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「そろそろ、俺の両親に顔見せをしなければならない」

「へ?」

 藪から棒に言ったのは、アヴァンだった。

 肘から手首くらいまでの長さの細い杖を、水の入ったグラスに向けていたフィルートは、きょとんと瞬く。一回目は杖なしで上手く魔法を使えたが、炎以外の魔法はどう頑張っても使えなかったので、アヴァンが杖を買い与えてくれた。『ジキル』というこの世で最高級の魔石が練り込まれているらしい杖は、丁度良い重さで、魔力を集めやすかった。

 ぽん、と音を立てて水が変化した。

 グラスの中に、葡萄の果実がぎゅうぎゅう詰めになっている。

 ソファに優雅に腰かけ、窓辺の円卓で練習をしているフィルートを眺めていたアヴァンは、片眉を上げた。

「それが、お前にとってのワインか?」

 水をワインに変えるという、ごく初歩の魔法――『水変わり』を教えてもらっているところだった。

 杖を握りしめ、アヴァンを睨む。

「お前が術の途中で話しかけるからだろ! さっきはうまく行った!」

「アルコール度数の低い、甘ったるいばっかりのワインだがな」

「文句言うなら飲むなよ!」

 初めて成功したワインは、なぜだかアヴァンが飲んでいた。高級な酒を飲みなれているアヴァンにとっては、不味いだろうに、文句を言いつつも最後まで飲むつもりらしい。

 ――変な奴。

 グラスを傾ける彼を怪訝に見ながら、フィルートは聞き直した。

「お前の両親に顔見せってなんだよ」

 甘ったるいワインを飲みきり、アヴァンはグラスを机の上にこつり、と音を立てて戻す。色香ある眼差しが、フィルートに注がれた。

「お前がここに来てから、もう一か月たつ。母がお前に会わせろと煩い。さすがに女の所作を身に付けていないお前を見せるわけにもいかなかったから、誤魔化していたのだが。先日、見せないなら自分から会いに行くと言いだしてきたので、顔合わせの日を設けた」

「…………え、僕、本当にお前の嫁になるの?」

 まさかのご両親にご挨拶である。

 毎夜口付けや過度なスキンシップをされてきたが、正直、本気で妻に――それも正妃にするなどと思っていなかった。(昨日は若干服を剥かれたが、何とか貞操は守り抜いた。)

 どんな見た目でも、元は男。国交は無いとはいえ、アテナ王国では伯爵家三男の登録があるし、アテナ王国にはフィリア・サヴァエラという伯爵家令嬢は存在しない。

 一国の王がフィルートを妻におくには、かなり無理がある。

 アヴァンはむっと眉をひそめた。

「当たり前だろう。何のために俺の魔力まで分け与えて女にしたと思っているんだ。」

「ただの嫌がらせじゃないのか?」

 まさか、最初から嫁にするつもりだったのか、と眉を上げる。だとしたら、相当な変態だ――。アヴァンは不機嫌な顔で頷いた。

「嫌がらせで女にしたに決まっているだろう」

「なんだよ! やっぱりそうなんじゃないか!」

 ――くそ、殴りてえ!

 アヴァンは気障に前髪を払い(これがまた様になっていて腹立たしい)、組んだ足――膝の上でゆったりと手のひらを組んだ。

「まあ、そうがなる(・・・)な。嫌がらせで女にしたところ、好みの容姿だったから、嫁にしようと思って、魔力を注いだんだ。何も間違えていない」

「間違えだらけだ! 元・男だぞ! 男を女に変えるに飽き足らず、光魔法使いを闇魔法使いにするような、歴史上稀に見る大技をやってのけた割に、理由がおかしいぞ!? お前の感覚はどうなってるんだよ! 官僚とか絶対、反対するだろ!」

 アヴァンは、阿呆か、とでも言いたそうな冷たい眼差しを返してくれた。

「我が国において、この俺に反論できる人間は存在しない」

 その冷淡な声に、鳥肌が立った。

 ――ひょえええええ! こいつ、やっぱり『魔王』じゃん! 誰も反論できない国王って、どんな王だよ! 専制君主にしたって、ご乱心が過ぎるぞ!

 鳥肌が立ったフィルートの腕に目を留めたアヴァンは、不快気に舌打ちする。

「鳥肌を立てるな。せっかくの肌が美しく見えないだろう」

「鳥肌までコントロールできるか!」

 フィルートが着ている、淡い緑色のドレスは、レースをふんだんに使った四分袖だ。髪には庭園の薔薇がいくつも使われ、まさに妖精の仕上がりになっている。

 アヴァンにとっては、この姿に鳥肌は厳禁だったらしい。

「顔合わせの日は、きちんと下着を付けろよ。付けて無かったら、その場で犯すからな」

「どんな脅しだ、人でなし……っ」

 フィルートは本能的に杖を両手で掴んで、肩を竦めた。ちなみに今日もコルセットは付けていない。

 アヴァンは上から下まで舐めるようにフィルートを眺めまわすと、立ち上がった。

「顔合わせは三日後だ。それまでルークには会うなよ」

 背凭れにひっかけていた上着を、自分で羽織る。アヴァンが入室すると同時に、侍女は下げられていた。

 フィルートは首を傾げる。

「なんでルークが出るんだ?」

 やや俯いて、上着を色っぽく羽織っていたアヴァンは、視線だけをこちらに向けた。

「ルークはお前をご所望だ」

「…………」

 ――ご所望ってどういうイミ……?

 ぽかんと口を開いた間抜け面を、アヴァンは機嫌悪く睨み、背を向けた。

「次にルークにあったら、貞操は無いと思え。よしんば致し方なくすれ違う場面があったとしても、絶対に二人きりになるな。万が一お前からあいつに会いに行き、あいつに純潔を捧げた場合は、その場で二人とも殺すから、覚悟しておけ」

「へ…………」

 ついて行けていないフィルートを放置して、アヴァンは扉を開ける。

「え、待てよ、あの……」

「午後の会議の時間だ。話があるなら夜にしろ」

 ――ああ、そうですよね。呼んでも無いのに、昼休みにわざわざ講義に来たんでしたよね――……。

 ぱたりと扉が閉まる。

 杖を握りしめた美少女が、不安に染まった瞳で、ぽつりと窓辺に立ち尽くしていた。



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