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 デュナル王国の首都州――アインツの北にある王城で、討伐隊結成の報せを受けた、『魔王』こと、アヴァンは、頬杖をつく。

 漆黒の前髪が目にかかり、アヴァンはゆったりとそれを掻き上げる。

 露わになった瞳は深紅。凛々しい眉に、切れ長の瞳、高い鼻筋と形良い唇を持つ、当代の『魔王』は、今年二十七歳になる。

 穏やかな性格と、麗しい容姿で男女問わず人気があり、『賢治の王』とも呼ばれていた。

 謁見の間――扉から玉座までを導く赤い絨毯に、片膝を折って報告をする銀縁眼鏡の男は、この国の宰相――エルゲナだ。若くして前王の宰相に召し上げられ、現在も継続して宰相を務めている。

 四十歳になったところの彼の髪は、真っ白だ。苦労をしているからではなく、もともと白髪に赤い瞳の種族なのだ。

 黒いローブに身を包んだ彼を見おろし、アヴァンはうんざりと応じた。

「では……その『勇者ご一行』とやらが近日中に俺を殺しに来るのか」

 耳元で囁かれれば、女子供は失神してしまう、色香ある声音が響く。幼い頃から彼につき従う近衛兵でもなければ、男でも彼の声に身震いした。

 歴代『魔王』は、黒髪赤目の美丈夫であり、更に現王に至っては、その溢れかえる色香で女子供を狂わせる。その噂が噂を呼び、とうとうアテナ王国に届いた時には、人々を闇魔法で使役して、思いのまま操る、最強最悪の『魔王』であるという話になっていた。

 幼い頃から彼を知る宰相は、無表情で頷く。

「そうですね。戦争でもしますか?」

「だが、俺を討伐に来るのは、勇者ご一行の五名……だけなのだろう?」

 アヴァンは酷い扱いだ、と少し怒っていた。

 デュナル王国の国王を引き継いだのは二十五歳の時。両親は健在だが、父親が隠居したいと駄々をこねるから、仕方なく国王の座について僅か二年だ。

 この二年、馬車馬のように働いた。

 就任した年は日照りが酷く、作物の安定のために、各州の魔法使いに協力を仰ぎ、土の水分安定に奔走した。

 だがこの対応をさせた魔法使いたちが、足元を見て、賃金の値上げ交渉を始める。魔法使いがいなければ作物は育たない。背に腹は代えられない状況を打開するために、悪い時は王自らが出向いて、交渉する羽目に陥った。

 今年は天候も安定し、ほっとしたのも束の間、今度はアヴァンの正妃選定が始まった。

 王城の東に設けた離宮で、のんびり暮らしていた両親が、暇を持て余したのだ。

『退屈だし、アヴァンのお嫁さんでも探しましょうよ』

 母がそう言えば、父は二つ返事で頷く。腰まで届く銀髪に、赤い瞳の母は、当時国一番の美姫と謳われた女性だったそうだ。王宮で開かれた宴で母を一目見た父は、その場で求婚、そして現在に至るまで彼女を愛してやまない。

 そんな二人の子供であるアヴァンは、女性に人気があり、それなりに異性とお付き合いをしてきた。

 だが結婚には二の足を踏んだ。

 付き合ってきた女たちは、どれも愛らしかった。しかしどの女も、総じて自分の顔を見ればうっとりと瞳を潤ませ、何事か語れば、頬を染めて震える。

 愛されていると言えばそうなのだろうが、どうも自分の声のせいで、話が通じない。右から左へ聞き流され、いつも最後には『愛しておりますわ、アヴァン様』という返事に落ち着くのだ。

 会話が成り立たない女と夫婦になるのは、ちょっと嫌だ。

 アヴァンと交際できる女は、一国の王妃となるべく教養を身に付けた、貴族令嬢だ。どの女も適正はあったが、会話ができないなと思うたび、虚しくなる。

 だからもう結婚はしないで、養子でも取ろうかな、と考えていた矢先だった。

 今度は見合い話を持ってくる官僚たちが溢れ返り、政務が滞る。見合いを断るのにも四苦八苦しながら、一生懸命働いている自分を、『勇者ご一行』が悪者だと殺しに来るのだ。

 ――怒らない方が変だ。

 だが、たかが五人相手に戦争をするのは、兵も国庫も、もったいない。

 エルゲナは淡々と書面を見下ろす。

「報告書に寄れば、勇者一行による奇襲攻撃にて魔王を退治し、デュナル王国を支配、闇魔法の封印を計る――となっております。勇者フィルート・サヴァエラは十七歳の少年光魔法使いですね。残り四名は勇者候補として最終競技に残った光魔法使いです。全員女性で、年齢は十五、十八、二十三、二十八となっております」

 アヴァンは呆れて溜息を漏らした。

「なんだその一行は。何故全員が魔法使いなんだ? 一人くらい軍人を入れるべきだろう。魔法が使えても、力でねじ伏せられれば、負けてしまう。俺だったら、勇者が魔法使いなら他四名は国軍から将軍クラスを採用するな」

 しかも勇者以外は全員女。――ハーレムか? 馬鹿馬鹿しい。

 アヴァンは続ける。

「奇襲攻撃など、聞いて呆れる。我が軍に筒抜けではないか。本当にその勇者とやらは強いのか?」

 エルゲナは僅かに口元を緩めた。

「光魔法に関しては、最強と謳われている少年です。また剣技に優れ、軍に置いては中佐を頂いているとか」

「中佐クラスで殺せると思われているのか……」

 ――気分が悪い。

 アヴァンは物憂げな眼差しを西へ――アテナ王国の方へ向けた。

 ――ここまで『勇者』が来たら、絶対に嫌がらせをしてやる。

 胸の内でそう誓うと、彼はエルゲナに視線を戻した。

「その『勇者ご一行』に我が国の兵を傷つけられるのは癪だ。彼らの道中、我が軍による一切の干渉を禁ずる。つつがなく王城へたどり着けるよう、采配せよ」

「は……?」

 エルゲナは眉を上げた。アヴァンは気にせず言葉を続ける。

「さらに、王城への到着前に、警備兵を全て下げろ。謁見の間のみ兵を配置し、これも勇者一行との対面直前に下げさせるように」

 エルゲナが慌てて立ち上がった。

「お、お待ちを!それではあまりにも、無防備に過ぎます!陛下に万が一、傷を付けられるようなことがあってはなりませぬ!」

 アヴァンは胡乱な眼差しを返し、いかにも不承不承、応じる。

「では、俺の近衛兵二名のみは配置を許そう」

「なりませぬ! 近衛兵は最低でも五名、ご采配ください!」

「――煩い。俺を誰だと思っている」

 深紅の瞳に、苛立ちが滲んだ。一睨みで、エルゲナは言葉に詰まり、青ざめる。

 デュナル王国・国王アヴァン――漆黒の魔法使いと呼ばれる彼は、デュナル王国軍の元帥である。幼い頃から剣技を極め、実力でもってその頂点に君臨した。今や武術に置いて彼に敵う者はなく、また魔力においても他の追随を許さない。

 就任当初――つけあがる魔法使い達を黙らせた彼の手法は、いたってシンプルだった。言うことを聞かないなら殺す――と脅しただけだ。

 国王自ら出向いて死刑宣告をすれば、いくら老獪な魔法使い達でも、素直に頷かざるを得ない。

 アヴァンはある意味、本当に『魔王』としてデュナル王国に君臨する、国王なのだった。



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