不楽は、デリカシーなし。
双頭児の男の名は、クロクと言うらしかった。
「よくもまあ、こんなにも色々集めたものね、彼は」
「まだまだいるけどな。滅多に人前に姿を出さねえ奴もいるし」
「……サーカスよね、ここ」
「サーカスだな、ここは」
旭と偉の隣にどっかりと腰を下ろしたクロクは、快活に笑いながら自分の顔を指さした。
頭の上にある頭は、まるで表情筋がその形で固まっているだけのような微笑を浮かべている。
首だけの分、不楽のそれよりも更に不気味だ。
「ちなみに俺は、自分からここに入ったくちだ」
「自分から?」
ルーミアは首を傾げる。
「別に変な話じゃあねえよ。ほら俺って頭の上に生首があるだろ?」
「そんな『ほら俺ってA型だろ?』ぐらい気軽に言わないでくれる?」
「せっかく人とは違う見た目で産まれたんだからさ、どうにかこれで金を稼げねえかなー、と模索してからそのサーカスの存在を知って、入団を決意したって訳さ」
「前向きなのね」
「全員がそういう訳じゃあねえけどな。そこの二人は、体を引き剥がせれるのなら引き剥がしたいらしいし」
「ふうん」
クロクは旭と偉を指しながら言った。
見た目仲良くやっている二人だけれど、やはり、くっついている分の不便には嫌気がさしているのだろうか。
「ちなみに自分からここに来たのは、ロッヅとかもそうだよな」
「あいつの場合は、別に居場所がなかったとかそういう事はなかったみたいだけどね。単に立ち寄った団長に懐いて、勝手についてきただけらしいよ」
「犬ね」
「犬だね」
ルーミアとクロクは殆ど同時に頷いた。
相変わらずのロッヅの扱いである。
「ロッヅと言えば、さっき団長に旭と偉を呼んできてくれって頼まれた時、なんか知らない男と遊んでたな」
「見知らぬ男?」
思いだしたようにクロクが言うと、偉は首を傾げる。
「新入りとかじゃあないかな。どこかで拾った人を、特に説明もなしに新しく入れるのなんて、よくある事だし」
「よくあっていいのかしら、それ……」
「実際ルーミアちゃんがここにいるって事は、ここに来てから初めて知った訳だし」
げんなりとするルーミアに、旭は笑いながら返した。
このサーカスの人件管理はなかなかずさんなものらしい。
クロクは頭を捻る。
「おせじにも健康的とは言い難い痩せ細った男なんだけどよ、テントを建てるための鉄骨を三、四本纏めて抱えて運んでたんだよ」
「ふうん、力持ちだな」
「というより、人外組なんじゃあないかな。多分」
「周りでロッヅがはしゃいでるのに顔色変えずに働いててさ」
「そりゃあ凄いな」
「確実に人間じゃあないね」
「どれだけウザったいのよ……それと、多分それは不楽ね」
心底驚いている様子の旭と偉につっこみつつ、ルーミアは呟く。
「フラク? なんだそれ。聞いたことない名前だな」
「見知らぬ男なんだから当然だと思うけど……ルーミアちゃん。フラクっていうのは、きみの友達か何かかな?」
首をひねるクロクに一言添えてから、旭はルーミアに尋ねた。
ルーミアは、ここにいる三人の中では、一番会話をするのが苦ではないタイプである旭の方を向く。
なんだかちょっと、不機嫌そうな顔で。
「私のことをちゃん付けで呼ぶの、やめてくれる?」
「なんだなんだ、じょうちゃんはもうちゃん付けされたくないお年頃か」
「そうね、少なくとも何百歳も年下にちゃん付けで話しかけられるのは苦痛で仕方ないわね」
「な、何百ぅ?」
からかうように話にのっかかってきたクロクは、ルーミアがさらっと言った事実に、目をまんまるにして驚く。
「それで、えっと、なんだっけ? そうそう。不楽は私の眷属よ。下僕、とも言っても良いかしら」
「へ、じゃあそのフラクっていうのは、吸血鬼なのに日中に外に出てるって事? それとも、日焼け止めクリームでも塗れば吸血鬼は日中でも行動できるのかな?」
「そんなギャグ漫画みたいな事があると思う?」
呆れた風に、ルーミアは言う。
「そもそも彼は吸血鬼じゃあないわ。フランケンシュタインの化物……まあつまり、ゾンビね」
「え、でもさっき眷属だって」
「別に吸血鬼にならなくても、吸血鬼の眷属にはなれるのよ」
首を傾げる旭に、ルーミアは口元を引っ張って白い牙を見せる。
「吸血鬼の吸血行為には二つの意味がある。一つは捕食。もう一つは繁殖。捕食のために血を吸った相手は吸血鬼になる事なく、普通に事切れるけれど、繁殖目的に吸血した相手は吸血鬼になる――吸血鬼になるだけ」
そうじゃないとこの世は吸血鬼だらけになってしまうし、なにより、吸血鬼社会が、始祖を頂点とした完全なる縦社会になってしまう。
吸血鬼というのは、誰よりも上でいたい生物。
故に吸血行為と眷属は繋がらないように進化してきた。
次にルーミアは、人差し指の爪を伸ばして、親指を薄く切る。
親指に小さな血のたまりが乗る。
「吸血鬼の契約は血の契約。私の血をその体に宿すことで、私の眷属になる」
「眷属になって、メリットとかってあるのか?」
「そうね。腕力が強くなったり死ににくくなったり……私のために命を使う事が出来る、とか?」
「自分のことをメリットに数えるのか……」
「あら、私のために生きて私のために死ねるなんて、幸せだと思わない?」
ルーミアは口元に手を添えながら、薄く笑う。
偉は空笑いを浮かべながらも、否定はしなかった。
やはり先ほどの――ルーミアが吸血鬼かどうか言及した時に、彼女の瞳を見てしまったらしい。
彼女の虜に陥る、ルビーの瞳を。
「メリットがあるってことは、デメリットもあったりする?」
対してその時、ルーミアの瞳を見ていなかったらしい旭は素朴な疑問をあげる。
「私自身にはないけどね」
ルーミアはその前提はしっかりと否定する。
「デメリットはそうね……定期的に私の血を摂取しないと動けなくなる事ぐらいかしら?」
そんなルーミアの声に合わせて、外の方から大量の鉄骨が崩れ落ちるような、激しい音がした。
***
「へえ、なるほど。どうりで力が出ないと思ったよ」
「そう言えば一度も補給した覚えがなかったわね」
倒れた不楽は、ロッヅとニナが担いで運んできた。
『理由は分からないけど、とにかく力が入らないんだ』と床の上に仰向けになって言う不楽に、ルーミアは自身の手首を爪で切って血を流すと、そのまま不楽の口にドボドボと流しこんだ。
「え、なんだ。血の補給ってそんな雑な感じなのか?」
「本来なら私の手なりなんなりを噛ませたりするべきなんだろうけど……」
補給を終えたルーミアは、切った手首をもう片方の手で掴む。
すると手首から流れる血は止まり、手を離した時には、切り傷は塞がっていた。
「下僕とはいえ、私の体に噛みつくとか、万死に値するわ」
「なあなあ、なんかこの部屋スゲー臭くねえか?」
「うるせえロッヅ。これでも臭って鼻壊せ」
「はぎゃっ!?」
鼻をすんすん動かしていたロッヅの前に、偉はニンニクを突き出す。
その臭いを吸ってしまったロッヅは鼻をおさえて、それこそ犬みたいにかん高い悲鳴をあげる。
「な、なにすんだよっ!」
「その話題については言及するな。いいな?」
「だ、だからなにをだ、部屋が臭いことか?」
「てい」
「はぎゃあぁぁっ!?」
肩をぷるぷる震わせるルーミアを見て、偉はロッヅに、ニンニクを臭わせる。
そういう――強烈な臭いにとことん弱いロッヅは悲鳴をあげて部屋の中で転げ回り、サヘルは鼻をつまむ。
蛇というのは、意外なことに嗅覚は鋭い方なのだ。
そんな中、血を補給して動けるようになった不楽はむくり、と上半身を持ち上げ、部屋の中の臭いを嗅いでなにやら察したのかこくり、と頷く。
「もしかしてルーミアさん。吐いた?」
不楽の顔面に、ルーミアの横蹴りがめり込んだ。
不楽の上半身は、床に勢いよく叩きつけられ、ルーミアは黒いスカートをひらりと翻しながら白い脚をおろし、スカートを押さえる。
もちろんその顔は、羞恥と怒りで真っ赤に染まっている。
「……お前、デリカシーってやつはないのか?」
「人のこと言えないと思うよ。偉」
偉は倒れたまま笑う不楽に、呆れたように言ってそれに対して旭は口悪く続けた。
蹴られて鼻が曲がっている不楽は、それを元に戻しながらあははー、と笑う。
「蹴られて笑うとか、お前変態か?」
「人のこと言えないと思うよ、偉」
「俺変態じゃあねえよッ!? お前今明らかに俺のこと馬鹿にしただろ!」
「馬鹿にしてないよ。事実を述べただけだよ」
「今日一日で俺お前にどんだけ嫌われてんだよ……」
偉はがっくしと頭をたれて、旭は楽しそうに笑う。
そんな中で、不楽は笑う。
名前の通り。
楽しくなさそうに。
なんとも取れない感じに。
「ごめんごめん、ルーミアさん。次は気をつけるよ」
「次は、ね」
そっぽを向いたままルーミアは、片目を瞑って、不楽の方を見る。
分かっている。彼に悪気がない事ぐらい。
「……次は容赦しないからね」
「さっきの蹴り。容赦してたように見えたか?」
「全く。明らかに鼻折れてたよね」
「なにか文句ある?」
「「いえいえ、なにも」」
じろり、とルーミアは旭と偉を睨む。
二人は自身の顔の前で、組んでいない方の二本の腕を顔の前で振った。
「ふうむ、どうやら私からの紹介は必要なさそうですね」
「あ゛、だんじょう。お゛がえり゛ー!」
そんな三人の様子を傍から眺めていたらしい一つ目の団長は、あごをさすりながら言う。
鼻をつまんで涙目のロッヅは、飼い主の帰りに気づいた室内犬みたいに、しっぽを振る。
ルーミアは、一つ目の団長の方を向く。
「これでフリークショーのスタッフ全員?」
「まだ何人かいますよ。プールから出てこないのもいますし」
「意外と少ないのね」
「個人経営ですから……それに、人前にでて笑い者になろう。なんて人は多くないですから」
「ふうん」
ルーミアはキャラバンの部屋を一瞥する。
頭と意思が二つある人間。
それからかわれる小さな狼男。
ゲラゲラ笑う双頭児の男。
そんなある種、不可思議的光景を眺めながら、ルーミアは少し違和感を覚えた。
一人。
身を毛布で隠すラミア――エマ・サヘルだけ、妙に距離をとっている事に。一歩だけ、離れていることに、違和感を覚えた。
――まあ、深追いする程の事じゃあないけど。




