ヴぁんぷちゃんは気持ち悪い
「で?」
ひとしきりいがみ合った二人は、ほとんど同じタイミングでそっぽを向くと(その時どちらも嫌そうな顔をしていた)、ルーミアはぶっきらぼうに言った。
「フリークショーのスタッフはこれで全員?」
「先に街に行って宣伝してもらっている人も何人かいますが、人外組はこれで全員ですね」
「人外組?」
聞き慣れない言葉に、ルーミアは小首を傾げる。
「私たち奇っ怪なるものたちですよ。この車両は人外組用、後ろをはしる車両は、奇形の人たち用ですよ」
「奇形?」
「一つの体に頭が二つあったり、顔がポテトみたいに腫れ上がってたり、脚が足首までだったりする人たちの事ですよ。奇形、先天異常の人間。会いに行きますか?」
「いえ、後で良いわ。ふうん、奇形、先天異常の人間ね。でもそれって、奇っ怪なるものと同じじゃあないの?」
もちろんルーミアは、もちろん人間の中にもたまに人間のシルエットからかけ離れた人間がいることは知っている。
何回見ても、人と認定するには憚れるような奇形。
そんな彼らの忌み迫害を、哀れみ崇拝を、四百年もの間何度も見てきたルーミアにとって、彼らは『人ならざるもの』である奇っ怪なるものと同列であった。
しかし、一つ目の団長は首を横に振る。
「ちがいますよ、彼らは人間です」
「私たちと同じ、異質で異形な存在でしょ? そう見たら、同じだと思うけど」
「あんたは別に異形でもなんでもないでしょ……」
そんなサヘルの呟きは、ルーミアの耳にもしっかりと届いてはいたけれど、ルーミアはそれをわざと無視した。
一つ目の団長は、そんなサヘルを――下半身が蛇の、奇形の少女を一瞥してから答える。
「だって彼らは、可哀想じゃあないですか」
一つ目の団長は、自身のその、一つしかない大きな目を指さす。
「例えばこの世には単眼症というのが確かに存在していて――まあ、彼らはその殆どが産まれてすぐ死んでしまうそうですが――しかし、確かに人類の中にも単眼が存在するのは確かです。けど、別に私の顔を見ても可哀想だとは思えないでしょう?」
「え、ええ。まあ、全く思えないわね」
可哀想じゃあない。と言うと、どこか非情に聞こえなくないけど、別に哀れむことが良いことばかりじゃあない。
「それはどうしてか。それはきっと『そういう構造の生き物』なのだと、人間は本能的に理解できるからだと思います」
けれども、彼らは違う。と一つ目の団長は続ける。
「彼らは哀れまれる。『目がひとつしかなくて可哀想』と。まるで元々目が二つあるべきだと分かっているかのように、です」
ゆえに彼らは人間ですよ。
人とちょっと違うだけのね。
そう一つ目の団長は言った。
哀れだと思われるか。
気持ち悪いと思われるか。
なるほど確かに、分かりやすい区分だとルーミアは思った。
サヘルがああして毛布で全身を覆うのも、それが原因なのかもしれない。
全身を隠すのではなく、好奇の視線から隠れるために、彼女は毛布にくるまっている。
それほどまでに好奇の視線を毛嫌いしている彼女が、その好奇の視線を生業の糧としているサーカスに身をおいているのは、中々どうして、皮肉な話ではあるけれど。
「ですからルーミアさん。彼らと会うときは、哀れみを持たずに、普通に接してあげてもらえますか?」
「もちろん、そうするつもりよ。哀れんでくれと言われない限り」
ありがとうございます。と一つ目の団長は笑った。
彼にとって、フリークショーのメンバーは家族同然なのかもしれない。
「おおっ! フラク見ろ見ろ。うみだうみが見えるぞっ!」
「そうだね、さっきから――数十分もの間、ずっと海しか見えてないね」
あのロッヅという少年はどうなのかと彼の方を見てみると、ロッヅはキャラバンに乗ってから、何も変わっていない風景を見て、ぴょんぴょんと跳ねていた。
その反応が、まだ迷子になったばかりで心にまだ余裕のあった頃の自分と同じで、ルーミアは何とも言えない表情になる。
「ルーミアさん、ルーミアさん」
「なに、不楽?」
窓の外を見ていた不楽が、振り返ることなく、後ろ手で手招きをする。
ルーミアはそれに素直に反応して、不楽の元に近づく。
不楽は窓の外の道を指さす。
その道は分かれ道になっていて、キャラバンはそこを右に曲がった。
「あそこはやっぱり、左に曲がるのが正解だったね」
不楽のすねに、ルーミアの蹴りが突き刺さった。
***
「ここでショーをするの?」
「はい、すごく広い場所がとれたみたいですね」
左に曲がると街はすぐに見えてきた。
地方にしてはそれなりに発達しているのだろう街の外れにある広い空き地に、キャラバンは停車した。
そこには先に行って宣伝をしているらしいスタッフが泊まっているのだろう、キャラバンが一台先に停まっていた。
その隣に、二台のキャラバンも停まる。
「さあロッヅ、サヘル。フリークショーの会場になるテントを張るから、キャラバンの外に出るよ」
ルーミアたちの前に立った時と同じように、一つ目の団長は再びシルクハットを目深に被った。
これが彼の、大きな目を隠す方法らしい。
一つ目の団長は二人を急かすように、規則的に手を叩く。
二人は露骨に嫌そうな顔をしながら、色々と準備に動きだす。
「うー、この仕事だけは本当に嫌いだぜ、疲れるし、面倒だし、暑いし……」
「あんたと気が合うのは嫌だけど、同感よ、バカ犬」
「だったら俺をバカと呼ぶのはやめろよ。同じ意見からお前も馬鹿ってことだぜ!」
「……太陽の下で汗水たらしながら働くのは最高ね」
「そんなに俺と同列は嫌なのかっ!?」
横できゃいきゃいと、それこそ子犬みたいに抗議の声をあげるロッヅをよそに、サヘルはちらりと、肩越しにルーミアを見た。
「私は別に、昼間部屋の中で引きこもるような、陰気な奴じゃあないし」
「むか」
思わず口に出してしまうぐらいには、ムカついた。
ちなみにまだ日は昇っていない。 そろそろ日出時間が近づいているとはいえ、まだ日の下ではなく、月の下で働くような時間だ。
それなのに、あえて『太陽の下』という辺り、その時から嫌味を言うつもりだったのだろう。
――この子、嫌い。
苦手ではなく、嫌い。
不楽と会って間もない頃には、そのマイペースさや、空気の読めなさに参ったものだったが、悪意がないことは分かっていたので、突っぱねたことはなかったが、彼女のように敵意を向けてくるような相手に、好意を向けれるほど、ルーミアは優しくないし、大人じゃない。
四百年生きていようと、心はまだ子供のままだ。
「ルーミアさんはどうなさりますか? テントを張るのを見ていきますか?」
「いえ、もう眠いから私は寝るわ」
ふあ、とルーミアは口に手を添えて小さくあくびをした。
日出時間が近づいているということは、夜行性の吸血鬼であるルーミアにとって、睡眠時間が近づいているという事だ。
ルビーの瞳にたまった涙を拭う。
「それに私には、汗水たらして汗臭くなる趣味はないし」
「……ふん」
サヘルは鼻を鳴らして、先にキャラバンから出ていった。
これから外で力仕事をするというのに、やっぱり、あの毛布を脱ぐことはしなかった。
それを気にも留めず、ルーミアは一つ目の団長と向き合う。
「その代わりといってはなんだけど、不楽を貸すわ。精々こき使ってあげて」
「え、彼ですか……? えっと、彼は眠らなくてもいいんですか?」
一つ目の団長は不楽の全身を大きな目で見て、まゆをひそめた。
不楽は背こそ高いものの、全体的にひょろっとしていて、フリークショーの会場となるような大きなテントを張る力仕事が似つかわしい見た目ではない。
だからこそ一つ目の団長はまゆをひそめて、遠回しに否定をしているのだろう。
ルーミアはくすり、と笑う。
「大丈夫よ、彼はフランケンシュタインの化物。私よりも力は強いし、眠る必要もないわ」
「あなたがそういうのであれば」
魅了にかかっている一つ目の団長は、ルーミアの意見を肯定した。
「それよりも、はやく眠りたいから布団とか用意してくれない? 出来るだけ使われたことのないような、清潔なものをお願い」




