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ヴぁんぷちゃんとゾンビくん  作者: 空伏空人
そのに 見世物小屋の家族関係
29/70

見世物小屋は哀れまれない。

「あなた、デュラハンよね?」

 貰ったタライの血をごくごく飲みながら、ルーミアは言う。

 血は新鮮そのもので、腐っていたりしていなかった。


「そうだけど。というか、この姿を見てそれ以外のなんだと思うのさ?」

 自身の指に長い首を絡めるようにして自分の首を持っているデュラハンは、自分の首を持ち上げる。

 場所は少し移り変わって、屋台が並んでいるエリア。

 数は少ないものの、祭りの基本はおさえていて、客足は上々といった感じだ。

 それ故に人目も多く、頭のない体が生首の髪を指に絡ませて掴んでいたり、タライの中にたっぷり入っている血をごくごくと飲んでいるゴスロリ姿の銀髪の少女というのは、その人目を集めるには充分な容姿と異様さだった。


「カラ・バークリー。よろしく」

「ルーミア・セルヴィアソンよ。アイルランド人かしら?」

「デュラハンはアイルランド発祥の怪談話だからねー」

 カラはルーミアの顔の前に自分の首を近づけてから笑う。

 生首が話しているというのは、中々どうして不思議な感じではある。


「デュラハンね……」

「何さ、デュラハンを見たことないのか?」

「いえ、少し不思議に思って」

「不思議?」

 デュラハンは頭の上に「?」マークを浮かべる。


「確かデュラハンって、人に見られるのを極端に嫌うはずよね。自身の姿を見た人の目をムチで潰すぐらい」

 フリークショーという、必然的に人の目に晒されるこの場所に『デュラハン』は似つかわしくない。

 サヘルのように、いざ仕方なくこの場所にいるタイプなのだろうか。

「ああー、いや。確かに前はそうだったんだけどさ」

 恥ずかしそうにカラは頬を緩める。

 頭は手に持っているからか、少し低めの場所にあるのだけど、カラ自身がモデルのように背が高く、ルーミアの背が高くないからそこまで会話に害はない。

 ただ見た目的には、この上なく猟奇的だが。

「前は?」

「それじゃあやっぱり、社会で生活出来ないじゃん。首が取れているとはいえさ、生活しないといけないし」

「うわ、なんだあいつ生首の髪を掴んでるぜ」

「うへえ、気持ちわりいぃ」

 と、そんな声が聞こえた。

 その声がした方を向いてみると、二人の若い男が、ルーミアとカラを見ながらせせら笑っていた。

 話の内容から鑑みると、カラを小馬鹿にいているのだろう。

 決して、ルーミアの事を小馬鹿にしている訳ではない。

 しかしなんだか、一緒にいる自分も馬鹿にされているようでむっとなったルーミアは、その若い男二人につっかかろうとしたのだが、その前に伸びたカラの腕によって制される。


「暴力沙汰は困るね。あれだってさ、一応お客さまなんだからさ」

「なに、お客さまは神様だとでも言うつもり?」

「そんなんじゃあないさ。なあ、そこの二人」

 サラはニヤリと笑ってから、若い男二人に向けて話しかけつつ、手に持っている()を放り投げた。

 飛んできたそれを、とっさに受け止めた若い男二人は、それが何か確認すると、顔を真っ青にする。

 カラがその手に持っていたもの。

 それは言うまでもなく、説明するほどのことでもなく――彼女自身の頭だった。

 スイカ一つ分の重さがあるそれは、若い男の腕の中で、好戦的に嗤う。


「気持ちわりいっていうのは聞き捨てならないね。よくよく見てみればこーんな可愛い顔をしているのにさ」

 ――可愛い?

 ルーミアは眉をひそめる。

 確かに彼女の顔は整ってはいるけれど、人の腕の中でギラギラと嗤っている彼女を可愛い、と表現するのは少し憚れる。


「う、うわうわうわうわわわわわわわっ!?」

 首を受け取った若い男は大声をあげながら、カラの首を放り投げて逃げ出した。

 放り投げられた頭は、宙でぐるんぐるんと縦に回転しながら落下して、体はそれを受け止める。

「全く、可愛らしい女の子の頭を放り投げるなんてさ、非道い事をするね。そんなんだから、祭りに男二人で来るなんて侘びしい事になるのさ!」

 慌てふためきながら逃げる若い男二人の背中に、まくしたてるように言い放ちながら、カラは確認をするように辺りを一瞥する。

 それにつられて、ルーミアも辺りを一瞥する。

 まあ首が宙を舞い、男の情けない悲鳴がしたのだから当然といえば当然なのだけれど、屋台の匂いに惹き寄せられて集まっていた人たちの視線が、ルーミアとカラに一挙に集まっていた。

 それを確認したカラは、唐突に自身の体を抱きしめるように腕を肩に回して、体を震わせる。手元から落ちた頭は頬を紅潮させて蕩けるような、恍惚とした表情をもらす。


「き、気ん持ちい、いいぃぃーーっ!」

「え、なに。急にどうしたの?」

「ああー、そいつはあれだ。人の視線に興奮する変態」

 自分の肩を抱きしめてくねくねと、よく言えば扇情的に、悪く言えば気色悪く動くカラにルーミアはドン引きしていると、背後の店から、申し訳なさそうな声が聞こえた。

 振り返ってみるとそこにはクロクがいた。

 クロクは屋台で焼きそばをつくりながら、くねくねと気色悪く踊っているカラを見て、申し訳なさそうに苦笑いをしている。


「一応そいつの尊厳のためにフォローしておくとな、そいつはここに来るときはそんなに変態だった訳じゃなくてだなー」

「なにあなた、料理とか出来たの? ふうん、美味しそうね」

「話聞けよ。ったく、下僕といい主人といい、人の話を聞かねえな」

「ねえ、一つ貰えない?」

「人の話を聞いたらな」

「……私の目の色は?」

「目の色? 一々覚えてねえな。それがどうかしたか?」

「いえ、知らないなら別にいいわ。それより、焼きそば貰えない?」

「話を聞いたらな」

「いいわ。続けなさい」

「あー、はいはい。ありがとさん」

 クロクは鉄板の上で炒めていた焼きそばをパックの中に詰めている。

 ルーミアは背後でよじれているカラを無視して、屋台の中に入ると、クロクから焼きそばの入ったパックを受け取った。

 ソースの匂いが、鼻腔をくすぐる。


「いい匂いね」

「焼きそばにあうように色々調合した一品だからな、自慢の一品だ」

 クロクは少し鼻高になりながら言う。

「それでええとなんだっけな。そうそう、あいつの尊厳についてだったな」

「そう言うとまるで、彼女の尊厳が地に落ちているみたいね」

「あれを見て地に落ちていないように見えるか?」

 クロクは目の前にいるカラを顎で指す。

 カラは自身の首の管理もすることなく、地面に転がりながらよがり続けていた。

「うわあ……」

 どん引きだった。


「ここに来たばかりの頃は、あんな感じじゃあなかったんだけどな」

「そうなの?」

「元々はデュラハンらしく人の目ってやつを怖がってたんだけどな。これじゃあ駄目だと己を奮い立たせて、否応なく人目に晒されるこのフリークショーに入団したらしいんだが……」

「一周回って人の視線に興奮するようになっちゃったと」

「そんな変態みたいな表現やめてくれない?」

 いつの間にか。

 出店の焼きそばを焼く鉄板の前にある僅かなスペースに、カラの首が置かれていた。

 さっきまで肩を抱えてよがっていたからか、その顔は紅潮していて、妙に艶かしい。


「間違ってないでしょ?」

「間違ってるさ、ねえクロク?」

「あー、うん。まあ、あれだ。本人が気にしていないんだったらいいんじゃあねえかな?」

 クロクは気まずそうに少し視線をそらした。

 その視線の先にはルーミアがいて、ルーミアも少しだけ目を逸らす。


「なーんか気になるけど、ま、いいか。私はそろそろお仕事に戻ることにしますか。じゃあね、ルーミアちゃん」

「ちゃん?」

 ルーミアは不機嫌さを隠すことなく、怒りを顕にカラを睨んだが、その時には首は体に回収されていた。

「さーさー皆さん、こちらをご覧ください世にも珍しい首と体が離れている生物さ、今見ておかないと生涯いつ見ることが出来るか分からないよー」

「ちっ」

「何する気だったんだ?」

「頭かち割って死ねって命令するつもりだったけど?」

「そんな事言った所で実行するわけねえだろ。危なっかしいな」

 忌々しげに舌打ちをするルーミアに、クロクは眉を下げながら言う。

 ルーミアは片目を瞑って、自身のルビーの瞳を指さす。

 もちろん、クロクの視界に入らないようにしながら。

「それが出来るのよ、私の目なら」

「こええな」

 ルーミアは先ほど貰った焼きそばを一口食べて、喉を通す。


「ねえ」

「ん?」

「あなたは何か芸をしないの?」

「俺がかぁ?」

 クロクは手を止めることなく、ヘラっと笑う。


「俺は頭の上にもう一つ頭があること以外は普通で普遍的な人間だぜ? そんなのが芸をしたところで、ここに来る客を満足させたり出来ないだろ」

「すいません、焼きそば二つ貰えます?」

「あ、はいはい。毎度ありー」

 クロクは鉄板の上にある焼きそばをパックに詰めて、客に渡して料金を受け取る。

 その客の目は、クロクの頭の上にある生首をちらちらと見ていた。


「それで見世物みたいなマネを?」

「見世物小屋だからな。むしろ芸を覚えなくていいから気楽でいいぜ」

 くっくっく。と声に出しながら、クロクは笑う。

「俺は謂わば『お笑い芸人』みたいなもんさ。不細工だったり、痩せぎすだったり、ハゲだったり、自身をネタにする人間」

「信じられないわね」

「人には人なりの考えがあるのさ。そうじゃなきゃ、こんな所にいないさ」

 クロクは鉄板の上に新しい麺を置いて、ソースをかける。

 大きな音がたち、いい匂いと白煙があがる。

「ここじゃあ俺たちのことを哀れむことは許されない。俺たちは別に、哀れんで欲しくてこんな事をしてる訳じゃあないからな。俺たちを哀れむってことは、俺たちのことを見下して、馬鹿にしているのと同じなんだよ」

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