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 デュナル王国の王城は、全部で八つの塔で構成されていて、東側の二塔は主に王族のプライベートな部屋として利用されている。『勇者』として潜入する以上、城内部の構造は把握していた。最も、把握していたのは『魔王』がいると思わる場所と、警備兵の配置具合くらいだったが。

 その東側の塔――『滴の塔』の三階に、フィルートの部屋は設けられている。東側の塔でも『鋼の塔』に自室を持っている筈のアヴァンは、呼んでもいないのに、毎日顔を出した。

 フィルートは、部屋の扉を開いてすぐにある応接間にいた。

 部屋の中央にソファセットがあり、窓辺に円卓が置かれている。以前は執務机があったが、フィルートには必要ない、の一言で、アヴァンによって撤去されていた。

 その円卓の横に立って、窓から外を眺めていたフィルートは、扉が開く音に振り返る。

 いつも部屋に入るなり、「呼んでもいないのに、入って来るな!」と怒鳴りつけるフィルートは、夜八時に部屋を訪れたアヴァンを見るなり、指を突き付けて怒鳴った。

「お前! 来るならさっさと来いよ! 待ちくたびれただろうが!」

 黒い執務服に身を包んだアヴァンは、整えられた髪を無造作に掻き上げながら、片眉を上げた。

「どうした。俺に会いたくて仕方なかったとでも言うつもりか?」

 尋ねておきながら、返答に興味は無いらしく、ジャケット脱いで侍女に手渡す。そしてシャツのボタンを襟首から二つ外し、三人は腰かけられるソファの中央に腰を落とした。

「……ワインでも入れてくれ」

「畏まりました」

 非常に慣れた仕草で侍女に酒を求め、長い足を組んだ。

 全ての所作から無駄に色気が漂い、疲れているからが、アヴァンの声は常よりも五割増しで色っぽい。ラティの頬も、色気に当てられたのか、ほんのり赤くなった。

 ――むかつく!

 さあ、言え、という目を向けて来たので、フィルートはアヴァンの元へ小刻みに駆け寄った。ヒールにはいつまでたっても慣れない。いっそ部屋の中では脱いでやろうかと思うが、脱いだりしたら『魔王』にまた変な脅しをかけられそうで、実行に移せていなかった。

 無意識ながら、一生懸命駆け寄ってきた天使の様に、アヴァンの口元がにや、と黒く歪んだ。

 ――くっそ! どうせ格好悪いよ!

 歩き方が格好悪いと思われたと勘違いしたフィルートの頬は、赤く染まった。アヴァンの向かい側に座るため、慣れないドレスを摘まんで目の前を横切る。

 『魔王』の長い腕が、素早くフィルートの腕を捕らえ、己の傍らに引き寄せるのは容易かった。

「うわ! 急に引っ張るなよ!」

 ソファに倒れ込んだフィルートの腰に腕が回され、耳元でアヴァンが低く囁く。

「俺を待っていたようなセリフを吐いて……身も心も捧げる気になったか?」

「なってねえよ!」

 耳から首筋にかけてぞくりと悪寒が走り、フィルートは慌ててアヴァンの顔を押しやった。アヴァンが低く舌打ちした。

 ――飲んでもないのに、怖いんですけど、この人……!

「じゃあ、何だ」

 腰に回した腕はそのままに、侍女からグラスワインを受け取り、飲み始める。隣に拘束されるのは日常茶飯事となっており、フィルートはそのまま居住まいを正した。なんだが機嫌悪いな、と思いながら、口を開く。

「……今日さあ、お前の弟にあったんだけど」

 言うなり、アヴァンは酒を煽った。空になったグラスを、侍女――ラティに無言で差し出す。ラティは若干怯えながら、同じ酒を注ぎたした。

「おい……聞いてるか?」

 視線が全く合わないため、不安になって尋ねれば、ぎらり、と赤い瞳がこちらを見返す。びくっと肩が跳ねた。

「だからなんだ。ルークと話したのか?」

「な……っ、話しかけられたんだから、仕方ないだろ!」

 ルークと話すなんて最悪だ、と言わんばかりの声音で、つい言い訳がましく反応してしまう。じっとりと睨まれている意味が分からない。

 フィルートは視線を逸らし、話を続けた。

「そっそれで……、なんかあいつ、僕を街に連れて行くとか言いだして……」

「行くと応えたのか?」

 低い声が耳元で囁いた。

 ――ぎひいいい!

 もはや耳元だけでは済まず、背筋まで悪寒が駆け抜ける。密着から逃れるため体を離せば、腰に力が籠り、逆に引き寄せられた。

 何度も同じ経験を繰り返してきたフィルートは、はっと己を律する。

 ――駄目だ! これじゃいつもと同じだ! この後ソファに組み敷かれて良いように体をまさぐられるのは御免だ……!

 フィルートは焦りつつも、早口で否定する。

「違う、そうじゃなくって! なんか、怖かったんだ、あいつの目が! お前とそっくりでさあ!」

「……」

 言ってから、しまったと思っても遅い。

 ひやりとした赤い瞳が、身を竦めたフィルートの青い瞳を射抜いた。

「今すぐ抱いてやろうか、生娘」

 じわ、と目尻に涙が滲んだ。

「ゴメンナサイ、魔王様……」

「魔王は止めろ。アヴァンと呼べと言っているだろう」

 はあ、なんて物憂げに溜息を吐いて、グラスを机に置く。腰に回った腕に力が籠り、空いた手が顎にかけられた。

 ――いつも通りキスするつもりだな?

「――だが断る!」

 フィルートは全身全霊の力を込めて、アヴァンの顎を押し上げた。アヴァンがぼそっと呟いた。

「……抵抗されたら、燃える」

「――!」

 ――直ぐに手を放した。




 抵抗しなくても、『魔王』は燃えていたように思うのは、気のせいだろうか。

 しつこく唇を貪られ、瞳は潤み、頬は上気し、息も絶え絶えになり、侍女があまりの光景に顔を赤くして下がってしまってから、アヴァンはフィルートを開放した。

 アヴァンは、濡れた自身の唇を舐めとりながら、ソファに組み敷いたフィルートを見下ろす。

「で、お前の言いたいことは、結局なんだ」

 用件を聞くために、口付けは必要ないはずだ――……!

 アヴァンは、くったりとしたフィル―トの体を、ひょいと持ち上げ、背もたれに身を預けさせる。

 白金の髪が背もたれと背中の間に挟まれないように、髪を一方に寄せて、胸元に流してくれた。

 異常なまでに丁寧な扱いだが、デュナル王国に訪れて一か月――これが毎日なので、もはや何とも思わない。

 まだ潤んでいる瞳で見返せば、頬に手を添えられ、耳に口付けられる。

「……もう、やめろよ」

 嫌がって身じろぐと、素直に手を放してくれた。腰に回った腕は離れないが。

 フィルートは動悸が治まらない心臓を押さえつつ、視線を膝に落とす。少し前まで膝を割って座っていたのに、きっちり閉じて座るようになっていた。足を開いていると、アヴァンが手を突っ込んでくるからだが、徐々に女の所作が身についていっている自分に気付くと、なんだか切なくなる。

 アヴァンが耳元でぼそっと言った。

「ルークと二人きりになるな。あいつは手が早い」

「兄弟そろって手が早いのかよ!」

 心根が口から漏れ出てしまった。アヴァンの眉間に皺が寄る。

「俺のどこが、手が早いと言うんだ。こんなに時間をかけて大事にしてやっているだろう。本来なら、お前なんか女に変えた時点で抱かれていても文句は言えないぞ」

 先日の処女喪失未遂を生々しく思いだし、フィルートは青ざめた。

 ――けだものめ!もげろ!

 しかし、このままでは、なし崩しに抱かれてしまいそうだ。それにアヴァンだけでなく、ルークという新たな敵まで現れた。

 己の貞操は己で守らなくては――!

 フィルートははっと瞳を輝かせる。名案が浮かんだ。

「おい!僕に魔力の使い方を教えろ!」

「うん?」

 元光魔法使いトップだった自分なら、魔力の使い方さえ分かれば、ある程度の術を使いこなせるはずだ。

 嬉々としてアヴァンを見ると、面倒くさい、という顔をされた。断られそうな気配を察し、フィルートは最近身に付けた、必殺技を披露する決意をする。

 ――くそおおお! 背に腹は変えられない!

「お……っ、お願い」

 以前、貞操を奪われそうになった際に、無理やり言えと強要されたキーワード:『お願い』。『お願いだ』でも、『お願いします』でもなく、『お願い』と締めくくらねばならない。アヴァンはこの言葉を聞くと、ぞくぞくするようだ。

 さらに肩を竦め、小首を傾げ、上目づかいで見上げる。この際、二の腕に力を籠め、胸の谷間を強調すると、アヴァンは喜ぶ――。恥辱で頬が染まり、目が潤んでしまうのは、不可抗力だ。

 自分に言い聞かせる。

 僕は、敵を籠絡させる作戦を実行しているだけであって、決して男としてのプライドを捨てたわけではない――!

 一瞬ぎら、とアヴァンの目が獣に変わったが、彼はふっと息を吐いて視線を逸らした。

「……お前、それ(・・)……絶対に俺以外にするんじゃないぞ……」

「え?ああ、うん」

 こんな業、お前以外の誰に使うって言うんだよ――という怪訝な顔を横目に見やり、彼は腰から腕を離す。熱い腕が離れて、腰回りがちょっと寒くなった。

「まったく……仕方ないな」

 まんざらでもない声音で、アヴァンの魔力講座が始まった。

 ――ちょろいぜ、『魔王』!



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