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ヴぁんぷちゃんとゾンビくん  作者: 空伏空人
そのいち ヴぁんぷとゾンビの恋愛関係
4/70

温かいヴぁんぷちゃんと、冷たいゾンビくん。

 フォローとかそういう訳ではないのだけれど、ルーミア・セルヴィアソンは、名前やその出で立ちから分かるように、日本人ではない。


 もう長い時を生き過ぎて、自分が一体どこで産まれたのか、どこで育ったのかはもう殆ど覚えていないけれど、確か田園風景が美しい村の一角で育ったのは覚えている。


 その美しい田園風景を見にやってきた『始祖』に血を吸われ、彼女は吸血鬼となった。

 つまり彼女は『始祖』の眷属という、吸血鬼の中ではかなりのエリートで、実際、日本に来る前は山奥の大きな古城で、周りのマンションの住人でさえ羨むような生活をしていた。


 ただ、ほんの数年前、旅行と称して日本にやってきた時に、彼女は自分が悠々自適に過ごしていた時間の中で、人間社会がかなり様変わりしていた事を知った。


 例えば、四百年前から生きている少女がいるという情報が、海を超え山を越え、こんな小さな島国にまで届いていたのだから。


 その情報を頼りに襲撃してきた、日本にいる退魔師たちによってルーミアは足止めを喰らっている。

 しかもすぐ帰ってくるしと、お金をあまり持ってきていなかった。

 こうして彼女は、こんな貧乏生活を送る羽目になってしまった。


***


 空気の抜けた、なんとも間抜けなインターホンの音が何回か繰り返された所で、ようやくルーミアは布団の中からもそもそと這いでてきた。

「うう……誰よ一体、こんな朝っぱらから……」

 ちなみに現在の時刻は、朝の十時だ。

 彼女が吸血鬼だという事を知らなければ、ダメ人間だと思われそうなセリフを吐きながら、寝癖だらけの銀髪を掻く。


 目をしぱしぱ瞬かせて、白い牙をちらつかせながら、大きくあくびをする。

 眠気をどうにか覚まそうと目を擦っている間にも、間抜けなインターホンの音はなり続ける。


「ちょっと待つことも出来ないの……?」

 寝癖が目立つ銀髪を人前に出れる程度には手で梳いて、ルーミアは時計を見て太陽の位置を予測する。

 時間的に、ドアを開けても問題はなさそうだ。


 ルーミアはゆっくりと木製のドアをゆっくりと開く。

 そこには昨日のゾンビが立っていた。


「げ」

「あれ、昨日のドレスみたいな服は着てないんだ」

 露骨に嫌そうな顔をするルーミアに対して、ゾンビはいつも通り表情筋を動かしているだけの笑みを浮かべる。


「……あんなの着たままだと眠れないでしょ」


「それはそうだ」


「で、なんの用?」

 ルーミアは開いていたドアを盾にするように少し閉じながら、ゾンビを睨む。


「遊びに来たじゃダメか?」


「論外ね」


「ほら、お土産もあるよ」

 ゾンビは昨日持っていたのと同じビニール袋をルーミアに見せつけるように持ち上げる。

 ルーミアはごくり、とのどを鳴らす。

 昨日生首分の血液を飲んだとはいえ、やはりあの程度では小腹を満たした程度だった。


「……まあいいわ。私もできれば、日中は室内にいたいし」

 人だろうと化け物だろうと、やはり食欲には勝てない。

 ルーミアはドアを開いて、ゾンビを部屋の中に招き入れた。


「さっきのセリフ、まるでひきこもりみたいだったね」


「やっぱなし、帰れ」


***


 とは言ったものの、一度招き入れようとしたのだから、最後まで付き合ってやるのが道理というものだ。

 それが例え、恥を晒された相手でもだ。

 ――それに、色々聞きたいこともあったしね。


「へえ、想像してたよりも質素な部屋だね」

 部屋の真ん中に置かれたちゃぶ台の前に座ったゾンビは、何もない部屋の中を見回しながら言う。

 ――質素ね、まあ、物は言いようね。



「お客に出せるような物なんて殆どないけど、紅茶とかでいいかしら?」


「あ、大丈夫。僕は死体とかしか食べられないからさ」

 いかにもゾンビらしい理由で断られたルーミアは、自分の分だけを用意してから、ちゃぶ台の上にそれを置いた。

 ゾンビの向かい側に、ルーミアは腰をおろす。

 紅茶を一口含んでから、ルーミアはさっそく本題に入ることにした。


「あなたは本当にゾンビなの?」

 ゾンビは一瞬間を開けてから。

「そうだよ」

 と答えた。


「血がなくても動いているのが、その証拠だよ」

「そういえば、どうして血が通っていないの?」

 ルーミアは話の流れで、一番気になっていたところを聞いてみた。

 ゾンビは思いだそうとしている仕草をしてから。


「僕を造った人が言うには、バラバラの体を繋ぎ合わせたから、血はないんだって」

 どうやらこのゾンビ、中々凄惨で派手な死に方をしたらしかった。

 電車にでも轢かれたのだろうか。


「いきなりどうして、そんな確認を?」


「それはもちろん、あなたが嘘をついている可能性だってあるから」

 ルーミアはゾンビの全身を観察するように見ながら言う。

 全体的に栄養が足りていないのか、痩せ細った体躯に、不摂政からきている濃いくまに白髪が目立つ黒髪と、全体的に薄暗い印象がする少年だ。

 それこそ、小学校の頃『ゾンビ』とか呼ばれていそうな面立ちだ。


 確かにその見た目からみるに、彼はどこまでもゾンビらしい。

 ただ実際、そういう見た目の人というのも当たり前にいるし、人を見た目で判断するというのは、余りにも軽率すぎる。

 彼はどうも、見た目以外でゾンビらしい所が見当たらない。区別がつかない。


「僕みたいなのを、行動的ゾンビって言うらしいね」

 そんな風に訝しんでいるルーミアに対して、まるで心を読んだように、ゾンビはそう言った。


「え?」


「知らない? ゾンビの種類をさす言葉らしいんだけど」


「知ってるわ、けど」

 『百識の吸血鬼』ルーミア・セルヴィアソンが識っているそれは、決して、ゾンビの区別のための言葉ではなかったはずだ。


『行動的ゾンビ』と『哲学的ゾンビ』

 合わせて『現象ゾンビ』は心の哲学で使用されている用語の一つであり、思考実験の一つである。


 この世には、物理主義と性質二元論。という言葉がある。

 簡単に言ってしまえば、この世に物理で説明不可能なものはない。というのが物理主義で、物理で説明できるものもあるけど、説明できないものもある。というのが性質二元論だ。


 つまりこの二つには『心的側面』があるかないか、という主張の違いがある。そこで謳われたのが『哲学的ゾンビ』だ。


 そこに一人の男がいる。

 彼はゾンビだ。

 全てが普通の人間と同じで、区別する事が出来ないゾンビだ。


 そんなゾンビが仮に『存在する』として、そんなゾンビと長年付き添っていたとしても、区別することは出来ない。

 なぜなら彼らは、普通の人間と同じように、笑いもするし、怒りもするし、泣きもするからだ。

 物理的化学的電気的反応としては、普通の人間とまったく同じであり区別できない。


 つまり、言ってしまえば、限りなく人間を模倣している人工知能と、普通の人間から送られてきたメッセージを見分けられますか? みたいな問題で、その方法に『意識の有無』がある。


 ゾンビと、普通の人間の唯一の違いは、彼らには『意識』がない。

 ゾンビは笑うし、怒るし、泣くけれど、彼らにとっては、それらは物理的化学的電気的反応の集合体でしかない。

 彼らには「楽しさ」の意識も、「怒り」の意識も、「悲しみ」の意識とか、そういった心的側面がない。


 人間と人工知能に対して『あなたの座っている椅子に爆弾を仕掛けています』というメッセージを送ってみたら(実際に仕掛けてある)、タイプミスも、打ち漏らしも、動揺もなく、二、三秒後に『止めてください』というメッセージが届いた。

 さて、果たしてそれは人間なのか?

 つまり、そういう話である。


 ゾンビの言った『行動的ゾンビ』というのは、見た目からは判断できないけれど、解剖してみれば分かる。という存在であり、SF作品で出てくる『人間にそっくりな、精巧なアンドロイド』などはこれに当てはまる。


 確かに彼の見た目はどう見ても人間だが『血が通っていない』という、誰の目にも明らかな異常があるし、カテゴリ的には『行動的ゾンビ』なのだろう。


 ――私の場合は、どうなるのかしら?

 なんて、元人間の吸血鬼は適当に考えながら、ふと気になった事を、ゾンビに率直に尋ねた。


「じゃああなたに意識はないの?」


「多分ね。けど今は楽しいと思ってるよ」


「そう……」

 ニコニコと嫌味なく笑うゾンビに、ルーミアは愛想なく返しつつ、紅茶を一口含んだ。

 ふう、と悩ましげに息を吐いて、ティーカップをテーブルの上に置く。


「じゃあ今度は私が吸血鬼だという証拠を……牙だけじゃあ、少し弱いかしら」

 ルーミアは頬を引っ張って、血管に突きたてる白い牙をゾンビに見せたが、首を横に振って立ち上がった。


「ねえ、吸血鬼の弱点って知ってる?」

 そしておもむろにカーテンが閉まっている窓の前にまで移動して、カーテンに手をかける。

「えっと、日光とか?」


「そう、日の光」

 ゾンビが口にした答えを肯定しつつ、背後にあるカーテンを少しだけ開いた。薄暗い部屋に、日光の線が一直線に引かれる。

 そこにルーミアは指を突っ込んだ。


「日の光を浴びるとね――燃えるの」

 不意に、ルーミアの青白い細指が――燃え上がった。

 まるで事前に油でも塗っていたかのように、細指が轟々と燃え盛る。

 その炎をなんともないように眺めていたルーミアは、そろそろ頃合いかなと、カーテンを閉じて日光を遮った。


「どう、これが私が吸血鬼である証拠」

 考えてみれば、ゾンビは最初(はじめ)からルーミアの事を吸血鬼だということを分かっていたのだから、証明する必要なんて更々なかったのだけれど、プライドの高くて意地っ張りな彼女からしてみれば、正体が看破された。よりは、自分から正体を明かした。の方がプライドを保てる。

 だからわざわざ、痛いのを我慢して彼女は、己の指を燃やしてみせたのだ。


 とにかく。

 そんな見栄っ張りな理由で吸血鬼(ルーミア)が指を燃やした後、ゾンビの方に視線を移動させると、何か熱いものをぶちまけられた。


「わぶっ!?」

 びしゃっ、と彼女の小柄な体全体にかかるようにぶちまけられたそれは、さっきまで彼女が飲んでいた紅茶だった。

 柑橘系の匂いが鼻腔をくすぐり、液体を吸った髪の毛が視界に落ちてくる。


 びしょびしょになった顔を拭うと、ゾンビはルーミアの、さっきまで燃えていた指を掴んだ。

 どうやらルーミアの指が燃えたことを心配しての行動だったらしい。


 そりゃあいきなり目の前で人の指が燃えだしたら、例え事前知識があったとしても、動揺してもおかしくないし、突発的に近くにあった水を手にとってかけてきたのも仕方ない。

 そこは寛容な心で許してあげよう。

 そう思っていたルーミアだったのだが。


「大丈夫、ルーミアちゃん?」

「ちゃん!?」

 それは許せなかった。


「え、ちょっと待って。聞き間違いかしら? 聞き間違いだったらごめんなさい。でも、あなた今、わたしの事をちゃん付けして呼ばなかった?」


「そんな事どうでもいいよ。すぐに冷やさないと火傷の跡が残るよ」


「跡にならないし、跡形も残らないわよ。やっぱり今あなたわたしの事をちゃん付けしたでしょ!」

 ルーミアは顔を真っ赤にしながら、牙をむき出しに怒りを露わにする。

 確かにルーミアの細指は、さっきまで皮膚が焼き尽くされて、筋肉までむきだしになっていたのに既に元の状態にまで回復していた。


「私はこれでも一応、四世紀生きてきたの! 今はこんな身なりだけれども、一応あんたよりもずっとずっとずーっと年上なの!」

 ルーミア・セルヴィアソン。

 プライドが高くて意地っ張りな吸血鬼。

 嫌いなことは下に見られる事。


「あ、ごめん。そうだったね。ごめんねルーミアちゃん」


「っーー! 出てけ!!」

 笑いながらももう一度言ってきやがるゾンビに、ルーミアは激昂をぶつけて、彼の背中を押して、部屋の外に追いだした。

 小柄な体躯とはいえ、それでも一応吸血鬼である彼女の力は、自分より大きなゾンビを押しだすことぐらいは簡単に出来る。

 ドアを開けて、ゾンビを廊下にだすと。


「二度と来るな!」

 と顔を真っ赤にして叫んで、力強く、デカい音を出しながら、ドアを閉じた。

 外から開けられないようにドアノブを強く握りしめていたルーミアだったが、階段を降りる足音を聞いて、握っていた手のひらをゆっくりと離して、その場にへたれこんだ。

 そして落ちついた所で、さっきまでの自分を思い返して酷く落ち込んだ。


「違う、違う……こんなの私のキャラじゃないのに……」

 なんだかあいつと話していると調子が狂う。

 まあ意識がない人間(ゾンビ)と調子が狂わずに話せるとは思っていなかったけど、けれど、まさかここまでキャラを崩されるとは思わなかった。


「ううー……あいつのせいだ。あいつのせいで、調子が狂う!」

 ゾンビの姿を頭の中で思い浮かべて玄関でへたれこんだまま、足をばたばた動かし続ける。

 そうしている内に段々と虚しくなってきたのか、はあぁー……。と身体の力が抜けきったため息を長くついて、羞恥心で火照っている顔を両手で覆った。

 ゾンビに掴まれた手で、顔を覆った。


「……冷たかった」

 人の温もりというものが完膚なきまでに消滅していた、まるで死人のような、やはり死体らしい、氷よりも冷たい手のひらだった。

 さもありなん、なんせ彼は人の温かみなど一切失った、感情なんてものは電気信号でしかない死体なのだから。


***


「あーあ、怒らせちゃったな」

 もうルーミアが味わうことが出来ない、暖かな太陽の光を存分に浴びながら、ゾンビは帰路についていた。


「今日は怒らせないように気をつけていたつもりだったんだけどな、上手くいかなかったなー」

 彼女、少し気難しいからなあ、とゾンビは嫌味なく笑った。

 意識の無い、感性とか思いとか気持ちとかがすっぽり抜け落ちた、ただ『笑っている』だけの――実に行動的ゾンビらしい笑顔だった。


「けど……」

 ゾンビはおもむろに手のひらを太陽にかざした。日の光が眩しいのか、目を細める。

 そんな事をしても、中身が空っぽな彼の手は透けて赤くなったりしないのだが、そんな事を気にせずに――ルーミアの小さな白い手を握った手のひらを太陽にかざす。


「暖かかったなあ……」

 ゾンビは表情を一切崩さずにそんな事を呟いた。

 しかしその声色は、どことなく、なんとなく、まさかだけど、きっと、多分、ちょっとぐらい、ありえないけれど、思い違いだとは思うけれど、嬉しそう……? だった?

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