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 勇者一行は、あっさりと謁見の間までたどり着いた。事前に間取り図を手に入れていたため、王の書斎と行先を迷ったが、まるで案内をするかのように無人の扉が次々と現れ、最終的に謁見の間が目の前に広がっていた。

 そう、解放された扉の中――巨大な玉座に座した魔王は、勇者一行を待っていたのだ。

 赤い絨毯の先には、巨大な玉座。その中央に大きく腰掛けた若い男は、漆黒のマントを羽織っている。上から下まで漆黒で統一された衣装は――デュナル王国・国王を示していた。

「やはり待ち伏せか!」

 謁見の間の手前で、フィルートは立ち止まる。襲撃に備え剣を構えたが、赤い絨毯の先にいる魔王は、頬杖をついて、一行を眺めまわした。

 勇者の背後に並んだ四人の女性陣は、魔王を見るなり、感嘆の声を上げた。

「うわ……格好いい」

「わあ、素敵ですぅ」

「いい男だねえ」

「いい……」

 フィルートはつい、突っ込みを入れた。

「いやいやいや! 敵だから! 賞賛しないで? っていうかリリアちゃん、話し方がいつもとちょっと違うよ!?」

 リリアは通常の五割増しで、甘ったるい声を出していた。

 女性陣の目はキラキラと輝き、フィルートの声など耳に届いていない様子だ。

 もしや既に魔法をかけられた後なのかと、ここでやっとフィルートは魔王をまともに見た。

「う……っ」

 ――負けたあああ!

 フィルートは、ほんの少し自分の容姿に自信を持っていた。瞳は大きいながら、甘いマスクと、若くして中佐まで上り詰めた彼は、若い女性に人気がある。舞踏会などに参加すれば、必ず女性に囲まれ、踊りをせがまれた。

 だが、目の前にいる魔王は、見たことも無い美丈夫だった。

 漆黒の長い前髪が、片目を覆い隠して、物憂げな雰囲気を醸し出す。

 前髪の下の眉はきりりとしていて、切れ長の瞳は深紅。その眼差しは、視線が合うだけでどきりとする色香を漂わせた。加えて高い鼻筋、形良い唇、鍛え上げていると分かる体つきに、すらりと組んだ足。漆黒のブーツで覆われた足は、とても長かった。

「よく来たな、光魔法使いども……」

 低いバリトンボイスは、すべからく女性陣を腰砕けにした。

「ああん……!」

「やあん!」

「はあ……っ」

「……ん」

 全員が耳を押さえて床に崩れ落ちた。

 フィルートは愕然とそれを見渡し、魔王を睨み上げた。

「貴様! 既に魔法を使っていたのか!」

 魔王は片眉を跳ね上げ、フィルートをまじまじと見下ろす。

 つられてフィルートも魔王の顔を眺めた。

 アテナ王国一の美貌と謳われた長兄と、アテナ王国一の美声と称えられた次兄を、足して割ったような存在だ。――いや、もしかすると兄たちを凌駕して余りあるかもしれない。

 兄たちは揃って金髪碧眼で、どこか王子然としているが、目の前の男は背負う色が違う。暗黒色の覇王然とした落ち着きと、完璧すぎる容姿は、兄たちが並んだところで、足元にも及ばないだろう。

「……良く見えないな。こっちに来い」

 どこかやる気のない声で、魔王は手招きした。

「え? ああ……」

 一瞬、素直に応じたフィルートは、三歩進み出たところで、再びはっと身構えた。

「油断させて襲う気だな!」

 油断なく周囲を見渡すが、人気を感じられない。見事に磨き上げられた大理石の床。煌々と天井から光が注がれ、影らしきものは見当たらない。四方に目を配るが、兵らしき者もいない。

 魔王の背後に、銀の甲冑を着込んだ兵士が二名立っていたが、これらは微動だにせず、まるで人形のようだった。

 そして魔王の傍らに、黒いローブを着た、壮年の男性が一人いた。白髪に赤い瞳の男性は、非常に迷惑そうにフィルートを見ている。

 魔王は無駄に色気を振りまく眼差しで、フィルートの顔から足先まで視線を走らせた。

「ふうん、お前が勇者フィルートか?」

「な……!」

 名前を呼ばれ、フィルートは目を見開く。勇者一行が魔王討伐に出たことは、極秘事項だ。よもや身内に裏切り者がいたのか、とほぞを噛んだが、魔王はにや、と笑った。

「よし。俺を殺しに来たのだろう? 特別に相手をしてやろう、この俺自ら」

 魔王が立ち上がる。それだけで、ぞくりと背筋に悪寒が走った。確実に自分よりも身長は高く、更に体の作りも違うと分かった。フィルートは、中佐となるだけあり、それなりに鍛え上げているが、魔王の肉体は一回り大きく見える。

 ただ分厚い筋肉で覆っているようには見えないので、きっと骨格の作りから違うのだ。

 魔王はこつり、こつりと階段を下りてくる。

 フィルートは、両手で剣を握りしめた。手にじわりと汗が滲んだ。

 魔王は艶のある眼差しをフィルートに注ぐ。

「そうそう。ただ戦うだけではつまらない。お前が勝てば、お前は俺を殺せるが、俺が勝ったら、お前は俺に何をくれるんだ?」

「は?」

 突然の質問に、頭が回らなかった。フィルートの目的は魔王討伐だ。相手が勝つことなど、条件には無い。生か死か。ただそれだけだ。

 だから眉根を寄せて、訝しく聞き返した。

「お前が勝ったら、僕は死ぬだけだ」

 魔王はまた片眉を跳ね上げ、短く息を吐く。物凄く馬鹿にされた気がする。

「お前を殺したって、面白くもなんともないじゃないか。俺はお前を、殺さないよ」

「じゃあ、僕がお前を殺すだけだ」

 魔王は口の端を上げた。今度は本当に馬鹿に仕切った笑いだった。

「お前に俺が殺せるはずが無かろう。馬鹿か。アテナ王国軍の中佐クラスだろう? お前、本当に俺を殺せると思って来たんだったら、相当な馬鹿だぞ。――まあ、来ているんだから、馬鹿なんだろうがな」

 今馬鹿って何回言ったんだこの野郎――!

 フィルートはむかっとして、声を荒げる。

「馬鹿って言うな! 僕はこれでも、光魔法使いのトップでもあるんだからな!」

 叫んだ刹那、目の前から魔王が消えた。ふわ、と風が背後から生まれたと気付いた時には、喉元に男の手が食い込んでいた。

「ぐ……っ」

 ――影を移動したか!

 フィルートの足元には、極僅かな影ができていた。

 耳元に吐息がかかる。ぞく、と耳から腰に掛けて、震えが走った。

 背後に回った魔王が、低い声で囁きかけた。

「光魔法使い如き、この俺が御せないと思ったか……?」

「……くそ!」

 やけくそで剣を右腕だけで背後に振り切ると、忽然とまた姿が消えた。

「今、俺がお前の喉元を掻き切れば、お前は死んでいたよ」

 魔王は再び玉座の手前、階段を降りたところに佇んでいる。大儀そうに前髪を掻き上げ、両腕を組んだ。軽く首を傾げて、フィルートを、そしてその背後に目をやる。

「お前のパーティは女ばかりだが、それはお前の趣味か?」

 背後に目を向ける。腰砕けになった女たちは、頬を染めながら立ち上がっていた。皆一様に、魔王をうっとりと眺めている。

 ――どうして戦う気力が全く感じられないんだよお!

 フィルートは内心半泣きだった。光魔法使いのトップクラスが五人もそろえば、いかに魔王と言えど、苦戦を強いられるはずなのだ。だが現状、女性陣からの協力は得られそうにない。

 魔王は鼻を鳴らす。

「あの中にお前の恋人でもいるのか?」

「「「「いません!」」」」

 女性陣は全員、声を揃えて否定した。――泣きたい。

 リリアちゃん、ちょっといい感じだと思っていたのに――。

 魔王は思案顔だ。

「そうか……。恋人でもいるなら、勝った暁に、お前の女を奪い取ってやるのも楽しいかと思ったのだが」

「お前最悪だな! 人の女取ろうとか、どんだけ自信満々なんだよ!」

 言ってから、しまったと思った。魔王は苦笑するという、傲慢な態度を返してくれた。

「いや、すまないな。今まで俺になびかなかった女は、一人もいなかったものでな」

 ――くそおおおおお! 神様は不公平だ!

 その苦笑一つでも、女性陣にはたまらなく良い響きを伴っているようで、全員が身悶えている。

「お前なんか、もげちまえ!」

「……」

 魔王は美しい顔を一瞬曇らせ、何を言われているのか分からない、という顔をした。そして合点がいった、と頷く。

「ああ、なるほど。お前にとって最も屈辱なのは、男性機能を奪われることか、フィルート」

「僕をファーストネームで呼ぶな!」

 まるで旧知の仲のように親しげに名を呼ばれ、額に青筋が浮かんだ。

 魔王は意に介していない妖艶な笑みで、初めて腰に帯びていた剣をゆったりと抜き取った。白刃の煌めきを見た瞬間、悪寒が全身を駆け抜けた。

 たん、と魔王が地を蹴る。

 フィルートは目を剥いた。地を蹴ると同時に、魔力の発動を感じた。

 ――こいつ、移動に魔法を重ねてきやがった……!

 体を動かしながら、魔法を使うのは高度技術だ。さらに、その魔法を自身の行動に付加して使用するとなると、相当な集中力を必要とする。

 魔王は超高速で空中を飛び、フィルートに突っ込んだ。

「く……っ!」

 瞬き一つで目前に迫った両刃の剣が、眉間を貫く寸前で、フィルートは相手の剣を弾いた。その反動を使って床を転がり、逃げる。

「へえ……剣もまあまあ、使えるんだな」

 魔王は、先程までフィルートが居た場所に、優雅に足をついた。

 即座に態勢を立て直し、剣を構える。左手に勇者一行の女性陣がいる。いち早く我に返ったのは、アリーだった。

 魔法を使用する軸となる、杖を掲げる。杖の先が光を集め始めるが、魔王はフィルートしか見ていなかった。

「いい案だ、フィルート。お前は、俺の声を聞いても動じないようだし」

 ――よし、こっちに意識を集中させれば、隙ができる!

 フィルートはわざと小馬鹿にした笑みを浮かべる。

「何を言っているのか、分からないな! 僕は何か提案した記憶は無いぞ!」

 黒いマントがふわりと揺れる。こつり、と黒いブーツがフィルートに向かって一歩踏み出した。

「しかし、話し方はいただけないな。見たところ、貴族階級の家柄だろう?」

 光が膨れ上がり、人の頭位に育つ。あの光が直撃すれば、魔王はただでは済まない。

「だったらなんだよ。貴族ったってピンからキリまであるんだよ!」

 フィルートの家は伯爵家だが、三男の彼に爵位は関係ない。長兄か、次兄が継ぐ予定の爵位よりも、手に職だと、まず次兄の協力のもと、幼い頃から魔法について学んだ。しかし魔力さえあれば、誰でもなれる魔法使いでは、仕事にあぶれるかもしれないと不安だった。

 だから王立軍で一花咲かせてみようと、真面目に訓練して中佐まで上り詰め、結局、魔法使い兼、軍人となったのだ。

 軍隊の人間は身分よりも、戦場における判断力と武力に重きをおく。そんな男気に溢れた舞台では、貴族のお上品な話し方など通用しない。

「ふうん。貴族か」

 にや、と魔王が笑うと同時に、アリーの光魔法が杖から放たれた。風の音よりも早く放たれた光の魂は、魔王に届く寸前で、さあと霧散した。

「え……」

 フィルートは思わず呟き、アリーは愕然と凍りつく。

 魔王は何事も無かったかのように、笑んだ。

「どうした? 何を驚いている。あのような光魔法、この俺が受けてやるとでも思ったか?」

「み……見て無かったじゃないか!」

 アリーに感化された他三名の女性陣も、それぞれ杖を掲げた。より強力な攻撃魔法を使うため、呪文を詠唱し始める。

 魔王はちらと彼女たちを見やり、詰まらなそうに言った。

「『陽の魂』の次は、『光の槍』か……。三人がかりなら、一本くらいは受けてやってもいいが……でも痛いのは嫌いだからな……」

 呪文を聞いて判断を付けている。光魔法を使わないデュナル王国の魔法使いは、呪文など知らないはずだ。

「お前……何で呪文まで知ってるんだよ……」

 魔王はくるりとこちらに向き直り、剣を天に向けた。

「散――」

 たった一言。その言葉を吐いた刹那、彼女たちの杖から光が失われた。しゅん、と水でもかけられたかのような音が上がった。

「ええ?」

「どういうこと?」

「どうしてえ?」

 魔王は淡々と応じる。

「お前達は本当に呑気な民族だな。闇魔法使いを怖がるくせに、対策はちっともできていない。まあ、この世界に闇の無い場所などないのだから、無理もないが」

「……何言って……」

 魔王の目は笑っていなかった。剣を下げると、身を屈め、また床を蹴った。魔力が先程の比ではない。

「うわ……!」

 風圧を受け、フィルートの体は宙に浮いた。咄嗟に魔力を発動させ、体の周囲に結界を作る。

 上空に、魔王がいた。赤い瞳が、フィルートの顔を凝視している。煌めきを放つ剣が、頭上から突き立てられそうになり、飛んだ。

「……っ」

 横跳びに避け、そのまま空中に浮かび上がる。

 ――くそ!

 魔王の剣が、容赦なく大理石の床に突き刺さった。ヒビが入ったと思った次の瞬間には、床が爆発する。魔王は、剣先に魔力を込めて、相手の結界を破壊しながら攻撃する、常とう手段を取ったのだろう。

 フィルートは内心舌打ちした。上空戦はフィルートの苦手な戦闘方法だ。空を飛ぶ魔法を使いながら、相手の動きを読み、剣を受け、更に攻撃のため魔力を使う。

 かなりの集中力を必要とするため、すぐにへばる。

 石を砕いた魔王の赤い瞳が、線を描いたように見えた。ひゅっと風を切る音が聞こえ、フィルートは本能的にのけ反った。

「おや、避けられた」

 魔王の冷静な声が近くで聞こえた。

 彼の剣は容赦なく首を掠め、うっすらと皮を切り裂いたようだ。喉にちり、としたかゆみがある。

 少し下に浮かんでいる、魔王のマントが広がった。漆黒の髪に、漆黒のマント。自分をひたと見据えるのは、深紅の瞳。

 ――闇の化身だ……。

 妙な感想を抱いたと思った。内心の焦りが汗となって、こめかみを伝う。自分は少なからず、混乱しているようだ。

 フィルートは剣を握りしめると、渾身の力で魔王目がけて空を切った。まっすぐ向かって来ると思っていなかったのか、魔王は目を剥いた。

 ぎん、と金属がこすれ合う音が上がり、火花が散った。

 刀を擦り合わせた魔王は、間近に迫るフィルートの目を見やり、ふっと笑う。

「根性だけは、買ってやろう」

「な……!」

 言葉と共に、フィルートの剣は弾き飛ばされた。自分の頬をかすめて宙を舞う剣を見たフィルートは、動物的な速さで降下した。

「ああ、捕まえたと思ったのに……」

 先程までフィルートの首があった場所に腕を伸ばした魔王は、少し楽しそうな声音で下を見た。フィルートは剣を追って、床を蹴る。玉座の手前、階段前に落ちそうになった剣に腕を伸ばし、掴んだ。その時、不味い、と思った。

 伸ばした腕は、無防備だった。上空にいた魔王が剣を突き立てれば、腕が飛ぶ。

 目を動かせば、そこに赤い瞳。

「――く!」

 ぎぃぃん、と固い音が響き渡った。

 フィルートは、己の腕を優先した。掴んだ剣を手放し、両腕を構え、顔と心臓を庇う。床に剣が突き刺さった音を聞くなり、反転して逃れようとしたが、腹に強烈な衝撃が走った。

「ぐあ……っ!」

 見開いた視界に映ったのは、己の腹に片足を置いて踏みつけている、魔王の恍惚とした顔だった。

「――チェックメイトだ、フィルート」

 魔王の右手には、剣がある。その剣が振り上げられる。フィルートは光魔法を手のひらに発動させた。

「ああ、お前『杖なし』だったな……」

 杖を使わずとも魔力を使える魔法使いは、数少ない。それは先程の戦闘で重々わかっていたはずなのに、魔王は少し目を見張った。

 フィルートが、目の前の障害物を爆破する魔法──『光の波動』を放つと、魔王は光に飲み込まれた。




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