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しかし無駄に可愛い顔をしているな、とアヴァンは薔薇越しに彼女を見つめた。
王城の西端にある花園で、フィルートが侍女と共に茶を飲んでいる。
ロスカという名の薔薇は、大地を這って成長する蔦薔薇で、棘が無く、小さな薄紅色の花を無数に咲かせた。庭師によって計算されて作られた花園は、現在ほぼ薔薇園と化している。腰辺りまでの背丈がある薔薇の垣根があちこちに作られ、濃厚な香りを漂わせていた。薔薇の垣根の中央には湖があり、その周囲を蔦薔薇が覆っている。
薔薇の花園に座り込んだ彼女は、今日は桃色のドレスを身に付けていた。豊満な胸、コルセットを付けずとも細い腰、丸い尻はドレスに隠れて見えないが、細い腕は長く、その顔は天使か、と見紛うほどに完璧だ。
くすみ一つない白い肌は張りがあり、細い眉は形良く、ほんの少し気が強そうな青い瞳が、これまた良い味わいでこちらの征服欲を掻き立てる。
目を覚まして以降、フィルートは何度か脱走を試みた。しかし魔力の使い方すらわからない赤子のような者を捕らえるのは、文字通り赤子の手を捩じるようなものだ。
三度目の脱走を捕らえた夜に、半ば本気で貞操を奪おうとしたら、『もう逃げないから許して。』と死にそうな顔で懇願したので、今のところ手は出していない。
もう何度も奪って来た、小さくも愛らしい珊瑚の唇が、楽しそうに笑った。
「随分若いご婚約者ですねえ……」
薔薇の垣根越しに、己の婚約者を眺めまわしていたアヴァンの隣に、若い男が歩み寄った。黒い軍服を身に付けた、王弟――ルークだ。
漆黒の長髪を襟足で一つに束ねた、彼の顔つきは兄弟そろってそっくりで、女に事欠かない男だった。唯一の違いは、ルークの声はアヴァンのような、無駄な色香を含んでおらず、女性と普通に会話が成立するところだ。
アヴァンよりもやや垂れ目気味な赤い瞳は、花園で談笑しているフィルートに釘付けになっている。
「……十七歳だとか?」
ルークに尋ねられたアヴァンは、首を傾げる。勇者の年齢なんか覚えようとも思っていなかったため、アヴァンはうろ覚えの記憶を辿った。
「ああ、まあそれくらいだったか」
ルークはくす、と笑ってこちらを振り返る。
「陛下のご一存でお決めになられたとお伺いしましたが、存外、興味はないのですね……」
アヴァンは弟の目の色に、妙な色気を見つけ、眉根を寄せた。
「年齢には興味が無かった、というだけだ」
「ふうん……」
ルークは再びフィルートを見やる。その横顔に、にや、と嫌な笑顔が浮かんだ。
「しかし青い瞳は……妙に惹きつけられるものですね」
言われてみれば、自分たちの赤い瞳と正反対の色だった。フィルートの空を映し込んだような澄んだ瞳は、どんな感情を宿していても、美しい。
アヴァンは嘆息しつつ、踵を返した。政務の合間に休憩がてら散歩をしていただけで、フィルートをいじっている時間は無い。
「そうかもしれないな。ルーク、あれは俺のものなのだから、妙な真似をするなよ」
手癖の悪い弟にくぎを刺して城へ戻るアヴァンに、ルークは頭を下げた。
「もちろんですよ、兄さん」
どうだか、とアヴァンは内心吐き捨てた。
フィルートを女にしたのは、何もしていない自分を殺しに来た、無礼者を懲らしめるためだった。
更に、フィルートは自分の声を聞いても微動だにしなかった。
ならば――ついでに嫁にしてしまえば、見合い話を断る良い材料になるじゃないか――と名案が浮かんだ。
軽い気持ちでやってみたところ、予想以上に完璧だったので、二度と男に戻れないように、自分の魔力まで使って、縛り付けたのだ。
素晴らしい即決だった、と自分を褒めたい。
天使のような顔を恐怖に歪ませる様は非常に愉快であり、襲ってやればどんな声で鳴くのか楽しみでならない。
だが相手は元男だ。無理強いをして精神を壊しては、目も当てられない。
自分好みに仕上がった、せっかくの上玉。
アヴァンはじりじりと、『元勇者』を攻略していくつもりだった。