・・・・・)が元であると判断するのが妥当だろう。


「それになんだかんだ言って、彼女は人が好きなの。見られるのが嫌なのにクンストカメラにいたり、自分を隠してまで自分を嫌う人間近づこうとしたりしていた。そんな彼女が、街を狙うはずがない」

「……?」

 不楽は首を傾げる。

 なにを言っているのか、さっぱり分からない。という風だった。


 ――まあ、あなたならそうでしょうね。

 嫌いは嫌いであり、好きは好きである。

 彼の頭は恐ろしいほどに単純であり、好きで嫌い。嫌いで好きなんて、複雑怪奇な話は理解できないのだろう。


「ま、いいわ。とにかく彼女がすべての元凶。彼女を消せば、本当に全ては終わる。血が枯渇してたところだったし、ちょうど良かったわ」

「え、なに、なに、なに、なに、なにっ!?」

「恐がらなくていいわ。ただ、血を頂くだけだから」

「ひ、いいいいっ!?」

「止まりなさい。逃げるのは禁止」

 己の末路を想像してしまったのか、彼女は引きつった悲鳴をあげながら逃げ出そうとしたのだが、ルーミアが一声をかけると止まってしまった。

 魅了(チャーム)

 彼女はどこかでルーミアの紅い、ルビーの瞳を見てしまったようだった。


「逃げないの。足が向いている方向が逆よ。こっちに向けて、そう。そのまま歩を進めて」

 さながら車を誘導するかのようにルーミアが言うと、彼女はその通りに動く。

 ルーミアの前まで移動した彼女はルーミアの背丈にあうように膝をついて、体を屈める。


「よくできました」

「待って、そこの吸血鬼」

 桜色の唇をなめ、白い牙をちらつかせながら女の首筋に噛みつこうとしたルーミアだったが、その前に声をかけられて、その動きを止めた。

 振り向く。

 そこにはエマ・サヘルがいた。


「そいつには私個人から話がある。だから殺すな」

「……殺さないわよ。血を少し頂戴するだけ」

「どうだか」

 ルーミアが道をつくると、エマは蛇の下半身をうねらせながら、女の前にたつ。

 魅了(チャーム)はあくまでもルーミアに惚れさせ、拒否を許さないだけのスキルである。

 つまり目の前にいるのがルーミアではなくなった時点で、それは意味を為さない。

 かかっていたとしても、無意味だ。

 いつもの弱者を哀れむ彼女に戻る。


「あ、ああ。どうしたのどうしたのどうしたの? 顔に血がついてるし、髪が白くなっちゃってるし、ちょっと臭いよ。どうしたの、誰かに汚いものでも投げつけられた? 気持ち悪いと罵られちゃった?」

 それはきっと、心の奥底から哀れんでいるのだろう。

 あわれであわれで、かわいそうでかわいそうで。

 目一杯に下にみているのだろう。


「ああ、そう言えば白くなってるんだっけ。この頭」

 少し前それによって逃走して、それによって家出をしたエマはしかし、特に動揺をみせることもなく、自身の白くなった髪をいじりながら苦笑する。

 その余裕そうな表情に。ルーミアは少し驚きをみせる。


「なんかあんたとお揃いみたいでイヤなんだけど」

「私の髪は銀色。それに地毛よ。あなたの白髪(しらが)と一緒にしないでくれる?」

 それどころか目の前にいる彼女から視線を外して、こちらをみながら嫌味に笑ってみせた。

 ルーミアが半目で睨むと、その目を見ないようにすぐに顔を元に戻した。

 そして。


「うるさい」


 言った。

 言ってしまった。

「……え?」

 その一言に女は驚き、哀れみの言葉を続けていた口は動きを止める。


「哀れむな」

 すかさずエマは言葉を続ける。

 少し前の彼女ならば絶対に言えなかったであろう言葉を、言う。


「あんたが十全だと思うために私を利用するな。幸せなのだと勘違いするために私をみるな。私は私だ。あんたのために不遇になるつもりはないし、あんたのために不幸せになるつもりも、ない」

『ふざけるな……』

「ん……?」

 聞き覚えのある声がした。

 ルーミアは辺りをキョロキョロと見渡してから視線を少しさげた。

 態度は傲慢で尊大なルーミアだけれども、その背丈はかなり低く、そんな彼女が視線を下げるというのはかなり珍しいことではある。

 ルーミアの足元にはペリュトンがいた。

 外から強い力を加えられたのか、半分ほど潰れた鹿顔のペリュトンが、体を引きづりながらそこにいて、あの女とエマを睨んでいる。

 様子は少しおかしかった。

 その固体は初めてみたルーミアには違和感はないのだけれど、その頭は人ひとり分はあったはずで、少なくともルーミアが見下ろせる大きさではなかったはずだ。

 小さくなっている。

 弱くなっている。

 消えかけている。


『お前は不幸だ。誰よりも不憫で不遇で不幸だ。愛してほしいものに嫌われ疎まれ否定され続ける存在だ』

 頭が潰れているペリュトンは残っている片目だけでエマを睨みつける。

「うん。そうだろうね」

 意外なことに、ペリュトンの言葉をエマは肯定してみせた。


「私は私を嫌う人間に愛されようと必死だった。馬鹿だよね。苦手を克服しようとでもしてたのかな」

『ならば――』

「でも」

 でも、とエマはペリュトンの言葉を遮る。


「今は違う」

『なっ……』

「昔の私は全く気づいていなかったけれど、当たり前すぎて分かってなかったみたいだけれど、あそこには私を愛してくれる人がいる。幸せになってほしい。と言ってくれた人がいる。それはとても嬉しかった。そう、とっても」

『お……』

 ペリュトンの様子がおかしい。

 エマが何かを言うたびに体を震わせている。

 震えている。

 よくみてみると、同じように『あの女』も震えている。

 震えている。揺らいでいる。


『やめろ、揺れるな。崩れるな。折れるな。お前は不幸ではない、そいつは幸せなんかじゃないやめろ、お前が消える俺たちは――』


「私は、幸せだ。少なくとも、下ばかりみているあんたよりは」


 変化は一瞬だった。

 エマが破顔して、あの女は膝から崩れ落ちた。

 その瞬間、ペリュトンの体も消え去った。

 まるで端からそんなものは存在してなかったかのように。

 消えて無くなった。

 いなくなった。


「……どういうこと?」

「彼女の思想。それがペリュトンの正体だったってことよ」

 彼女の思想。

 自分よりも不幸な人を。

 自分よりも下な人間を。

 だからこそ――ペリュトンは創られた。

 人を街を陥れて滅ぼす奇っ怪なるもの。

 そしてそれは、彼女の思想が崩れ去ることで消滅した。

 自分よりも不幸で下だと思ってたのが。

 自分よりも幸福で上だと気付かされて。

 妄言は消えてなくなる。

 彼女は、創造主だった。


「ふう、スッキリした。それじゃ私は戻るから。あんたもはやく戻ってきなさいよ」

「……ええ、そうするわ」

 ぐぐーっと、腕を天に向けて伸ばしてのびをしてから、エマはその場を後にした。

 なんだか垢抜けている。吹っ切れている。

 やりづらい。

 ルーミアは心中でため息をついてから、キャラバンの方に向かおうとして、不楽が動かないことに気づいた。

 不楽はさっきまでペリュトンがいたはずの場所をみている。


「どうしたの不楽。はやく行きましょう」

「……うん」

 不楽はペリュトンのいた場所から目を離そうとせずに振り返って、ルーミアの後を追いかけ始めた。

 けれど、さすがによそ見したまま歩くのは危険だと判断したのか、すぐに顔は前を向いた。

 ペリュトンが消えた場所は誰も見なくなった。

 誰も分からなくなった。

 消え去った。


***


 後日。

 エマ・サヘルは毛布を羽織らなくなった。

『もうこんなもの、必要ないから』

 彼女は笑いながら、そんなことを口にしたりした。


 けれど、その五日後のことだった。

 ルーミアたちは毛布で全身を覆っている彼女を目撃した。

 また嫌なことでもあったのかと全員(不楽除く)が慌てる中、エマは恥ずかしそうに頬をかきながら言った。


「あ、あのね。その……この重さがないと落ち着かないというか、温もりがないとモゾモゾするというか、その、ね?」

 その後、ロッヅがまた余計なことを言ってニナに踊り食いされたのは言うまでもないし。

 その時の彼女の顔は恥ずかしそうで、けれど、笑っていたのも、やっぱり、言うまでもない。


 エマ・サヘルと見世物小屋の家族関係――相愛。

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