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「「「「あああああ!」」」」

 悲鳴が上がった。その声は高く、魔王のそれとは全く違う。

 ぎょっと謁見の間の扉付近に目を向けたフィルートは、引きつれてきた四人の魔法使い達が、その場に倒れ伏す様を目の当たりにした。

「な……っ」

 慌てて立ち上がろうとした額に、ぎら、と刃が付きつけられた。

「――」

 息を飲んだ。さっき光でもって破壊を命じたはずの、その対象が、目の前に平然と立っている。

 魔王は、傷一つない美しい顔で、にっこりと笑った。

「びっくりしたじゃないか、フィルート。この俺に、『重複魔法』を駆使させた人間は、お前くらいだよ」

「へ……」

 『重複魔法』は、一度に別の魔法を二つ行使することを言い、それができる人間は歴史上に数名いるだけで――実在しないとまで言われている。

 つまり目の前の男は、フィルートの攻撃を霧散させつつ、彼女達の意識を奪ったのだろう。

 フィルートの目尻に、ちょっぴり涙が滲んだ。

 こんな超人だなんて――聞いていない。

 魔王は起き上がろうとしていたフィルートの肩を蹴って、床に寝転がらせる。その上に仁王立ちになった彼は、剣先に魔力を集め始めた。

 ――僕の人生、これで終わりか……。

 恋人の一人もできないまま終わるだなんて、なんて虚しい人生だったのだろう。

 せめて最後に、リリアちゃんに告白くらいさせてくれよ――なんて涙ぐんだフィルートを見下ろす魔王の顔は、とても愉快そうだ。

「いやあ、楽しいなあ。約束通り、俺が勝ったのだから、お前の大事なものを貰おう」

「え……」

 フィルートは目を剥く。まさかリリアを殺すつもりか、と目を向けると、魔王はくつ、と笑った。

「何を見ているんだ。女なんか、もうお前には必要ない」

「は……?」

 くつくつと笑う顔が、邪悪だ。これ以上の愉悦は無い、と言いたげな魔王の瞳が、一瞬金色に輝いた。妖しげな低い声が、はっきりと声を張った。

「――我に背きし男、是を転変せん」

「――――」

 剣の切っ先から、強烈な闇の針が放たれ、額を貫く。

 言葉を理解するより早く、急激に体が熱くなった。内臓が溶けだしたような激痛と灼熱が、全身を襲う。うめき声を上げたいのに、喉の中まで焼け爛れ、熱が節々までを焼きつくし、口を開くしかできない。

 ――苦しい。

 フィルートは喉を押さえた。息ができない。体を強張らせるフィルートの耳に、場違いなほど甘く、優しい声が聞こえた。

「苦しいかい……? 可哀想に……」

 両腕を無理矢理広げられ、呼吸困難に喘ぐぼやけた視界に、美丈夫が映った。深紅の、美しい瞳が楽しそうに弧を描いている。

「この俺に、刃を向けた罰だ」

 ――何、言ってやがる。

 思いは言葉にならない。瞳からぼろぼろと涙が零れ落ちる。

 魔王の顔が、興奮した。人が苦しんでいる顔を見て、欲情する人間らしい。

 ――変態め!

 魔王は、その美しい鼻筋を、フィルートのそれに触れさせる。

「苦しいだろう……。安心をおし……。もう二度と、同じ苦しみを味わったりしないように、しっかりとこの体に留め置いてやる」

 ――何の話だ。

 魔王が話している内容は分からなかったが、フィルートの意識は白く霞みがかり、もう持ちそうになかった。――死にそうだ。

「……かっ」

 喉から奇妙な音が漏れた時、魔王はふうと息を吐いた。

「ああ……詰まらないな。もう少し、苦しんでいる顔が見たかったのに……」

 ――真正の変態だ……。

 フィルートの意識は、もうすぐ消えそうだった。その体を、魔王は抱き起した。涙で滲む視界に、真っ赤な瞳が迫る。吐息が唇に触れた。何だと思う間もなく、ふにゃ、という感触が重なった。

 魔王は、フィルートの唇に、自分のそれを熱く重ねていた。

「――!?」

 びくっと、フィルートの肩が跳ねた。

 目の前には、美麗な顔の魔王。しかも焦点が合わない距離にいる。唇には、初めての感触。柔らかい、体温を持った他人の唇が密着している。

 ――げええええ! 僕の、僕の、ファーストキスがあああああ!

「んんんんんん!」

 抗議を込めて声を上げると、魔王はちら、と目を上げた。唇を重ねたままだ。

 両腕に力を込めて相手を押しのけようとするが、一方の手は捕らえられており、もう一方の手は相手の肩を押しているのに、ちっとも力が入らない。

 ――どうして力が入らないんだ? 折れているわけでもないのに!

 混乱していたフィルートは、唇の異変に背中を強張らせた。しっとりと濡れた何かが、唇をなぞった。

 ――ぎゃああああ! てめえ! 変態もほどほどにしろよおおおお!

 渾身の力で魔王の肩を推すと、逆に腰を引き寄せられ、密着された。驚いた隙をついて、口内に未知の感触が侵入。

 ――うぎゃあああ! 神様ああああ!

 ぬるりとした魔王の舌が、フィルートのそれを絡め取った瞬間、背中が跳ねた。

「――!」

 心臓を背中から何かに貫かれた。

 闇魔法か――?

 背中に回った魔王の手から、容赦なく魔力の刃が突き立てられていた。魔力が、心臓から血の中に流れ込む。同時に、体を内側から何かに縛られた気がした。体中を魔力が這いまわって行く。

 ――やめろよ……っ。

 己の体の変化について行けず、フィルートは魔王を睨みつけた。だが、魔力が通り抜けるたび、体に経験したことのない疼きが沸き起こった。

 耐え切れず目を閉ざせば、口内の舌が別の目的で蠢き始めた。ただ快楽を与えるだけの、淫らな水音。

「ん……ん、ん……!」

 かたかたと膝が笑った。魔王はフィルートの上半身を起こし、その足の間に割り込んで座っている。その膝の震えを見た魔王は、にや、と目元だけ笑う。そして非情にも、フィルートの口内を犯し続けた。

 体は、快楽に染まっていく。魔力で犯される感覚は苦痛だ。だが相手の侵略を目的としている魔力は、相手の感覚を麻痺させ、真逆の感覚を与えた。

 魔力が末端と言う末端に届き切った頃、フィルートは魔王の腕の中で、ぐったりと力尽きていた。

 上気した頬は、白桃のように艶やかだ。

 赤く腫れた愛らしい唇を見おろし、魔王はほくそ笑んだ。




 終始無言で成り行きを見守っていた壮年の男――エルゲナが、影を通り抜けて、魔王の傍らに現れた。

 エルゲナは、フィルートを憐憫の眼差しで見下ろす。

「陛下も残酷ですねえ……。すっかり可愛くしてしまって……」

 魔王は機嫌のいい顔で、フィルートの肢体を抱き上げた。体の大きさに合わなくなった服が、指先まで覆い隠している。

「可愛くできたじゃないか。これで俺の花嫁問題も、解決だ」

「はあ……」

 エルゲナは謁見の間の扉口で倒れている、女たちを見る。

 魔王は興味なさそうに女たちを一瞥し、踵を返した。

「あれらは母国へ送還してやれ。そうだな、勇者は死んだと記憶を変えておけ」

「畏まりました……」

 男は一礼すると、忽然と消える。次の瞬間には、女たちの傍らに現れており、王の命令を遂行すべく、魔力を開放し始めた。

 魔王は腕の中のフィルートを見下ろす。

 長い白金色の髪、くすみない白い肌、長い睫、愛らしい唇。かつてよりも細い首は、力を籠めればすぐ折れてしまうだろう。

 華奢になった肩、そして自分好みに豊かな胸の膨らみと、細く滑らかになっているだろう足。

 彼は、完璧に美しく出来上がった美少女を見おろし、妖しく笑った。

「俺に刃向うからだ、愚かな勇者……。これから、たくさん可愛がってやろう……」

 光魔法使いは、どうあがいても闇魔法使いには敵わない。

 闇に溶け込める能力を持つ彼らと、光に溶け込められない彼らの間には、大きな力の隔たりがあった。

 これまで双方が大きな争いごとを起こさないで済んだのは、ひとえに闇魔法使いが戦いを望まなかったからに過ぎない。

 全面戦争など、もっての外。――絶対勝利を確信できる戦など、開くだけ無駄だ。

 闇魔法使いの王は、妖艶に笑んで、もう一度、愛らしい少女の唇に口付けを落とした。



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