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ヴぁんぷちゃんとゾンビくん  作者: 空伏空人
そのに 見世物小屋の家族関係
39/70

不楽は痛い。

 ノック。ノック。ノック。ノック。

 少なくともこの数ヶ月誰も触っていないようなホコリまみれのドアを四回、手の甲で叩く。

 中にいる二人(・・)は知り合いであり、その部屋は別段プライベートルームでもないから、許可を取る必要はないようにも思えるが、吸血鬼であるルーミアの場合、そうはいかない。

 初めて来る場所に限り、招かれないと入ることができない。

 どれだけ面倒でも、それが吸血鬼の性質なのだから仕方ない。


「カラ? いるんでしょ。返事をするなりドアを開けるなりしてくれないと、私、どうしようもないんだけど……っと」

 ドアはゆっくりと、蝶番(ちょうつがい)が軋んだ音をだしながら開いた。

 降り注ぐホコリから逃げるように、ルーミアは一歩後ずさる。

 そんな彼女にしだれかかるように、ドアを開けた首のない女性は抱きついた。

「わっ、どうしたの?」

「えらいが……えらいが……っ!」

 体がここにあるのに声は部屋の奥から聞こえてくるというのは中々変な感じではある。

 その声はすすり泣いていて、抱きついてくる体はルーミアの(ドレス)を千切らんばかりに握りしめている。

「だからどうしたのって、言ってくれないと分からない……」

 どうみても会話の成り立つような状態ではないカラをどうにかなだめようとしていると、それは不意に、ルーミアの視界に飛び込んできた。

 カラの生首の隣に、カラと同じように――しかし明らかに意味合いの違う、首のない体があった。

 首が一つない生き死体。

 二人で一人の、その片割れの首がなくなっていた。


「ねえ、不楽……」

「うん?」

 ルーミアは身じろぎ一つせずに、背後にいるであろう不楽に声をかける。

 不楽は身じろぎ一つするはずもなく、至って普通に応えた。

 感性が旺盛なものと希薄なもの。

 そんな両極端な二人が同じものを見て同じような反応を示すというのは、なんだか面白い話ではある。

 ともかく。ルーミアは口を開く。

「あなた、彼を守らなかったの?」

「守れなかったんだよ。僕とカラさんが駆けつけた時にはもう死んでいた」

「本当でしょうね」

「僕は意味もなく嘘はつかない」

「意味があれば嘘をつくでしょ、あなたは。私を裏切って、あの陰陽師も裏切った」

「裏切ってないよ、要求された情報以外提供しなかっただけだ」

「僕はルーミアさんの眷属、下僕だ。主に対して嘘はつけないよ」

「ホ、ホントだよ!」

 と、二人が肩を並べながら首だけを動かして言い争いを続けていると、その間に介入するように――割り込むようにして、ロッヅは叫んだ。

「フラクとカラは俺を助けてくれた。けど俺はなにも……」

「……そう」

 段々としりすぼみになっていくロッヅに、何かを察したのかルーミアは一度だけ頷くと、彼の横を抜けて旭の前に立った。

 ルーミアに気づいた旭は視線を少しあげる。

 その腕は偉の上半身を離そうとせず、首の断面に近い頬は血と涙で彩られている。

「……」

 口は動かしている。

 しかし、なにを言っているのかはさっぱり理解できない。

「いまから私は、あなた達にヒドイことをするわ」

 そう口上をしてから、ルーミアは自身の手首を抉った。

 爪で切るのではなく、指の腹で肉と血管を掬い取るように抉った。

 そんなことをすれば、当然、切り傷とは比べ物にならないほどの赤い血が溢れ、彼女の右手は朱に染まる。

 ルーミアはその腕を、偉の首の断面の上に掲げた。

 彼女の右手を朱に染めた多量の血は断面の上に注がれ、じっとりと濡らす。

 変化は、すぐに起きた。

 モコリ――と、首の断面が盛り上がったのだ。

 それはまるでクロクの頭にある生首の断面のようだった。

 モモのように盛り上がったそれは、気泡をつくり、それにおうとつを造っていく。

 そしてそれは、誰の目にも馴染みのある顔に、変貌した。

 阻塞(そそく)(えらい)の顔に、変わっていた。


「私の勝手で」

 ルーミアは一旦区切ってから。

「私の勝手で、あなたにはまだ生きていてもらうわ」

 と、続けた。

 強調しただけだった。


「……偉?」

 なにがなんだかよく分からないという風に、何度か瞬く偉に、旭はゆっくりと話しかけた。

 偉は呆けた顔で振り向く。

 さっきまで死んでいたとは露とも思えない表情だ。


「あれ、旭。なんで俺たちは部屋の中にいるんだ? 確か俺たちはサヘルを探していて、それで、人気のねえとこを覗き込んでそれであれ……?」

「偉っ!!」

「うおっ!?」

 旭は偉に抱きついた。

 二人で一人。一人で二人。

 そんな二人が抱きつけばバランスを保てるはずもなく、もつれ合うようにして倒れ込んだ。

「ど、どうしたんだよ旭いきなりっ!? うわっ、なんだぬるっとする生温けえ!? これ血か!? お前ケガでもしてるのか!?」

「……やっぱさ、偉」

 慌てふためく偉に対し、彼の体に手を回している旭は、独りごちるように呟いた。

「ムリだよ。()れるなんてさ」


***


「ペリュトン」

 二人が落ち着いたところで、さきまでの経緯を不楽から聞いたルーミアは端的にそう告げた。


「大型犬並の大きさの鹿頭の鳥。だったらそれはペリュトンで間違いないわ」

「ペ……ぺりゃてん?」

「ペリュトン。よくもまあ、これぐらい簡単な言葉を聞き間違えれるわね」

 首を傾げているロッヅにルーミアは軽く毒を吐く。

「人を食い、不幸を啜る奇っ怪なるもの。一説にはさまよい死に果てた旅人の亡霊だって説もあるけど、今は関係ないわね」

 口を開くたびに新たな情報が飛びだす。

 百識の吸血鬼、本領発揮である。


「ペリュトンには人を食うと影が人の形になる特徴がある。きっとこれをみて、最初の目撃者は『人の姿になれる奇っ怪なるもの』だと勘違いしたのね」

「だから俺が疑われたのかあ……」

 一時期疑られていたロッヅは心底うざったそうに顔をしかめた。

 その隣で獣を――ペリュトンを生け捕りにしている不楽は、それを月光に晒した。

 その影は見た目にそぐわず、人の形をしている。


「ホントだね」

「ペリュトンは負の感情になによりも喜ぶ、典型的なたちの悪い化物。ローマが滅んだ時にも目撃されてるわ」

 つまり、今回はこの街が標的なわけ。と、ルーミアはそこで一度区切ってから不楽の前に――より正確に言えば彼が掴んでいるペリュトンの前に移動する。


「はじめまして」

『……』

「あなた、話せるよね?」

『話すことはない』

 ペリュトンは口を動かさずに言った。てこでも話しそうにもなさそうだった。

「仲間意識が強いのね。いえ、この場合は個ではなく集団が主体な生き物なのだと考えるべきかしら」

 ルーミアはペリュトンの頭を両手で挟み込むように掴んで、自分の顔を見るように仕向ける。

 自身の赤い目を見るように仕向ける。

「『エマ・サヘルを知ってるかしら?』」

『……はい』

 部屋の中が一気にざわめいた。

 ルーミアはやっぱり、とだけ呟いてペリュトンから手を離す。

「彼女はペリュトンに取り憑かれている。つけ込まれている」

「ど、どうしてさ?」

 カラは慌てたふうに尋ねた。

「言ったでしょ。彼らは負の感情を好む。負の感情で喜び、負の感情で楽しむ。だったら今の彼女を捨てておくわけがないでしょ」

 今の彼女。

 怒り、悲しみ、苦しみ、恨み、辛み、自傷、自嘲、不安、嫌悪――。

 負に負を重ねた、不安定な足場の上に立つ不安定な人形。

 それは確かに、ペリュトンにつけこまれ、遊び道具にされていたとしてもなんらおかしくはない状態ではあった。

「だ、だったらさ!」

 一瞬、嫌なことを想像してしまったのか自らの首を両手で振って(シェイクして)から、カラは落ち着いた表情のルーミアに食いかかるように言う。

「はやく助けないと! ルーミアちゃん、はやくそいつにさ、居場所を聞いてよ!」

「ちゃん呼びはやめてと前にも言ったわよね、私」

 顔をしかめて、いつもの文句を口にしてから。

「もう居場所は分かってるわ。さっき見つけたから」

「なんだ、やっぱりルーミアさんも探してたんだ」

「うるさい」

 ペリュトンの首を折りながら言ってくる不楽に、ルーミアはぶっきらぼうに返した。

 その耳はちょっとだけ赤くなっていた。

「ひとまずクンストカメラに戻りましょう。そろそろ夜が明ける……あ、そうそう」

 と、ルーミアは思い出したように旭と偉の方を向いた。

 命を助けたお礼でもしろとでも言うのだろうか。

 そんなふうに旭は考える。偉の方は死んでいたことにまだ気づいていない。

 ルーミアは凄惨に笑いながら身構えている旭の前に自身の人差し指を腹を上向きにして向けた。

「あなた達、私の眷属になっているから。これからは言葉に気をつけなさいね」

「「はい?」」

 交互に話したりして、あまり言葉(セリフ)が被らないよう気をつけている二人にしては珍しく、言葉が被った。

 きょとん、としている――何を言っているのかさっぱり分かってなさそうな二人に、ルーミアはくすくす笑いながら人差し指の腹を爪で切った。

 ぷくりと、まんじゅう型に血があふれる。

「前に言ったでしょ? 吸血鬼の契約は血の契約だって」

「……言ってたな」

「……言ってたね」

「偉は首がとれて死んだ。けれど、私の血を身に宿すことで復活した。ただの人間としてではなくて、私の眷属として。無論、同じ体を共有している旭もね」

 突然告げられた現実に呆然とする二人の前で、ルーミアは実に楽しそうに牙をちらつかせながら笑う。

「だから言ったでしょ。私の勝手で生きてもらうって」

「な、なんのことだ?」

「ごめん偉。確かに言ってた……」

「はい?」

「これからあなた達は私の眷属。ねえ、私のために生きて私のために死ぬって幸せだと思わない?」

 二人はがっくしと肩を落としてため息をついた。

 肯定でも否定でもなく、ため息。

 しかしどこかまんざらでもなさそうで。

 なるほど確かに、魅了(チャーム)にかかっていた時とはまた違った反応ではあった。


***


 そんな。

 新たな眷属を手にしたルーミアを、なんだかよく分からない顔で、なんだかよく分からない考えで、なんだかよく分からないまま見ている先輩眷属(不楽)がいた。

 それが思っていることは当然、外から見てもわからないし、内から見ても分からない。

 正直言えば見ている本人も分かっていなさそうだった。

 分からない。分からない。分からない。

 ただ、なんだか胸のあたりをチクリ、とするような痛みを覚えていた。

 変な話だ。

 心臓なんて動いていないのに。

 稼働していない、ただの飾りの臓器に過ぎないのに。

 胸に腕を突き刺して心臓を潰しておこうかと不楽は考えなくもなかったけれど、その穴をなおすためにルーミアの血を消費するのも悪いと思いとどまった。

 今ルーミアは不楽の腕の再生に偉の復活と、血を多く消費していて少し不足気味だろうから。

 眷属。

 どうしてだろうか、それを考える度に不楽の胸のあたりに生じている痛みは増していく。眷属が増えるということは、寂しがり屋な主人であるルーミアにとって喜ばしいことであるはずなのに。

 喜ばしいこと。という感情的理由が彼に理解できるかどうかはひとまず置いといて。

 感情的理由が分からなくても、プラスかマイナスかはなんとなく理解は出来る。

 プラスのはずなのだ。それなのにどうして痛い(マイナス)なのだろう。

 分からない。

 理解できない。

 ――今度、ルーミアさんに聞いてみようかな。

 この体の、不調について。

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