『 』とおんみょーじ。
忘れ物を取りに帰ったルーミアを止め損ねたゾンビは、その後何をしていたかと言えば、何もしていなかった。
『楽しい』とかそういう感性の抜け落ちた『行動的ゾンビ』である彼にとって、娯楽なんてものは必要なく、手持ち無沙汰なんて言葉も存在するはずもなく、エンターテインメントも物欲もない部屋の真ん中で、何をする訳でもなく、ただ座っていた。
ボーッと、ルーミアが戻ってくるのを待っていると、鍵をかけずに開けておいたドアが不意に開いた音がして、ゾンビは首だけを動かしてドアの方を見た。
そこにはルーミアではなく……男が立っていた。
ゾンビは眉をひそめる。
「なんだ、誰か人でも待っていたのか?」
男はそんなゾンビをみて、少しからかうような口調で言った。
それはまるで、ゾンビがゾンビであることを知っているような口調だった。
普通、分解でもしない限り気づけるはずがないのに。
「まさかな。お前が人を呼ぶなんて思えないしな」
「人を待ってるんだよ」
「お前が?」
男は信じられないと言わんばかりに、表情を歪める。
「ありえない訳ではないけど、しかし、にわかに信じがたないな」
「そうかな?」
「そうだ」
考えてみろ。と男は言う。
「お前の行動理由には現実に即した、目的を果たすための合理的な理由が必要だ。感情的な理由なんてあるはずがない」
「そうだね」
ゾンビは自分のことを理解したうえで頷く。
「だからこそ『人を家に呼ぶことが正解』な、感性の余地もない現実的な理由というのが、俺には思いつかない」
「彼女、命を狙われてるんだよ」
「物騒な話だな……彼女?」
話半分に、しかしゾンビが嘘をつくとは思っていない男は一瞬納得しかけたが、一つのワードに違和感を覚えた。
彼女、つまり異性。
それに、その程度の事に男は凄まじいまでに違和感を覚えた。
「お前、女を家に誘ったのか?」
「うん」
訝しみながら尋ねる男に、ゾンビは頷く。
「暖かい手の女の子だよ」
「……」
男はゾンビの表情を見る。
その先の意識を見ようとする。
しかし吸血鬼のように意識介入する事の出来ない彼に、その先は分からない。
何を思っているのか。
何を思ってないのか。
「これがあると困るから外させたとはいえ、分からないというのも困りものだな」
男は髪を乱雑に掻いて、ゾンビに向けて言う。
「お前がもし好意ないし恋愛感情に近いものを感じているというのなら、それは気のせいだ」
「……」
「意識のないお前には、純粋に意識だけで構成されている好意なんてものがあるはずがないんだよ、だからお前の感じているそれは気のせいだ『化物』」
「……そう、だよね」
男は部屋の奥に移動する。
そこにはクローゼットがあって、男はおもむろにそれを開く。
部屋の内装から察するに、中には何もないと思われたのだが、中には一着だけ、白装束がはいっていた。
「分かったならそうそうに準備をしろ『化物』予定通りなら、あの吸血鬼も弱ってきているはずだ」
白装束を着込む男の名前は土御門接道。
日本に古来から存在する、退魔師一族の現当主である。




