ラミアちゃんは愛されたい。
「どう、思う……?」
サヘルの質問に、不楽は首を傾げる。
どう思うとはどういう事か? という感じの反応だった。
「あんたは私のこの姿のことを、どう思うって聞いてるの」
サヘルは自身の体を包んでいた毛布を脱いだ。
上半身は人間の形をしていて、下半身は蛇の形をしている姿が露わになる。
爬虫類のような目をしていて、その周りは鱗に覆われている。
傍から見ると、顔の周りがひび割れているようだ。
さっきまで自身の体を包んでいた毛布を掴んでいる腕も、びっしりと鱗に覆われていて、人である所を探すよりも、人ではない所を探すほうが手っ取り早いような見た目をしている。
「私を、どう思う?」
サヘルはもう一度尋ねる。
ニナは不楽を見たまま、動かない。
「どうって」
不楽は少し迷うような素振りを見せてから。
「おかしな所は何一つないと思うけど」
と、答えた。
サヘルは目をつむって少し黙り込む。
「……どうして」
「どうしてって」
不楽はどうってことないように、事実だけを述べる。
「だって君は人間じゃあないよね」
「……え?」
「君はラミアー、だよね。今の今まで自分の種族を名乗っていないから言い切れないけれど、少なくとも人ではないよね」
人である所を探すほうが難しくて、人でない所を探すほうが簡単だ。
さもありなん。
そもそも彼女は人間ではないのだ。
人間ではない奇っ怪なるもの。
ならば、彼女のそれはシマウマと人間の類似点を探すほど無意味なもので。
シマウマが人間と姿形が違うのだと悔やむほど、馬鹿馬鹿しい。
「……だったら何よ。何が言いたいのよ」
「きみの質問は僕が『死体で出来ている体』を嫌がるほどどうしようもない話だって事」
彼が創られる時にベースとされた『フランケンシュタインの化物』は、その醜悪な死体で出来ている体を嫌がり、否定していたけれど。
しかし、そう言った気持ちのない不楽は、それをあっさりと否定する。
「……それはあんたが人型だからでしょ」
しばし黙ってから、サヘルはそんな事を口にした。
なんだかとても悲しそうに。
「それはあんたが人の姿をしているから言えるの。後ろ指を指された事のないあんただから言えるのよ」
「クロクや旭や偉はどうなるのかな」
「……え?」
「彼らだって人の姿をしていないよね。人だけど、人の姿をしていない。サヘルさんの意見から言うと、彼らも気持ち悪くて気味が悪いものだって事になるよね。サヘルさんはみんなの事も気持ち悪いと思っているのかな」
「そ、そんな訳っ!」
「そっか。じゃあどうして、サヘルさんは自分の事を気持ち悪いと思うのかな。どうしておかしな所は一つもないと言ったら否定するのかな」
慌てて否定するサヘルに、不楽は指折り確認をしながら尋ねる。
良心も慮る心も何もない不楽は気になった事をそのままに、ずけずけと聞く。
「サヘルさんは自分のその姿を気持ち悪いと思っている。気味が悪くて、気分の悪いものだと思っている。だからいつも毛布を被っている。そうだよね」
「そ、う……だけど……」
「その理由は自分の姿が人の姿をしていないからだとサヘルさんは言った。けど、同じく人のシルエットをしていないクロクや旭や偉は気持ち悪いと思っていない」
「……当然でしょ」
「でもこれは明らかに矛盾してるよね」
「だ、けど……」
「ねえ、サヘルさん。本当に自分の姿が人じゃないから自分の事を気持ち悪いと思ってるの?」
「だ、だから……そう……って……」
「爬虫類が嫌いだから。と言う事でもないよね。だってサヘルさん、大蛇を飼ってるんだし」
「ちがっ……そう、けど……」
「ねえ、どうして。僕には自分を嫌いになる。という事はよく分からないから、言葉にして教えて貰わないと分からないんだ」
「う、あ……か、から、あ……」
「サヘルさんはどうして、自分が気持ち悪いと思えるの?」
「不楽」
いつの間にか。
質問をする側とされる側が入れ替わっていたその問答に水を差すように、ルーミアがキャラバンの外から不楽の名前を呼んだ。
キャラバンのドアはさっきルーミアが蹴飛ばした時に壊れていて、半開きになっている。
それでもルーミアは縛りがあるからか、キャラバンの中に入ろうとせず、腕を組んでそこに立っている。
ルーミアは『やっぱりこうなるか』と言いたげな、苦虫を噛み潰したような表情で言う。
「やりすぎ」
「ルーミアさん」
「私は彼女を外に出せと命令したの。決して心を折れとは言ってない」
「……」
サヘルは俯いていた顔を、ゆっくりと持ち上げた。
その少し疲弊しているようにも見える虚ろな目は、ルーミアのいるドアの方を見た。
そこには――ルーミアの後ろには、クンストカメラの面々がキャラバンの中をのぞき込んでいた。
誰一人とて、キャラバンの中に入ろうとしていなかった。
「……うふ」
と。
サヘルは口元を釣り上げて、笑った。
まるで、顔に罅が入ったようだった。
「うふ、うふふ、うふふふ……」
「ん、あれ。何か楽しいことでもあった?」
「楽しいこと? ううん、ただ、凄く滑稽なことが分かっただけ」
不楽の的外れな意見にも、サヘルは笑いながら返す。
その表情はどこか吹っ切れたように見えた――どこか壊れているように見えた。
「あんたさっき、私がどうして自分の事を気持ち悪いと思っているのか。って聞いたよね?」
――誰も私に近づいてくれないからよ。
「……え?」
不楽は首を傾げる。
いやいや、みんな近くにいるじゃん。と言いたげだった。
「みんな、みんな。近くに来てくれない。声の届く所まで来てくれない。みんな、みんな。私の本心に気づいてくれない。みんな、みんな。私を見てくれないっ!」
だからという訳ではないのだろうけど、彼女はそう言い直しながら叫んだ。
まるで日頃の鬱憤を晴らすかのように。
「私はこの見た目が嫌いだ。気持ち悪くて気味が悪いこの姿が嫌いだ。その見た目と折り合いをつけているあんた達とは違うの」
頭を抱えるようにして叫んだサヘルは、ルーミアをじろりと睨んで、不楽を一瞥する。
「すごく気分が悪かった。あいつに見た目を馬鹿にされて、すごく嫌だった。誰かに知ってほしかった。話したかった。慰めてほしかった。だけど、誰も私の話を聞いてくれなかった。出てけって言ったら、本当に出てって、最終的には部外者に頼るし……なんで、なんで誰も私の話を聞いてくれないの? 私は、このサーカスには必要ないの?」
そんな事はない!
そう、誰かが言い返したりはしなかった。
言い返せなかった。
彼女の悲痛な糾弾に、不楽を除く全員が呑まれてしまい、何一つ、言葉を発することが出来なかった。
その事実が――誰も否定してくれなかった事実が、サヘルの心を更に傷つける。
もうどうしようもないぐらい。徹底的に。
「なんで気づいてくれないの。なんで分かってくれないの。私はすごく嫌だったって話したかっただけなのに、たったそれだけなのに。それだけなのに……私のことを気にしていないから!? 見ていないから!? だったら、だとしたら私は――あんた達にとって私は……っ!」
いつの間にか流れていた涙に気がついたサヘルは、言おうとしていた最後の一言を呑み込んで、鱗に覆われた腕で目をこするように涙を拭った。
そして真っ赤になった目をクンストカメラの面々に向けて叫んだ。
「あんた達みんな、みんな、みんな、みんな……大ッッ嫌いだ!!」
***
叫んだサヘルは、そのままキャラバンの中から飛びだした。
去っていった。
それをクンストカメラの面々の誰もは追いかける事をしなかった。
追いかけなかったし、追いかけれなかった。
サヘルの泣き顔と叫びが、思いの外、彼らの心を動揺させた。揺れ動かせた。
声をかけられないほどに――動けなくなるほどに。
みんな、みんな、みんな、大ッッ嫌いだ!!
その言葉だけが、何度も彼らの心の中を反響し続けた。




